第十五話 祭りの前
8歳の夏もあっさりと過ぎさり、クルト村にとって最も重要な実りの秋が近づいてきた。
ホルスは一時は気持ちの揺れが見られたものの、何時の間にか何かをきっかけに完全に吹っ切れたらしく、明るく日々を過ごしている。
ただ、なんとなくだが変わった気がしている。
それはそうと秋……というのはこちらの世界に来てから特別な意味を持っている。
農業が主産業の我が村では、収穫という一年の総決算的な仕事とその後に控える収穫祭という一年で最大の行事が待っているのだ。
ある意味一番忙しい季節である。
収穫祭では同時に成人の儀式も行われる。
村では成人年齢は男女問わず16歳であり、うちの次兄も来年に成人を控えている。
16歳になれば大人として完全に認められ、結婚や農地、職業を継ぐ権利とそれに伴う義務を負うことになる。
名実ともに子供時代の終わりを意味していた。
収穫も終わり、収穫祭も翌日に控えて村中が準備で忙しくなっていた時、俺達五人も祭りの食べ物を調達するためにいつも以上に狩りに力を入れていた。
鹿二頭、猪一匹、鳥六羽を仕留め、大漁な成果に笑顔で村の祭りを準備している場所に獲物を運ぶと村の準備をしている大人たちから歓声が上がる。
さらにその周りで細々とした仕事を大人の指示を受けながらやっている子供達もはしゃぐような歓声を上げた。
祭りの準備は老若男女関係なく全員で準備を行っているため、色んな世代から視線が集まっている。
「へ、こういうのも悪くねえな」
猪を仕留めたマイスはそんな視線を受けて嬉しそうに笑う。
ヘインとホルスも悪い気はしていないようだ。
「じゃあ、先帰ってていいよ。後やっとく」
「ああ、ケイト。頼んだよ」
狩りが長時間行われた上に大物が相手だったので体力が比較的低い彼には大変だったろう。
やせ気味で表情にはちょっと疲れが見えるヘインが心底疲れたように呟いた。
村長の息子という立場もあり、皆との相談で肉の配分の調整を俺がすることになっていたのである。
俺とまるで当たり前のことのようにクルスが残り、三人が手を振って帰って行く。
配分そのものはそれ程時間は掛からず、15分程で終わった。
元々歩きながら考えていたのもあるが、殆ど大雑把に分けるだけだったからだ。
毎年のことだが誰がどの料理を食べるかなんて酒が入る途中からは誰も覚えてないし、結局どうでもいいことなのだと思う。
そんな無意味な時間を過ごして、帰りはクルスと二人並んで歩く。
隣を歩くクルスとの距離は手の甲と甲がたまにあたるくらい近い。
身体の距離が心の距離とするなら、俺たちの友人関係も大分深くなっているのではないだろうか。
つらつらとそんなことを考えて暫く歩いていると急にクルスが立ち止まった。
そして、ぽつりと呟く。
「なにあれ」
その言葉に俺も前を見ると、遠くでマイスが三人組の少年に囲まれているようだった。
ホルスとヘインは今いる場所より前で別れているはずだし、遠くて見え辛いがマイス以外の三人組みは他の少年に間違いない。
相手の身長はマイスと変わらないくらいにあるので成人少し前と言った所か。
「さてどうするかな。」
「様子見。」
先ほどまで機嫌よく歩いていたクルスが若干不機嫌そうに即答する。
少しだけ考えて、どちらかというと彼の心配より相手の心配をするべきだろうということに気づく。
いざとなったら止めないと……と、苦笑いして左手で頭を掻きつつ、少し話が聞こえるところまで近づくことにした。
すると争う声が聞こえてくる。
「格好つけんなよ!」
「そいつがのろまだから悪いんだろ。どけよ」
マイスは黙って立っているだけだ。
恐れているなんて有り得ないから、おそらくどうするか悩んでいるだけだろう。
よく見るとマイスの後ろに背の低い女の子が隠れていた。
なんか、既視感が……。
三人相手だと女の子に被害が行く可能性もある。
それでも負けないだろうが……喧嘩しない方が平和で良さそうだ。
俺は早めに助け舟を出すことにした。
「そこで何してるの?」
「お前らなんだよ。子供はさっさと帰れ」
「……やるの?」
穏便に会話で終わらそうとした所にクルスが割り込む。
ぎっ……と、相手を下から本気で睨みつけると、マイスを囲んでいた三人は一瞬びくっと震えたあと、悪態を吐いて去っていった。
「あー。すまんな二人とも助かったぜ」
「どういたしまして」
マイスが俺たちに苦笑いしながら手を上げる。
声にはいつもの元気さがなく、少しだけ落ち込んでいるように見えた。
「昔の自分の無様さがようやくわかった気分だ。あんなに格好悪いとは……」
「まあそのなんだ……気にするな」
「私も気にしてない。それより彼女」
クルスがマイスの後ろで怯えていた茶色い髪をポニーテールにした小柄な幼い感じの女の子に顔だけ向ける。
美人ではないが細身で穏やかな感じの可愛らしい感じの子だ。
一つか二つ上くらいだろうか。
「同年代で見たことないな……そいや誰だ?」
「あ、その……リイナといいます。貴方はマイス君……だよね。エレンちゃんの所の」
「そうだけど」
マイスは覚えがないと言った感じで困惑したように首を傾げる。
エレンというのは男勝りな気風のいい性格の二つ上のマイスの姉だ。
うちの姉とも友人で会うと大抵ひどい目にあうので俺は苦手だった。
「わ、私あの子の友達なの。さっきはその……あ、ありゅ……ありがとうございました!」
顔を真っ赤にして必死な感じでマイスに90度で頭を下げた。
なんだか見ていて微笑ましい気分になってくる。
「しかし、姉貴をちゃん付けで呼ぶなんて度胸あるなぁ」
「え……だってエレンちゃん年下だし……」
「「「……え?」」」
三人とも驚いて思わず声を出してしまう。
「わりい。俺と同じ歳くらいだと思ってた」
「うう……いつも言われるんだよね。どんくさいせいでみんなにも怒られたし……はぁ。明日どうしよ……毎年憂鬱……」
マイスが平謝りし、困ったようにリイナは呟く。
明日の話は恐らくは祭りでの夜の踊りの相手のことだろう。
祭りの日に友人や気に入った相手とキャンプファイヤーで踊るのだ。
若い男性や女性にとっては恋人や結婚相手を探す場でもある。
「姉貴は……無理か。うーん」
「……マイスと踊ればいい」
「俺か?」
リイナにクルスがそう提案する。
マイスは嫌といった感じはしないが多分何も考えていないだけだ。
「え!……でもマイス君って人気でしょ……私なんか……悪くないかな?」
不安そうに、自信なさそうに呟く。
マイスは本人は知らないが女性の間では本当に人気になってきていた。
畑は継がないものの生活手段は既に確保しており、弟思いで知られていて性格は悪くない。
男らしくて顔も悪くない……そして、今のところ年齢的に当然だが女性の影が無い。
そんな感じでかなりの優良物件として現実的な女性達に狙われている。
「別に相手なんていないしいいけど」
「え、ほんと!」
ぱぁーっと、リイナがマイスを見上げて本当に嬉しそうに顔を輝かせる。
彼女にはそんな裏はあんまりなく、彼と踊れることを単純に喜んでいるように見える。
マイスはそんな彼女の邪気のない明るい笑顔を見て、照れたように顔を少し赤くしてそっぽを向いた。
なんだか祭りが楽しみだ。
「ケイト。私も踊ってみたい」
「うーん、相手どうする?」
「ケイトがいい」
恥ずかしいんだけどなぁと思いつつ、まあいいかと俺は彼女に頷いた。