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第二十九話 信用できない仲間達




 手紙の内容通りに反応を探して辿り着いたのは、大通りから二本だけ筋を離れた何の変哲もない普通の一軒家だ。

 誰も住まなくなって長いらしく、壊れた家具が散乱した薄暗い家の中で、ゼムドとアリスは旅支度を整えてかろうじて形を残していた椅子に座っていた。


 割れた窓から差し込む僅かな光に照らされた、ともすれば子供にも見える金色の髪の少女とドワーフの組み合わせはどこか幻想的で、この場所のような異国の寂れた廃屋の中ではまるで一枚の絵画のようにも感じる。


 中身はどちらも幻想からは程遠い、一癖も二癖もある曲者だったが……会話も無く静かに座っていた二人は俺達の姿を見つけると、僅かに安堵したように息を吐いて立ち上がった。



「手紙は届いたようじゃの。あの子もよくやってくれた」

「そんなに危なかったのか」

「お主達を中心に色んな動きが起きての。正面からじゃとヴァルヌークを生きて出られたかどうか、拙僧には予測もつかん」



 疲れた様子でゼムドは天井を仰いだ。

 ただ、アリスはそんな彼に歪んだ笑みを向けている。



「あらあら、その言い方だと勝手に起こったみたいじゃない。ゼムド」



 一房だけ右側で結んだ髪を一度だけ撫で、彼女は俺を見上げる。その時には感情を隠しているような、いつもの無表情に戻っていた。



「駄目よ……誤魔化しては。私が動かしたの」



 アリスは凪いだ湖面のような瞳をこちらに向けている。

 悪びれている様子はない。敵対する意思が彼女に無いのであれば、真綿で絞められているかのような現在の状況も、意図があって作り出したのだろう。



「皆、容易く踊ってくれたわ。馬鹿馬鹿しいことに」



 正面からアリスに見詰められるのは正直苦手だった。


 顔立ちが美しいのは間違いない。だが、どうしても……時折ではあるが心の奥底を見透かしているかのような……自分の中の汚い部分を撫でられているような息苦しい不快さ、嫌悪を感じるのだ。


 彼女の昏い語り口にもどうにも慣れない。

 それなのに、どこか惹きつけられるものもある。



「やっぱり敵」



 クルスが俺を庇うように前に出て剣の柄に手を当てた。

 空気が緊迫し、ゼムドも鉄棍を握る手に力を込める。



「物事を黒と白でしか考えられない」



 だが、全くアリスは脅しに動じておらず、自分より背の高いクルスを見下すような眼で見詰めていた。いや、蔑んでいると言った方が正確なのだろうか。



「本当に頭の中までおめでたいのね。この役立たずは」



 クルスの腰が落ちる。

 不要な力も抜けていた。



「クルス。剣は絶対に抜くな」



 放っておけば彼女はアリスを斬る。

 そうなればゼムドは即座に敵に廻り、この中で何人が無事でいられるかもわからない。


 不満そうに不貞腐れながらも、クルスは一歩下がった。



「何をしたのか聞いてもいいかな」

「この建物に踏み込まれるのも面倒だから、地下に降りて歩きながら話しましょう」



 偽装が施された床に設置された階段を降りながら、俺は思考を巡らせる。

 明かりは無いらしく、アリスは事前に荷物からランタンを取り出していた。それを見たウルクも「なるほど」と呟いて荷物から灯りの用意をしている。


 敵に回ったわけではないのはわかるが、彼女が何をしたのかは想像もつかない。

 アリスの口振りだと、エルドスを嵌めたのは彼女だということになるが……。


 ただ、わずか一週間足らずで商人の国の評議員まで務める、あの有能な大商人の余裕をどうやって奪ったのか。どうしてそんなことをしたのか。



「ケイトはニトログリセリンという薬品を覚えているかしら?」



 俺の疑問にアリスは直ぐに答える気はないようだ。

 ようやく口を開いたのも階段を降りて下水道に入り、城壁の直下らしき行き止まりにある隠し扉を抜けて、一本道の通路に出てからだった。



「ニトログリセリン……」



 何らかの比喩を込めて逆に彼女は俺に聞き返している。

 この世界にあるのかはわからない薬品だが、その特性は覚えていた。



「ダイナマイトの原料にもなる危険な薬だね」

「そう。少しの刺激で爆発するアレ。ヴェイス商国のとある街にそんな薬品を景気良くばら撒いた、とんでもない冒険者がいるの。誰とは言わないけれど」



 アリスは皮肉を込めて口の端を歪める。

 恐らくは俺のせいだと言いたいのだろうが。



「リブレイスとかいう組織とアリスとかいう女ね」



 それも理解した上だろう。シーリアが愉しそうに茶々を入れた。

 アリスは気を悪くした様子もなく、「そうかもね」と頷き、話を続ける。



「順を追って説明しましょう。クラウリディには『アリコルドの協定』を巡るゴタゴタで零落した貿易商が無数にいる。彼等はそれを利用して大きな利益を得たエルドスに、当然好意を抱いてはいない」

「財産を奪われたと考えているのかな?」

「近いかもね。明確に恨んでいる商人も少なくないし、ジューダスもそうした貿易商を支援することで、彼等を勢力に取り込んでいる。クラウリディは一見、『アリコルドの協定』を利用したエルドスが圧倒的な力で支配しているように見えるけれど、実際は不安定なもの」



 淡々と、しかし、心の底からの侮蔑を込めた表情で彼女は己の右手の掌を見た。



「小さな切欠でも爆発しかねないクラウリディの状況。そんな時にエルドスが見せた隙。まず、私はシーリアから得た情報をエルドスを恨む商人達に流した」

「わ、私?」

「貴女の記憶力は自慢していい。エルドスが火山の異変で儲けるために誰が何をどれだけ購入したか、市場で掴んだという情報は正確だったわ」



 アリスは驚くシーリアを皮肉を込めずに賞賛する。

 彼女はシーリアに対しては不思議と好意的だ。



「本来、エルドスは異変が収束し、火山が噴火しない事実を掴んだ場合はさり気無くそれらを売り払い、被害を最小に抑えようとしたかったのでしょうけれど……」

「させなかった……か」

「大量の物が動けば商機が現れる。エルドスは噴火に備えて、明らかに不自然な量の生活物資を買い込んでいたわ。それこそ相場が大きく変わる程にね……それを知った亡者達は奪われた財産を取り返す為に、復讐の為に、彼に喜び勇んで絡みついた」



 アリスがやったこと自体は難しいことではないのだろう。彼女はただ、僅かな情報を流しただけだ。しかし、俺には思い付かない類の発想であったことは間違いない。


 先頭に立ち、隠し通路を案内しながら歩くアリスのランタンに照らされた横顔には、どんな表情も浮かんでいなかった。


 彼女は淡々と、自分が行なった事実を説明している。

 軽い悪戯をしたといった程度の雰囲気で。



「そして、彼らが動いた後に、私はエルドスの動きを知っている者もいるはずのジューダス派の商人達にも、他の評議員達にも私は情報を流した。するとどうなったと思う?」



 そこまで話すとアリスは一度立ち止まり、俺の答えを待たずにマッチを擦る仕草をして、「シュッ」と形の良い唇をすぼめて小さな擬音を口にする。



「マッチ一本大爆発。クラウリディは今、阿鼻叫喚の素敵な地獄よ」



 彼女は歌うように、僅かに愉悦の熱を込めてそう言った。

 暗い通路の中でもわかるほど白い頬を紅く染めて、声を出さずに嬉しそうに嗤う彼女に俺は何も言葉にすることが出来ず、押し黙る。


 アリスは機を掴み、マネーゲームを意図的に引き起こした。

 この混乱はクラウリディだけには留まらないに違いない。一体どれだけの影響が出て、何人が首を括ることになるのか。


 欲深い商人達に囁くだけで、俺を見上げて艶やかに微笑んでいる小さな美しい悪魔はヴェイス商国に混乱……いや、ある意味での内戦を引き起こしたのだ。

 自らの元上司すらも巻き込んで。



「どうしてこんなことを……いや……」



 問い質そうとして俺は止めた。

 俺とエルドスの対話の際に秘書が来たタイミングとアリスの行動を照らし合わせば、それが偶然ではなく、エルドスに伝わるよう意図的に情報を流したのもアリスだということは容易に想像が出来る。


 ならば手段がどうであれ、目的に俺達を助けることが含まれているのは間違いない。

 だから、俺は悩んだ末に質問を変える。



「君は何がしたいんだ?」

「そうね……敢えて言うなら……意趣返し?」



 僅かに考えてから答えた言葉は、俺自身も考えていたことだった。

 俺の場合は諦めざるを得なかったが。確かにエルドスへの嫌がらせというならば、アリスがした以上のことは中々ないだろう。


 まるで罪と無力を糾弾されたかのように胸が痛む。


 だが、ここまでする意味はあるのか。

 困惑が伝わったのかアリスは俺を見て、クスクスと小さな声を上げた。



「難しく考える必要はない。私はただ、嗤ってやりたかっただけ」



 喉を鳴らしながらアリスは続ける。



「絶望の中で足掻いている者達を、強欲で滑稽な商人達を……そして」



 彼女らしくない過剰な演出。

 アリスは愉しそうに唄い、俺の胸に指を突きつける。



「無防備で警戒心の薄いお人好しを」



 突きつけた指をアリスは開き、掌を胸に押し付けた。



「ほら、簡単に敵かもしれない私の本当の『能力』の射程に入る。そんな貴方が組織を相手に挑むなんて正気の沙汰じゃないわ」

「向いていないことは自覚している」



 言葉だけで能力を使う気はないらしい。しかし、俺も全くの無警戒ではない。

 今使えばその瞬間、クルスは彼女の首を刎ねただろう。それくらいにクルスはアリスを嫌い、警戒をしている。異変を見逃すはずもない。


 ただ、アリスの言葉を否定はしなかった。

 腹の探り合いが苦手であることは事実だから。



「組織に力で対抗するには組織の力が必要。だけど、貴方にはそれがない。それでも巻き込まれれば抗うことを止めないのでしょう。その先が破滅しかないとしても」



 胸から右手を放し、アリスは壊れ物に触れるように優しく俺の頬に手を当てる。

 その眼差しは真摯で嘘が感じられない。



「本当に不器用なんだから」



 思わず息が詰まり、心臓が鷲掴みにされる。

 見間違えたかと俺は思った。


 少し離れれば何も見えない薄暗さの中で、アリスに浮かんでいるのは憂いの表情。

 見詰められる此方が切なくなるほどに伝わる、心から俺を案じているかのような泣きそうな顔だった。



「貴方が身を守るためには知恵が必要」



 しかし、顔から手を放すと普段の全てを諦めているかのような、無感情へと戻る。

 その前に一瞬悔やむように目を伏せたのは彼女としても予定外だったからかもしれない。



「シーリアは優秀だけど謀略には向かない。ウルクも優しすぎる。剣しか頭にないあの女は問題外」



 先程の顔を見てしまったからか、挑発しているかのような、それでいて味気のない言葉が今までとは違って聞こえてくる。

 本心がまるで見えないのは変わらないが……。



「だから、私が手を貸しましょう。汚い仕事は全て私が引き受けて、貴方を利用しようとする身の程知らずを返り討ちにしてあげる。貴方はただ、生きたいように生きればいい」

「都合が良い話だね。俺にとっては」



 絹糸のような金色の髪がウルクの持つランタンに照らされて、薄い朱色に輝いている。

 アリスは既に俺に背中を向けて歩き始めていた。表情を隠す為かもしれない。

 


「信用しなくても構わない。貴方が敵に回ろうとも私はそうするだけ」



 アリスの真意は何処にあるのだろうか。

 とても俺が彼女に好かれるようなことをしたとは思えない。好かれる理由もない。利用する価値があるのかも定かではないし、善意で助けるような甘い人物でも無いだろう。

 ただ、彼女が隠したかったらしい表情には、深く重いものが感じられた。


 命を賭けることも辞さない無償の好意。

 それが余計に俺を混乱させている。



「エルドスは破産させたかったけれど時間が無い。評議会の手の者がお互いを牽制している間にこの国を脱出しないと」

「ここまで経済を混乱させる意味はあったのか?」

「貴方の安全を確保するためには確実に必要。最も厄介な敵はエルドスでも評議会でもない。優先順位を間違えてはいけないわね」



 アリスは通路を足を止めずに歩き続け、斜めに切り立った行き止まりに達すると、ゼムドにランタンを預け、側面の壁に埋め込まれた仕掛けを操作した。

 すると、急勾配な壁の奥の天井から夕暮れの朱い光が差し込んでくる。


 強い草の臭い。出口に到着したらしい。

 方角的にはヴァルヌークの南西の郊外か。視界の良い、弓を活かせる地形。俺達にとっては安全な場所だ。


 揺れる丈の低い草原の中、急に光を浴びてアリスは眩しそうに眼を覆っていた。



「大混乱という餌は、他でもないジューダスという怪物を足止めするためだけに用意したの。あいつにとっては多分、噴火なんてどうでもいいこと。本来の目的はヴェイス商国の吸収と聖輝石」



 そして、眼をゆっくりと慣らしながら、俺の疑問に答えてくれた。

 逆に考えれば、良く知るアリスが足止めにそれだけの犠牲が必要であると評価をしている程の相手だということだ。



「混乱こそがジューダスの望みよ。今頃、降って湧いた機会を利用して、嬉々としてリブレイスの財力を増やしているはず」

「怪物は怪物同士で争って貰う……か」

「ええ。善良な人間は無力だから、安全な場所に避難するべきね」



 善良からは程遠い彼女は、わざとらしい棒読みで肯定する。

 流石に爆薬に点火するだけして、消火もせずに逃げている自覚はあるらしい。



「学術都市ローウェンはリブレイスの手が殆ど伸びていない。本当に、今度こそ厄介事に巻き込まれいように……きっと無理なのだろうけれど」

「心配せずとも退屈だけは絶対にしないわよ」



 皮肉を込めたその言葉に、シーリアは笑って頷いた。

 彼女も否定をしてくれる気はないようだ。



「俺は平和に観光したいだけなんだけどね」



 そんな二人に俺は頭を掻いて苦笑いをする。

 俺自身は旅さえ出来れば退屈でもいいし、寧ろそれを望んでいるのだが……。



「そう……貴方には平凡が似合うわ。楽しい旅になるといいわね」



 日が傾き始め、紅く染まり始めた太陽の元、薄らと微笑んだアリスは本当に心の底から自然にそう言っているように俺には思えていた。




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