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第八話 見えぬ異変




 ヴェイス商国の評議員、エルドスに与えられた調査期間は二ヶ月。

 国としての依頼ではなく、彼個人からの依頼となる。


 評議員からの紹介ということもあり、ヴァルヌークの図書館でもシーリアが止められることはなかった。彼女の入館を拒否した役人がそこにいなかったのは、エルドスの差し金だろうか。



(余計なことを)



 そう思う。この件に関しては、エルドスの秘書であるリイザに、それとなく伝えておいた。ウルクもシーリアも気付いてはいなかったが、国の定めた職務を果たしたために仕事を失わせてしまっては、寝つきが悪くなりそうだ。


 結局、問題の火山周辺の情報だけでなく、ラキシスさんの故郷である『ザーンベルグ大森林』の場所を特定する必要があったため、俺達は図書館での調査に三日間掛けた。


 この世界では情報を得るためには、人から話を聞くか書籍から調べなくてはならない。そのため、学院出身であり、書籍調査に慣れたシーリアの効率は俺とウルクの比ではなかった。



「クルス。これとこれ片付けて。場所は『地理 カー27689』『歴史 ハー14784』ね」

「了解……眠い」



 書籍調査では全く役に立たないクルスは、次から次へと本を調べていくシーリアの隣に座って熟睡し、彼女が読み終わると目を擦りながら片付けるといった風に手伝っていた。

 初めのうちはクルスも適当な本を読んでいたのだが、飽きたらしい。


 俺とウルクは逆にシーリアから必要な本を言われて探す役目だ。

 彼女のこうした学者としての姿を初めて見るウルクは、



「いやー、シーリアさんは凄い。普段からは想像できないすね」



と、褒めているのかどうなのかわからない口振りで感心していた。


 一連の調査で判明したことは様々だ。書籍での調査も万能ではなく、得られる情報は玉石混交であり、そこからどう正しい情報を取捨していくかが問題となるのである。



「ラキシス様から私が聞いた思い出話なんかも含めて考えると、この国じゃないわね」



 膨大な書籍数を誇る、ヴァルヌークの図書館でもラキシスさんの故郷に関する記述は全くなかったらしく、多少困惑を見せつつもシーリアはそう断定した。

 彼女がそう判断した最大の理由はこの国の気候。乾燥地域の多いこの国は森が少なめで、エルフが住むような大森林は存在していないと考えたらしい。


 養女である彼女はラキシスさんとの付き合いは一番長いし、彼女の判断の方が正しい可能性が高いだろうと考え、俺達は当面の目的である火山の調査に集中することにしたのである。


 そして、ガラル火山の周辺地域一帯の情報を集めると、俺達は若い商人達の護衛にまぎれてヴァルヌークを発ち、東にあるヴェイス商国第二の都市である迷宮都市『シェルバ』へと向うことになった。


 迷宮都市という名の通り、この街には以前いたカイラルと同じく迷宮がある。この国のものはカイラルで目立っていた神殿のような建物はなく、迷宮への入口だけが存在し、ヴェイス商国がそのうえに独自に建物を立てているそうだ。


 当然、特産物は魔力石となるのだが、この街で取引されているのは魔力石だけではない。シェルバはこの国では最も大きいリダ川という河川と隣接しており、その恩恵を受けている対岸の穀倉地帯から穀物が、南側、上流に広がる森林からは木材が運ばれている。



「何だか若い人間ばかりな気がするわね」

「そうすね。男ばっかりっす。女の子が……潤いが……商人も男ばっかだし。うう……」



 シェルバの混雑する通りを、人に当たらないように歩きながらシーリアがこの街の感想を呟き、ウルクが嘆きながらそれに答える。

 彼女達の言葉通り、この街の大通りを歩く住人達は男性、しかも若い者が多い。荷を運ぶ商人となると、ある程度年配の者も歩いてはいるが。


 商人達の護衛に俺達は混ざったが、この国の若い商人達はそれなりに戦う事が出来た。その理由がこの街にある。



「あいつら、結構やる。鬱陶しいけど」

「たしかにね。あれは大変だったよ」



 苦虫を咬み潰したような表情のクルスに俺は苦笑しながら同意した。


 クルスのいう『あいつら』とは護衛した若い商人達のことだ。獣人であるシーリアに絡む者は少なかったが、商人達より若いクルスにはナンパが絶えなかった。

 彼女はそれに対し、自分に勝てればという条件を出し、全員を叩きのめしていたが。彼等も本気ではなく、若いなりの楽しみ方だったのだろう。


 その後、俺に対して『女がいる奴を殴る祭』とか騒ぎ出して、楽しそうに挑んで来たのには辟易したが。周りも拍手喝采。ウルクが一番煽っていたのは気のせいではないだろう。

 まあ、そのお陰で、俺達も彼等と仲良くなり様々な話を交わすことが出来た、


 この国で自由に生きるには商人になるしかない。だが、誰しもが資産を生まれながら持っているわけではない。ならばどうするか。

 何とか剣を一本買い、商売の元手を稼ぐために若者達は迷宮に潜るのだ。そして、様々な物が集積しているこの街で荷を買い、他の街で売り捌く。


 そのためこの街は別名『始まりの街』とも呼ばれていた。


 街に付くと、俺達はクレイトス商会の支部に挨拶し、仕事に関わる書類を手渡す。こうすることで、俺達が報告する場所はこの街となり、一々一週間以上時間の掛かるヴァルヌークまで戻らずに済むようになる。


 物と情報が集まるこの街に拠点を置くことで、調査を行いやすくしたのだ。これもシーリアによる提案だった。


 彼女は写真などない文章のみの地理の本から様々な情報を読み取り、メモ帳にヴェイス商国の大まかな地図を作成している。当たり前の技術だというように楽しそうに彼女はそれを説明し、俺達を驚かしていた。



「この街に近付いてから鳴っている地鳴りは『火竜の唸り』といって、これそのものは昔からあるみたい。特に異常というわけではないの」



 街で取った宿で、俺達はシーリアの作ったメモ帳を囲みながら彼女の説明を受ける。活躍の場を得て自信を完全に取り戻したのか、ローブを脱ぎ、薄めの普段着姿に戻った彼女の表情は明るい。

 俺自身これ程とは考えていなかったので、感心すること頻りだ。


 逆にクルスは釈然といかない表情で、俺の隣で服を指で摘みながら座っている。



「ただ、唸りの回数が増えているって感じなのよね?」

「みたいっす。でも住人は異変だと考えている様子は一切ないっすね」



 腕を組んでウルクは唸る。彼は酒場などで話を聞き込んで回ってくれたのだが、不自然なくらい普段通りで、「火竜様の機嫌が悪いだけさ」と、笑われたらしい。



「おかしいすね。エルドス評議員の口振りだと、かなり危なそうな感じだったっす」

「ウルクもそう思うか」



 辻褄があわない。普段通りであれば異変の報告などはしないだろう。挨拶に行ったクレイトス商会の支部ですら、「何故こんな調査を?」と納得いかない様子だったのだ。



「あいつ、嘘は言っていない」



 こういう話し合いだと、黙り込んでしまうことが多いクルスが口を開く。珍しい出来事にまじまじと、俺がクルスを見つめると彼女はそっぽを向いた。



「嘘でなければ、何だと思う?」

「本当?」



 更にクルスに聞いてみると、彼女はちゃんと此方を向いて答え、自信無さ気に首を傾げる。俺達のやり取りを聞いていたウルクは、神妙な表情で「若しくは」と、人差し指を立てて続けた。



「全部を話している訳じゃないってところっすかね」

「なるほどね。そういうこともあるのか」



 ウルクは神官としてだけでなく、孤児達の仕事の世話まで携わっていたらしく、世俗的な知識は豊富に持っている。若い商人達から、護衛の仕事を上手く掴んでいるのも彼だ。

 巫山戯ているばかりではなく、俺の得意ではない人付き合いに長けており、意外なほどに頼りになる面も持っている。

 そんな彼も、今回の件に関しては胡散臭いと感じているようだった。


 だが、考えても仮定の答えしか出ない問題でもある。俺はエルドスの思惑は一旦置き、シーリアの調べた結果を先に確認することにした。聞くべきことはまだまだ沢山あるのだ。



「それでシーリア、実際のところ『火竜の唸り』の正体は?」

「実際に火竜がいる、炎の上位精霊の声、いろんな説はあるんだけど……」



 板張りの床に置かれているメモに書かれた地図のガラル火山を指で指し、ツーっと現在いるシェルバまで滑らせる。続けてヴァルヌークまで指を滑らせた。こちらは距離を俺達に理解しやすく認識させるためだろう。



「この距離。声を届かせるのは不可能ね」



 ガラル火山から、現在俺達がいるシェルバまではかなりの距離が存在していた。

 上位精霊はどれ程の能力を持つのかわからないため判断はできないが、火竜などの生物であれば声を届かせるのは難しいだろう。地響きを起こすほどであれば尚更。



「なんらかの自然現象だと私は思う」



 膝を床に突いて身体を乗り出すように床に置いたメモ帳の地図を覗き込みながら、シーリアはそう結論づけた。俺は納得しながらも、ふとクルスとは反対側に座っているウルクの方を確認すると、彼の視線はシーリアの胸元に釘付けになっていた。

 俺は頭を掻いて彼の背中を軽く叩く。



「ウルク」

「えっ! あはは! な、なんすかケイト」

「気持ちはわからないでもないけど」



 小声で囁いて首を横に振る。ウルクはそれで姿勢を正し、座り直した。

 よほど集中しているのか、シーリアが自分の体勢に気付く様子はない。食い入るようにメモ帳を捲り、ああでもない、こうでもない、と、納得する結論を探し続けている。


 元々暑い地域である上に夏に近付いており、獣人であることを隠すローブを脱いで、薄着になっている今、スタイルのいい彼女がそんな姿勢を取ればどうなるかは自明である。

 俺としても視線を外す他、方法がない。ウルクと二人して明後日の方向を向きながら、彼女の思考が纏まるのをまっていると、クルスに太腿を抓られた。



「ケイト、えっち」

「う……」



 言い訳のしようもない。俺は苦笑いすると、不機嫌そうなクルスに謝罪した。だが、彼女は拗ねたままだ。これは、機嫌が治るまでは時間が掛かるかもしれない。



「なになに、どうしたの?」



 ようやく此方の様子に気が付いたシーリアが、きょとんとして俺達を見渡す。

 俺とウルクは慌てて首を横に振り、誤魔化した。


 自分なりの答えが出たのか、彼女は身体を起こすと好奇心に溢れた笑みを浮かべながら力強く頷く。



「実際に行ってみるしかないわね。この火山、休火山と呼ばれているけど、実際そうじゃないみたいだし。変な火山なのよ」

「どういうこと?」

「調べている時にたった一冊だけど、700年以上前に噴火したという記述を見付けたの。この噴火は物凄いもので、『数年間もの間、青空を見ることが出来なかった』という程のものだったらしいわ。にも拘らず、それ以降は一切何も起こっていない」



 それだけの噴火を起こしたにも関わらず、現在では休火山として扱われている。

 一般的な伝承にも残っていない。確かに腑に落ちない話だ。


 その本が間違っているのか……若しくは意図的に抹消されたのか。



「そういうことなら準備して、更に東へ……かな?」

「しっかり準備しないとね」



 満足したようにシーリアは笑って同意する。ウルクとクルスも頷いた。

 方針は決まれば、後は実際に何を必要かを検討していくだけだ。俺はそのための準備の話合いに切り替えようと口を開こうとしたが、先に思い出したように声を上げたウルクに遮られた。



「そうだ! 二日くらいはゆっくりするっすよね? ね?」

「何かあるの?」

「実は行きたい場所があるんすよ~。有名な場所なんすけど」

「あ、私も私も!」



 にんまりと笑いながら得意げに人差し指を立てるウルクに、シーリアが元気に手を上げて同調する。シーリアはウルクの行きたい場所に心当たりがあるらしい。



「それは……カジノっす! 世界的に有名なデカイのがあるんす!」

「一回は見てみたいわよねっ! 一攫千金!」



 楽しそうな二人に俺は言葉を失った。確かにカジノもこの街の特色を為すものであり、有名ではあるのだが、そこに行くことは初めから考慮していなかったのである。



「駄目。地道が一番」



 俺に代わって、二人を止めたのはクルスだった。

 彼女は武芸は天才だが、地道に積み上げるタイプで博打はしない。俺も賭事をしないので、無意識のうちに幼い彼女にそういう考え方を植えてしまったのだろうか。



「どうせ、無一文になって泣き付く」



 薄らと馬鹿にするようにクルスは微笑み、そう続けた。

 思わず頭を抱えそうになるが、確かにこの二人の性格だとありそうで怖い。



「やってみなきゃわかんないでしょ」

「そうっすよ! 横暴っす!」

「やらなくてもわかる」



 言い合いを始めてしまった三人を見て、俺は今すぐ話合いを続けることを諦めた。

 時間にはまだ余裕がある。これも彼等なりの息抜きなのだろう。


 俺はため息を吐くと、夢中になっている彼等を放置して、全員分の飲物を用意するために席を立った。




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