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第二十五話 混乱を誘う者




 動揺し取り乱す者、呆然と立ち尽くす者、苦々しい表情をしている者……冷静さを保つことが出来ていない殆どの国の代表達と異なり、各国の護衛達は至極落ち着いている。


 国の要人の護衛を担っているだけあって、相応の実力を彼等は持っていた。

 ピアース王国の二人は微妙だが。



「おいガキ。お前さんに人を使うなんて無理だろ。お前らの国のも俺にやらせろよ」



 声を掛けて来たのはヴェイス商国の護衛のリーダー……傭兵だろうか。

 錆色の髪を立てた傷だらけで大柄な男が親指で自分を指差ながら、人を食った笑みを浮かべている。


 男の名はハルト。能力を見る限り腕のいい剣士だ。

 剣の腕だけでなく、意表を付く技を幾つも持っているようだが。


 明白に無礼な彼の発言をヴェイス商国の若い評議員、エルドスが止める気配はない。

 興味深そうに見守っているだけ。これも駆け引きか……政治家とは面倒な人種だ。



「自国の者が頼りにならないのですか? よろしければ私がそちらの指揮も取っても構いませんが……上手く使いますよ。如何でしょうか」



 慇懃無礼な俺の切り返しにハルトは目尻を釣り上げる。

 感情が顔に出やすい人物なのかもしれない。ちらりとエルドスを確認すると、小さく肩を震わせていた。


 彼等と遊んでいる暇はない。



「クルス、シーリア、ゲインさんは他国の護衛と連携して迎撃を。俺とダリルさんはここで待機。状況を見ます。クルス、弓は?」

「ここに置いてる」

「腕見せてきて。後、『呪い付き』がいたら俺に報告すること」

「ん……ケイトは?」

「後で行く。心配ないよ。無理はしない」



 クルスはしばらく黙って俺の目をじっと探るように見つめてから頷き、部屋の隅に置いていた弓を小走りで取りに行く。

 そんな彼女を見ながらシーリアはこちらに期待するような視線を向けていた。



「ケイト、私は?」

「お客さんは大人数。護衛は近接戦闘の人が多いから責任重大だよ。いける?」

「当たり前でしょう」



 自信に満ちた笑みを浮かべ、尻尾をゆっくり振りながらシーリアはクルスを追い掛けていく。クルスに破れた騎士ゲインも神妙な表情で頷き、二人の後に付いて行った。


 ディラス帝国やヴェイス商国の護衛達も、襲撃者を撃退するために広間から退出していくと、ざわめきは次第に止み、広間は静まり返る。



「本当に襲撃はあるのか?」



 三人が去った後、エール伯は自分の騎士であるダリルを自分用の剣を用意させる名目で追い払い、多少固い調子で俺に問い掛ける。

 確かに魔法だから……では、説得力が無かったのかもしれない。



「ディラス帝国は全員が信じています」

「……考えてみればおかしな話だ。しかし、ライルート伯は何も企んでいない」

「『クラストディール』の探査にも使ったので、同行していた兄の信頼があるのです」



 なるほどな、とエール伯は渋々といった雰囲気で頷く。

 まだ疑っているのかもしれない……当たり前か。


 確認はそれだけだったようで、戻ってきた騎士のダリルから剣を受け取るとエール伯も広間にいる各国の代表者達と同じように押し黙った。


 凍り付くような緊張感の漂うそんな広間でただ一人、余裕の表情を浮かべている者がいる。肩までの波打った黒髪に褐色の肌を持つ異国の服を着た細身の三十代くらいの若い男。



「ケイト・アルティア殿でしたか。先程の戦いは見事でした」

「恐縮です」



 話しかけてきたヴェイス商国の評議員、エルドスに俺は短く答える。物腰は丁寧だが、油断出来ない。確実に善人からは程遠い人物だと、目と歪む口元から見た瞬間に理解できた。


 偏見かもしれないが。


 ヴェイス商国は有力商人と少数の高級軍人からなる議会により統治されている国家で、128人からなる評議員が国内に置ける全ての決断を下している。


 即ち財力が物を言う国家であり、エルドスは若いながらもそんな国の代表なのだ。

 しかも、カリフの説明で事前に聞いていたヴェイス商国の主張は、そんな国にしてはあまりにも緩すぎる。相応の事情があるのだろうが……警戒するに越したことはない。



「先程の美しい少女達は貴方の恋人でしょう。よろしいのですか?」

「危険な場所を自分が受け持っているのです」



 底冷えのする青い瞳を細め、エルドスは愉快そうに口を歪める。



「……ほう……そういうことか……有り得ますね」



 正確に今置かれている状況を彼は把握している。俺はそう思った。


 ある種の卑怯な方法で把握している俺とは違い、純粋に現在の状況と情勢から推理を行っているのだろう。若さに見合わぬ重要な地位にあるのは伊達ではなさそうだ。


 それとも初めから事情を全て把握しているのか。


 俺が残った理由はただ一つ。

 大人数での襲撃が陽動である可能性が高いと考えたから。


 襲撃者の中に俺が知る名前はない。

 全員が人間であることもわかる。


 つまり、彼等は『リブレイス』ではない可能性が高い。


 そして何より……。



「ケイト殿、何処へ?」

「侵入者が来ましたので迎撃してきます。他の方は護衛を続けてください」



 訝しげな顔で惚けているエルドスに一礼し、俺は広間の出口に向けて歩きだす。

 俺の予測は外れている。


 僅かに良い方に。これならばなんとかなるかもしれない。



「わしも行こう」

「カリフ様。侵入者は一名……お力を借りずとも」



 正直に言えば彼には来て欲しくはない。

 他の者が居ては困る。助けられなくなる。


 だが、巨漢の神官は俺を見下ろしたまま動かない。



「お主はあの二人を大事にしている。ならば、その一名……外の者より危険なのだろう」



 他にも理由がある。彼が来てはいけない理由が。

 悩む時間も惜しい。俺は正直に彼に告げた。



「敵の目的はカリフ様です。敵の思い通りになります」

「わしを見くびるな。それだけではないのだろう」



 まだまだ役者が違う。俺は溜息を吐いた。



「戦いは俺が受け持ちます。援護だけをお願いします。護衛が仕事なんですから」

「わかった。任せよう」



 穏やかな笑みをカリフは浮かべ、俺の後ろを歩く。

 武器は持っていない。鈍器が彼の得意武器ではあるが、ここには持って来ていなかった。


 しかし、徒手格闘術と神術も十分に心強いレベルにあるため、単純に戦闘をする上では一人で戦うよりも遥かに心強い。



「しかし、どうしてわしが狙われていると?」



 薄暗いランプの明かりに照らされた通路を並んで歩いていると、カリフが不思議そうに尋ねてきた。俺はカリフに全てを知るわけではないがと前置きしてから答える。



「ディラス帝国の横暴から始まる一連の流れで、最も活躍した組織は何処でしょうか。三国の何処でもない……『リブレイス』と水の神殿です。当初の思惑が何処にあるのかは知りませんが、結果的にそうなりました」

「ふむ……」

「知ってのとおり『リブレイス』は、『クラストディール』という伝説の魔物を倒すことで、この騒乱を治めて名声を得ています。ですが、これは兄達の派閥……表側の話です」



 話しながら俺は自分の頭を整理していく。

 能力を使って得た情報から逆算していけば真実らしきモノも見えてくる。


 理解すれば理解するほど、頭が痛くなる話だ。迷惑過ぎる。



「別の派閥には別の思惑があるようです。おそらくは……」



 別の派閥……『呪い付き』の長、ジューダス・レイトの派閥。

 今回の狙いが『聖輝石』だけでなく他のことも同時に考えていたとするならば。


 納得が行く。


 ホルスによる嫌がらせの本当の目的は……アリスの監視。

 あいつは裏の動きも察していたのかもしれない。



「三国協定の徹底的な破壊。それによる混乱」

「それでわしの暗殺か……いや、だが、そんなことでは我が神殿は崩れんぞ」

「ただ暗殺するだけならばそうかもしれません」



 残り20m……そろそろ姿も見える。



「だけど『彼』がカリフ様を殺すならば話は別です。全ては確実に崩壊します」

「馬鹿な……何故……」



 襲撃者達の反対側から悠然と歩いてこちらに向かってきたのは見知った男だった。

 晴天の空のような青い長い髪を持つ法衣を着こなした、まるで女性のような青年……。


 協定を司る『湖の民』であり、水の神殿の神官である優しげな面持ちの青年……ウルクが少しだけ驚いた表情で目の前に立っていた。





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