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エピローグ 渇いた国を後にして


 ヴァルヌークから脱出した俺達は、二日以上道なき草原地帯を歩いた後に普通に街道へと戻り、ガラル火山の山裾と湿地帯の隙間に造られた国境の砦を抜けて、学術都市ローウェンへと入った。


 ローウェンは変わった形態の国家で、国全体を都市と称している。

 他の国での首都や主要な街を大学、学校と位置づけており、国境に広がる平原も、ローウェン東部自然公園といった風にあくまで都市の一部として名付けていた。


 隣国のヴェイス商国とは敵対はしていないが仲が良い訳でもない。

 政治姿勢が決定的に違うため、お互いに不干渉を貫いているようだ。


 しかし、利益を追い求める商人達は強かである。

 高い関税が掛かるにも関わらず、両国の商人達は精力的に取引を行なっており、民間人のレベルでは交流が根強く続いていた。


 ただ、学術都市ローウェンの制度の中にはヴェイス商国では絶対に認められないものもあり、この国において取引を行う商人達は、ヴェイス商国の役人からは警戒されているらしかった。


 そんな間柄だから、国境でのチェックもさぞ厳しいのだろうと俺は考えていたのだが……。


 エルドスの発行した通行証は正式な物だったらしい。

 首都の混乱などの情報も届いていないのか、穏やかな雰囲気の平和な砦では何も引き止められる事もなく、拍子抜けするほどにあっさりと国外へと出る事が出来ていた。


 守備兵は俺の許可証一枚見ただけで、他の者は調べもしていない。



「折角偽造したのに残念ね」

「不満そうじゃのぉ。何事も無いのはいいことじゃろう」

「馬鹿共をからかえないじゃない」



 アリスは許可証の偽造の手間が無駄になったと不機嫌そうにぼやいていた。

 彼女達の許可証まではエルドスも発行していないので、自分達で用意していたらしい。俺としては面倒がなくて嬉しいところだが、彼女にとっては違うようだ。



「性根が腐ってる」



 クルスの悪態をアリスは基本的に聞き流しているが、たまに低い声を上げて笑っており、アリスはそのあたりの反応で満足しているらしい。


 なし崩し的に旅を共にするようになり、俺はアリスの性格が少しだけ分かってきた。ようするに彼女は人を小馬鹿にするのが趣味なのだ。


 ゼムドに言わせれば、”手の掛かる反抗期の困った娘”とのことだが、やっていることを考えれば、そんな可愛らしい発想が出てくるゼムドがおかしいと俺は思う。



「しっかし、面倒な国だったわねー」

「お疲れ様。シーリア」



 国境を抜けるとシーリアは頭に巻いていた布を忌々しそうに剥ぎ取った。

 太陽の下で彼女の銀色の獣耳を見るのも思えば久しぶりだ。



「これでしばらく自由よ。ローウェンだとこういうのは必要無いし」

「そのうちヴェイス商国も変わるさ」

「そうだといいけどね。その前に滅ぶんじゃない?」



 彼女はローウェンへと続く道を歩きながら、嬉しそうに伸びをしている。それを見ながら俺もようやく重苦しかったヴェイス商国を出る事が出来たのだと実感していた。



「現状のままでは、この国は間違いなく滅ぶ……か」



 俺は最近日記に書いた内容を反芻する。

 シーリアは冗談めかしてはいるが、ヴェイス商国が滅ぶかもしれないとは俺も考えていたことだった。シーリアも半分くらいは本気で言っていそうだ。


 あの国を治める評議会次第だが、利害が複雑に絡んでいるはずの大商人達が未曾有の天災が起こった時に協力し合えるのだろうか。


 エルドスのようにそれを奇貨として、利益を得ようとする金の亡者ばかりであれば、金という魔物に全てを食い尽くされることになる。それは間違いない。

 


「あんな国、どうでもいい」

「世界には色々な国があるから」



 話を聞いていたらしいクルスが吐き捨てるように呟く。

 初めての国外の価値観は彼女には受け入れられなかったようだ。


 清々したといった雰囲気のクルスは小さく溜息を吐くと、気分を変えるためかシーリアの真似をして、「んー」と声を出しながら身体を伸ばしていた。

 それで少しは気分もマシになったのか、僅かに笑みを浮かべて腕が触れ合うくらいまで俺に近付き、不安と期待が混ざったような表情で俺を伺う。



「ケイト、次の国はどんな所?」

「書物で調べた限りでは、面白そうな……いや、不思議な場所だよ」

「へー」



 ヴェイス商国は流石隣国だけあって、学術都市ローウェンの情報は豊富にあった。

 ただ、その殆どがヴェイス商国の立場から書かれたものであったため、書物の内容は学術都市ローウェンに対する批判的な意見が多い。


 だが、主観を省き、事実のみを検討していくとどうか。

 無表情なのに、瞳だけは好奇心で子犬のように輝かせているクルスの頭に、何となく手を置いて俺は続ける。



「建国王……いや、建都市長かな。彼からして奇抜な逸話を持っているからね」

「奇抜?」

「野菜相手に土下座したらしい」



 一瞬、意味が頭に染み透らなかったのか、クルスはポカンと口を開けて足を止めた。

 そして直ぐに走って俺の隣に追いつく。



「意味不明」

「うん。ヴェイス商国の書物では悪し様に書かれていたけど、俺は凄いことだと思う。クルスは何故そんなことをしたと思う?」



 話を振るとクルスは真剣に悩み始めた。

 わからないことでも、きちんと考える素直さが彼女にはある。そういうところが俺は好きだった。ただ、これだけでは判断しようが無いので、ヒントを出す。



「学術都市ローウェンが出来た時期は聖輝石が引き起こした『全滅戦争』と重なるんだ」

「うーん、確か全ての生命が同じ言葉を……あ……」



 ぽんと手を叩いて、クルスは頷く。



「もしかして、野菜に食べ物を分けてくれるように頼んだ?」

「中々出来ることじゃないよね」



 クルスは勢い良く首を縦に振った。どうやら状況を想像したらしい。

 嫌そうに口を引き結んでいる。



「最弱の魔物に堂々と捕まったとか、他にも色々あるけれど……どれもこれも信じられないようなものだったよ」

「こいつはなかなか……やる」



 神妙に頷くクルスが可笑しくて、俺は笑った。


 国そのものを学術都市にすることを考えたローウェンの初代都市長は、奇天烈な発想力を持った非常に明るい人物で、『お気楽伯爵』『楽天王』と呼ばれて親しまれていたらしい。

 彼が活躍していた時期が全ての生命が危機に陥った『全滅戦争』時代と一致していることを考えると、その明るさがどれだけ領民を励ましたのか。

 遠い過去の出来事を想像すると楽しくなってくる。



「異種族への差別がないのも大きいっすよね。都市長がエルフの血を引いているのもあるんすけど……理念がまた凄い」

「”学問の徒は皆同胞”だっけか」

「そうそれっす! まあ、それが行き過ぎて東の宗教大国から邪悪認定されちゃってるんすけど。そこが面白いんすよね。一回は行ってみたかったんすよ」



 ウルクも嬉々とした表情を浮かべて歩いていた。

 初代都市長が掲げた理念は、彼自身が率先して実践し、八百年が過ぎた今もローウェンに生きているらしい。



「楽しみだな」



 思わず呟いた俺の言葉に、隣を歩くクルスが頷く。ヴェイス商国では苦労ばかりだったが、今度こそは気楽で楽しい旅になるかもしれない。


 俺達はまだ見ぬ国に明るい希望を抱きながら、軽い足取りで渇いた国を跡にしていた。




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