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第十二話 精霊



 皆が寝静まる少し前、俺はいつもの日課である投げ武器スキル向上のための投石の練習を家の外で木にかけた的に向かって行っていた。


 何年も続けているお陰で、右手でも左手でも殆どが中心近くに当たるようになっている。

 元々は右利きだったのを地道に両手利きになるように練習した結果である。



「ただの子供と思ったけど……いい腕してるね」



 いつの間にか背後にエルフの女性が立っていた。

 急な声に冷や汗が背中に流れる。猟師としても鍛えており、気配の察知にはかなりの自信が付いていたが、全く気付かないその気配の消し方に、上には上がいることを思い知らされる。



「ラキシスさん……いつから見てました?」



 苦笑しながら左手で頭を掻く。



「ついさっきよ。眠れなくてね……。続けて?」

「……いえ、やめときます。まだ外は寒いし薪持ってきます」



 返事を聞かずに普段から用意している野外活動のセットを使い、火を起こす。

 ラキシスさんは準備する俺の様子を感心するように見ていた。



「邪魔してごめんね?……けれど本当に手際がいいわね。君は何歳なの?」

「今年で八歳になりました」

「凄い。人間って成長早いんだね」



 本気で言っているのか冗談で行っているのかわからない。

 優しそうな声色に反して炎に照らされた冷たそうな緑の瞳がこちらを射抜くように見つめている。


 美しいが現実味が全くない。

 暗い場所でその瞳を見るとなまじ美しいだけに正直怖かった。魅入られれば逃げることは出来ないのではないかと、そんな恐怖感がある。

 まるで精巧で無機質な、だけど完璧で美しい……そんな人形のようだ……と思う。

 指の先が無意識に震えそうになるのを手を合わせて俺は必死に止めていた。



「あら、一人前に警戒しているのね。可愛い子」



 くすくすと笑う。嫌な感じだ。

 存在をそのまま食われそうな……取るに足らないと言われているような……今の俺など彼女からすれば実際そうなのだろうが。

 そう思うと不思議と反発心のようなものが湧いてきた。なんとか一矢報いたい。そんな気分になる。

 震えは止まった。俺は意を決して彼女の顔を見上る。



「ラキシスさんの方が可愛いですよ」

「……私が可愛い?」

「うん。すっごい可愛いよ」



 緊張していないと見せかけるように意識してゆっくりはっきりと子供っぽい口調と笑顔を意識して彼女に顔を向ける。

 子供だから許される武器だ。相手の威圧感を解き、空気を和らげれば脅されることもない。

 彼女の方を見ると何故か惚けたようにこちらを見ている。先程までの冷たさは欠片も感じない。



「ほ、ほんとに?」



 あれ?

 今更否定は出来ないのでこくこくと頷く。変な反応だ。

 なぜか彼女は涙目で、嬉しさを堪えているといった感じの表情だった。

 白い肌もうっすらと赤くなっている。美しく整っているだけにそんな感情的な表情に違和感をどうしても感じてしまう。



「可愛いなんて初めて言われた……」

「それはないんじゃ?」

「気を抜くと何故かみんな怯えるもの。怯えなかったのは貴方のお母さんくらい。貴方はやっぱりマリアの息子なのね」



 実際には怯えていたし、冷たそうな見た目で判断していたことを心の中で彼女に謝罪する。

 悪意は全くなく、普通にしゃべっていただけだったらしい。

 失礼にも無意味な警戒をしたことに罪悪感と羞恥で顔が熱くなった。自分の人を見る目の無さには本当に呆れてしまう。


 そんな俺の内心を知らず、彼女は座って焚き火に手を翳しながら懐かしそうに眼を細める。



「結婚して冒険者を引退するって聞いたときは反対したけど、今日会って彼女が幸せそうで……正しい選択をしたんだと思った。人間っていいなぁ……。こんないい子もいるし」



 頭を撫でながら寂しそうに笑う。エルフは長命な種族だ。不老の身体を持っているため人間から憧れられることが多いが、それなりに思い所もあるのかもしれない。

 掛ける言葉は見つからず、ただ一緒に炎に手を翳して隣に座っていた。



「話を聞いてくれる?」

「うん」



 彼女は優しい声でゆっくりと話しかけ、冷たい印象を与える瞳でこちらを見つめる。彼女のことがほんの少しだけだがわかったので今度は怖くなかった。



「貴方のお母さん。マリアと出会ったのは私が退屈な森を出て、駆け出しの冒険者になった頃なの」

「母さん冒険者だったんだね。一言も言わないから知らなかったよ」



 母さんは一言も冒険について話したことはない。父も同様だ。

 ガイさんやジンさんは母さんに対する態度から考えて知っているようであったがこちらからも聞けなかった。



「あの人は格好よくて強くて真っ直ぐで……私の憧れだったわ。マリアが前衛、私が後衛。そして他の仲間。楽しかった。彼女が一目惚れして結婚するって言い出したときには大喧嘩して反対したわ」

「そうなんだ。そんなことが……」



 彼女は薪からふき出ている炎をじっと見つめる。

 金色の髪が炎を反射して赤く輝き、白い肌もほんのり照らされている。



「結局反対を押し切っていっちゃったけど、私は軽く考えてたのね。退屈な生活なんかすぐ捨てて冒険に戻るって。10年くらい前、マリアに久しぶりに会ったときは驚いたわ。元気な子供と赤ん坊を抱いたあの人は、危険で充実した冒険をしてきた時より幸せそうに穏やかに過ごしてたから。今日も、来てみたはいいけどあの日々は絶対戻らないんだってわかっちゃった。……ほんと、みんな私を置いていなくなっちゃうんだよね」



 彼女はどことなく寂びしそうだ。永久に近い寿命と一流の実力を兼ね備えているはずのラキシスさんの表情は迷子の子供のように見える。

 無限の時に対する悩みは人間の俺にはとても理解はできない。だったら話を少し変えようと、俺は声を話かけた。



「僕の話も聞いてもらっていい?」

「いいよ」



 優しい声色。きっと子供は嫌いじゃないんだろう。

 物腰は本当に柔らかいのだ。一見冷たそうに見えるため誤解はされやすそうだが。



「僕は将来冒険者になるんだ。この世界を見て廻りたいから」

「冒険者に……危険なことも多いし、人には回りきれないくらい世界は広いよ?」

「危険は承知の上だよ。だから死なないように鍛えているんだ。広い世界を廻るのは……僕ひとりじゃ無理かもね。だけど、母さんの子供の僕が世界を廻るように僕の子供も世界を廻るかもしれない。いつかは世界中廻り尽くすんだ」



 どう言おうかと悩み、左手で頭を掻く。

 流石にあまりにも荒唐無稽すぎる……自分でも何いってるんだという気がしないでもないが、まあいいかと自分を納得させる。



「僕は子供にラキシスさんが世界を僕より先にたくさんまわってる僕の友達だって紹介するよ。兄姉も……ラキシスさんも……みんなでそうしたらいろんなところに友達ができるよね。きっと楽しいよ。すごくない?」



 笑顔で彼女を見つめる。自分でもわかる無茶な論理。いや、論理にもなってない。ただのでたらめだ。

 ただ、疲れたような彼女に何か言ってあげたかっただけ。

 あんまり役にも立たないだろうし、初めて会った彼女を一言で納得させることができるようなことはできるはずもない。少しでも気がまぎれたらといった程度でしかない。

 彼女は一瞬きょとんとした後に、適当な話で励まそうとしたことを判ってくれたのか、くすくすと笑ってくれた。



「それは素敵かもしれないね。じゃあまず君が友達になってくれるのね?」

「うん。よろしくね。可愛いお姉さん」

「大人からかっちゃだめ!」



 今度は二人一緒に声を上げて笑った。

 鈴がなるように上品に笑う彼女が見た目の歳相応に本当に可愛らしく見えた。



「冒険者になるなら、強くならないとね」



 一頻り笑ったあと彼女はいいものを見せてあげるといたずらっぽく微笑んだ。

 座ったまま、人差し指をぴっと薪に向ける。指先に微かに光が灯る。



「我が呼掛けに答えよ。炎の精霊」



 芝居がかった声と共に、焚き火の中から身体が炎で出来ている大きな蜥蜴が姿を現した。

 こっちに向いて威嚇してくるその生物は今までに見たどの生物とも違う。物理的にはありえない不思議な光景だった。



「えっ!……これは……魔法?」

「精霊魔法よ。この子はサラマンダー」



 驚く俺に対して、してやったりといった感じで笑い説明する。



「精霊魔法は精霊と魔力を込めて話す事で使うことが出来るわ。君には魔力があるから練習すれば使えるかもね。普通精霊魔法は使える人は初めから感覚的に使えるのだけど」



 残念ながら今まで魔法とは縁がなかった。そもそも魔力の込め方がわからない。

 その旨を彼女に告げると彼女は立ち上がり、座っている俺に後ろから手を回し、耳元に顔を近づけた。

 柔らかな身体が押し付けられ、端正な顔がすぐ隣まで近づき、息づかいまで感じられ思わず顔に血が昇る。



「え、え?」

「あ、照れてるわね。ませてるなぁ……くすっ……さっきの仕返しはできたかな。……落ち着いて目を瞑って。ゆっくり息を吸って吐いて」



 意識すると恥ずかしいので彼女の言葉通り目を瞑り、言われたとおりに集中する。



「指先に光を感じるように。そうそう……火に向かって呼びかけるの。炎の精霊って」

「我が呼掛けに答えよ。炎の精霊!」



 しばらく集中すると指先が暖かくなり、炎の精霊に呼びかけて目を開けると、彼女が召喚した精霊よりも数段小さい炎の蜥蜴が現れていた。自分がやったことに呆然とする。



「やったね。成功よ」



 嬉しそうに笑って首に回している腕に力を込める。華奢なのにい、意外と力が……



「ごほっ、く、首しまるって!!」

「あ、ごめんなさい。ついついね」



 拘束していた腕を離して立ち上がる。背後から暖かさが消えて、少しだけ残念と思ったのは男だからだろうか。自分も立ち上がる。



「後は練習次第ね。早く強くなって冒険者になるの。約束よ?」

「わかった。次会うときは絶対びっくりさせるから。」

「あ、それからマリアが冒険者だったこと話したのは内緒ね。怖いから」



 やはり、口止めをされているらしい。俺は笑って頷いた。




 翌日、商人一行とその護衛は村から次の目的地へと旅立っていった。

 出発前にラキシスさんは全員に挨拶した後、俺に顔を近づけて待ってるからねと小声で伝えて頭を撫で、気のセいか来る前よりさっぱりした笑顔で小さく手を振り、そのまま去っていった。



 彼女との再会は子供の主観的な時間感覚にとっては遥か先のことになる。




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