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第十一話 たった一つの現実




 シェルバから東に続く街道は途中で北部へ向う街道と、そのまま東部、ガラル火山へと向う街道とに分かれている。

 北に向う道は別の街へと向う一般的な街道だが、東へと伸びる道はそれとは性質が異なり、どちらかというと物を運ぶ為の道として作られていた。


 シェルバの東部の平野は穀倉地帯になっている関係上、農村があちこちに点在している。

 その為、東に伸びる街道は大きな街が無い代わりに、それらの農村へと繋がる小さな道を無数に持っており、気を抜くとうっかり迷いそうだ。


 自然、それらの道はシェルバや北の街へと穀物を運ぶ為の街道になっており、別名『小麦の街道』とも呼ばれている。


 俺達はまだ緑色の小麦畑が広がる長閑な道を、東に向けて歩いていた。

 遠くにはガラル火山も見えているが、まだまだ遠い。中々に標高がありそうだ。



「アルト、頭の上に乗らないでくれる?」

「い、いやーケイトの旦那の上が快適なのだよ」



 プーク族という種族名だけでは呼びにくいため、俺は便宜上彼に名前を付けていた。

 由来は姿に似合わぬ低くて渋い声からである。名前を付けない事に意義があるのであれば困ったが、当人に深いこだわりはないらしい。簡単に受け入れている。


 アルトは先日から頭の上に両手で捕まって、へばりついている。自前の羽で飛んでいることもあり、然程重くも無いが、ふわふわの毛並みが今の季節は暑苦しい。



「頭を潰されたくはないしな。あれが恐怖というものか……面白いって褒めたのに」

「ケイトが止めなければ、その邪悪なケダモノ仕留めたのに」

「す、すいません! クルス様!」



 隣を歩くクルスが軽く睨むと、アルトは頭の上から彼女が居ない方の肩へと逃げた。彼はがたがた震えながら、俺を楯にしている。



「駄目だよ。簡単に殺しちゃ」

「うん」



 嗜めると半分くらい納得していない表情ながらもクルスは頷いた。


 『災厄』だとアルトが俺を断じた時、クルスは本気で怒り、彼の頭を握り潰そうとしている。正気に戻った俺が止めなければ、酷い事になっていたのは間違いない。


 それ以来、彼の中で序列が出来たらしく、クルスに対しては常に敬語である。

 そして、彼女を止めることが出来る俺の評価も高くなったようだ。



「結局その『災厄』が、どんなものかもわからないっすからね。もしかしたら、うちの神様の神託もそれに何か関係してるんすかね?」

「俺は平穏無事に生きたいんだけどね」



 ウルクの疑問に俺は苦笑いする。世界を見て回りたいのであって、大事件を解決して回りたい訳ではないのだ。そういうのは勢いだけで生きていけそうな兄に任せたい。



「でも、結果的にやってることは派手よね。退屈しないわ」



 楽しそうにシーリアは笑う。釈然としないが否定のしようがない事実ではある。

 俺は自分が出来る範囲の事だけをやっているのだが。


 俺は溜息を吐き、遠くの火山を見詰める。



「俺には天災なんて起こす気はないけど、原因がアルトにもわからないなら、今は考えても仕方ないのかもね。それより、彼がある程度、異変の方角がわかるというのが重要だよ」



 プーク族のアルトはその羽で大まかな異変の方角を知ることが出来るという能力を持っていた。火山と一口に言っても広いのだ。調査範囲が限定できるのは有り難い。


 そして、口ではこう言っているが、俺が『災厄』であるという点に関しては、全く心当たりが無いわけではないのだ。聖輝石を俺が持ち続けている以上、何らかの選択を強制される可能性は皆無では無い。

 これは警告なのかもしれない。何日か考え、俺はそう結論を出していた。


 クルスは俺を探るようにじっと見ていたが、真剣な表情でぽつりと呟く。



「何があっても私はケイトの味方」



 必死なクルスに俺は笑って頷く。俺自身が災厄を起こす気は一切ない。

 大事なものを害する可能性がある災厄を起こそうとする者がいるのなら、自分の能力の及ぶ範囲でそれを止める。そう考えながら、俺は道を歩き続けていた。



 北への分岐を過ぎると、収穫の始まっていない今の季節では殆ど人の行き来も無くなり、代わり映えのしない、静かな畑の隙間を歩くだけの旅路となった。


 心配していた盗賊等の襲撃もなく、魔物も現れない。

 時折、動物が顔を見せるくらいの長閑な道を二日行くと、小麦の街道の終着点であるガラル火山の麓の集落に夕刻頃、ようやく辿り着いた。



「これは……」



 誰も声を出すことが出来ない中、ウルクが呻く。

 農村と話に聞いていた為、俺はクルト村のような平和な集落を想像していた。これまで、他の集落には立ち寄っていなかったこともあり、この集落の姿は衝撃的だった。


 今にも潰れそうな狭い木製の住居。集落に住んでいるのは人間だけでなく、様々な獣人もいるが、殆どの者が骨と皮だけのような有様。

 仕事を終えて戻ったのであろう彼等の全てに共通しているのは、足には鎖が付けられ、服もぼろぼろで暗い表情をしていることだ。


 集落に住んでいるらしい彼等は俺達の姿を見ると、それぞれの家へと急ぎ、隠れてしまう。子供は興味深そうに此方を見ていたが、大人達は怯えの色を見せながら彼等も抱えて、家に逃げ込んでしまった。



「話を聞くのは難しそうだね」

「そうみたいね」



 余りに違う農村のイメージに思考が麻痺しかけたが、これがヴェイス商国の現実なのだろう。

 ショックを受けて、立ち尽くしているクルスの頭を軽く抱きしめ、やっとのことで乾ききった口を動かす。


 平然と立っているシーリアも不愉快そうに目を細めながら、集落から離れた高台に建つ、一際豪華な商館を厳しい表情で見詰めていた。



「ウルク、予定の交渉は代わりに任せても大丈夫?」

「任せといて下さい。クルスさんとシーリアさん、ちょっと我慢して欲しいす」

「わかってるわよ。殴りたいけど我慢する」



 無言のクルスも俺の胸倉を両手で掴み、顔を胸に押し付けながらも頷いたのを見て、俺はウルクに頷く。俺自身もここの商人を相手に冷静になりきれるかわからない。


 だが、水や食料、ガラル火山の現状の情報を集める必要がある。

 会いたくないからと言って、会わない訳にはいかなかった。



「いやはや、本当にでかいっすね」



 傾斜のある坂道を上り、商館の入口の門を見たウルクが呆れながら呟く。

 門の中には遠くから見えていた豪華な商館の他に、何軒かの家が立っている。商館の関係者達の住居なのかもしれない。



「悪趣味ね」

「うん」



 貧しい集落の様子を見たせいもあるのだろう。シーリアが嫌そうに漏らし、クルスが何度も頷いている。当然、俺も否定する気持ちは一切沸かなかった。


 この商館は他の国では領主の館にあたる。収穫物を集め、国へその一部を税金として納め、残りを売り捌くことで彼等は利益を得ていた。

 理屈としては農園は商人の所有物、そこで働く者はあくまで雇われた者か買われた者、そういうことなのかもしれない。


 貴族がいないヴェイス商国は、自らを身分の差が無い自由な国であると謳っている。

 だが、貴族が治めるピアース王国以上に様々な差別が蔓延っており、過酷な統治を行なっているのは何という皮肉だろうか。



「これも世界の一つの姿。現実か」



 もし、俺がこの村で生まれたとしたら。

 そう考えた時、思い出したのは俺が自らの意思で手に掛けた男の姿だった。



(この糞みたいな世界は俺達、選ばれた者の遊び場なんだ!)



 初めて出会った時の憎悪を含んだ昏い言葉。

 同じ世界の過去を持つ彼は、この言葉を本気で言っていた。



(俺は変わらずにいられるのだろうか)



 そう考えた瞬間、頬に誰かの指が近付く。そして、思い切り捻られた。



「痛っ! シーリア!」

「約束なのよ。マイスがケイトが真面目ぶったら頬を抓れって」

「本当に?」

「本当よ。帰ったら確認すればいいじゃない」



 ひひひと悪戯に成功した子供の様にシーリアは笑う。

 嘘か本当かはわからないが、確かに深刻ぶっても仕方がない。



「ケイトは難しく考えすぎなのよ。確かにここは気に食わないけれど」



 シーリアは沈んでいるクルスの頭に手を置いて、楽しそうに髪を掻き混ぜながら此方を見る。



「これは彼等の問題。私達が何でも出来るわけじゃないし、求められてもいないのに気にしても仕方がないわ」

「シーリアは冷静だね」

「ケイトの言い方をするなら、これも世界の姿のたった一つなのよ。全部じゃない」



 俺はなるほど、と左手で頭を掻いて頷く。世界には様々な姿があるだろう。

 ここよりも酷い場所もあるかもしれないし、ピアース王国よりもいい場所もあるかもしれない。全てがこれから回る世界のたった一つだ。



「もし、世界中嫌なことばかりで何も見たくなくなったら、私のことだけ考えてくれたらいいわ。私が嬉しいし」

「どさくさに紛れて何言ってる。馬鹿」



 クルスが仕返しとばかりにシーリアの肩を掴んでぐらぐら揺らしながら、ジト目で睨む。その光景にウルクが笑い声を上げていた。


 変わるほどに世界を嫌ったら、大事な人の事だけを考える。

 それもいいのかもしれない。


 俺は一つ、安堵を込めた溜息を吐くと目先の事を片付けていく為に、商館に行こうと全員を促した。





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