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第十七話 紅の祖霊




 殴りつけるような強い風が吹き付けている。

 砂埃が目に入って痛みを感じたが、俺は気にも留めず、距離を空けたまま呆然と赤茶けた毛並みの巨大な魔物の亡骸を見つめ続けていた。


 流れる月日で死臭は洗い流されているのか、感じるのはこの火山特有の硫黄の匂いだけだ。そのためか凄惨な光景なのに、不思議と嫌悪感は感じない。



「ガルム。声は何か言っているかい?」



 足を止め、傍で放心している赤毛の少年に俺は声を掛ける。

 彼ははっとしたように身をすくめ、頷いて目を閉じた。声を自分の意思で聞くには時間が掛かるらしく、俺達はこの場で休息を取るために腰を下ろす。


 亡骸があちこちにあるが、狂った精霊は近づいてこない。気分は良くないが身体を休めるには丁度都合のいい場所だった。背に腹は代えられないと言ったところか。

 随分と神経が太くなったものだと思う。魔物の死にも悩んでいた頃に比べれば。



「結局、ケイトには何が見えたの?」

「ああ。どう説明すればいいのか……」



 隣の岩に腰を掛けたシーリアが、足を伸ばして両手で揉み、痛むのか顔をしかめながら此方を向く。

 俺以外にはこの異常な光景もただの戦闘跡にしか見えていないのだ。


 魔術の知識に乏しい俺では、この複雑に絡み合った魔力の線の意味を理解できない。

 距離をとったのは、あの巨大な魔物を中心に生きている魔力の流れが残っており、中に踏み入れば何が起きるかわからないため、念を入れてのことだった。


 全員が俺の言葉を気にしていたのか視線を此方に向けている。


 肩で息をし、顔色を悪くしていたアリスも、ウルクに術で足だけは治療してもらいながら、疲労など関係ないといった様子で俺を見ていた。その真剣な表情にふと違和感を覚える。


 何かを企んでいるという雰囲気ではない。

 しかし、彼女の任務は俺の監視であり、積極的に俺に力を貸す義理はないはずだ。それにしては真剣すぎる気がする。


 以前の無気力な様子を考えると何だか様子が違う。瞳の昏さは変わらないが。

 俺の思い違いだろうか。協力してくれる意思があるのは助かるのだが。



「……何か?」

「手を貸してくれる気はあるのかな?」



 俺の視線に気付き、アリスは煩わしげにこちらを向く。

 言葉の意味が理解できなかったのか彼女は僅かに不機嫌そうに、右側だけを括った金色の前髪を触った。しかし、すぐに三日の旅路で髪が傷んでいることに気付いたのか、彼女の手が止まる。


 そして、小さな背中を丸め、音もなく溜息を吐いた。

 その一瞬だけ、同年代の少女らしい表情が垣間見えた気がする。



「ここを調べる事はジューダスの利益に反するかもしれない」



 この場所の調査を行えば、彼女の元上司とも完全に敵対することになるかもしれない。ゼムドはともかく、彼女としてはどうなのか。

 アリスもしばらく考えることで俺の言いたいことを把握したのか、何故か恥ずかしそうに頬を染め小さく「ぁ……」と声を上げ、慌てるように俺から視線を反らせた。

 もしかして、余計なことを言ってしまったのだろうか。


 そして、彼女はもう一度髪を触ると普段通りの無愛想な顔をこちらに向ける。



「私は貴方に誠意を見せると言ったはずでしょう。何ら問題はない」

「お前は信じられない」

「貴女には関係ないでしょう。ケイトが信じればそれでいい」



 反発するクルスには一瞥もくれない。

 感情を表に出さない部分はどこか似ているのに、二人は決定的に何かが違う。


 クルスもアリスを毛嫌いしているが、アリスの方もシーリアに対する以上にクルスへの態度は辛辣だった。



「怖いっすねー修羅場っすねー。泥沼の女の戦いっすよ。で、どうするんすか?」

「殺されかけたのに呑気だな」

「ケイトは案外しつこいっすねー。一晩寝たら忘れたっすよ」



 緊迫した空気を読まず、手を振り、ヘラヘラ笑ってそう言ったウルクに俺は苦笑して、左手で頭を掻く。隣を見るとシーリアもウルクの言い様に、口を抑えて笑いを堪えているようだった。


 アリスの手を借りるかどうか。先のことを考えると悩ましい問題である。

 人生に二択の『正しい選択肢』などというものがあるならば、どれほど楽だろうか。そんなことも思う。選んだ決断は複雑な軌跡を経て未来に影響するのだ。


 だけど俺はあまり悩まなかった。結論は既に出ている。



「この一帯は広範囲に魔力の回路が張り巡らされている。『生きている回路』と『死んでいる回路』とがあって、あの大きな魔物を中心に『死んだ回路』が集まっているみたいだ。必要なら見える範囲で紙に書くけど」



 『結界』を持つサイラルとの戦い、クラストディールの討伐を通じて俺の能力は殆どバレているはず。ならば、ここは協力してもらう方が確実だ。

 クルスは不満そうだが、こればかりは仕方がない。


 回路という、こちらには殆ど存在しない言葉を用いたのは、相手が俺と同じく前世の記憶を持っているアリスが相手だからだ。

 彼女は少し俯いて考える素振りを見せていたが、「なるほど」と小さく呟く。シーリアも話の流れで大まかには理解したらしく、好奇心に満ちた笑みを浮かべて頷いていた。



「……この周囲の回路は全て死んでる?」

「生きている回路もある。あの大きな魔物を取り囲むように……小さく纏まっているし違う回路かもしれない。複雑だよ。なんだろう、寒気がする感じ」



 俺に見える範囲は100mしかないため、巨大な回路の全貌を知ることは出来ない。だが、小さい方の回路は中に入らないよう外側を歩けば、大体の構造を掴めていた。

 感覚的なものだが、この回路は何かが『違う』気がする。巨大な方には何も感じないのに、小さな方に悪寒を感じるのは何故だろうか。



(気のせいか……?)



 違和感の原因を探すが、特別なものは見つからない。

 そうしている間にアリスは俺に回路図を作成するように伝えると、術を使って足を癒していたウルクに短く礼をいい、注意しながら小さく纏まっている方の回路を、魔法により浮かび上がらせて観察を始めた。


 俺の隣に座っていたシーリアはそんな彼女の後ろ姿をしばらく眺めていたが、腕を空に向かって伸すと、泥臭い笑みを浮かべ「よっ」と掛け声を上げて立ち上がる。



「私も行くわ。あいつを一人にするのも不安だし、前にこういうの、調べたしね。クルス、あんたも不貞腐れてないでケイトを手伝いなさい。絵は上手いでしょ」

「でも……ぅ……」

「あんたがケイトの判断を信じてあげなくてどうするのよ。間違えてたら後で私達がなんとかすればいいわ。それが仲間ってもんでしょ」



 そう呆れるように拗ねているクルスの頭をぽんと叩いて嗜めると、手を振ってアリスの後を付いていった。



「……地形は私が書く。ケイトはその回路? とかいうのだけ」

「頼りにしてるよ。クルス」



 悩んだ末のクルスの答えに安堵し、俺は小さく笑う。

 彼女はシーリアの言葉も素直には受け取れないのか苛立たしそうにしていたが、彼女の正しさを認めたのか俺から紙を受け取って地形図を書き始めていた。


 一時間はそうしていただろうか。

 いつのまにか空からの偵察からアルトも戻り、ケイトの頭の上の定位置で、疲れたのか鼾を立てている。


 その間、クルスは何度かこちらを向いたが、言葉は交わすことはなかった。

 それは彼女が何かを言いたい時の仕草で、俺も聞こうとはしたのだが、タイミング悪くガルムが俺の背中を叩いたため、諦めてそちらを向いたのである。


 後でちゃんと話を聞こうと心に留めつつ、俺はガルムの話を優先することにした。



「何かわかった?」

「え……あ……うん、でも言っていること難しくて」



 幼い顔を不安で歪ませ、ガルムは俯いていた。

 彼に憑いている何かは、子供には難しい説明をしたのだろうか。俺は彼に頷くと、座るように言い、さらに頭の上で眠るアルトを軽く叩いて起こす。


 この空飛ぶ小さな獣人からも報告を受けていない。彼はガルムとも仲がいいため、彼がいた方が話は進めやすそうだと考えたのである。



「ゆっくりで構わない。話した通りに言ってみて欲しい」



 その上で、俺はガルムに落ち着いて話すように促した。



「えっと、まずは……僕に声を掛けているのは、あそこの大きな赤い熊で間違いないみたい」

「熊……?」

「紅の祖霊、ガランドフレイのせいしんたい? 身体をささげし者? 死んじゃったのは元々は獣人の『ギシキシンジュツシ』なんだって」



 祖霊──獣人達を作り出した旧い神々。

 そのうちの一体が目の前の一生懸命に話す少年に取り憑き、守っている。



(素養がある……か)



 俺は思わず目を細め、その言葉の指し示すところを考えていた。

 ジューダスは知っていたのだろうか。



「その、えと、肉体のほうかい……魂だけ、悪意のギシキによるソクバクで……うう、なんだっけ! わかりやすく教えてよ……カテとなる炎のきょ、きょうきゅうのセツダン?」



 その間もガルムは涙目になりながら、説明していく。俺は彼の言葉をノートに書いていくことで、彼が説明を受けたらしいことを推測することにした。


 アルトは俺の膝の上で腕を組み、彼の言葉を理解しているのかうんうんと唸っていたが、顔を上げ、黒いヒゲをぴんと伸ばしながら笑う。



「まさか祖霊様を身に宿しているとはな。流石は我が部下一号。ケイトの旦那程ではないがお主の災厄度も中々イイものを持っておる。ビンビン感じ……いっ痛いぞケイトの旦那。首を掴まないで、ちょっ嫌! クルス様を近付けないでっ!」



 俺は偉そうに仁王立ちしていた黒いヨーキーの首を掴むと、黙ってクルスに渡した。

 話の腰を折らないで欲しいものである。彼の存在は無かったことにして、俺はガルムに頷いた。彼の視線はクルスに物陰へと連れて行かれるアルトを追っていたが、首を横に振ってこちらに向きなおす。



「よくわからないけど、頂上近くに何だか別の……多分、凄いの? がいるみたい。そっちは生きているって」

「凄いの?」



 俺は眉を寄せる。彼の言葉が真実であれば、あの赤い毛並みの大きな熊がこの光景を作り出せたのは、別段おかしいことではないのだろう。しかし、他にもそれ匹敵する何かがいる。

 そしてそれは生きている。しかも、ジューダスは手をつけていないらしい。もしくは、倒すことを諦めたのか……?



「ソウゴに必要を満たすことで、永遠にソンザイし続け、ホウジュをシュゴする役目をおっていた……んだって。仲間……ってことなのかな」

「ホウジュ……宝珠……っ!」



 思わず俺は周囲を見回す。ゼムドとウルクはそれぞれ、アリスとシーリアの方を護衛していた。背中に冷や汗が流れるのを感じる。


 リブレイスが多大な被害を出して狙っていた物。

 もしかしたら、火山の噴火は副産物に過ぎないのではないか。


 宝珠……それは……そして、それが意味することは。

 神とまで呼ばれるもの、そして、それと同格らしいものが守る程に重要な宝珠。



「聖輝石……なのか?」



 思わず、懐の特製のカバンに仕舞ってある石に手を触れる。

 もしかすると、俺は自分の想像以上の危険物を運んでいるのではないか。


 乾いた唇から漏れた自分の声は、自分で不自然に感じるほどに掠れていた。





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