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第十九話 炎の支配者




 ガラル火山の頂上付近には噴火した後に固まった溶岩があちこちに転がっている位で、植物等は一切生えていない。

 赤茶けた山肌に真っ当な生命が全く存在しないのは、吹き上がる蒸気や硫黄も関係しているだろうが、それ以上に狂った炎の精霊達が地面を焼いているせいでもあった。


 そんな危険な火山の頂上を目指し、俺達は俺を先頭に、ウルクとガルムを最高尾のクルスが挟むように早足で歩いている。

 シーリアはアリスと共に結界の解析をしており、ゼムドはその護衛として残っていた。空から敵を見つけられるアルトも居残りだ。



「難儀な山っすねー。よっと! 次は?」

「空を飛んでいる炎の鳥は俺がやるよ。クルスとウルクは近付くサラマンダーとリプットに集中を。特にリプットの変則的な動きには注意するんだ」



 ここに来て見慣れた炎の蜥蜴以外の精霊も現れ始めている。

 炎の下位精霊、小人の『リプット』は道中にも出会ったが、初顔の炎の鳥はサラマンダーやリプットよりも遥かに大きく、人間と同じくらいのサイズはあった。炎の勢いも強い。



「蜥蜴に小人、今度は鳥か」



 ただ、幸いにも遠距離攻撃は持たないのか、無数に転がる巨大な溶岩を盾に使っている俺達を相手に、お茶を濁すように体当たりしようとしてくるだけだ。



「ウルク、まだ効率悪い。ちゃんと炎が濃いとこを狙う」

「そんなの普通わからないっすよ! 無理無理! 絶対無理っす! これが限界っ!」



 傍ではクルスが能力無しでは俺も出来ない神業をウルクに要求しているが、彼女にとっては普通なのだろう。理解できない様子で眉を寄せ、淡々と近付く敵だけを少ない手数で片付けていた。

 対するウルクは短槍で、核のある大体の場所を必死に叩き潰しているようだ。



「魔力の流れが見える……核は……」



 炎の精霊は魔力の塊であり、魔力を『視る』ことが出来るようになった俺には相手の飛ぶ軌跡が尾を引いているように見えている。だから、炎の鳥の動きが速くとも、法則性も分かりやすい。



「キィッ! キィェェェェェェェェェェッ!」



 どこから音を出しているのか不安を煽るように奇声を上げ、仲間達を狙って用心深く一撃離脱してくる巨大な炎の鳥を、急所である核を剣で狙うことで牽制しながら、俺は相手の動きの観察に徹する。

 

 癖を見抜くと俺は石を片手に意識を集中し、土の精霊を呼び出す要領で魔力を込めた。



「動きを急には変えられないか。有難い!」



 巨大な身体が狙う仲間を一瞬で検討を付け、予測して石礫を投げる。小鳥をこの技で落とすことが出来る俺にとって、炎の鳥の巨大な核を狙うのは造作もなかった。



「よしっ!」



 大きく揺らぎ、地に落ちた炎の精霊の核に剣を突き入れると、元より何も存在していなかったかのように消滅する。同時にこの精霊の名前やスキルが能力に映るようになった。

 その結果判明した意外な強さに俺は焦り、慌てて周囲を見回したが、この鳥は能力の範囲には他におらず、安堵の溜息を漏らす。



「『カセウェアリー』。中位精霊か。早く倒せて良かった。知らないのもたまには悪くないな。危ない危ない」



 緊張のせいで額に流れた汗を拭う。

 簡単に倒すことが出来たが、相手は強力な精霊だった。落ちた地面が明らかに他の精霊が通った後よりも黒ずんでいたのがその証拠だ。恐らく触れられただけでも大火傷を負ったはず。あっさり倒せたのは運と相性が良かっただけかもしれない。



「うううー……うううううー!」



 人数が減ったことで苦戦続きになった俺達に付いてきているガルムは、丸みのある三角の耳を伏せ、泣きそうな必死の表情で足でまといにならないように位置を考えて逃げ回っている。



「ガルム。それでいい」



 俺が声を掛けると獣人の少年は恐怖に負けじと歯を食いしばって力強く頷いた。その姿にクルスが小さく頷き、ウルクが下手な口笛を吹いて笑う。

 明らかに頂上に向かうのは危険であり、当然、全員がガルムの同行は反対していた。

 アリスとゼムドはまだまだ信用しきれないが、ここでガルムを害する意味はないし、狂った精霊や魔物もおらず、今向かう場所に比べれば遥かに安全だったからである。



「うん。へっちゃら! 僕も頑張る」

「頼むよ。もう少しだから」



 それでも同行を認めたのは、彼自身が自分の意思で協力することを望んだからだ。

 祖霊をその身に宿したガルムは、頂上の存在と対話するためには自分が必要だと言い、だから絶対に付いていくと言って聞かなかった。

 もしかすると祖霊からそう説明を受けたのかもしれない。

 危険を説明し、祖霊に言われただけなのであれば、同行しないように説得した俺に彼は、



「みんなの案内が僕の仕事だから、ちゃんと最後までやる」



と、震えながらも瞳に決意を込めてそう言い切ったのである。

 確かに行っても話が通じなければ無駄足だ。ガルムの力は必要なのかもしれないが……。



「祖霊様の力で火には強くなっているらしいから……大丈夫」



 彼に憑いた祖霊、ガランドフレイと同じ形に変わりつつある耳と尻尾を触りながら、ぎこちなく笑った彼の言葉は本当だ。

 俺の能力でそのことは理解できたが、それでも明らかな無謀だった。

 ガルム自身も理解しているようだったが、彼にも俺達への好意だけでなく、彼なりに恐怖に打ち勝つ程の真剣な理由があるようだった。


 幸いにも頂上までは彼に怪我をさせることなく、登り切ることが出来た。

 まだ下りは残っているため、安心は出来ないが何はともあれ巨大な火口付近まで近付けている。この周辺には狂った精霊はいないが、何もなくとも巨大な『何か』の存在は感じることが出来ていた。



「ケイト。危険。逃げる?」

「やばいっすねー。これは失敗っすかね?」



 それを感じているのは俺だけではなく、クルスとウルクも同じであり、彼等もまたいつでも逃げることが出来るように、周囲の熱気で吹き出る汗も拭わず、真剣な表情で身構えている。優れた戦士でもある彼等はここにいる存在が手に余るものだと理解できているようだ。



「ここまで来たんだ。最後まで行ってみよう」



 感じる恐怖を押さえ込むために、俺も唾を飲み込む。

 ガラル火山の火口は広大で、全てを飲み込んでしまいそうな程に巨大である。歩いている俺達など、その広さからすれば芥子粒のようなものだろう。

 俺達はそんな火口の縁を魔力の流れに沿って進んでいく。その終点には溶岩によって作られた、小さな祭壇があった。


 強い熱風が音を立てて吹き付け俺達の外套を大きく揺らす。

 時間が経っても何者も現れず、俺は一度山の麓の方に振り返り、その圧倒される風景に息を呑んだ。

 一面に青々とした小麦の絨毯が、まるで海のように地の果てまで続いている。その端には、俺達が立ち寄った、シェルバの街並みが僅かに覗いていた。



「どうでもいい……わけがないよ」



 恐らく収穫時には黄金色に輝くのだろう。

 火山が噴火すれば失われる風景だ。出会った頃には火山の噴火に何の感慨も覚えていなかったガルムも力なく呟き、続く言葉を失っている。



《我が友、ガランドフレイよ。我が炎より、その者達を守るがよい》



 全員が麓の風景に眼を奪われていた時だった。

 突然、何者かの大きな声が脳裏に直接響く。その声には粗暴さは感じられず、狂っている様子もなかった。どちらかと言えば理知的と言っていい響きだ。


 先程からの気配の持ち主であることは容易に想像が付いた。



《配慮に感謝しよう。炎の支配者、ガラルよ》



 火口の方を向き直したガルムの表情が消え、厳かな声が響く。祖霊が身体を用いているのだろう。彼は俺達に自分の背後に立つように手で指示すると、小さく何かを呟いた。



「何? 風景が変わった……」

「クルスもウルクも動かないように。場所自体は変わっていない」



 周囲が霞み火口も麓も、まるで世界が白く染まったかのように、霧が全てを覆い隠していく。能力で確認してもその霧の正体は掴めなかったが、場所を移動したわけではないため、二人には注意を促した。足場はそこまで良くはない。



《小さき者達よ。よくぞ我が友を連れてきてくれた。歓迎しよう》



 完全に白い世界に染まると火口の方角の空間が大きく歪み、周囲から炎が集まって一つの姿を構築する。



「な、な、な、なんすかあれっ!」



 ウルクが驚いてへたりこみ、慌てながら現れた存在を指差す。気持ちはわかる。

 それはお伽話にしか出ない存在。写真がないこの世界では、見る機会もなかったはずだ。だが、それでもこの存在を倒すことは不可能だと本能的に理解してしまう。

 ジューダスが手出ししなかったのも納得だ。この存在に比べれば、まだあの恐るべき巨熊の方が遥かにマシだったろう。



「綺麗。ケイト、これ何?」



 敵意を感じないからか、驚き身体を震わせているウルクと違い、クルスは緊張はしても俺の服を掴みながら真っ直ぐに視線を向けていた。その美しさに感動しているらしく、興奮したように僅かに頬を染めながら。



「炎のドラゴン……」



 まさかという思いがあった。この世界であれば出会う機会があるかもしれないとは考えていたが、実際に目のあたりにすると、感動する以前に、ただただ圧倒されるばかりだ。

 情けないが硬直して指一本動かせない。



《我は火を司る者達の長》



 巨体に見合った身体を震わせる程の声が、頭に響く。

 もし、目の前の存在に敵意があり、ここにいるのが俺達だけであれば、恐らく彼の姿を見た瞬間消し炭になっていた。それだけの力を目の前の存在からは感じている。



《今は亡き、小さき友からはガラルと呼ばれていた》



 この火山と同じ名前を冠する、巨大な火口と同じくらいのサイズの美しい竜の形をした炎の精霊は、懐かしむように眼を細め、口を歪ませて嬉しそうに笑っていた。





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