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第十三話 獣人の少年




 この地方の朝は乾燥しており、日差しは肌を刺すほどに強いものの不快さは感じない。

 俺達は一晩眠り、疲れを落とすと早朝のうちにアルトに子供との接触を任せ、クルスとシーリアとは昨晩の間にアルトが収集してくれた情報を共有している。


 結果、館の主であるハールマンが村人に対する狼藉を容認したことを知った彼女達は彼への印象を更に悪いものとし、朝食の際には怒りを通り越して無表情で押し黙っていた。


 一刻も仕事を終わらせ、早くこの国を立ち去りたい。

 クルスとシーリアは口を揃えていたが、当然、俺もウルクも同感である。


 行き過ぎた自由がもたらす恐怖。といったところか。

 他の集落がどうなのか、興味はあったが見て回る気にはならなかった。


 根を下ろして国を救う気がない以上、俺達に出来ることはただ立ち去るだけである。当然、火の粉を振り掛けた相手には相応の仕返しはやっておきたいところだが。


 俺達は朝食を取ると必要な物資の要求と集落での情報収集の許可、場合によっては住民の協力を得る旨をハールマンに告げ、館を後にした。


 そして村はずれでアルトから昨晩接触した子どもを紹介してもらう。

 年の頃は十歳そこそこだろうか。特徴的な赤色の髪はぼさぼさで目元まで隠れている。


 種族はなんだろう。三角の耳がピンと立ち、細い尻尾がちらりと覗いている。


 体はやせ細っているが、病的というほどではない。所々破れた汚れた薄い服を着ているが、気にする風もなく背筋をしっかりと伸ばし、俺に視線を合わせていた。


 友好的であるはずはない。当然、彼は俺達を警戒するように距離を取っている。



「はじめまして。俺はケイト・アルティア。君は?」

「……」



 こちらを見たまま、少年は何も答えない。

 しばらく沈黙したまま見つめ合っていたが、頭の上のアルトが俺の額をぽんぽんと叩き、溜息を吐いて「やれやれ」と呟く。



「ケイトの旦那は気が効かぬな! まずは挨拶であろう?」



 アルトは頭の上でふんぞり返ると宙返りをして、背中の荷物袋に着地し、中をごそごそと弄り出す。彼が取り出したのは保存の効く固いパンだった。

 ついでに干し肉を服の中に隠そうとしていたようだが、それはクルスに首根っこを掴まれて止められている。ほんとに手癖が悪いヨーキーだ。


 だが、彼の言いたいことは理解できる。俺は昨日のアルトの話を思い出し、パンを受け取ると頷いて少年にそっと差し出した。

 周囲の仲間達も緊張した面持ちで、差し出されたパンの先を見つめ、



「ぅ」



 小さな声を上げてパンを恐る恐る掴んで食べ始めたことに安心してほっと息を吐く。

 少年はよほどお腹が空いていたのがあっさりと平らげると、次にアルトが用意した水を飲み、ぺこりと小さく頭を下げた。



「僕はガルム」

「ガルム。君に聞きたいことがあるんだ」

「山のこと?」



 茫洋とした感じで耳だけを何度か動かし、ガルムは呟く。

 先ほどまでの警戒心は感じないが、目が隠れているため、何を考えているのかは読めない。


 俺は黙って頷くと辺りに転がっている岩の一つを彼に勧め、俺も近くの岩に座った。



「どうして山に行くの?」



 彼は軽い動作で岩に腰掛けると不思議そうに俺に問い掛ける。

 


「調べて危ないならみんなに知らせないといけないから」

「みんなに?」

「そうだよ。多分ここに住んでいる人達も。山から特に近いからね」



 なるべくゆっくりと。理解しやすい言葉を意識して伝えていく。

 だが、ガルムは理解できない様子で首を傾げていた。


 言い方を間違えたか? と俺は違う言葉を探そうとしたが、その前にガルムは口を開く。



「どうして知らせるの?」

「巻き込まれると怪我をするから、逃げてもらうんだよ」

「じゃあ、教えない!」



 彼は立ち上がると強い口調でそう言い捨て、火山の方向を向き、押し黙った。口を引き結んだ少年の表情には明確な拒絶の色があった。

 前に出ようとしたクルスを俺は手で制し、しばらく待つ。


 何か言いたいことがある気がしたからだ。

 おそらく、的確な言葉を見つけようと必死で言葉を探しているのだろう。


 まとまったのか少し頬を赤らめながら、勢い良く彼はこちらを向いた。



「だって、あいつらが怪我をするなら僕は……! あいつらなんて! みんな……いなくなればいいんだ……館の奴らも、村の奴らも! 助けなんてするものか!」



 怒鳴った拍子に彼の瞳がちらりと髪の隙間から見える。髪と同じ赤い瞳。

 幼いガルムのそれは憎悪の色を含んでいる。そして、叫ぶように俺に向けて怒りをぶつけるとハッ! とすぐに我に返り、怯えを見せて後ずさった。


 彼の両親を殺害した者達と同業であることを思い出したのかもしれない。



(憎さよりも恐怖か)



 俺は胸の痛みを強引に抑え、表面上は気にせず座ったまま、彼に視線を合わせ真剣な表情を向ける。

 


「君は館の人間だけでなく、村の人達も助けたくないんだね?」

「……」

「叩かないよ。大丈夫、何を言ってもいい」



 彼の剥き出しの腕や足には無数の痣が残っており、痛々しく青ばんでいた。両親も既にいない。彼の言葉から推測すると、村人達も彼を助けようとはしていないのだろう。


 それにしては肉付きがいいのは、山で食料を得ているからかもしれない。

 過酷な農作業にも従事しているはずなのに、どうやっているのか方法まではわからないが。



「村の奴ら、食べ物を分けてくれない。すぐ殴る。わからない。どうして僕を殴るんだろう。何もしていないのに」



 時間を掛け、肩を震わせてぽつりと呟き、シーリアを見る。



「館の奴らは僕が獣人だから、くずなんだって。でも、お姉ちゃんは……綺麗な服で……どうして僕達と違うの?」



 胸を刺す泣きそうな、やりきれない気持ちを込めた一言。

 シーリアは言葉が出ないのか、黙って少年を抱きしめた。


 ガルムは驚いていたが、やがて溜めていたものを吐き出すように大声を上げて泣いた。シーリアも涙を流している。


 彼女は獣人だが養母に恵まれたお蔭で差別は受けていたが貧困は知らない。

 知識としては知っていただろう。現実は厳しい。


 俺はガルムが落ち着くまで、視線を外し、歯を食いしばって館の方向に視線を向けていた。



「ガルム君」



 三十分ほどは泣いていただろうか。恥ずかしそうにシーリアの胸元からガルムは離れたのを見計らい、俺は声を掛ける。



「……?」

「君はこれからどうしたい?」

「どうっ……て?」



 将来的にはさておき、労働力としては微妙な子供であるガルムならあるいは。

 おそらく可能だ。いや、もし望むなら意地でもやってみせる。



「自由になれれば何がしたい? ここに残りたい?」

「残りたくないっ! でも……どうすればいいかわからない」



 彼が困惑しているのが手に取るようにわかる。もし、ここで生まれたなら外の世界はまるでしらないはず。学ぶことが出来たかも怪しい。

 知識も常識も何もない。恐らくここを出ても彼が幸せになるのは難しいだろう。あるいはここで過ごすほうがましかもしれない。だけど、それでも。



「『外』も厳しい。だけど、しっかり学べばどうすればいいのかもわかる。幸せになれるよ」

「ほんとに?」

「ああ。ただし、努力をすること。努力は嘘をつかないからね」



 ガルムに俺は微笑んだ。傍にいるクルスも頷き、シーリアは「そうね」と小声で呟く。ウルクは「間違いないっすよ!」と明るく親指を立てた。


 皆それが難しいことはわかっているだろうが未来は誰にもわからないのだ。

 それなら、少しでも可能性を。


 背筋を再び伸ばし、期待するように多少明るい雰囲気で俺を見上げるガルムに俺は頷く。



「だけど、条件がある。俺に協力して欲しい。その代わり、君が自由になるために力を貸そう。君の仕事の報酬だよ。これならどうかな?」



 昨日の間にどうにかして俺達に追いついたのだろう。離れた場所にいつの間にかアリスとゼムドも立っていた。


 『リブレイス』が俺達を利用するように、俺も彼らを利用する。

 ただ、彼らに本来の役割を果たさせればいい。


 ガルムのような子どもを助けるために、この組織はそもそも出来たのだろうから。


 危険な旅を続ける俺達はずっと彼を見ることは出来ない。救うのも彼だけだ。

 全ての獣人を救うなど到底できない話だから。だけど、関わった者くらい手助けをするのは悪くないだろう。


 それが偽善だとしても。

 ガルムはしばらく考え込んでいたが、力強く頷いた。




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