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第九話 空飛ぶ何か



「いやー予想外だったすね」

「本当に不快な国ね。何よあの態度!」

「いや、今回ばっかりは仕方が無いんじゃない?」



 シェルバの東を流れるリダ川には橋がない。そのため、対岸に行く為には船の渡しを使うのだが、三十分近く掛かるその船上で、ウルクは神妙な顔で腕を組み、シーリアは怒っていた。

 クルスはそんな二人を見て、呆れる様に溜息を吐いている。



「年齢制限じゃあ仕方がないよ」



 結局、一度はカジノも見ていこうと、俺達はそこまで足を運んだのだが、黒服から年齢制限があることを告げられ、どう見ても若すぎる俺とクルスのせいで入れなかったのだ。



「本当に惜しいっす。ケイトの能力で荒稼ぎ出来ると思ってたのにっ!」



 本気で残念そうに握った拳を震わせながら、力説するウルクには当然ながら誰も同調しない。そんなこと考えてたのか……と俺は呆れ、長く息を吐いた。



「あんた何を考えているのよ」

「ウルク、沈む?」

「ふ、船の上で暴れちゃ駄目っすよ? ああっ! 首絞めないで! 冗談っうぐっ!」



 彼女達が楽しそうに怒っている間も、船はゆったりと進んでいく。リダ川はエーリディ湖に注ぐ川で、どちらかというと流れが早い。

 そこで、船頭は下流に流されないように舳先を上流側に半分ほど向け、長い杖で底を突きながら進んでいるのである。周囲には似たような事をしている船も多い。


 面白いものだと思う。エーリディ湖では、レイクホエールが船の足となっていたが、川では昔の日本を思わせる、帆のない小さな船で渡しが行われている。


 たまに大きめの船が使われているが、それは様々な商会の船だそうだ。こちらは、川の流れを利用して、目的地より上流の場所から出発し、楷を漕いで移動しているようである。



「ケイト、何描いてるの?」

「日記に絵も付けようかと思ってね」

「代わりに描くっ」



 胡座を掻いて絵を書いている俺を隣から覗き込んで来たクルスが、嬉しそうに俺から日記とペンを奪っていった。絵は数段彼女の方が上手い為、俺は苦笑いしながらも任せる事にし、俺は帽子代わりに白い布を被り、クルスの隣で座ってゆっくりと行き来の多い川の様子を眺める。


 受けたくなかった依頼ではあるが、世界を見てまわるという俺の元来の旅の目的としては、方向性を外れていない。皮肉なことだが。


 対岸の渡し場に辿り着くと、周囲には倉庫らしき建物や商会の建物、賑やかな市が並んでおり、今までいたシェルバとはまた違った雰囲気の街が広がっていた。



「ととっ! 危ない。それにしてもこっちは普通の田舎町みたいね」

「シーリア、大丈夫?」



 船に酔ったのか顔が少し青ざめているシーリアは、船から降りようとしてふらついて転けかけ、慌てて体勢を整えながら、新しく着いた場所の感想をぽつりと漏らす。

 確かに川を挟んでいるが、同じ名称を持つ街で、ここまで違うのは面白いことだと思う。


 川を渡る前のシェルバは成功を目指すぎらついた若者が多く、落ち着かない印象だったがこちらはどちらかというと活気には溢れているが長閑だ。

 広めの道を歩いている住人や商人達も穏やかで、伸び伸びとしている様子が伺えた。


 穀物を扱えるということは一人前の商人となったということを意味している。案外命を賭けて原資を稼ぐ必要がなくなった者達が多いことが理由なのかもしれない。

 船を待つための大雑把に作られた木製の長椅子に座り、シーリアの体調が戻るまで待っていると、その間に聞き込みをしてくれていたウルクが苦笑いしながら戻ってきた。



「もう少し調べないとわかんないすけど、やっぱり反応は同じすね」

「ご苦労様。異変とは感じていないか。ま、この様子じゃそうかもね」

「様子と言えば、穀物の買い手が多くて、値が上がってるのはわかったっすよ」

「それでこの活気か」



 ウルクが戻ると俺達は立ち上がり、市場に向う。その道すがら、俺は彼と並んで歩き、仕入れた商人達の話を聞いていた。

 穀物の集積地点でもあるこの場所では穀物商が多い。今年の作物の収穫はこれからだから、今売れているのは倉庫に保存されている昨年の収穫物だろう。



「穀物の買い手から話を聞ければいいんだけど、どうかな?」

「儲けの種を聞き出すのは骨が折れそうっすね」



 両手を広げて肩を竦め、ウルクは首をやれやれと横に振った。推測だけで素直に考えるなら、ゼムド達と同じように危険を知らせる羽を持つ小人、『プーク族』の話を知ったリブレイスに関わる商人だろう。

 災害が起こり、不作になれば穀物の価格は跳ね上がるのだから。


 だが、何事も確実とは言えないものである。



「なかなか難しいな。やはり火山の調査からかな。本来の仕事だし」

「そっすね。でも、チャンスがあれば聞き込みしてみるっすよ。あ、報酬はシーリアさんとデートで! 全力で働くっすよぉ!」

「本人と交渉してくれ」



 にししっとウルクは笑い、「了解」と調子よさそうに親指を立てるが、シーリアの「死んでも嫌」との即答に、彼はわざとらしくがっくりと肩を落とした。まぁ、本気ではないんだろう。俺に小声で「高めの葡萄酒一杯で」と、耳打ちし、俺も笑って頷いた。

 そんな俺達の様子を黙って見ていたクルスは、何かあるのか俺の服を引っ張っている。



「どうした?」

「ん……あ……う、うん、あいつらいる?」



 不安気にクルスはぽつりと呟く。俺は首を傾げ、立ち止まってクルスを見たが、彼女はふぃっとそっぽを向いた。何だろう。

 『あいつら』という相手には一応心当たりがあったため、目を閉じて能力を使用する。



「能力の範囲内にはいないね。そのうち来るだろうけど」

「そう。ならいい」



 クルスはそれを確認すると納得したのか服を離し、黙って歩きだした。

 ゼムドとアリスはシェルバに来てから、川の反対側では確認している。俺達を見張るという役目らしいので、それも当然かもしれないが、付かず離れず追い掛けているらしい。



「それじゃ買出しっすかね」

「うん。俺とクルスは山も慣れてるから、用意はこちらで揃えよう」

「ん」



 どことなく嬉しそうにクルスが頷いたその時だった。



「おおおおおいっ! 誰か捕まえてくれっ!」



 遠くから聞こえる野太い叫び声。声と同時に飛んでくる空を飛ぶ何やら黒い物体。



「ふはは! 愚か者めっ……むぎゅ!」

「ん」



 隣を歩いているクルスが高速で飛んでいるそれを無造作に掴み、俺に渡す。



「服を着たヨ―キー?」

「ヨーキーって何?」



 俺の手の中で目を回す、ふわふわの毛むくじゃらな黒い小型犬を見て、俺は思わず呟く。聞き慣れない単語にクルスは首を傾げ、ウルクとシーリアも何事かと周りに集まった。

 逃げてきたのはこれだろうか。喋っていた気がするのだが。


 呆然としていると、空飛ぶ犬(?)は正気に戻ったのか俺の腕の中で勢い良く顔を上げた。よく見ると背中には羽が付いている。だが羽は身体から離れていて、どういう構造なのかぱっと見ではよくわからない。



「貴様っ! いきなり何するか!」

「申し訳ない」



 怒っている様子だった為、何と無く俺は反射的に謝ってしまったが、クルスは先程と同じような無造作な手付きで、その犬(?)の頭を掴んだ。



「悪いのはそっち。ぶつかったら怪我する」

「むむ……あ、いや。はい……すみません。痛いです……」

「なにそれ。犬っすか?」



 ぶるぶる震えている何かをウルクは犬と評した。やはり犬にしか見えないようだ。だが、犬と呼ばれた方の震えはその言葉で止まり、ウルクの方に怒りの表情を見せる。



「犬ではないっ! 誇り高き狼であるっ!」



 俺の腕の上に二本の足で器用に立ち、渋い声の彼(?)は胸を反らせてそう宣言した。シーリアが微妙な表情な理由は俺にはなんとなくわかる。懐かしいやり取りだと、少し吹き出しそうになった。彼女は目を細めながら犬(?)を色んな角度から観察する。



「特徴から考えて多分……」

「見つけたぞっ! はぁっ、はぁっ! 素早しっこい犬だ」



 シーリアは狼(?)の正体に思い当たったらしく、説明しようとしたがそのまえに俺達の前まで三人組の男達が走ってきた。

 先程の叫び声の男達だろう。一人は太り気味の商人。残り二人は若いが、雇われた者達だろうか。三人は息を整えると、俺の腕の中にいる狼を奪おうとしたがクルスが邪魔をした。



「何?」



 冷めた視線を向けるクルスに、お供の二人が腰を低くしながら愛想笑いを浮かべる。



「い、いやね。お嬢さん、そいつはうちの売り物でして」

「そうそう。手違いで逃げ出したんですよ。返してもらえませんかね?」

「胡散臭い。駄目」

「そんなことされちゃお嬢さんを衛視に突き出さなきゃいけない。困るだろ?」



 若い二人は必死に頭を下げながらクルスに頼み込む。彼女は少しだけ困ったように此方を向いた。俺は頷いて前に出て、責任者らしい太り気味の男に笑い掛ける。



「売り物ということは、彼が貴方の物である証拠はあるのですか? 契約書は?」



 この国での契約書の重みは、ピアース王国の比ではない。商人が重きを為す国だからだろうか。俺がそう男に問い掛けると彼は、温和に微笑んだ。



「ははぁ。若いのにしっかりしてなさる。なるほど、しかし、それは魔物。つまりは無主物です。ならば、一番に取得した私に所有権はあるのです。ご理解頂けましたかな?」

「ふむ。彼が魔物であるから、所有権は貴方にある。そういうことですか」

「その通り。こちらに引き渡して頂きたい。もちろんお礼はします」



 腕の中の犬(?)は「誰が魔物だ!」と怒鳴り声を上げている。さて、どう答えるかと俺は悩んでいたが、代わりに答えてくれたのはシーリアだった。



「それは魔物じゃないわよ。『プーク族』という立派な獣人。契約も無しに売り捌けば、法律上まずいんじゃないの?」



 三人組の男は一瞬だけ苦い表情になる。彼等も知っていたのかもしれない。

 そうなれば彼等も立派な『人攫い』だ。



「魔物でなければ所有権は貴方には無いですね」

「いや……そうだ! 魔物ではないという証拠はない! 早く引き渡せ。私は急いでいるんだ!」

「お断りします」



 きっぱりと断ると、若い男二人は睨みながら近づいて来た為、腕が塞がっている俺は後ろへと飛び下がり、クルスに視線を送る。

 彼女は俺を庇うように前に立とうとしたが、ウルクに止められた。


 彼は太り気味の男に近付き、馴れ馴れしく肩を叩きながら二、三言話すと、太り気味の男の顔色が変わる。



「いやいや、街中で喧嘩は良くないっすよ。ね?」

「むっ! むむ、仕方がないな。お前達、引け。仕方がない」



 そして三人は俺達の前から逃げるように去って行く。そんな彼らにウルクは満足そうな表情で手をひらひら振っていた。



「ウルク、何をしたの?」

「ちょこっとクレイトス商会の紋章を見せただけっすよ。どうせ利用されてるんだし、こっちもこれくらい利用してやらないと腹立つじゃないっすか」



 明るく笑うウルクに、俺も笑いながら成る程、と頷く。しかし、クルスは何か納得がいかなかったらしく、恨めしそうな表情でウルクを睨んでいた。



「いやはや、助けられたか。少年、感謝するぞ」

「問題は君だね。何がなんだかわからないけど、説明して欲しい」



 態度の大きな二足歩行の犬(?)を見て、俺は大きくため息を吐く。鮮やかな虹色の羽を持つ『プーク族』の彼は腕の中で、ゆったりと寛ぎながら笑っていた。





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