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エピローグ 未知への出航



 新しい三国協定が正式に開始された日、俺達は大型商船に臨時の護衛として乗り込み、エールの南東に位置するヴェイス商国の港街、クラウリディを目指していた。


 エーリディ湖周辺の港街は大体、湖の名前の一部を使用している。

 国は違っても湖への愛着は強く、これは三国共通らしい。先日話をしたディラス帝国の青年も湖に対して誇りを抱いているようであった。


 そのような愛着が街の名前にまで顕れているのかもしれない。



「エールが見えない」

「そうだね」



 弓を立て掛け、矢筒を背中に担ぎ、エールにいる間に探し出した新しい剣を腰に佩いたクルスが感慨深そうに目を細め小さく呟く。


 エールの街も出航してしまうと直ぐに見えなくなった。

 あっさりと。


 あれ程厄介事に襲われ、様々な出来事を重ねた街が、一時にも満たない時間で形も見えなくなっていく。

 故郷やカイラルを離れる時と同種の寂しさが心を過ぎった。


 もっと複雑な気分になるかとも思ったが、不思議と秋風のように涼やかだ。

 同行しているクルスやシーリアはどう考えているのかわからない。


 少なくとも表情から暗いものは読み取ることが出来ない。



「ケイト。船が出航したら読めって言ってたカリフの手紙は?」



 船員から椅子代わりに小さめの空の樽を借り、クルスと並んで座りながら湖を眺めていると、船員を相手に知的好奇心を満たしていたはずのシーリアに声を掛けられた。


 気温が高い場所に行くため新しい生地の薄い冒険用の服を着た彼女は、獣人である不利をものともせず、持ち前の明るさで色んな人に話し掛けている。


 一緒に船に乗りこんでいる船員や商人は彼女の勢いに負けて、嵐のような質問攻めに仕方なさそうに……だが、笑顔で答えていたようだ。


 まあ、獣人と言っても美女……と言っても間違いではないと思うから、普通の男では、笑顔で近寄られれば邪険にすることなど不可能なのかもしれないが。


 つい最近まで人間嫌いで人見知りだったことを考えると、とんでもない成長だと思う。

 本来はこういう性格だったのだろうか。それとも冒険が彼女を変えたのか。



「湖賊とか魔物が出るまで暇だし、今読もうか」



 俺は樽に座りながら彼女の方に身体を向けて頷く。


 水の神の神官、カリフが俺達に好意的だったのは、かつて仲間であったラキシスさんから前もって手紙で知らせを受けていたから……らしい。

 人の繋がりというものは大事なものだと、本当に痛感する。


 熊のように大柄な彼は笑いながら過去の冒険話などを教えてくれたが、どうもマリア母さんはともかく、冷静なラキシスさんに似合わない話が多かった。

 大袈裟に話をしているのかもしれないが。


 もちろん、彼から聞いたのはそういう話ばかりではない。


 俺達は別れる前にラキシスさん宛のお土産と手紙を託し、『呪い付き』の長、ジューダス・レイトに関することと、聖輝石に関する伝承が無いかも尋ねた。


 ジューダス・レイトは表でも有名人らしいが、彼が『呪い付き』であるということはカリフも知らなかったようだった。



「ジューダスという男は十数年前に現れ、新しい手法を次々用いて伸し上がったディラス帝国の大商人だ。裏の世界にも通じている……というのは珍しくもないが、『呪い付き』を纏めているというのは……調べる価値はあるな」



 自由な立場になれたのは丁度いい、そうカリフは穏やかな表情で頷いていた。

 ピアース王国もこのことを知らないのであれば、情報を得ることで『リブレイス』に対する今後の対応も立てやすくなるだろう。


 聖輝石に関しては彼も何も知らなかったが、俺が国家レベルの危険物であることを伝えると、水の神殿の伝承を調べ、何かがわかったら俺に知らせると約束してくれた。


 彼には随分と世話になってしまったものだと思う。

 いや、そこはお互い様というべきか。


 湖の風でばらついている髪の毛を左手で直しながら、俺は苦笑して樽から立ち上がり、近くに置いてある鞄から手紙を取り出す。


 クルスも興味があるのか、樽をずるずると此方に近付け、一緒に手紙を囲んだ。



「ん……、普通のお礼?」

「土産を準備したから受け取るようにって……?」

「役に立たないかもしれないが、有効利用するように……?」



 三人で顔を寄せ合って手紙を読み、その文面の意味がさっぱりわからず困惑する。

 内容そのものはエールの危機を救ってくれたこと、そして、世話になったことに対する普通のお礼だった。


 ただ、最後に土産を用意したから受け取るようにと書かれていたのである。

 しかし、俺達はカリフからそのような物は受け取っていない。



「どういうことだろうね」

「いやー、本当にどういうことなんすかね?」

「おわぁっ!」



 急に背後から、耳元で声を掛けられ、思わず声を上げて俺は後ろを振り向いた。

 クルスとシーリアも身体をビクッと震わせて、声の主を見る。



「何故いる」

「うぅ、クルスさん睨むと怖いっすよ。仕方がないんすよ」



 一瞬で立ち直ったクルスから睨みつけられ、声の主……空のように澄んだ青い髪の旅装束の青年、ウルクは苦笑いを浮かべつつ、怯えたように後ろに下がった。

 身体の方はすっかり治ったらしい。大した回復速度だ。


 彼は大きめの袋に加え、俺達を苦しめた獲物の短槍も準備している。



「なんでか自分達が遺跡に潜ったのバレちゃったんすよ。お陰で降格された上、ほとぼりが冷めるまで修行の旅に出て来いってカリフ様が……ううっ……」

「……それはご愁傷さま……いや、ほんとごめん」



 ウルクは力尽きるようにがっくりと膝を付き、呻く。

 もしかしなくても俺が聖輝石の話をしたからだろう。カリフは鋭い。可能性に思いが至ればウルクに対してカマを掛けるに違いない。


 結果は推して知るべしである。

 ジューダス・レイトが国を揺さぶってでも手に入れたがった危険物だ。情報を伝えない訳にはいかなかったが、ウルクへの配慮まで頭が回っていなかった。


 どう考えても俺の凡ミスである。

 カリフは遺跡調査の時にばれた場合、ウルクが捕まらないよう配慮したのだろう。


 この件に関して、ウルクは俺のために黙っていてくれたのだ。

 申し訳なさで罪悪感が沸いた。



「いや、でも、いいんすよ……カリフ様はエルーシド様から神託を受けたそうなんす」

「はぁ?」



 困惑する俺を他所に、ウルクはしっかりと立ち上がると元気に拳を振り上げる。

 表情はやる気と生命力に満ちており、先程までの落ち込みの色はない。



「『聖輝石』を護る勇者を助けよと! エルーシド様が仰るなら、それは運命……自分に与えられた聖なる大仕事なんすよ! やるっきゃないっす! 伝説を作るんす!」



 声も出ない。クルスも小さく口を開けてぽかんと彼を見つめており、シーリアは何故か嬉しそうな笑顔で納得するようにうんうんと頷いていた。



「まさか土産って……この商船の護衛をしているって何故わかったの?」

「え、カリフ様知ってたっすよ?」

「やっぱり」



 頭痛がして額を押さえる。こちらの行動は筒抜けらしい。



「ウルクは……俺達に付いてくる気?」

「え、当然じゃないっすか。従者なんすから」

「え……」



 嫌そうにシーリアとクルスが顔をしかめる。まあ、当然だろう。

 実力は確かだが、危なっかしすぎる……と、俺は考えていたのだが、



「別に構わないけど、ケイトを襲ったら承知しないわよ」

「それ絶対心配するとこおかしいっすよ!」



 何時になく真剣な表情のシーリアにウルクは詰め寄って抗議の声を上げていた。

 俺とは理由が違ったらしい。頭痛が更に酷くなった気がする。



「ケイトが決めてくれたらいい。怪しければ今度こそ殺ればいいし」

「だからクルスさん、怖いっすよ!」



 不機嫌そうにウルクの顔を見ず、クルスは言い捨てた。

 強く反対する気はないらしい。彼女は嫌なら嫌と言うだろうし。


 確かに彼は根本的な所で悪人ではないが……。



「ウルク、俺は『呪い付き』だ。それでもいいのか?」

「え、それがどうかしたんすか?」



 きょとんとしてウルクは俺を見る。

 彼は嘘を付けない。本気で言ってそうだ。


 偏見が物凄いと聞いていたが、そうでもないのか……それともウルクが楽天的すぎるのかどちらだろうか。俺は判別できず、溜息を吐いた。

 問題はそれだけではない。



「命に関わる事件に巻き込まれるかもしれない」

「それこそ今更っすよ。既に死に掛けたすからね」



 ははは、と軽く彼は笑いそれに……と続ける。



「そういうのから護るのが従者の仕事じゃないっすか」



 神から命を受けるというのは、彼等神官にとっては重いことなのかもしれない。

 ウルクの表情は誇らしげで、迷いは一片もなさそうだ。



「旅は甘くはないよ。野宿もしないといけないし、魔物とも戦う」

「大丈夫っすよ。昔、冒険したことあるっすから。大人の自分にどんと任せるっすよ」



 彼は得意げに胸を叩く……大人?



「そういえばウルク……何歳?」

「えっと、人間の年齢に直すと……41歳っすね」



 41歳……41歳……。



「…………そっか……41歳か…………」



 驚きを通り越して悟りを開いたような気分で俺は晴天の空を見た。

 クルスとシーリアもウルクの二十歳前後にしか見えない姿を、居た堪れないような表情で見つめながら黙り込んでいる。


 彼は恋人が出来たことがないとか言って無かったか?

 きっと41歳でも焦る必要のないくらいに長寿なんだろう。多分、きっと……。



「な、何すか。その反応……」

「いや、何でも。わかったよ。一緒に行こう」

「おお! やった。大活躍するっすよ!」



 明るく笑うウルクに、俺は但し……と、付け加える。



「付いて行けないと思ったら無理せず諦めて帰る事」

「神の仕事っすから、絶対目的果たすまで戻らないっすよ!」

「後、クルスとシーリアが駄目と判断したら……問答無用だから」

「う、努力するっす」



 神妙な表情でこくこくと彼は頷き、彼は改めてと頭を下げた。



「エルーシドの神官、ウルク・エルード。これからよろしくっす」



 こうして旅に新しい仲間を加え、俺達は次の目的地へと向かうことになった。

 ウルクとは後でもう一度、きちんと話し合わなければならない。


 だが、今は一度それを置き、湖の果てに視線を向けた。


 問題は山積みで、危険も多い。

 恐らく、面倒事にも巻き込まれるのだろう。


 だが、それ以上に不思議な世界を見ることが出来る嬉しさ、楽しみが強い。

 俺は次の街がどんなものなのかを聞いた話から想像しながら、胸を高鳴らせていた。






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