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第十六話 戦いの痕跡



 息の詰まるような沈黙。暗闇で表情は伺いにくいが、ゼムドは腕を組み、悩んでいるように見える。俺は断定したが彼が本当にジューダスの目的を知っているのか、その確信まではない。


 五分ほど、彼は静かに星空を見上げながら佇んでいたが小さく首を横に振った。



「奴の目的は本当にわからぬ。ジューダスは自らの真意を語らんのだ。拙僧に出来ることは推測することだけじゃ。憶測で話すことはできんし、拙僧の予想程度お主は考えておろう」

「本当に何もわからない?」



 俺は問いを続ける。彼は即答せず、悩んでいた。

 知らないことは真実でも、何かがあるのだろう。


 彼の長時間の沈黙の意味を俺はそう受け取っており、ゼムドも苦い顔はしたものの、仕方がなさそうに頷いた。



「いや……だが……そうだの……わかることもある。多忙なはずのあ奴が自ら動く時、それは必ず大きな節目であるということじゃ」

「節目?」

「うむ。奴の動きには必ず何らかの意図がある。拙僧には結果が出るまで理解できんがの」



 行動の全てに意味がある。だから、狂気には冒されていない。と、ゼムドは考えているらしい。しかし、正気で天災を起こすことなど思い付くのだろうか。


 俺は疑問を覚えつつも、彼に頷き、続きを促す。



「今回の件で奴は数名の『呪い付き』と腕利きの魔導士、そして多くの戦士を連れて行った。この火山にそれだけの戦力を必要とする『何か』がいたということじゃろう。結局多くの者が還らなかったしの」

「そして、それは倒された?」

「恐らく。あるいは最早この火山は手遅れなのかもしれん」



 彼に嘘を吐いている様子はない。俺もその可能性は当然に考えている。

 調べても何も出ず、既にどうしようもないかもしれないことは。


 仲間達には言えないが、この調査すら、危険なだけで無駄なのかもしれないとすら考えている。いっそ責任を放棄してこの国から逃げたほうが良かったのかもしれないとも。


 しばらくの沈黙の間に、俺は暗い気持ちを打ち払うように目を閉じ、長く、大きく深呼吸をした。

 埒もない考えだ。今さらの話でもあるし、俺にはまだ出来ることがある。


 信じてくれる人達のためにも、俺が折れるわけにはいかない。

 出来ることを一つずつ一歩ずつ、確実に進めていく。今はそれでいい。



「すまぬがそれくらいしかわからん。あの男のことは拙僧ごときでは計りかねるのだ。ただ、リブレイスの利益のために、甚大な災害を起こそうと考えておるのは間違いないし、拙僧としてはそれを止めたいと考えておる。他にここを選んだ理由があるのかもしれぬが……拙僧にはわからん」

「混乱に乗じて立場を強化しようとしている。というところかな。目的の一つは」

「力にはあまりなれん。拙僧にせめてあ奴の爪の先程でも機転があればのぉ」



 ゼムドはそうまとめて、自嘲の笑みを浮かべた。


 理想と現実。以前、カイラルに居た頃も彼が苦悶の表情で語っていた言葉だ。

 自分を押し殺しているゼムドの本音の言葉なのかもしれない。そして、俺にとってもこれから人ごとではない言葉となるだろう。


 まずは、今目の前のことだ。

 ゼムドの話から一つだけだが、わかったことはある。元々分かっていたことに裏付けが取れただけだが。


 今回の天災は間違いなく人為的なものであるということだ。

 天災に関わるほどの『何か』と戦ったのであればその痕跡は残っているかもしれない。後はそれを調べればいい。ある程度の情報は手に入るはずだ。


 俺はゼムドとの会話を打ち切り、腰を下ろして魔物を警戒するために能力を発動させる。ゼムドも何も言わず、鉄棍を地について口をつぐんでいた。


 俺達はそのまま黙って予定より長い時間、見張りを続ける。

 打ち合わせたわけではないが、時間を過ぎた頃にゼムドに視線を向けると、彼は言いたいことを理解したのか苦笑いしながら頷いていた。


 態度には出さないが、山に慣れていないシーリアとアリス、そしてウルクの疲労はかなり溜まっている。少しでも長く休ませないと、村までもたないかもしれない。


 敵は人間や魔物だけではないのだ。自然こそ、この場所では最も恐ろしい相手なのである。



 高い山に登れば気温は普通は下がっていく。だが、この火山は一歩登るごとに熱気が増していくように感じる。周囲からは硫黄の匂いが混じった蒸気が吹き出し、大きな黒い岩と砂、そしてまばらな雑草しかない風景が続いていた。


 そんな火口へと続く道を俺達は魔法やガルムが聞く声、アルトによる空からの偵察、能力を駆使し、細心の注意を払いながら登っている。既に魔物も住むことが出来ないのか生命の反応は一切ない。


 代わりに狂った火の精霊の数は爆発的に増えてきており、最早完全に避けることは出来ず、襲われるたびに必死に剣を振るう羽目になっている。



「ケイト! サラマンダーと飛んでる人みたいなの! 後三匹!」

「わかってる! 右のサラマンダーは下腹部! 左のは頭だ! 一匹は俺がやる」

「了解」



 吐き出される炎を避け、体当たりに合わせて炎の蜥蜴や空を飛ぶ炎の妖精に剣を突き入れながら、俺達は小走りで狂った精霊の囲みの中を駆けていく。倒すのは最小限で、魔法は温存。

 戦っているのは主に疲労の少ない俺とクルスだ。


 アルトの空からの観察では、目的地には穴があいているかのように狂った精霊が存在していないらしく、俺達は安全な地点でもあるらしいジューダス達の戦闘跡を急いで目指していた。


 不定形な存在である精霊は『普通』は武器で倒すことは難しい。

 『核』を潰さない限り斬っても無限に再生するからだ。


 だが、魔力の塊でもある精霊の『核』を能力で見抜くことができる俺にとっては普通の魔物より対処しやすい相手であった。


 そしてクルスは大雑把な俺の指示に迷うことなく従い、足を止めることなく燃え盛る精霊を相手に踊るように戦い、無謀にも見える思い切った斬撃を繰り返している。


 彼女の剣は天性のもの。無駄の一切ない、美しいとすら思える動き。彼女の長い黒髪がさらりと揺れる度に精霊の反応が俺の『眼』から消えていく。

 村に居た頃に比べて格段に大人っぽくなったにも関わらず、倒した後、こちらを褒めて欲しそうに上目遣いでチラチラ見てくる仕草は変わらない。


 俺は苦笑しながらもクルスに一つ頷く。



「クルス。コツを掴んだね。その調子」

「ん。任せて」



 満足そうに頷く彼女から視線を外し、俺は前方を見た。

 アルトの空からの情報も、ガルムの案内も俺には既に必要が無い。


 火口が近付くにつれ、俺の『眼』にはあからさまな程の異常が映るようになっていたからだ。そして、その異常は頂上に近い部分と、今向かっているジューダス達の戦闘跡の部分とに向かって収束している。


 一見だけであればただの火山。だがこの火山は違う。

 元凶に近付くことでようやく理解することが出来た。



「ケイト。私達は戦わなくて本当にいいの?」



 足が動かなくなってきたアリスの手を引きながらシーリアが苦々しい声で後ろから聞いてくるが、俺は振り向かずに首を縦に振るだけで答える。



「魔法はこれから絶対に必要になるから」

「どうしてよ」

「あの、エーリディ湖にあったような巨大な何かがここにはあるみたいだ。規模だけならこちらの方が大きいかもしれない。詳しくは後で休みを入れながら説明する」



 エーリディ湖の名前を出した瞬間、シーリアの息を呑む声が聞こえた。

 あの湖の遺跡には湖の伝説にまでなっていた醜悪な魔物、クラストディールを召喚するための施設があったことを思い出してくれたのだろう。


 アリス達がいる以上、俺の能力に関してどこまで見せるかは難しい。

 精霊との戦いやアリス本人との戦いである程度はばれているだろうが。


 魔法に関することで、必要であるならばアリスに俺の能力を説明する必要もあるかもしれない。魔法の専門家であり、頭脳明晰な彼女であれば俺の能力を上手く活用する術を思い付く可能性はある。


 彼女達は潜在的な敵であり、リスクはあるが……。


 銀色に変化した俺の瞳に映っているのは、縦横に広がる蜘蛛の巣のような魔力の線。自然の物ではありえないそれは、この魔法の『何か』が今回の異変の原因であることを俺に視覚で教えてくれている。


 この蜘蛛の巣のような魔力の線そのものがおかしいわけではない。

 おかしいのは、この魔力の線のあちこちが寸断され、一部は活性化している様子を見せ、一部は全く魔力が通わない状態になっていることだ。


 火山の広範囲に渡る魔法的な何かが意図的に乱されている。

 そしてそれは結果として、響き渡る『唸り』の回数の増加として現れているのだ。


 俺はその魔力の線のうち、最も太い、反応の消えている線を辿っている。

 


「これは……!」

「信じられない光景ね。どうすればこんなことになるのかしら……いえ……違うわね。こんな光景を作り出せる相手をどうやって倒したの……?」



 シーリアの呻きに全員がそれぞれの反応を示す。何事にも興味無さげにしているアリスですら、その光景を厳しい表情で見つめていた。


 途切れ途切れの細い魔力の線、太い魔力の線の収縮する先にあるこの場所には多くの戦いの傷跡が深く刻み込まれている。


 近辺の情景と同じく巨大な岩が転がり、蒸気が吹き出していることは変わらないが、一目で激戦が繰り広げられたことは理解することが出来た。


 人の背の倍はある岩が砕け散った跡。幾つも空いた深さのあるクレーター。高温で焼かれ、ガラス化した大岩や地面。地面ごと巨大な爪で引っ掻いたように抉り取られ、断絶している魔力の線。


 戦いは地形を一変させ、彩りの少ない単調な火口の風景を、現実感のない不自然な抽象画のような場所へと作り変えていた。


 そして、あちこちに散らばるミイラ化した骸。ある者は下半身がなく、ある者は苦悶の表情で、ある者は身体の部品がバラバラに転がっている。


 そんな無数に転がる彼らの中央に、この光景を作り出したであろう一連の戦闘の一方の主の姿がある。

 遠目からもわかる巨体の魔物は自らが死を与えた彼らと同じように静かに横たわっていた。






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