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第十五話 不完全な悪



 ガラル火山は歴史学上に置いては噴火の記録がない火山である。

 にも拘らず、誰もが火山であることを疑っていないのは、この火山に無数に存在する硫黄、間欠泉の存在、そして、大量の火の精霊が実体化しているお陰であった。


 ただ、700年以上前の一冊の書物だけはこの火山が噴火し、数年間影響がでたことを伝えている。しかし、他の書籍にはこれらの記述はまるで見られない。不自然なほどに。

 当然噴火の記述が偽りの可能性も高いが。



「木がまばらにしか生えていないから見晴らしはいいわね」

「その分魔物から身を隠しにくいっすよ。よくガルムは追跡したっすね」



 俺の後ろを歩くシーリアは息を切らしながらも余裕を見せ、ウルクは頭を掻きながら苦笑いをしている。あるいは探索者達は知っていながらガルムを放置していたのかもしれない。


 裾野が広く、なだらかな三角を描いているこの火山の特徴としては、木々の少なさが挙げられる。樹海のような場所もあるにはあるが、見える範囲では北から南に伸びるこの火山帯の北部、南部の一部にしか存在していない。


 俺達が登っている中央部は人間の背丈程の岩が無数に転がっており、背の低い木が多少ある程度で、まるで草原のように低い草が生い茂っている。俺は能力を使いながら植物の分布を調べ、ノートに書き留めていた。



「ケイト……どう?」



 隣を歩くクルスからの期待するような上目遣いの視線に気付き、俺は小さく笑うと周囲に生えていた紫色の小さな花を一本だけ摘み、彼女に渡す。



「覚えてる?」

「ん……確か、村でヘインが研究してた薬草……名前は出てこない。むぅ」



 大切そうに花を両手の上に乗せ、クルスは唸る。

 彼女に渡した植物はクルト村を襲った干ばつの際、村の森に異常発生した希少な薬草だった。


 それがここでは当たり前のように、雑草に混じって花をつけている。必死に思い出そうとしているのか、難しい顔をしているクルスの様子に微笑ましいものを感じつつ、俺は周囲に視線を向けた。


 能力を用いても今のところ周囲に魔物はいない。

 アルトに空から偵察させ、魔物の巣を迂回しているからだ。


 ガルムの聞く声は真実であったことは既に全員が理解している。彼の警告する場所には必ず魔物達の巣が存在していたのだ。



(俺の目も万能の能力ではない……か)



 ただ、俺の能力には反応していない。目に見えない魔力さえ辿れる俺の能力でも理解不能となると祖霊というのも、あながち適当な話というわけではなさそうだ。


 警戒をしつつも雑談しながら歩いていく。

 山頂までは大体三日は掛かるらしい。初日、二日目は可能な限り体力を温存しておきたいところである。異変に近付くほど危険の度合いは高まるだろうから。



「ケイト。この辺りは地下に水脈が走っている」



 瞳に光を感じられない冷めた目をした長い金髪の少女が、後ろから俺に声を掛ける。

 静かな淡々としたその声にクルスは不快そうにピクっと反応し、彼女の方を向いて威嚇しているが、少女……アリスの方は空気のように受け流し、気にしている素振りはない。


 俺達の監視役をカイル兄さんから引き受けた彼女とゼムドは、ガラル火山に登る際に合流している。どちらにしろ俺達を追ってくるなら協力してもらおうとシーリアが提案したのだ。


 クルスはこの事件にリブレイスが関わっている以上、二人を同行させるのは危険と反対したのだが、「邪魔をするなら火口に捨てればいい」というシーリアの冗談か本気かわからない言葉に、仕方なく同行を認めたのである。


 ゼムドとアリスは意外そうにしていたが、シーリアの提案を了承した。

 二人の実力は十分に高いが、彼らとしても人数が多い方が楽ではあるのだろう。


 ゼムドは終始黙り込んでおり、魔物との散発的な遭遇戦においてだけ、己の職責のみを果たすように戦っているが、アリスは以前を考えれば不思議なほど協力的だった。


 今も自らシーリアが苦手とする探査の為の魔法を時折使い、危険を知らせてくれている。



「この辺りはまだ大丈夫だよ。危ないのは草もあんまり生えていない……ほら、あの土が殆どのとこから上っ!」



 ガルムはアリスの言葉を聞いて、山の半ばより上を指す。その辺りからは夜になると、炎の精霊の紅が、山肌にぽつぽつと見えるようになるらしい。

 俺達の以前の出来事を知らないガルムは、殆ど身長が変わらないアリスにも屈託なく接している。彼女の方は無愛想に頷くだけだが。


 結局初日、二日目は特筆するような出来事はなく、予想よりも早く俺達はガラル火山を登ることが出来ていた。リブレイスの足跡はまだ見つかっていないが、探索者が全滅した場所はもう近いらしい。


 プーク族のアルトも、危険を感じ取る七色の羽を動かして『災厄』の原因が近いことを告げており、緊張と増えつつある魔物の襲撃で皆の口数も減っていった。



 二日目の夜。生き物姿のない比較的平らな荒地で俺達は休んでいる。

 火は焚けない。焚いた傍から炎の精霊が実体化し、暴走して襲い掛かってくるからだ。こうなると俺の声も届かない。


 足元も殆ど見えない闇の中、虫の声も聞こえない静かな夜。ただ、煌々と彩っている星空と点々と赤く光る山肌だけが、今、この空間に俺達がいることを教えてくれている。



「相変わらず厄介事に巻き込まれておるようじゃの」



 暗闇でも敵を見分けられる俺と、魔法の明かりを燈せるシーリアとアリス。

 三人を分けて見張りに立てている。


 座っている俺に対し、ゼムドは背を向けてまっすぐに立ち、そう言った。



「そうだね」



 否定しようもない。その殆どに彼の組織が絡んでいるのではあるが。

 だから俺は肯定した。この返事には、事実に対する単純な答えしか含んでいない。


 かつては仲間として笑いあった仲だったのに、今では決定的な溝がある。そのことに少しだけ寂しさを感じたが、仕方がないことなのかもしれなかった。



「何故ゼムドはアリスの護衛に?」

「前の答えでは足りんかの」



 俺は見ていないことを承知で頷く。

 彼と共に見張りに立ったのは彼と話をするためだ。


 敵であるリブレイスについて、俺は余りにも知らなさすぎる。彼らのイメージは漠然としていて、敵と考えるにも雲を掴むような感じになってしまっているのだ。


 戦争を望む破滅的な組織である一面と、慈善事業のような一面。兄達のように問題の解決を図る者達とそれを邪魔する者達。

 命令系統もはっきりしているようで、複雑そうだ。少なくとも末端は何もしらない。


 時には目的のために獣人を蔑む傭兵まで利用する。

 明確な悪とは言い難い両面性。それが俺には不気味に映っていた。



「ゼムドはジューダスの部下だったんじゃないの?」



 だからこそ、ゼムドはあのサイラルを助けるべく動いていたのではないか。

 だが、ゼムドは首を横に振って、大きな長い溜息を吐いた。



「拙僧はあやつの部下ではない。『姫』の部下じゃ。ただ、『姫』から奴に協力するように命じられていたに過ぎん」

「『姫』? そういえば、アリスもそうだって前に……」

「うむ。リブレイスの三代目様。祖父、そして父の理想を引き継いだ娘じゃ。本当に優しくて強い娘での。初代様によう似とる」



 その姿を思い出すように彼は優しい声色で呟く。

 まるで孫娘のことを語っているかのように。



「悪い人じゃなさそうだね。ゼムドの口振りだと」



 だが、カイラルでの工作。エールでの工作を考えたとき、彼から語られるイメージとはかけ離れたものしか思い浮かばない。それを二文字で示すなら『悪辣』というものに尽きる。しかし、優しい……ね。



「アリコルドの協定の妨害がもし成功していれば、戦争が起きていた。それは『姫』が望んだことではないと?」

「然り。『姫』は戦争を望んではいない。只々、人間と我等異種族の平等と平穏を望んでいる」



 背中を向けて座っていた俺が振り向くとゼムドはこちらを向いていた。その瞳は真摯さに満ちていて、嘘を吐いているようにはまるで見えない。



「だが、事実としてアリスは動いた」

「同時に協定を守るべく、派遣しておったろう。お主の兄を」



 ジューダスの独断行動を知った『姫』がそれを防ぐべく、カイル兄さんとホルスとを送り込んだのだろうか。いや、それだとアリスが一緒に居た理由がわからない。



「わからないな。止めるくらいなら、どうして『姫』はジューダスを好きにさせている」

「『姫』が表のリブレイスしか知らぬからよ。拙僧も他の幹部達も、ジューダスも、そして、カイルも裏の姿を彼女が知ることを望んでおらん。いや、いずれは知ることになろうが……」



 辛そうにゼムドは顔をしかめる。今回の災厄もジューダスにとっては益のあることなのだろう。だが、そのためにどれほどの被害が出るかは想像もつかない。

 話を聞く限り、それはリブレイスの『姫』が望むことではないということか。



「ジューダスの独走なら、何故ゼムドが止めないんだ?」

「そうじゃの……理想と現実……じゃよ。この国を見たならわかるじゃろうて。理想だけでは何も得ることは出来ん。理想とは別に誰かが手を染めねば。戦わねばならん」

「それが彼だと?」



 ゼムドは拳を握り締め、迷うことなく頷く。

 彼は覚悟を決めている。外道となることも厭わない覚悟を。



「アリス殿は奴を狂人と言ったがそれは違う。奴は正気じゃ」

「とてもそうは思えないけれど」

「奴は劇薬。何かしら、奴自身の目的を持つことは確かじゃ。だが、奴の行動はリブレイスに絶大な力と財力をもたらした。あれ程の男が理由はあるにしろ、『姫』だけには拙僧も理解出来ぬ程に絶対の忠誠を誓っておる」

「理由?」

「うむ。瀕死の奴を救ったのが幼い頃の『姫』での。拙僧は奴から禍々しさを感じ、殺そうとしたのじゃが……あの悪魔の命を救ったのは果たして正しかったのかの」



 僅かだけ後悔しているように、ゼムドは乾いた笑いを零す。

 ジューダスの創り出した力と財力は多くの異種族を助けたに違いない。そして、同時に多くの者を破滅に追いやったのだろう。

 それこそ容赦の一片も無く。


 それは悪と言えるのだろうか。

 自身の仲間のために力を尽くしているだけではないか。


 ちらりとそんなことを考え、首を横に振る。

 今は答えの無い問題よりも大切なことがある。



「ゼムド。ガラル火山でのジューダスの目的を教えて欲しい。貴方は知っているはずだ」



 『姫』を大事に思っている彼ならば。

 その女性の為に、あるいは調べているのではないか。


 全ての者が寝静まっている夜遅く、俺はゼムドにそう詰問した。




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