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第二十三話 数分間 前編




 速度の無い光の玉。見掛けは灯りの魔術のように無害そうに見えた。

 だが、違う。


 圧縮された魔力の繭のようなそれの中では恐らく局所的な、文字通りの嵐が吹き荒れていたのだろう。

 そして、行き場のない力はアリエルに命中した瞬間に大きく弾けたのだ。


 轟音と共に起こった光景に俺達は等しく目を奪われた。

 シーリアの放った光の玉は無数の光の鎖に変化してアリエルを縛り上げたのである。



「おおおおおお、何すかこれっ!」



 続けて暴風が俺達を襲った。転ばないように身体を屈めてそれをやり過ごす。



「死んだ? 元々死んでるけど」

「多分まだだ。投擲用の短剣、まだ残っているなら出して」

「ん」



 クルスも自分で言いながらも倒せたとは考えていないらしい。即応できる体勢を取り、俺の言葉に首を傾げつつも素直に従っている。

 この巨体を前にしては短剣など焼け石に水だ。

 しかし、この魔術の後では必要になるかもしれなかった。



「グゥゥゥゥァァァァゥゥゥゥゥゥゥ!」



 アリエルが低いくぐもった声を上げる。

 肉を焼く、嫌な臭いが立ち込めていた。光の正体は雷だった。


 ガランドフレイの眷属である彼女は熱に強い。しかし、さすがにこのシーリアの魔術は許容量を超えていたようだ。以前、クラストディールにアリスは似た魔法を使っていたが、規模と威力はまるで違う。

 人間があれを食らえばどうなるか、想像もしたくない。



「く、倒しきれないか! 自信あったんだけどな……残念」



 シーリアが苦しそうに肩で息をしながら呻き、下がって息を整える。

 目の前の巨獣は雷の檻に囚われながら、それでも動きを止めなかった。感電して痺れ、苦しげに咆哮しながらも彼女は立ち上がり、俺達を怨念を込めて睨む。


 俺は冷汗を掻いた。シーリアの魔術は強力だが致命的な弱点もある。

 やらずに済めばと思ったが効果時間が思いの外長い。それだけ強力だということなのだが……だからこそ、危ないのだ。



「クルス。短剣を相手の投げろ! 何処でもいい! 絶対に命中させるんだ!」

「……?」



 思わず切羽詰った声になった俺に、クルスはきょとんとしながらも言われたとおりに投げる。瞬間、弾けるような轟音が響き、アリエルが覆われていた雷がフッと消えた。

 どうやら短剣が届く前に『落ちて』しまったらしい。


 短剣は身体ではなく地面に刺さり、遠目に見ても黒くなって煙を上げている。

 アリエルの内部を焼き尽くすことには失敗したが、これなら俺達を巻き込むことはない。一応、能力では確認しておく。



「失敗した……でも……なるほど」



 平坦な声だった。肌が泡立つのを感じる。

 クルスは気付いてしまったらしい。当たり前か。


 内心でだけ空を仰ぎつつも、俺は牽制の土魔法を使い続ける。



「シーリア、後で説教」

「さすがシーリアさんっすね。あらゆる意味で恐ろしい魔術っす……」

「う、えーっと…か、改良の余地ありね!」



 とぼけて慌てるシーリアに顔を向ける余裕はない。土の精霊を足に張り付かせているが、アリエルは苦も無くそれを振り落とし、重量を感じる低い音を立てながら、踏み殺さんと駆ける。



「狙いは俺か」



 下唇を軽く舐める。自分の背丈より高いところから見下ろされる圧迫感。

 だが、動きは直線だ。噛み付こうと突進してきたのを横に飛んで避ける。


 大きくは避けない。俺達の役割は彼女を引き付けることだ。

 すぐに方向転換して再び俺を狙い、今度は飛び掛かってきた。


 避け損なえば押し潰される。その恐怖を歯を食いしばって耐え、必死に身体を動かす。



「でかぶつ。お前の相手は私」



 俺が避けた先にクルスは待ち伏せていた。クルスはすれ違いざまに足を斬る。相手の勢いを利用した、それでいて巨体の重量に逆らわない見事な切り口だった。

 だが、その傷には黒い異形が集まり、直ぐに塞いでしまう。



「不死身? 思った以上に厄介」

「効いていないわけじゃない! クルス! とにかく足だ!」



 その分、僅かだが俺の眼に見える心臓の黒い影は薄くなっていた。

 動きは変わらないが無意味ではない。クルスを励まし、アリエルを引き受けた彼女を石を投げて援護する。

 三度の交差。ただ、それだけで、俺の背には滝のような汗が流れていた。

 クルスも表情に余裕がない。



「うーん、自分の武器じゃ厳しいっすね」



 ウルクは両手に持っていた短い槍の一本を背中に戻し、両手で槍を構えて、背後に迂回するように走っている。

 ゼムドは動いていない。時を待っているようだ。



(ゼムドは……信じるしかないな)



 俺もウルクに習って剣を両手で持つ。魔力はまだ残っているが温存している。

 結界で捕らえていた時間を含めてもまだ二分。ペースを考えなければ最後まで持たない。


 アリエルは今度はクルスの目の前で急減速して足を止め、後ろ足で立ち上がって高速で前足を振り下ろす。



「くぅっ!」



 タイミングをずらされたクルスが焦りの声を漏らす。

 瞬間、ウルクが背後から後ろ足に槍を突き入れ、俺が胴を切り裂いた。

 

 僅かに体勢が崩れた一撃をクルスは後ろに飛ぶことで、かろうじて回避する。アリエルの腕はそのまま地面に振り下ろされ、激しい音を鳴らし、土煙を巻き上げた。

 そして連続で噛み付こうとしたがクルスは近付くアリエルの頭を足掛かりにして横に飛んだ。



「クルス!」

「大丈夫。一瞬だけだから影響ない」



 尋常な身体能力で出来ることではなかった。俺であれば噛み殺されていてもおかしくはない。

 クルスも身体の負担の大きい『狂化』を足を踏み込んだ時だけは使ったようだ。


 前足での一撃は完全には避けられなかったらしく、彼女の鎧の左の肩当は弾け飛び、そこから覗いている服からは血が滲んでいる。



「おおおおおおおっ!」



 クルスの無事に安堵の息を吐く暇はない。俺は休まずに二度切り下ろし、此方に意識が向けられた時にはアリエルから距離を取っていた。

 今のところは俺達三人で食い止められている。


 しかし、僅かな時間で俺達は目に見えて疲労していた。そして、掠っただけでこの威力。体力と集中力が切れた時が俺達の最期になってしまう。


 アリエルの動きが止まる。

 次の瞬間、彼女は俺達を無視し、猛スピードで魔術の術式を繋いでいるアリスに向けて走り出した。



「しまっ……!」



 彼女は動けない。俺も咄嗟に身体が反応しなかった。だが、一つの影が動く。



「『炎の理』『風の理』『一線』……貫けっ!」



 相手の急な動きにも反応したシーリアは得意魔法を詠唱し、放つ。だが、炎は彼女と相性が悪いらしく、怯ませることも出来ずにかき消された。一瞬動きを止めただけだ。

 だが、彼にはそれで十分。



「邪悪に縛られた者にはこいつは良く効くじゃろうて!」

「ガラウゥッ!」



 小さな黒い塊が放たれた弾丸のようにアリエルに向い、手に持った鉄棍を横から前足に叩き込んだ。

 勢いを付けたその一撃は鈍い音と共に前足の骨を砕いたらしく、アリエルは叫び声を上げて大きく前のめりに倒れていた。

 巨体といえども、生き物だった以上骨の位置は変わらない。


 ゼムドの鉄棍には何かの細工があるらしく、回復の速度はクルスの剣よりも遅いようだ。

 それでも、稼げる時間は少しだけ。その間に俺達は態勢を立て直す。


 アリスはその間、アリエルに一度も意識を向けなかった。

 集中していたからか、度胸があるのか……俺達を信じているのか。



「終了」



 彼女は小さく息を吐き、アリエルに向き直る。どうやら術式は完成したようだ。

 ガルムに怒涛のように破格の力が流れているのが視える。



”力は我に流れ込んでいる。時間を稼ぐのだ。我が使徒、アリエルは『火神の息吹』を今も使えるかもしれん。口元が紅く輝いたら気を付けろ”

「先に言えっす! あ……すみません、ガランドフレイ様! すみません! つい!」



 ウルクが神速でツッコミ、同時に謝っていた。俺の能力ではその力は見えていない。使えないのか、それとも神の力だから表示されていないのか。

 恐らくは地面をガラスに変えた攻撃のことだろう。皆も可能性は考えていたに違いないが……。



「ケイト?」

「油断はするな。怪しい動きを見せたら逃げることを優先するんだ」



 クルスの僅かに不安を滲ませた声に俺は即答した。

 戦闘中は迷わない。仲間にも迷わせない。


 能力にも限界がある。

 あまり鵜呑みにし過ぎない方がいいと心に留めて置いた。


 アリエルは小さなガルムに……ガランドフレイに向けて敵意を込めた唸り声を上げている。彼こそが、この中で最も警戒すべき相手だと、本能的に理解したのだろう。

 それが生前の記憶のせいなのか、獣の勘なのかはわからないが。



「私の舎弟を狙おうなどとは不届き千万。ばばばばばば万死に値する。ふっ」



 今まで戦闘から逃げていた態度の大きい空飛ぶ子犬、アルトはガルムの頭の上に止まり、アリエルを指さして威嚇した。震えていなければ尊敬したのだが、一応、彼もガルムを助けてくれる気はあるらしい。


 殆ど動けないガルムを庇い、ガランドフレイが力を溜め込む時間を稼ぐ。

 ここからが戦いの本番だった。




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