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第二十七話 狂気の人形遣い




 アリスの能力の詳細はわからない。

 ただ、無駄のない間合いの取り方をしていることから、彼女自身は所持していないはずの槍の扱いは可能なようだ。ウルクの技術を利用できるということか。


 しかも、ウルク自身の能力も全体的な身体能力の数字が上昇している。

 これは……。



「よそ見なんて余裕ね」



 空を斬る音と共に連続で放たれた鋭い突きを、俺は小さく払いながら対応を考える。

 彼女の槍は普通の長い槍ではなく、剣より少し長い程度の短い槍。


 こちらよりも長さはあるが、そこまでの差はない。

 集中し、致命傷を受けないように防御に専念する。


 だが、それは容易ではない。



「くっ! なんだ?」



 完全に払った……そう思った瞬間、槍の軌道がぐっと伸びるように変化し、脇腹を掠めていく。

 何とか身体を横に捻って回避したが、掠り傷で済んだのは幸運の要素が大きい。


 槍の相手は慣れていないが技術的には此方が勝っている。

 だが、変則的な技術、意表を付くような技は数字には現れない。


 これは……大きな落とし穴だ。


 普通の突きの中に特殊な突きが混ざっている……のか。

 汗を背中に感じながら下唇を軽く舐める。



「情けない癖に意外と使えるのよ。この男。降伏したら?」



 一旦距離を取ったアリスは俺の血が流れる脇腹に熱い視線を向け、熱っぽい嗜虐的な笑みを浮かべながら呟く。

 借り物の力を使い、まるで戦いが他人事であるかのような口振りで。



「断るよ。それと、男からそんな視線向けられると寒気がするんだけど」

「冗談を言う余裕はあるのね」



 苦笑しながら相手の右の突きを防ぎ、左手を狙う。

 そこへの攻撃は相手の左の槍に上手く防がれた。


 深入りはせずに落ち着いて防御と一撃離脱を繰り返していく。

 ウルクは体力も中々持っているようで、激しいぶつかり合いを繰り返しても攻撃の鋭さは衰えない。


 普段の様子からは想像できない程に強い……予想以上に……出来る。


 だが、命の危険がある……しかも、戦況は不利で押されているにも関わらず、彼女の言うとおり緊張はしていない。

 人との戦いに慣れたのか。それとも、命を奪う必要がないからか。



「わかってはいたけど、しぶとい。嫌な男ね」

「褒め言葉と受け取ろう」



 激しい剣戟の音を打ち鳴らしながら、俺達は剣と槍で応酬を行う。

 しかし、時間が経つに連れ、徐々に俺からの攻撃回数が増えていく。


 相手の型を見抜いたのだ。

 彼女は両手に短槍を持っているが、主に右で攻撃を行い、左は牽制と防御に用いている。


 そして、牽制を入れる際に、僅かに右腕を下げる癖がある。


 自身の技術ではないから、彼女にはそこまでは理解出来ないのではないか?

 徐々に不利になっているにも関わらず一向に変える様子はない。


 そして……脇腹を抉ってくれた不可解な動きを見せ、ぐっと伸びる突き。



「え……」



 しばらくは手間取らされたそれも俺は簡単に横に逸らし、反撃する。

 反撃こそ左の槍で受け止められたものの、心理的効果はあったようだ。


 距離を取り、アリスは小さく息を整えながら眉をひそめている。

 種が理解出来ればなんてことはない。



「何故……」

「さて、どうしてだろうね」



 額を流れる汗をそのままに、俺は余裕を装うために笑う。

 伸びる槍……その正体がわかったのは偶然だ。


 子供の頃の経験があったからこそ見抜けた。

 あの突きは魚を取るための銛の使い方なのだ。


 腕を曲げ、目標の魚に向けて狙った場所に放つ高度で洗練された技。

 それは殆ど我流の俺とは違い、狙いも正確だ。

 同じことを俺がやれば、先端がぶれてまともに魚に当たらないだろう。


 湖の民であるウルクが大人から教えを受けて身に付けたものなのかもしれない。

 だが、手元に注意すれば違いは簡単にわかる。そして、速いが軽い。


 焦れている……優勢だったはずが、不利になってきているからだろう。

 流石に咄嗟の応用までは出来ないらしい。


 技術を地道に積み上げてきた者にしかわからないことがある。

 努力は嘘を吐かないものだ。


 もしこれが、本物のウルクが相手であればもっと苦戦しただろうが、所詮は借り物。

 このまま彼女に手札が無ければ詰みだが……。



「しょうがないわね。綺麗に殺したかったのだけれど」



 彼女は呟き、後ろに飛び下がる。

 俺もその隙に左手を懐に忍ばせ、切り札を二つ手に取った。


 相手のやろうとしていることはわかっている。

 彼女の全身が淡く輝く……魔法だ。


 ウルクの魔力を用い、扱う論理魔術。

 理論が正しければ魔法は使える……そういうことなのだろう。


 だがっ!



「『心の枷を外す。戒めを解き放ち……』」

「させないっ!」



 左手から放たれた一つ目の石が高速で彼女の喉に命中する。

 普通なら詠唱など出来るはずもない。下手をすれば死ぬ可能性すらあるはずだ。


 二つ目は一つ目に合わせて床に捨てておく。



「くくっ……『力を……得よ……』」

「なっ!」



 声が潰れ、掠れておかしな声になりながらも彼女は詠唱を完成させた。

 効いていないわけではない。喉は青黒く染まっており、内出血していることは明らか。


 それでも、欠片も動ぜず笑みすら浮かべられるということは……。



「痛み感じていないな」

「そん……なもの、玩具……には必要ない」



 魔法は攻撃のものではないらしい。

 どんな効果なのか……それは直ぐに理解できた。


 先程までとは明らかに違う速度で彼女は距離を詰め、無造作に右手の槍を振るう。

 一瞬後、俺は轟音と共に通路の壁に叩きつけられ床に転がっていた。


 咄嗟に剣の平で受け止め、左腕も剣に添え、全力で力を込めたにも関わらず堪えきれずに、俺は吹き飛ばされたのだ。頭をなんとか庇えたのは日頃の訓練の成果か。



「ごほっ……なんだ……」



 混乱しながらもすぐに立ち上がる。

 一方の彼女も肩が外れたらしく、左手で治していた。



「ふん、脆いわね……さぁ、続けましょう。ああ……いいわ……その顔」



 蛇に舐められるかのような視線を感じ、鳥肌が立つ。

 アリスの魔法の効果は身体能力の向上……いや、能力そのものの数字に変わりはない。


 この数字でこんな強引な力業は出来る訳がない。

 痛覚を消している……痛覚というものは人の身体にとって、ブレーキの役目を果たしている。それがない。これが意味していることは。



「アリス! ウルクを殺す気かっ!」

「あら、殺そうとしているのはそっちじゃない?」



 限界を超えた力の使用。

 共通の過去の世界での知識……脳のリミッターを……。


 そんな無茶な身体の使用は、どんな影響をもたらすかわからない。


 だが、彼女は全ての意味で痛くも痒くもないのだ。

 迷う……果たして殺さずにこれを取り押さえられるのか。



「ケイト! ウルクを助けようとしてくれたこと……感謝する!」



 俺達の戦いを見守っていたカリフが声を上げる。

 重い……だが、悲痛な叫び。



「だが、これはわしらの落ち度だ。お主の命には代えられん!」



 殺せ……ということだろう。

 闘いの熱が急速に冷めていく。


 入れかわるように心の底から爆発するような怒りの感情が湧き上がった。

 無数の言葉が思い浮かんだが、俺の口から零れたのは短い言葉。


 全ての激情をその短い言葉に乗せる。



「静かに見ていてください。絶対に助けます」



 全身の痛みを堪えるために歯を食いしばる。

 明らかに不利。相手は自身を人質に取っているようなものなのだ。

 しかも、圧倒的な力を持っている。



「本当に……頑固ね。相変わらず」



 今までとは違う穏やかな表情を浮かべ、アリスは俺に止めを刺すべく武器を向けた。



「カリフ様。神の力で相手の洗脳は溶けませんか?」



 それに対峙している俺の後ろで、一時の間を空けて彼は口を開く。



「……相手の術の正体がわからぬ。呪いであれば『核』さえわかれば解けるのだが」

「『核』……ですか」



 痛覚が無い相手、倒すにはどうすればいいか。

 方法は思い浮かばない。


 だが、希望は幾つかある。


 絶対にアリスの思い通りにだけはさせない。

 俺は大きく息を吸い込むと、覚悟を決めて相手へと踏み込んだ。





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