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第十四話 悩み



 精霊魔法の紹介を終えて俺達はみんな揃って昼食を食べたのだが、その後、休憩して雑談しているときに明らかに様子がおかしい者が二人いた。

 クルスとホルスだ。


 他の二人は俺が魔法を使えるようになったことを羨ましがる様子を見せつつも、普段とそれ以外に変わる様子はない。


 クルスも変わっているといっても、理由は分からないが何時もより足取りが軽く、地に足がついてないような感じだ。

 表情には出ていないが上機嫌なのだろうということがわかるのでそれ程気にはしていない。


 それにしても彼女は精霊魔法が使えなかったのに、落ち込んでいる様子がないのは何故だろう。



「ホルス。どうした?」

「え、あ、なんでもないよ」



 しかし、ホルスは羨ましがったり残念がったりすることはなかった。

 あまり反応はせず、さらに昼食を食べてからぼ~っとすることが多くなった。

 考え事をしているのか上の空といった感じだ。


 ここに来るまでは普通だったし原因はおそらく先程の魔法だろうと思うのだが……。

 どうしてここまで悩むのか、それがわからなかった。


 この日、さり気なく聞き出そうとしたが結局彼は誤魔化して何も言わず、帰るまで様子がおかしいままだった。



 そして、翌日、翌々日と彼は訓練に来なかった。

 これは五人で訓練を行うようになって今までで初めてのことだった。




 次の休みの前日、俺達は四人で相談した。

 勿論友人を放っておこうなんてことは誰も言わない。

 例え殴り合いの喧嘩になっても、悩んでいる友人がいたら力を貸す……俺達の暗黙の決まりだ。


 三年苦労を共にして、それだけの仲間意識は出来ている。



 そして、休みの日にまず俺一人で様子を見に行くことになった。

 皆で行くことも考えたが、逆に皆がいると話難いこともあるかもしれないという話になったからだ。

 クルスは一緒に行きたいと言ったが、女の子相手では言えない話もあるだろうということもあって却下された。


 そして男性陣の中でマイスとヘインでなく、俺が選ばれたのは二人からの推薦だ。

 口下手のマイスと相談されても受け入れられないかもしれないと言ったヘインから任されたのだ。

 彼らははっきりとは口にはしなかったが、俺とクルスが仲良くなった時のことも考えていたようだ。


 勿論俺が無理なら全員で、ということになっている。

 しかし、任されたからにはなんとかしたい。責任は重大である。




「やあ、ホルス。探したよ」

「やっぱり君が来たか。というか良く見つけたね?」



 翌日、ホルスを探すのはかなり大変だった。

 家を訪ねたら森へ向かったと言われ、広い森の中をステータス閲覧を利用して探し回る羽目になったからだ。



「邪魔したかな?」

「いいよ。休憩しようと思っていたし」



 ホルスは木刀をぐるぐるに縄を巻いた木に向けて振っていた。

 木刀も縄もぼろぼろだが縄そのものは新しいもののようにも思える。

 休んでいても訓練はしていたようで訓練に飽きたとかそういう理由ではないらしい。



「他の三人も来たがったけど無理に俺に任せて貰ったんだ」

「それは嘘だなぁ。クルスは君が来るなら来るだろうけど、マイスとヘインは君を頼りにしてるから」



 怒ってる様子もなく微笑んで……元々笑っているように見える顔だが……まあ実際に微笑ましいといった感じで笑っている。

 まだ11歳のはずなのに、彼は本当に人をよく見ている。



「俺は結構ホルスを頼りにしてるけどね」

「それはどうだろう。本当に君は誰かを必要としてるか?」



 まるで禅問答のようだ。しかし、冗談といった風はなく彼は真剣な表情だ。

 しばらく、二人の間を沈黙が流れる。



「昔は一人がいいと思っていたけど、今は皆がいてくれないと駄目になりそうだよ」

「……まあそれも本当そうだね。君は賢いのに嘘がつけないし」



 ふぅ……と彼は長いため息を吐いた。



「僕もそうみたいだ。一人だと駄目そうだ。くっ……」

「そか」



 彼はどさっと落ち葉で埋もれている地面に腰を下ろした。

 先程までの何時も通りの表情が嘘のように、がっくりと落胆した顔を地面に向けて項垂れる。

 そして、嗚咽を必死に噛み殺している。


 手を見るとぼろぼろで、血豆が潰れている。

 何を想ってこんな手で剣を降っていたのだろうか。

 俺は彼が落ち着くのを待つ意味も込めて、普段持ち歩いている傷にいい薬草を使って何も言わずに手の治療をした。


 薬草を彼の手に塗って、包帯を巻いていく。

 巻き終わると、俺は木に背中を預けて彼が落ち着くのを待つことにした。



 しばらく拳で地面を叩いたりしていたが、小一時間も立つと彼も落ち着きを取り戻してきた。

 だだ、表情は冴えない。



「聞いてもいいかな」

「……どうしようもないんだ。いつも悩んでた……どうすればいいのか全然わからない!」



 心の底から呻くような声。

 人当たりがよくて頭の回転も早く、なんでも器用にこなす彼がここまで深く悩んでいるとは俺は思っていなかった。



「なんで!なんで!君なんだよ!!」

「ぐっ!!」



 力なく座り込んでいた彼が急に立ち上がり、近づいた俺の胸倉をがしっと掴む。

 彼の叫びはどことなく追い詰められたような雰囲気が感じられる。



「実力もある、頭もいいじゃないか……何で魔法まで君なんだよ!」

「……」

「僕はマイスに勝てない。ヘインにも知識で勝てない……君にもクルスにも……」



 そう叫び、やるせない気持ちを噛み締めるかのように彼は歯を食いしばる。


 ホルスの能力は平均的だ。

 マイスのように力に秀でているわけではなく、ヘインのように知識や集中力に優れているわけでもない。

 誰に一番近い能力かと問われれば俺だろう。

 苦手なものがない代わりに突出するところもない。



 ホルスは一度手を放し暫く下を向いていたが、きっ!と顔を上げると今度は殴りかかってきた。

 顔を殴られ、思わず後ろに下がる。



「いたた。手加減ないな」

「く!」



 これくらいの痛みは普段の訓練で慣れているし、殴られる瞬間に後ろに下がって威力を落としている。

 相手もそれ程効いていないのがわかっているのだろう。

 ホルスはこちらを睨みつけ、油断することなく構える。

 表情からは憎悪しか読み取れない。


 俺もホルスに対して重心を落として構える。

 殴られて黙っているほど自分も大人しくない。

 ホルスはマイスほどではないが体格が俺よりも優れており、身長も体重も上だ。

 リーチの差もかなりあるため油断は全くできない。



「やられたからにはやり返すぞ!」

「負けるもんか!」



 いつも飄々としているホルスとの殴り合い。

 本気の彼とやりあうのは初めてかもしれない……いつもは搦め手を多用する彼は、なりふり構わず我武者羅にこちらに向かってきていた。


 接近戦になれば力とリーチに優れるホルスに優位がある。

 だが、本気であればあるほどホルスの冷静さという長所は消えてしまう。

 いつもは付け入る隙が見つからず、長期戦に持ち込まれることが多いが今日は一発一発の攻撃が危険なものの戦い易い。


 十分ほどの戦いの後、俺はぼろぼろになりながらもホルスを倒すことにぎりぎりで成功した。



「はぁ…はぁ…」

「あたた……やっぱ負けたか」



 ホルスが大の字にになって地面に寝転がる。

 先程までの憎悪は無く、幾分すっきりしたように見えた。



「全く、勘弁してくれよ。ほんと疲れたし痛いし」



 苦笑しながら左手で頭を掻く。

 拳が頭を掠ったときにどこか傷が出来たらしく、手に血が付いた。



「ほんとごめん、八つ当たり」

「だよな。まあ俺もいっぱい殴ったしいいよ」



 寝転がりながら彼は俺に謝った。

 微かに笑っているような色が混ざっていることに少し安心する。



「どうすればいいと思う?」

「実力ではヘインに勝ってるし、知識ではマイスに勝ってる。クルスはまぁ……特殊だからなあ」

「やっぱそれしかないのかな」



 元々そんな屁理屈は考えてはいたのだろう。ホルスはそれを聞いて逃げっぽいと苦笑するが、俺は別にそれでもいいと思っていた。

 彼の本当の強さは冷静さと判断力、そして、人を見る目だ。これは俺には絶対にない。



「ホルスの強さは技術以外の所にあると思う。一対一より多対多の方が向いてる気が……そうだ!今度将棋やろう」

「将棋?」

「うん。前作った遊びなんだ。ゲームのルールは後で説明するよ。それから……」



 俺は少しだけ考える。

 これを話せば、何故そんなことが出来るのか疑問に相手も思うだろう。

 ここで話さなくても彼は自力で立ち直るに違いない。

 だけど……それでも、ここで話さないのは不誠実で友人を裏切るのと同じな気がした。



「体術では俺はホルスより経験した時間が長い。剣術や知識もそう。だけど経験がほとんど変わらない技能が一つある」

「……どういうこと?」



 ホルスが体を痛そうに体を起こして困惑したようにこちらを向く。

 なんとか立っていた俺も地面に腰を下ろし、座り込んで彼の顔を正面から見ていった。



「俺には魔力の有る無しがわかるんだ。他三人にはないけどホルスには魔力がある」

「つまり、僕には精霊魔法が使えるってことか……。嘘じゃないみたいだね。何でそんなことがわかるのかは……聞かないほうがいいんだろうね」



 話が早くていい。俺は頷いた。



「なるほどね。俺も君に勝てる目があるわけだ」

「簡単に負ける気はないけどね」



 にっとホルスが笑う。

 いつもの飄々とした人の良さそうな、だけども不敵な笑みだ。

 先程までの暗さはなかった。



「さっきの八つ当たりで気分も戻ったから、また頑張っていつか君たち全員に勝つつもりだったのになあ。すぐにケイトに勝っちゃいそうだよ」

「だから無理だって」



 やれやれとホルスは苦笑し、立ち上がって頭を下げた。



「本当に迷惑かけたね。ごめん」

「別にいいよ。俺も悩んだら頼む」



 俺達はお互いぼろぼろの顔で笑うと自然に右手を差し出し、お互いの手を掴んだ。



「そういや、魔力のあるなしわかるんだったらあんなにクルスに引っ付く必要無かったんじゃないか?」

「う……」

「それにエルフさんにもあんなことしてもらったわけか……むっつりスケベだね」

「く……元気出たら本当にやなやつだな!」



 その後やいのやいのいいつつも、ホルスは精霊を呼出すことに成功した。

 彼の顔は当たり前といった感じの中にもほっとしたものが見えていた。

 前に精霊魔法が使えなかったのは、迷っていて集中できずにいたからかもしれない。



 後日ホルスと将棋をしたところ、ルールを覚えたばかりの彼に俺は手も足も出ず惨敗した。

 自分も密かに自信があったので割と本気で泣きそうになった。





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