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第十四話 ちらつく影



 ガルムと握手を交わすと彼からガラル火山の話を聞いていく。

 他の住人からも彼を通じて話を聞くべきかとも考えたが、彼の話では住人の殆どはどこからか連れて来られた者達で、昔から住んでいる者はおらず、山に関しては自分以上に詳しい者はいないとのことだった。


 ガルムの自信を疑うわけではないが、情報の取捨は文字通り俺達の生死を分ける。

 念を入れて館の者に確認を取ったが、彼の言葉を裏打ちするだけであった。


 元々ガラル火山は異変が起こらずとも危険な山で、猛獣、魔物や暴走している精霊、そして数々の自然現象が行く手を阻む場所であり、ガルムのように山へと入る者は他にはいない。



「僕は五人組のあいつらが父さんと母さんを殺した後……山に付いて行ったんだ」



 たどたどしい口調で辛そうに、だけど、真剣に当時の状況を説明していく。



「悔しいけどあいつらは強かった。でっかい化け物も倒してたし、お姉さんの持ってる奴みたいな木の何かを光らせて精霊も倒してたんだ。用心深くて吹き出すお湯とか、変な臭い煙も避けてたし。だけど、あの時……」

「あの時?」

「見たことのないおじさんがいつの間にかあいつらの後ろに立ってたんだ。一人だけ。怖かった……ちらっとこちらを見て笑ってた。僕は大きな岩に隠れてたのに」



 危険な火山地帯にたった一人で立っていた男。

 気にはなるが、続きを促す。



「剣を向けられてもおじさんは後ろに手を組んだまま、笑ってた。商人みたいな服装で強そうに見えなかったのに。そして、言ったんだ。『お前達、運が悪かったな』って」

「それでどうなった?」

「あいつらはおじさんを殺そうとしたんだけど、みんな剣で真っ二つにされた。ピカって光るのもおじさんは虫を払うみたいに片手で払ったんだ。おじさんは殆ど動かずにあいつらを返り討ちにしたよ。凄く強かった!」



 ガルムは頬を紅潮させて身振りでその時の様子を説明する。



「あいつらを殺した後、おじさんの部下が集まって僕を殺そうとしたけど、おじさんは僕の肩を掴んで『お前には素養がある』ってだけ言って、僕を置いて部下と一緒にどこかに行っちゃった」



 俺は眉をひそめる。『素養』?

 ガルムを置いていったということは、助けたわけではないのか。


 山の中に子供を放置すればまず助からない。不可解な行動だ。



「置いていかれて……どうやって村まで戻ったんだい?」

「もう駄目だって思ったときにどこからか声が聞こえた」

「声?」

「僕の家族は捕まるまでは山のふもとに住んでいたんだ。お父さんは、この山には『祖霊様』が住んでいるって言ってた。祖霊様が助けてくれたんだと思う!」

「祖霊?」



 聞いたことがない単語に俺は首を傾げたが、シーリアとウルクは理解したらしく、何度も頷いている。



「ケイト。祖霊っていうのは獣人達の神っすよ。自分達のご先祖様は祖霊を信仰することでそれぞれの獣の力を手に入れたんす。まあ今では信仰している者は少ないんすけど」

「元々は人間だったわけだ」

「でも、本当に祖霊なんすかねぇ。ケイトみたいな能力じゃないんすか?」



 苦笑いしながらウルクはそう俺に確認したが、彼に特殊な能力はない。

 少なくとも俺の『視える』能力の範囲には。



「男女! 僕は嘘を言ってない!」

「む! 生意気っすね。そんなことを言う口はこうだ!」



 ウルクは屈んでニヤニヤ笑いながらガルムの頬を伸ばす。

 ガルムは暴れて、ばしばしウルクの腕を怒りながら叩いているが、力の差は歴然としていてどうしようもないようだ。



「煩い。話は終わってない」



 クルスがウルクの頭に拳骨を落とす。「たはは……」とウルクが笑い、ガルムはクルスが怖いのかシーリアの背中に隠れてしまった。やれやれだ。

 俺は首を横に振って、話を続ける。



「それで山に入るようになったのかい?」

「うん。食べられる物とか動物の取り方、危険な場所も教えてもらえるから」



 ガルムはシーリアの背中から顔を出して照れくさそうに笑った。彼は村人達から食料をもらえていない。にも関わらず、身体付きは健康そうだ。何らかの要因はあるにしろ、彼の言葉そのものは事実だろう。



「山の異変の原因とかは教えてもらえなかった?」

「わかんない。ただ……」



 考え込むように俯きながらガルムは自信なさげに呟く。

 自信はないらしい。



「おじさん達と会った時からだと思う。『唸り』の回数が増えたのは」

「ふむ……」

「ケイト、何かわかる?」



 クルスが心配そうにこちらを覗き込む。

 今の話からでも少しだけ情報は得られた。俺は頭を整理する為にノートを取り出す。



「ガルムがその男に会うまで、ガラル火山に異変は無かった。だけど、クレイトス商会はそれより以前にも探索者を差し向けている」

「どういうこと?」

「その男がガラル火山に行くことを先に知っていたのかもしれないわね」



 クルスの疑問にシーリアが横から答え、俺のノートを取り上げて続きを書いていく。

 ノートに集中している様子で、彼女はクルスの不機嫌な様子には気づいていない。



「可能性としては幾つかあるけれど」



 シーリアは俺にノートを返すと腕を組んで悩み込む。

 俺も幾つかは思い浮かんでいる。


 一つ目はクレイトス商会と男達が敵対しているパターン。

 この場合雇われた探索者の役割は彼らの排除だ。


 二つ目は男達のすることを監視しようとしたパターン。

 何か特殊なことを男達が行うことをクレイトス商会が事前に知っており、何をするのかを確認するために探索者を派遣する。といった感じか。


 そして、三つ目はクレイトス商会が火山に異変を起こす作業がいつ終わるのか、いつ致命的な災害が起こるのかをただ『確認』するために派遣したパターン。

 この場合、クレイトス商会が考えていることは商機を掴むことだろう。食料を多めに買い付けている事情を考慮すれば、この辺りかもしれない。



「実際に山に入って状況を確認するべきかな」

「そうね。ガルムの見た男が何をしたのかがわかれば、これから起こる出来事を推測できるかもしれないわ」



 真剣な中にも知的好奇心が混ざった表情でシーリアは俺の言葉を肯定する。何だか楽しいことを見つけた子供のようだと俺は苦笑する。



「どうしたの? クルス」



 ふと見ると何か言いたげにこちらをクルスが見ていた。



「あ……えと……そ、そう、大事なことを聞いていない」

「な、何?」



 急に視線をクルスに向けられたガルムが後ずさる。

 だけど、彼女は何も言わない。一分程、そうしていただろうか。



「え……ぁ! 男の名前、聞いていない?」

「そいやそっすね」



 ウルクは感心しているが、今、思い付いた! といった雰囲気な気がする。

 傍目にもわかるほどにクルスは赤面して明後日の方を向いていた。


 だけど、それは確かに大切なことだ。俺は頷いてガルムを見る。



「おじさんの名前? うん、えっと……どうだったかな。ジョ? ジャ? いや、ジュ……そう! 部下からジューダス様って呼ばれてた!」

「ジューダス……!」



 『リブレイス』の幹部と同名。

 背後に視える事情を勘案すれば別人ではないだろう。


 数々の陰謀を裏で起こしている張本人。

 恐らくかつて戦ったサイラルにおかしなことを吹き込んだ狂人。


 故郷であるクルト村を襲わせた男。俺達にとっての強大な敵。

 呪い付き達の長。



「ジューダス・レイトか」

「明確な敵」



 クルスも緊張した面持ちで頷く。

 前の派遣はかなり前のこと。ガラル火山にはもういないだろうが……。


 見えない敵の背中が少しだけ見えた。

 関わるべきではないのかもしれない。俺達の目的は彼を倒すことではないのだから。相手も俺のことなど問題にもしていないだろうし。


 だけど、奴は三国協定の事件の際、戦争を誘発しようとした。

 放置すればどれほどの被害をもたらすのか、想像もつかない。



「いいじゃない。敵は大物よ。エルドスもハールマンも……ジューダスも。どうにかして全員に吼え面をかかせてやりましょう。面白そうね! ガルム。あんたも協力なさい!」

「う、うん! わかったよ。お姉ちゃん」



 悪ガキのようにシーリアはいたずらっぽく笑い、よく意味がわからず困惑しているガルムの背中を叩く。それがおかしくて、俺も吹き出した。


 シーリアにとっては困難は楽しいものらしい。少しだけ俺の気持ちも楽になった。



「それじゃ、準備は出来ているし早速ガラル火山を調査しよう」



 俺がそう促すと、全員が揃って頷く。

 それを確認すると俺は視線をガラル火山に向けた。


 それなりに標高があるこの火山は今は夏らしく緑で覆われており、災害を引き起こすような火山にはとても見えない。だが、裏側では確実に何かが起こっている。

 俺は拳を握り締めると、荷物を持ち、山へと歩き出した。




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