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第三十一話 戻った平穏




 護衛を何とか終えた俺達は、約束より多めの報酬をエール伯から受け取り、正式に三国の関係が正常化するまでの数日を水の神の神殿で過ごすことになった。


 結果的にエール伯を守りきった俺達が、水の神の神殿からの紹介で護衛に付いていたこともあり、エール伯が水の神殿に対して影響が出るほど悪印象を持つことはなかったようだ。


 エール伯は俺達に好意的で世話になることも考えないではなかったが、あまり息が詰まりそうな貴族の館では生活したくなかったのと、何だかんだで熱心な勧誘を延々と断り続ける羽目になりそうだったため、意外と重かった怪我の治療を理由に辞退させてもらっている。


 もう一つ理由があるが、そちらもエール伯は察してくれているようだった。



「調子はどう?」

「ううううう、最悪すよ~!」



 水色の髪の少女……のように見えるパジャマ姿の青年、ウルクの狭い部屋には子供達が持ってきたお見舞の品が所狭しと置かれている。


 長い髪を適当な三つ編みにされていたり、可愛らしい人形とか花とかリボンとかを多く飾られている辺り、子供達の嫌がらせなのでは……とも思わなくはないが。


 彼は神殿に戻った後、当然ながらエール伯と水の神殿から尋問を受けた。


 しかしながら、わかったことと言えば既に把握している情報だった上、犯行の前日からの記憶が全くなかったため、釈放されることになったのである。


 水の神殿への伯爵側の配慮の意味もあるだろう。

 彼の犯行それ自体がなかったことにされたのだから。


 神殿としては大きな借りとなるに違いない。

 俺を紹介したことによる貸しでは足りないのではないだろうか。


 その辺りは彼等が考えることだ。


 だが、その間、ウルクは独房で寝かされ、俺も治療にあたることが出来なかった。

 昨日ようやくそんな状況から解放され、彼は柔らかいベッドで横になっている。


 まあ、彼からすれば気を失って、気が付いたら重犯罪人になった挙句、全身バラバラになるくらいの怪我を負い、数日経った今も痛みに苦しむ羽目になったのだ。


 最悪と言う気持ちは理解できる。



「で、結局アリスに何をされたの?」

「う……いや、それがすね」



 ウルクは言い淀むがこれはどうしても聞かねばならない。

 『クラストディール』と戦ったときは有効範囲が20mしかないと言っていたし、事実それ以上離れた時には効果は失われていた。


 だが、今回の件が始まる前に既に彼女はピアース王国を脱出しており、姿を晦ませているらしい。あの島にいるということもなかった。


 どれほどの距離があっても遠隔で人が操られるとか、幾らなんでもやばすぎる。


 ウルクは意を決したように顔を上げると、身体が痛いはずなのに小さく身振り手振りを入れながら、重々しい面持ちで状況を語る。



「あのクラストディールを倒した後、アリスさんに一人で会いに来るように耳打ちされたんすよ。これは、愛の告白っ! あの冷たい態度も照れ隠しだったんだ! と、思った僕が馬鹿だったんす……」

「馬鹿」

「馬鹿ね」

「生まれて初めて美人にもてたと思ったんすよ! うう、夢見たっていいじゃないすか! ケイトさんならっ……わからなさそうっすね……はははは……はぁ……」



 一緒に見舞いに来ているクルスとシーリアの辛辣な一言に、ウルクは反発し、俺の方に同意を求めようとして……がっくりと項垂れる。


 どんな顔をすればいいのか、俺も困惑してしまった。

 とりあえず、聞かなかったことにして話を続ける。



「そこでアリスに何かされた?」

「指出せって言われて、左手出したら噛み付かれたっす。いや、口に含んだだけ……舐めるような舌使いが、えろくて最高……あ、いや」



 左の人差し指が能力発動の中心になっていた理由はわかった。

 だが、この釈然としない気持ちは何だろうか。


 シーリアも複雑そうに顔をしかめながら、ベッドに横たわる彼を見下ろしている。



「処刑されれば良かったのに。運がいいわね」

「ちょ! シーリアさん! こ、怖いこと言わないで下さいっすよ! まじ怖かったんすから!」



 俺の骨折とクルスの腕の状態を知ったときには彼女は犬歯を見せて怒り狂っていた。

 嫌味は冗談だろうが……理由が理由だけに少しは本音も混ざってそうだ。



「うー……あれはどんな男でもやられるっすよ……美少女は罪なんすよ……」



 あんまり懲りてはいなさそうな様子のウルクには、まだ聞くことがある。



「もう一つ質問していいかな?」

「あ、はい。なんすか?」

「カリフさんにウルクは遺跡の探索の話、してないよね? 何故?」



 呼び捨てにしてしまってるが……まあ、もういいだろう。

 これはずっと不思議に思っていたことだ。


 こんな事件が起こっても、カリフは俺に対して『聖輝石』の話を持ち出さなかった。流石に知っていれば俺に確認を取るだろう。


 俺からの質問にウルクはきょとんとして、不思議そうに俺の顔を見る。



「え? やだなぁ。そんなことしたらケイトさん、困るじゃないっすか」

「…………は?」

「ははは、話したら駄目なことくらい、わきまえてるっすよ!」



 明るく笑いながら手を振っているウルクの言葉の意味が中々、頭に入ってこない。

 ようするに彼には何の企みも無く、複雑な意図もなく、話したら俺がまずい立場に陥る……それだけの理由で、こんな明白に重大なことを上司に隠したということか。


 頭が軋むように痛い。

 俺が彼の背後に何か大きいものを感じ、悩み、考えさせられた……その苦痛に満ちた思考時間を返して欲しい……額を抑えながら本気でそう思った。


 まあ、此方が勝手に深読みしただけなのだが。



「……どうかしたっすか? え、何かおかしかったすか?」

「いや、何でもないよ」



 少々、疑い深くなりすぎているのかもしれない。

 俺は苦笑いしながらウルクの邪気のない、人の良さそうな顔を見る。


 彼は根が善人で、他人に対して悪意を持てない人物なのかもしれない。

 こんな目にあっても、内心どうあれアリスを悪く言っていない……余り気にしていないと言うべきか……とんでもないお人好しである。


 記憶がなかったせいという可能性も捨てきれないが。



「答えてくれてありがとう。じゃあ治療を始めよう。クルスとシーリアは席を外して」

「悪いすね。しかし、ケイトさんは薬師でもあるなんて、何でもありすね」

「ケイトでいいよ。覚えていると便利そうだったからね」



 俺はシーリアとクルスを部屋から追い出し、事前に調合しておいた筋肉痛に効く薬剤を入れた小さな壷の蓋を開いた。

 鼻をくすぐる、独特の冷たさを感じる匂いがそこからは漏れ出ている。


 その薬剤に別の薬草の粉末を加えて適度にかき混ぜると、一度手を止めて、身体が固まって自分では脱ぐことが出来ないウルクのパジャマを脱がせていく。


 外見は女性に見えるため、初めてのときは複雑な気分で脱がしていたのだが、きちんと男であることは確認している。よかった。


 彼が異種族であることは、背中のヒレではっきりと確認できた。

 彼等『湖の民』は船を曳いているレイクホエールの遠い親戚にあたるらしい。


 それで、直接彼等に命令出来たのか……と、初めて知ったときに俺は思った。

 聞こえないくらいに高い音域を出せるのはそれ故なのだと。



「この世界では神の祈りがあるから、薬師は少ないみたいだね」

「神官の自分が言うのもなんすけど、何でも神様に頼っちゃ駄目なんすけどね」

「そうなんだ」



 薬剤を清潔な布に付けながら俺が生返事すると、彼は微かに頷く。



「出来ることは自分でやらないと駄目すよ。知恵を出し切って手を尽くして、それでも駄目だった時に初めてお願いするんす。じゃないと神様も大変っす」

「何だか聖職者みたいだね」

「聖職者そのものっすよ。自分を何だと思ってんすか!」



 怒ったウルクに悪い悪いと笑いながら俺は謝り、彼に布を当てようとして……何と無く目を瞑り、能力を使う。そして、溜息を吐いて耳を澄ませた。



「クルス。ちゃんと見張るわよ」

「なんで?」

「それはその……ほら、ケイトが変な趣味に走ったら困るでしょ。あいつ女っぽいし」

「変な趣味?」

「私、あの島で治療してるとき思ったの。あれはいけないって。ケイトが危ないの」

「でも、それは覗き……」

「しょうがないのよ。ケイトのためよ! 男に取られてもいいの?」

「それは駄目。絶対」



 俺が黙り込むと、ウルクもヒソヒソと話す扉の外の声に気付いたのか心の底から嫌そうな顔をした。俺も多分、彼と同じような顔をしているだろう。



「こらっシーリア! 聞こえているぞ!」



 大きく息を吸い込んで怒鳴ると、扉の外で大きな物音が二つ響き、慌てた様子で走り去っていった。全く、困ったものだ。



「そんなに心配ならシーリアさんやクルスさんが塗ってくれればいいのに。素手で優しくくまなくぬちょぬちょ……いや、じょ、冗談すよ? ケイト……さん……怖いすよ?」

「元気そうだし、遠慮はいらなさそうだね」

「ちょ、て、手加減してっ! 痛い痛い! ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」



 実際のところ、彼の身体の治りは予想以上に早い。

 鍛えているからか、異種族故の回復力なのか判別は付かないが。


 しかし、ようやく平穏に戻ったというのに何だか疲れてしまった。

 疲労が溜まっているのだろうか。


 こういう時に、無条件に信頼できた無骨で陽気な親友が一緒に来てくれてたらな……と思う。

 あいつならこういう時に鋭く察して、気分転換をしてくれるに違いない。


 これは甘えか……俺は一抹の苦々しさを感じながら首を横に振ると、痛みで叫び続けるウルクを無視して薬剤での処置を施し続けた。




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