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第十二話 麦の商人



 商館の入口で、用心棒らしい大男にクレイトス商会の印を示すと、数分後には住み込みのメイドらしい少女が、館の中へと案内してくれた。


 門を潜ると、庭師が丹精を込めて作り上げたらしい、美しい庭が広がっている。

 そこには乾燥地域にも関わらず、水は湧き、緑が溢れ、鳥は囀り、花々の甘い香りが微かに漂う、高台の下とは別世界の光景があった。


 まるで一部分だけ切り取られたかのような自然。

 クルト村という田舎の村で過ごしてきた俺は、この庭にどうしても不自然さを覚えてしまう。



「この庭、変」

「そう、綺麗なもんじゃない?」



 同じ想いを抱いているのか、クルスも眉をひそめている。シーリアは都会暮らしが長いからか、おかしいとは思っていないようだ。


 建物もヴェイス商国特有の建築物であるヴァルヌークの邸宅とは異なり、ピアース王国の貴族の邸宅のような印象を受ける。

 もっとも、こちらの方が内装は遥かに豪華で派手ではあるが……。



「あの辺の小さい金の人形、絶対持って帰ってもばれないっすよね」

「やめといた方がいいよ。何と無く、気付く気がする」



 客間でこの商館の主人である商人を待ちながら、ウルクは冗談めかして楽しそうに皮肉を言い、俺は苦笑いしながら止めていた。



「お待たせしましたな。私は東ガラル地方の特権作物商、ハールマン・アラインと申します。遠路遥々お越し頂き、ありがとうございます」



 待ち始めて十数分後に現れ、深々と頭を下げた商人は、目尻に深い皺のある、地味な服装の小太りの温和そうな中年の男だ。

 外の庭や建物の内装から、成金趣味そうな人が現れるかと俺は思っていたが、そういう意味では意外な印象の商人だった。


 彼は俺達のような若者にも頭を下げ、穏やかに微笑んでいる。

 こういう相手こそ油断ならない相手なのかもしれない。


 自己紹介を済ませ、渡された手紙を一読すると、彼は手紙の入った封筒を俺達に返し、「なるほど」とわざとらしいほどに大きく頷く。



「食料、水はご心配なく。しかし、ガラル火山の異変ですか。『火竜の唸り』は確かに増えておりますが、目立った変化はないのですが」

「回数はどれくらいっすか?」

「数は数えておりませんが、倍もいっておりませんなぁ」



 ウルクの質問に困ったような表情で弛んでいる顎を触り、ハールマンは息を吐いた。



「しかし、エルドス様の懸念の通りに何かあれば、農場を経営しておる私は破産です。調査には全力で協力させて頂きますとも」



 穏やかに微笑んで、彼は軽く自分の胸を叩く。



「若ければ私もお手伝いするのですが。こう見えても私は探索者だったのです」

「なるほど……協力してもらえるなら有り難いっす。そうすね……ガラル火山周辺の調査を以前に行ったことは?」

「いやぁ、おかしいとは思っていなかったものですから。お恥ずかしい」



 この後、交渉を担当してもらっているウルクは、あの手この手で質問を続けたが、ハールマンは鷹揚に頷きつつも、何も知らないという姿勢を貫き通した。


 実際に気付いていないのか、知っていて答えないのかは俺にはわからない。

 ただ、話を続けるウルクの表情を見る限りは後者である気はするが……。


 会話が続き、ピアース王国の農業政策に話が及んだ時点で、俺は彼から有益な話を聞くことを諦め、情報集めに走ってくれているもう一人の同行者のことを考えていた。



 ハールマンとの話が終わると、他に泊まれる場所もないため、俺達は結局、そのまま商館に泊まることになった。

 初めはハールマンから個室を勧められたが、それは断り、二人部屋を二つ用意してもらっている。仲間達からは一切反論は出なかった。


 信用ならない、という判断なのだろう。



「いやー、びっくりなお国柄っすね」



 ウルクはベッドに腰掛け、腕を組みながら苦笑いする。彼の苦い表情の原因は、先程、部屋を訪ねてきたメイドの少女にあった。


 彼女から館の案内を受けた際は、ウルクも軽口を叩きながら、かわいらしいこの少女を口説いていたのだが、本当に夕食後、部屋まで訪ねてきたのである。


 それは、そのことを知った「持ち主」であるハールマンからの命令であり、彼なりの持て成しだった。この件に関する彼の意図は考えるまでもない。



「命令じゃ駄目なんだね」

「当然っすよ。やっぱり、楽しくないっすから」



 俺は笑って彼に頷く。ウルクは彼女にチップを渡して、飲物だけ運んでもらうと、大事な相談があるからと笑みを向け、



「今度、怖ーい仲間が見てない時にこっっそりデートしようっす」



と、拝むように腰を低くしてお願いして笑みを誘い、下がってもらっていた。



「しかし、ここまで持て成される理由がわからない」

「ああ、それは、自分達がピアース王国の出身だからっすよ。外国の人間はこんな辺鄙な場所まで普通来ないっすから。商売のネタ探しでもしてたんじゃないすか?」

「貪欲だね。だけど、それもある意味、力の源泉なのかな……む、帰ってきた」



 窓の外に黒い物が見えたため、窓を開けて大きく手を振り、目印代わりに外に結んでいた赤色のハンカチを外す。



「ふぅ。ケイトの旦那、ウルク! 今戻ったぞ!」

「アルト、おかえり」



 窓から彼は中に飛び込むと、空中で一回転してテーブルの上に着地し、偉そうに胸を張った。俺はこの館に入る前に、彼には村での情報収集をお願いしていたのである。


 毛むくじゃらで小さな犬にしか見えない彼は、獣人でもあるし、俺達が一緒に行動するよりも警戒されないのではないかと考えたのだ。

 どうやら態度を見る限り、しっかり仕事はこなせたらしい。



「どうだった?」

「クルス様とかシーリアの姐さんとかはいいんで?」



 キョロキョロと彼は見回すが、俺は頷く。今、廊下には俺達を監視する者達が数人、警戒を続けている。全員が部屋に集まれば、おかしな邪推をされるかもしれない。



「いやはや、羽の無い者は大変なのだなぁ……とよぉくわかった」

「どういうこと?」

「私のような善狼相手にも、彼等は怯えていたのだ。調査は難航を極めた」



 彼は腕を組み、大袈裟に何度も頷きながら先を続ける。



「だが、私に掛かれば信頼を得る事など、造作もないこと。旦那の鞄から失敬していた干肉で山から降りてきた、一人暮らしの子供を懐柔したのだ! まさに遠慮深謀」

「深慮遠謀だよ。いつの間に保存食を」

「いやいや、しっかりしている子供であったわ。むしゃむしゃと、羨ましい」



 それは懐柔というより買収……いや、餌付けではないだろうか。子犬に餌付けされる子供、想像すると微笑ましいが、この村の状況を考えるとシュールにしか思えない。



「どうやら、村人がケイトの旦那方を恐れているのは、前に二組の冒険者がここを訪れ、乱暴狼藉の限りを尽くしたからだそうだ。子供の親もその時に」

「ハールマンは止めなかったのかな。ここの責任者なんだけど」

「ああ、そいつが自由を与えたらしいな」



 淡々と説明するアルトにウルクが渋面な表情を作る。



「しかし、二組共、山に入ったまま戻ってこなかったそうだ」

「天罰っすね。一番下るべき相手にはまだ下ってないようっすけど」



 頷きつつも、俺は眉をひそめていた。アルトの調査結果は、ハールマンが異変の存在を知りながら、隠していたことをあっさりと断定するものだったから。


 つまりは、俺達が初めてクレイトス商会の依頼を受けた訳ではない。ということだ。

 そして、その調査は何らかの理由で失敗している。



「やってくれる……」



 少しだけエルドスの考えていることも見えてきた。

 恐らく彼にとってはこの異変は重要なもので、何かが起こる事は分かっているが、綿密な調査を行いたいのだろう。だが、彼の部下はそれに失敗した。それで俺達に白羽の矢を立てた訳だ。


 死んでも痛まない、利用しやすい駒として。



「『火竜の唸り』については、よくわからないそうだ。調べれたのはこれくらいだな」

「十分だよ。アルト、その子は山から降りたって言ったよね?」

「うむ」

「明日、紹介して欲しい」



 二組の冒険者は山に登ったが帰還せず、その子供は戻ることが出来ている。

 このガラル火山は俺も詳しく知らない不慣れな山だ。ある程度、前もって知識を持っていれば、危険を減らせるかもしれない。

 一番良く山を知るのは、地元の住人だろうから。



「ケイト。この依頼、続けるんすか?」

「エルドスやハールマンの思惑はどうあれ、ある程度は覚悟をしていたことだしね。調べて警告は出さなければいけないし。それよりは意趣返し……違うな、嫌がらせの方法を考えよう」

「くっ! なかなかいい性格してるっすね」

「クルスとシーリアに教えてもらったんだ。やり返せってね」



 俺がそう言って頭を掻いておどけると、げらげらとウルクは笑い、それもそうだと手を叩く。

 仕事は完璧にこなしてみせるが、相手の人形にはならない。


 彼は嘘を吐いてはいないが、伝えるべきことは隠していた。その分の追加の依頼料は、支払ってもらうことが必要になるだろう。


 それが、どのような形になるのかはわからないが。


 そのことは急いで結論を出さずとも、仕事をしながら皆で考えていけばいい。

 俺は今後の方針について簡単に話してまとめると、話題を変え、興味があったアルトのこれまでの暮らしのことを質問し始めた。




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