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第四話 一つ目の欠片 アルシアの話




 あー何処から話すか迷ってしまった。

 待たせて済まない。


 そうだな。軽く私の生い立ちから話させてもらおうと思う。ほら、アリスだったか。嫌そうな顔をするな。必要なんだよ。


 そもそもこの都市の人間以外の種族は大きく二種類に分けられる。

 元々この都市で生まれ育った者。そして、この都市へと流れた者だ。


 前者は知識では人間以外への差別を知っているだろうが、実感はしていないはずだ。だから、人間と他の種族との平等を掲げるリブレイスの活動にもピンとこない。

 護衛だとエリスは前者。私は後者なんだ。


 私の生まれはヴェイス商国。

 お前達にはそれだけで、私がどんな生活を送っていたか想像が付くのではないか?


 私は見ての通り獅子の獣人。

 戦争に向いた種族だったから、あの国で幼い頃から戦場に放り出されていたのだ。


 劣悪な環境だった。

 生きるギリギリの食料、汚い幕舎。人間だけでなく、同じ獣人にすら警戒を向けなくては全てを奪われるという恐怖。


 漠然と人間というのはどれだけ偉いのだと思っていたよ。

 どうやっても逆らえない悪魔のようなもんさ。


 転機は十歳くらいの時だったか。

 当時の私には戦場の違いなどはわからなかったが、ヴェイス商国がディラス帝国を誘ってローウェンを攻撃した戦いに連れて行かれたんだ。


 この国のことを調べたなら結果は知っているだろう。

 ヴェイス・ディラス連合軍は惨敗を喫した。そもそもディラス帝国にはやる気は殆ど無かったらしくて、目立つ損害は出さなかったらしいが、ヴェイス商国の方は酷いもんだった。


 数に勝っているはずが右を見ても敵。左を見ても敵。退路は細い道だけ。

 親を使い潰し、私に酷いことをしてきた奴らが逃げ惑いながら、死んでいく。私はそいつらと一緒に這い蹲って必死に逃げながら、心の中では表現出来ない喜びを感じていたよ……。


 まぁ、そのことはいい。

 私は運が良かった。逃げた先に学長様の一隊がいたんだ。


 学長様は当時、既に身体がよろしくなかったのだが、政務庁の自粛要請を押し切って、無理をしない条件付きだが戦争に参加をされていた。


 私は破れ被れで剣を抜いた悪魔達とは一緒に戦う気になれす、剣を捨てて大人しく座った。斬られることにしたんだ。悪魔を倒してくれたから感謝したい気分だったのかな。

 空を見上げて、生まれて初めて澄んだ心になったことを良く覚えている。


 ローウェンの軍は一人だけ生き残った私を囲んだ。

 ローウェンの軍は悪魔では無く、人間だった。人間なのに殆どの者が憤っていた。

 こんな子どもに何をさせやがるって。


 私は意味がわからなかった。

 それが当たり前だと思っていたからね。


 警戒したよ。与えられたヴェイス商国よりも遥かに豪華な食事を、奪われないように身体で必死で隠して一生懸命齧りながら、私は周囲の人間達が敬っていた学長様を睨みつけた。


 今でも忘れられない。

 あの時のあの方の微笑みが。


 元気な子ね。と学長様は笑っていた。

 そして、学問の徒は皆同胞。と仰った。


 当然、私は意味がわからない。

 だけど、一緒に生き方を学んでいきましょう。そう仰って汚い私を抱きしめた学長様は、ヴェイス商国の悪魔よりは信じられると思ったんだ。


 あの説得力は八百年変わらず同じことを言い続けているからなのかな?

 それが私の根底にある。


 戦争が終わった後の日々は嵐のように過ぎたよ。

 ローウェンの戦後処理はシステム化されているからね。ああ、これは他の国には無い考えだったか。システム化ってのは簡単に言うと予め決めたルール通りの事をするってことさ。


 ローウェンの兵隊は略奪を認めない代わりに給料が高いんだ。

 で、奪った物資や捕虜をどう扱うかってことになる。この物資や捕虜からの身代金を私のような獣人奴隷やローウェンへの定住を希望する者への教育に充てているわけだ。


 これは機密でもなんでもなく法律で定まってるから後で調べればいいよ。


 ま、言うだけなら簡単だけど、本当にきついよ。

 奴隷暮らしの地獄と違うのは食事の量が多いのと寝床が清潔なことくらいさ。


 私はそんなこんなで何とか居住権を得ることが出来て、迷宮潜りになった。目標があったから私は簡単に職を決めたけど、自由を得て困る者も奴隷出身の奴には多かったね。

 どうしてかはわからないけれど。


 そんな奴らも似たような境遇のコミュニティに拾われて何とかやってるらしいけどね。


 護衛にすぐにならなかったのか? はははっ! なれるわけないだろ。

 護衛費用は街の有志が出しているが、学長様を敬愛している者は多い。都市長の一族ですら護衛を希望する奴がいるくらいなんだ。


 私は迷宮を潜り、腕を磨きつつ、苦手な学問に打ち込んだ。

 そして今に至るって感じだな。



 お前達は利口そうだから気付いているとは思うが、カルヴァス・ローウェン様と学長様への想いは元々この都市で暮らしている者と私達ではまるで違う。


 奴隷として生きてきた者が初めて自分の意志で働いたお金をもらった時の感動ったら凄いぞ。

 その時に私達は初めてカルヴァス・ローウェン様と学長様に絶対の忠誠を誓うんだ。


 私は未だにその時の1ロウン銅貨を部屋に飾っている。それを見て挫けそうになる心を奮い立たせてきたよ。


 それだけ苦労した割にはケイトに訓練で負けたことを気にしていないなって?

 ケイトが手の内を隠しているように私も実戦だと違うやり方をするってだけのことだからさ。お前達全員が襲ってきても、全員道連れに出来る自信が私達にはある。


 嘘だと思うなら何時でも襲い掛かってくればいいさ。

 対価は頂くがな。



 さて、私にとってカルヴァス様の存在は書物でのみ知り得るものだ。

 カルヴァス様と実際に会い、現在まで生きているのは学長様の他には二名しかいない。私が知る限りはね。


 え、ああ。教えても構わないが絶対に会えないぞ?

 お前達も調べればわかる相手だよ。


 西の魔王とその奥さんだ。

 彼等はカルヴァス様と友であったと伝わっている。これは学長様も間違いのない真実だと仰っていたから間違いはない。


 話が逸れたな。

 カルヴァス様の言葉は書物にしか残っていない。だが、学長様が語られる口癖の多くはカルヴァス様の言葉として残っているものなのだ。


 学長様自身も出典を忘れられていることもあるが、そんな時も私が調べた限り、殆どの言葉はカルヴァス様のものだった。無意識の内にそれを話しているのではないだろうかと思う。


 私にとってはカルヴァス様は新たな父であり、学長様は母だ。

 私だけではなく、奴隷やローウェンに逃げ込んで、溶け込むことが出来た者には多かれ少なかれそんな想いがある。


 だからカルヴァス様に関してというのは私達にとっては触れにくい話題だ。

 それは神官達が神の正体を疑うことと似ている気がする。


 ああ、私はちゃんと話すさ。そのためにこうしているわけだからね。


 そうは言ってもわかるのは、学長様を通した話だけだがな。

 それ以上は他の者に聞くか、文献を当たるしかない。


 学長様が仰ったところによると、カルヴァス様は私達が考えているような完璧な人間からは程遠かったらしい。信じ難いことだが。

 武門の生まれなのに武芸はからっきしで、かといって学問に優れていたわけでもなく、容姿も愛嬌はあるが美形とは言えず、ちょっと太っていたんだそうだ。


 学長様は多くを忘れておられるが、真贋は間違わない。

 学長様自身が描いた肖像画も残っているし、事実なんだろうな。


 もし、平和が続いていれば、カルヴァス様も歴史に埋もれていたに違いない。だけど、全滅戦争が起きてしまった。彼が15歳の時のことだ。


 この頃のことは文献を信じるしかない。

 まだ、学長様と出会っていないからね。


 学長様とカルヴァス様が出会ったのはその一年後。南部の森林地帯だ。今は自然はそのままに少し整備して……公園になっているのかな。

 言葉を話す森に、食料を分けてくれと交渉していたところに学長様が通りがかったんだ。当時の学長様はカルヴァス様を良く思っていなかったと仰られていた。


 プライドを感じなかったし、何よりタイプではなかったと笑っておられたよ。


 今でも学長様の印象に残っているのは、森に語りかける言葉の必死さと泣き落とし、そして、皆で生き残るためにお前も力を貸してくれという学長様に向けた言葉だ。


 時代が時代だったんだろうね。ありとあらゆる生物の八割以上が死滅した時期らしいし。排他的なエルフだった学長様も熱心さに折れて渋々協力することにしたらしい。


 当時は生き残ることが全てで、カルヴァス様も学長様もローウェンのような都市が出来るとは考えていなかったのは間違いないよ。


 人間は全て死に絶えたと書き残されるほどの被害の中で、人間の誇りを捨てたと他国の文献には馬鹿にされて書かれている野菜への謝罪や、人類すべての敵である魔王とすら交渉した柔軟さで、お二人は当時の大混乱を乗り切ったんだが……その中で学長様はカルヴァス様に多くの美点を見つけて惹かれたんだそうだ。


 ああ、あんな依頼はされてはいるが、たまにノロケられているよ。

 自覚があるのかはわからないが。


 学長様の話だと思い出の地は複数出てくるんだが、どんなことをしたかという事実は覚えていても、何を言われたかまでは覚えていないらしい。


 一番大切なプロポーズの言葉もね。


 私が聞いた思い出の場所が必要なら後でメモに書いて渡すよ。

 何かの役に立てばいいけど。



 私はさ。学長様は悩んでおられるが、相思相愛だったと思うんだ。

 だって、八百年経った今もこうしてこの都市で暮らしているんだから。何時でもエルフの森には帰れるのにさ。


 普通の考えではローウェンのような変わった都市は生まれない。

 学長様とカルヴァス様の間で何かあったと私なんかは考えているんだけどね。


 え? 三十年くらい前の『祝福を受けた者』の報告書?

 ああ、読んだよ。


 不快な内容だった。確かに良く調べていたが、一つ一つの事柄の推論や結論は最悪で、人を貶める為に書いたとしか思えない。

 『祝福を受けた者』と学長様は呼んでおられるが、あんな奴は『呪い付き』で十分だ。あんた達には悪いが私はそれくらい腹が立ったんだ。


 後でお前達も読むといい。

 どうやったらここまで悪意を持って書けるのか不思議になるから。


 そいつはこの街にいるか?

 いないし、直接話を聞くのは不可能だぞ。


 何かをやらかして、他国で討伐されたようだからな。

 倒したのはお前の仲間の母親だよ。高名な冒険者であるラキシス・ゲイルスタッドとその仲間だ。きっと、ロクでもない生き方をしていたんだろうよ。

 最期は身内に殺されたそうだからな。


 さて、こんなところか。

 他に聞きたいことがあれば、何時でも聞きにくるがいい。


 私は何時もここにいるからな。

 今度はケイト、お前達の旅の話も聞かせてくれよ?




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