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第二十話 炎の竜の頼み



 初めに浮かんだのは神という言葉だった。

 少なくとも俺はそう感じた。


 火口に翼を羽ばたかせて浮かんでいる炎で形作られた竜は、力強く、生命力に溢れ、巨大でありながら真紅のルビーを職人の手によって繊細に彫り込んだような美しさを持っている。

 そのドラゴンからは膨大な魔力がガルムに流れており、宿るガランドフレイはそれを利用してこの空間を作り上げているらしい。


 だが、目の前の存在は神ではない。

 彼の言葉が正確であるならば、恐らく最上位の精霊の内の一体なのだろう。


 白い霧の中、俺はその威容に眼を奪われながらも、冷静に違和感に気付くことが出来ていた。



(これほどの存在が火山にいて、『この程度』で済むはずがない)



 ガルムの身体を使っているらしいガランドフレイの不思議な力によって熱さは感じずとも、炎の竜、ガラルが尋常な存在ではないことは容易に理解できる。

 また、火山という場所は火の精霊にとって、最も力を発揮できる場所の一つであるはずであり、当然火山自体もその影響を受けずにはいられないはずだ。


 だが、ガラル火山は八百年もの長きに渡って噴火していない。

 活発化している今でも頂上の近くにかろうじて、中位精霊がいるくらいだった。


 腑に落ちない。

 そんな俺の感情を見抜いたのか、ガラルはこちらに視線を向ける。



《災厄を運ぶ者よ。疑問があるのならば答えよう》



 厳かでありながらどこか人間くさい会話を楽しむような声。

 災厄を運ぶ者とは俺のことのようだ。以前アルトもそんなことを言っていたが、ガラルが冗談を言っている様子はない。

 無力な俺への過ぎた異名に苦笑が零れそうになるの抑えながら、俺はガラルに問いを投げ掛ける。



「ガランドフレイはガルムを通じて、貴方の目的が聖輝石を守ることだと言いました」

《間違いではない》

「だけど、貴方の行動には矛盾がある気がします」

《ほう》



 俺の言葉にガラルが気分を害した雰囲気は無い。

 聖輝石を欲を持った者から守るだけであれば、取り得る手段は幾つもある気がする。俺は彼らの会話の断片を、頭で整理して質問を続ける。



「何故、聖輝石の守り手であり、火の支配者である貴方が噴火を抑えているのですか?」

《そう考えた理由は?》

「本気で噴火させる気があったなら、今頃、眼下に広がっているのは緑の絨毯ではなく、全てが燃え尽きた黒い海でしょう。そうすれば今いるこの場所は人が近寄ることが出来ない魔境となります。その上で火口に聖輝石を投げ込めば、確実に守ることが可能だと思うのですが」



 ガラルは俺の疑問にすぐには答えなかった。

 その時間がウルクには耐えられなかったようで、ハラハラしている様子で俺の肩を掴み、半泣きで首を横に振っている。

 俺も怖いが、聖輝石のことであれば俺達も無関係ではない。この謎の石がどんな役割を担っているのかは知っておきたいのだ。


 クルスも不安になったのか俺の手をぎゅっと握っている。


 沈黙は一分程だった。そして、ガラルは溜息を吐く。

 彼の大きな顎から吐き出された息は、この霧の中でも熱さを伴った暴風となって、俺達の髪を掻き乱していた。



《迷うことなくここまで来たのであれば、我々が自然にここに顕現したわけではないことはわかっているのだろう?》

「はい」



 見上げる俺の視線と、見下ろすガラルの視線が重なる。彼の真紅の瞳に醸し出している雰囲気ほどの力は無く、どこか疲れ果てた老人のようだと俺は思った。

 ガラルはしばらく間を置いてから再び口を開く。



《聖輝石を守るために……いや、『封印』するために、八百年前、優秀なエルフの術師の命と引き換えに、我は召喚された。彼女の仲間は二人。この仕掛けを作った魔術師、ディールと我等の小さき友、獣人の儀式神術師、アリエル》



 冷たい汗が額を流れる。命までも賭けたとはいえ、ガラルを呼び出すというのは並大抵の術師が出来ることではない。少なくとも俺には無理だ。

 そんな術師が命を落としてまで聖輝石を守ろうとした事実に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けていた。

 ガラルはそのまま昔話を続ける。



《火の支配者たる我が顕現すれば、自然の均衡は大きく崩れ、火山の噴火は避けられぬ。そうなれば、聖輝石は永遠に失われてしまう。彼等は悪用は恐れていたが、希望もまた持っていた。その石自体は正邪の無い、純粋な力だからな》

「使い方次第と?」

《うむ。そうだ。だからこそ、永遠に失わせることは最後の手段と彼等は考えていた。そこで魔術師は我が永遠に顕現しても、自然の均衡を保つ方法を考えたのだ。それがこの魔法の装置であり、小さき友、アリエルによる『炎の巨熊』たるガランドフレイの召喚だった》



 話が少しずつ見えてきた。興奮でクルスの手を強く握り締め過ぎてしまい、彼女から小さな呻き声が上がる。その声で俺は我に返り、すぐに自分を落ち着けるために呼吸を整えた。



《炎を糧とするガランドフレイに我の余剰の力を使わせることで、両者が存在し続ける装置を魔術師は構築したのだ。我が存在する限り、ガランドフレイの依代たる小さき友、アリエルもまた不死身であり、我もまた力を完全に制御することが出来た。そして、万が一、アリエルが認めた者が現れず、彼女が戦いに敗れた時には火山を噴火させることで、聖輝石を守ることも出来る。それが魔術師、ディールが考案した計画だ》



 ガランドフレイは炎を吸収し、ガラルは火山の力を生かす。圧倒的な存在である両者が相互に力を融通することで、永遠に聖輝石を守るつもりだったらしい。

 事実として八百年もの間、聖輝石は守られている。


 エーリディ湖の水竜、クラストディールのように近付かなければ無害であるために、捨て置かれただけかもしれないが、もし、聖輝石の話が広まっていたとしても、このガラル火山で目の前の炎の竜に勝つことは不可能に違いない。

 だが、今はそのことは重要ではない。



「だけど、実際にはガランドフレイ……いや、アリエルが倒れた今も、貴方は噴火を抑えている」



 計画は既に破綻しているのだ。

 恐らく、ここを狙ったジューダスはガラルから流れる魔力を遮断し、弱体化したアリエルを倒した。今はガラルから魔力は流れず、さらに火山活動のせいで火の精霊である彼の力は高まる一方だろう。


 当初の計画通りであれば、契約通りに積極的に噴火をさせていてもおかしくはない。

 なのに、ガラルは力を抑え込んでいる。


 俺の疑問にガラルは苦笑するかのように、僅かに口の端を上げた。



《八百年……そう、八百年という刻は長いのだ。短命の人間にとってだけでなく、自然と共に悠久の時を生きる我々精霊や、ガランドフレイのような神にとっても……》



 彼は俺から視線を外すと、その背後にある景色を臨むように首を持ち上げる。



《我が召喚された時、麓の光景はここと変わらぬものであった》



 草一本生えることのない赤黒く焼けた大地。

 かつての光景を眺めているかのように、ガラルは語る。



《大災厄によって引き起こされた死滅戦争は全ての生命を等しく刈り取り、大地を何者も存在し得ない荒野に変えたのだ。だが、今は自然の力と人の営みによって、眼下の大地は大きく姿を変えている》



 彼は結論を急がなかった。

 昔を懐かしむように、ゆっくりと話している。


 クルスとウルクも炎の竜が語る過去の物語に、感動し、入り込んでいるようだ。

 しかし、俺は悪寒が止まらなかった。


 話の流れを考えれば、聖輝石がどう関わっているのかが簡単に想像出来てしまう。その重さも。



《我とガランドフレイ、アリエルは縛られている間、変わりゆく大地を異なる場所から見下ろしながら、永遠と思える程の長期に渡り、幾度となく話し合った。精霊と神と人。異なる理を持つ我等がお互いを理解し、友となる奇跡を起こすにも八百年という刻は十分な時間だ》



 精霊は元来自らを司る自然を表現する存在であり、当然ながら人間の常識や感情などとは無縁だ。だが、火を司る炎の竜は明らかにガルムに宿るガランドフレイや亡くなったアリエルに明白な親愛の情を見せている。



《人間や獣人達だけでなく、神や悪魔、魔物、植物、羽虫の一匹に至るまで生存を掛け、自らの意思で争った死滅戦争の傷跡でさえも刻は簡単に癒し、命に溢れた美しい大地を作り上げていく。燃やす以外に能がない我には思いもよらぬことだった》



 だから簡単なことなのだとガラルは俺の方を向き直し、笑って言った。



《力を抑えている理由は難しくはない。我はただ、やりたくないだけだ》



 単純明快。わかりやすい理由だった。

 契約に縛られるはずの精霊らしくはなかったが、好感は持てる。そんなカラッとした笑みだった。



《だが、それも限界は近い。我もまた時を置かずして狂うことになるに違いない。そうなれば、我が小さき友の魂は邪悪な者に弄ばれたまま、封じられたガランドフレイと共にこの山の一部となって消え去ることになるだろう。それは我にとっては契約以上に重要な事柄だ。彼女の八百年にも及ぶ『贖罪』の結末がこのようなものとなることは、友として看過出来ることではない》



 炎の竜は感情を高ぶらせているのか身体から大きく炎を吹き上げて、シーリア達が解析を続けているガランドフレイ……アリエルの居場所に頭を向ける。



《取引をしよう。災厄を運ぶ者よ》



 どこか必死な、真摯な想いの篭った声でガラルは続けた。



《噴火を止める術が我にはある。もし、我が友たるガランドフレイとアリエルを解放してくれるのであれば……我はその行動に報い、お前に協力しよう》



 そこまで言った後、彼は自嘲するように息を吐く。



《八百年以上にこの数ヶ月は辛く、長かった。我も終わりにしたいのだ。お前達には友と再会させてくれた恩もある。協力せぬなら……安全な間に早く立ち去るが良い。それはお前達の自由だ》



 彼の言葉には絶望が滲んでいた。それが危険であることを理解しているのだ。

 俺はクルスとウルクに無言で確認を取る。そして、俺は答えた。



「最善は尽くします。どうしても無理なら逃げますが」

《構わない。元よりお主の責任ではないことだ。感謝しよう》



 クルスは無表情で、ウルクは仕方なさそうに笑って頷いていた。






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