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第六話 食事の相手




 ゼムドと話した酒場から出ると、俺はシーリアと夜のヴェイス商国の街並みを楽しみながら、ゆっくりと歩いていた。


 美味しそうな匂いや威勢のいい掛け声は街中に響いており、何処にこれほどの人が暮らしているのかと思うほどに、人々が舗装された通りを歩いている。


 日は完全に暮れているのに、商売はこれからだと言わんがばかりの熱気が溢れていた。

 すれ違う人にぶつかりそうになるせいで、シーリアが肩に触れるくらいの距離を歩いており、少々気恥ずかしい。


 彼女は窮屈そうに歩いている割に、表情はこの街に来てから一番明るかった。



「ゼムド、元気そうだったわね」

「彼の話は嘘ではなさそうかな」



 嬉しそうに微笑むシーリアに俺は苦笑を向ける。

 アリスへのゼムドの対応を思い出すと、とてもではないが俺達に対する刺客への対応とは思えない。



「お節介なのよ。あいつは」

「アリスも戸惑っているみたいだったね」

「あの嫌そうな顔、クルスにも見せてあげたかったわ」



 くすくすとシーリアは口を抑え、笑い声を漏らす。

 二人で歩いたときに余程嫌な事を言われたのか、クルスはアリスを嫌っている……話の内容は教えてくれなかったが。


 そんな風に雑談をしながら宿を目指して歩いていると、シーリアが鳥肉を焼いている屋台の前で足を止める。

 何事かと彼女を見ると、視線が完全に肉に釘付けになり、尻尾がゆらゆらと揺れていた。


 そう言えば夕食を食べていなかった。

 狼らしく肉が好物な彼女は、店を出るときもゼムドが注文した美味しそうな肉料理を、名残惜しそうに見詰めていたし、お腹が空いているのかもしれない。



「シーリア、食べる?」

「わきゃっ! ああ、いやその、な、何でもないわよ?」



 慌てて否定する彼女を気にせず、俺は屋台の青年にお金を支払い、四人分購入する。



「おう、ありがとうっ! 包むからちょっと待ってくんな」



 随分久しぶりに嗅ぐ香り、味付けは胡椒に近い香辛料のようだ。

 この地方では、どこかで生産されているのかもしれない。


 シーリアはばつがわるそうな表情で苦笑いしていた。

 子供っぽいことをしてしまったと思っているのだろう。



「もう、私がねだったみたいじゃない」

「俺もお腹空いていたしね。クルス達も食べてないだろうから」

「あ……そうだった。間違いないわね」



 拗ねる彼女に俺がそう説明すると、彼女は得心したように頷き、いたずらっぽい笑みを浮かべた。



「それなら、美味しそうなのをいっぱい買って帰りましょ!」

「あまり遅くなると怖いから、手早くね」

「はいはい、わかってるわよ。あいつらもお腹を空かせているだろうし、早く買わないとね。あ、あれどうかなっ?」



 人通りの多い街中でフードを被り、種族を隠して忍んでいても、好奇心と生命力に溢れた元気さは隠しようがないなぁとシーリアに腕を引っ張られながら俺は思う。

 勿論、それは俺も楽しいし、悪いことではない。



「ほら、ケイト、ぼーっとしないっ!」

「わかったよ。痛いって! 腕がもげるっ!」



 急に年上ぶって前を歩くシーリアに苦笑いしながら、俺は街の通りに所狭しと出されている屋台で今日の夕食を買っていった。



 『砂風亭』に戻る頃には、俺の両手は様々な料理が入った紙包みで塞がっていた。


 この宿では食事は朝食しかでない。勿論有料である。

 そのため、外で食事を購入し、持ち込んでも文句は言われない。


 宿に戻ると、俺達は宿の主人に挨拶し、部屋のある二階へと上る。

 すると、部屋の扉が勢い良く開き、中からウルクが涙目で飛び出してきた。



「やっと、やっと帰ってきてくれたんすかっ! 遅いっ! 遅すぎるっすよ!」

「ちょ、なんなんだ!」



 そのまま抱きつこうとしてくるウルクを足で牽制し、両手の料理を守る。

 そんなウルクの頭を彼の背後から出てきたクルスが叩く。


 余程痛かったのか、ウルクは酷い、酷いと呟きながら頭を抑えて座り込んでいるが……何が何やら事情がわからない。


 俺が事情を聞こうと、クルスの方を見ると不機嫌そうにそっぽを向いていた。



「ウルクがつまらないことを言うから」

「謝ったじゃないすか! うう……猛獣と一緒にいるような気分だったっす」

「人聞きが悪い」



 立ち上がってウルクは抗議するが、クルスは我関せずで部屋に戻っていく。

 何となくは事情は掴めた。きっと、ウルクがからかったのだろう。



「ウルク、食事買ってきたから、宿の主人から皿を借りてきて」

「おっ! 丁度お腹空いてたんすよ! さすがケイト。直ぐ行って来るっす」



 頭を抑えていたウルクだったが、俺が料理を見せるとシャキっと直ぐに立ち上がって、調子のいい笑顔を見せる。



「やっぱり食べてなかったわね」



 階段を勢い良く駆け下りていくウルクの背中を見つめながら、シーリアはくすくすと笑う。この分だと、クルスも相当お腹を空かせているに違いない。


 部屋に入るとクルスはベッドに腰掛けており、俺達を睨みつけている。

 ご機嫌斜めだ。



「ごめん、遅くなって。ただいま」

「……おかえり」



 クルスには何か葛藤のようなものがあったらしいが、暫く思案した後、小さな溜息を吐くと普段通りの気配に戻っていた。許してくれる気になったらしい。



「ゼムドは?」

「元気そうだったよ。嘘は吐いていないと思う」

「そう」



 付き合いが浅かったとはいえ、彼女にとっては初めての冒険仲間だ。

 強硬に反対していたとは言え、複雑な想いを抱えているのかもしれない。



「後は何故かアリスがいたよ。向こうも知らなかったらしくて、驚いていたけど」

「あの女は次こそ仕留める」

「害意はない……らしいけどね」

「嘘」



 クルスはそう断言し、両手の指を組み合わせて膝の上に置く。

 普通に考えてクルスの言う通り、アリスを信じることは有り得ない。


 だが、ゼムドが嘘を吐いていないとするならば、彼女の目的は何なんだろう。

 それが俺にはわからない。


 聖輝石には興味が無いと言っていたし、俺を狙う気もないようだ。

 積極的に俺達に協力する気も無さそうだが。


 それきり会話も無く、黙っていると直ぐに階段を軽快に上る音が聞こえてくる。

 もう戻ってきたようだ。



「ケイト! 皿持ってきたっすよ! さあさあ難しい話は食べながらやるっすよ!」

「そうだね。ウルクはクルスにどれくらい説明した?」



 両手に大きな皿を持ったウルクは、俺の質問を受けるとばつが悪そうに苦笑いし、耳元で小声で話し掛けてくる。



「あーいや、すまないっす。怖くて無理! 部屋の空気が滅茶苦茶重かったんす。ケイトは何で平気なんすか……」



 どうもウルクはクルスと上手く打ち解けられなかったらしい。



「クルスは照れ屋だし、人見知りするからね」

「いやいやいや」



 何故か慌てたように首を横に振るウルクの肩を、何時の間にかフード付きのローブを脱いだシーリアが叩き、彼から皿を取り上げながら笑う。



「まぁ、なんでもいいじゃない。早く食事にしましょ。クルスもお腹が空いたって言ってるわよ」

「言ってない」



 屋台の料理は決して高いものではないし、どちらかといえば雑なものだ。

 味だけで言えば、間違いなくゼムドの店の方が良いはずである。



「おお! ダラス鳥の香草焼きっすか! いやー酒が欲しいっすね!」

「肉ばっかり……シーリア太る」

「や、野菜も買ったわよ? ほら、この串焼きとか」

「それも半分肉だけどね。この野菜は何だろ」



 それでも、今一緒に食事を取りたいのは彼等ではない。

 俺達は飲み物と数々のこの国の食事を楽しみながら、今日の出来事や図書館で得た話などを遅くまで話し込んでいた。




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