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第二十三話 湖上の会議場



 三国の間での新しい協定の調印は『湖の民』達の島の一つで行われる。

 これには過去に行われた三国協定を踏襲してのことで、三国間の友好を示す意味もあるらしい。今更な様な気はするが。


 当然ながら、周囲は三国の軍隊で護衛しているが気になるのは数だ。

 協定により、『湖の民』の領域には決まった数の軍船しか立ち入ることができないということがあり、各国それぞれ、少数の軍艦しか配置をしていない。


 島の近くを巡回はしているが、目を行き届かせることは出来るのだろうか。


 何百年ぶりというのもあるだろうが、杜撰に思えてしまう。

 まあ、俺達はそのための護衛でもあるのだろうが。



「ケイト。どう?」

「『呪い付き』は護衛の中にはいない」



 会議が行われる島までの移動中には妨害は無く、クルスが高圧的にナンパしてきたエール伯の護衛の騎士を二人とも訓練の名目で叩きのめしたくらいで、大した問題は無かった。

 しかし、仮にも騎士がこれ程弱くていいのだろうか。


 エール伯はその洗練された戦い振りを見て戦女神と賞賛し、正式な護衛として雇いたがったが、クルスは不興を買わないように考え、返事に舌を噛みそうになりながらも断っていた。


 そして今、俺達は会議を行うための別荘のような建物の中で、会議が始まるまで控え室で他国の使者達やその護衛達の能力を確認していた。


 名前は先に水の神の神官であるカリフから入手済みだ。

 彼の手元にある情報は正しく、名前の異なる護衛はいなかった。



「それでこれからどうするの?」



 会議のための打ち合わせを行っているエール伯と会議の参加者達の様子を見ながら、邪魔をしないように小声でシーリアは囁く。



「会議に参加出来る護衛は一名。それには俺が参加することが決まっている」

「うん」

「二人は『リブレイス』に接触している者達の警戒を」



 船中で幾つものパターンを話し合い、行動も決めているが彼女も流石に緊張しているのか、頷いている表情が固い。



「大丈夫だよ」



 気持ちが落ち着くように、ゆっくりとした口調を意識して俺は彼女に笑い掛ける。

 『リブレイス』が何かを計画しているとして、その狙いは俺の持つ『聖輝石』か、会議を失敗させることにより、状況を混乱させること。即ちテロしかない。


 だが、『聖輝石』に関しては兄やホルスは狙わないだろう。

 兄達の目的は恐らくは自分達の名声と『湖の民』の支持。と、すればここでテロなどを起こされれば完全に意味が無くなってしまう。


 ということは、今、ディラス帝国から参加している護衛は警戒する必要は薄い。ヴェイス商国からの者は注意が必要だが。


 兄が護衛として会議に参加することに関しては意味があるとは思えない。

 なぜなら、事前に今回の調印の内容は殆ど決まっているからだ。


 事前に何かを吹き込んでいる可能性はあるが、その場合、俺達に対処することは不可能だし、カリフもそこまでは要求していないだろう。

 大体そんなことをするなら、事前の会議でやっているはずだ。


 兄達が会議の護衛に参加したことに意味があるとするならば……『リブレイス』内部でも方針がまとまっておらず、主導権争いを続けているためではないか。


 少なくともアリス達、ジューダスの派閥と兄は争っているように思える。

 兄とホルスの目的が彼等の邪魔である可能性も高いと俺は考えていた。


 この仮定の問題はテロが成功し、三国間で戦争が勃発したときにジューダス派に何か得るものがあるのかだが……狙いはわからない。

 力尽くでも『聖輝石』を奪う必要がある可能性はあるが……。



「今回はカイル兄さんと殺し合わずに済みそうだしね。他の人への注意は頼むよ」

「ん。任せて」



 クルスもしっかりと頷く。

 もしも、何かが起こった場合は俺達で事態を沈静化させなければならない。


 何も起こらないことを祈りたいが。



 その日の夕食は、別荘の広間にて立食形式で行われた。

 先日にカリフから借り受けた服を着て俺達は警護を行い、食事は後ほど交代で取ることになる。


 質のいい服を着た三国の高官達が、内心はどうあれ食事をしながら談笑をしている様子を見ながら、俺は警戒を続けていた。



(食事に毒はないか……)



 運ばれてくる料理には、欠かさず目を通す。

 神経を張り詰めているため疲れるが油断は出来ない。


 ふと、糸目の友人と目が会う。

 ホルスはエール伯と話しているディラス帝国の代表、ライルート伯の側で薄らと微笑んでいた。



「なるほど、それは面白そうだ」

「そうだろう。どうかね。エール伯」

「余興としては悪くはないな。皆も彼等に興味があるだろう」



 聞こえてくる内容に俺は顔をしかめる。



(正気か? この情勢で何を考えている)



 それを画策したであろうホルスに対して若干の怒りが沸き上がる。

 この会議が不調に終われば、大惨事が起きるというのに。


 だが、エール伯はライルート伯の馬鹿げた提案を引き受けていた。

 小柄な彼は全員を見渡すと広間に響く力強い大声で宣言する。



「諸君! 今回の会議には協定再開の立役者たる水魔『クラストディール』の討伐者が多く参加している。彼等の戦いぶりを見たくはないか!」



 食事を取りながら、談笑している者達の間でざわめきが広がっていく。

 困惑する者、歓声を上げる者、様々だ。



「彼らのうち二人は別々の国に所属しているが、なんと兄弟だ! 代表して賢兄、賢弟たる彼等に実力を見せてもらおうではないか」



 ただ、おかしいと感じている者も三国の内、二国の代表の提案に逆らうわけにもいかない様子で、困惑した表情を浮かべながらも拍手を始めてしまう。


 エール伯はその様子を確認し、満足そうに頷くと、にこやかに笑いながら俺に近付いて肩に手を置き、小声で呟く。



「やってくれるな?」

「剣では兄に勝てませんよ」

「負けても構わん。むしろ負けた方がいい。奴の自尊心の問題だ。交渉が楽になる」



 奴……とは、ライルート伯のことだろう。

 気が弱い人物というのがカリフの評だが、確かに大柄な身体を持ちながら、視線は落ち着かずにあちこちさまよっているように思える。



「そうだな。負けたらクルス嬢をもらおうか」

「それはお断りします」

「ふふっ、礼儀正しいが言いなりではないな。儂への士官、お前も考えておいてくれ」



 彼は口の端を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべると俺の横を通り過ぎ、自分の部下にテーブルを移動させてスペースを作るよう命じていった。


 その準備が行われている間に俺はクルスとシーリアに近付く。



「クルス、シーリア、料理や他の護衛の行動に注意をしておいてくれ」

「ん……カイルしめといて」

「安心して、ぼこぼこにしてきなさい」

「まあ、頑張るよ」



 好戦的な二人に俺は苦笑を返し、話をしている兄とホルスを確認する。

 兄は何だか楽しそうだ。



「やれやれ。これも兄弟喧嘩になるのかな」



 やる気満々な兄の様子をしばらく眺めてから、俺は周囲に視線を走らせる。

 考えているのは、どこまで本気でやるべきか……ということだ。


 ある程度の実力を見せなければ、エール伯の信用を失うだろう。

 だが、敵がいるかもしれない現状で手の内を晒したくはない。


 奇策というのは、急に使うからこそ効果があるのだ。


 俺は内心でこの試合で利用する手札を決め、急造の闘技場へと赴き、俺と同じような騎士の服を慣れた様子で着こなしている兄と対峙する。



「いやーまさか、お前が護衛に来るなんてな。ホルスの予測の外だぜ。さすが俺の弟」



 何の気負いもなく誇らしそうに兄は笑う。



「どうしてこんな無意味なことを……」

「まぁ、そう言うなって。こっちも大変なんだぜ?」



 一定の間合いを取り、兄は剣を抜く。

 クラストディールの時のような両手剣ではなく、俺が愛用している母親の剣と似たようなタイプのロングソードだった。


 片手剣の扱いにも慣れているらしく、その構えに隙はない。

 俺と……そしてクルスとも同じ構えだ。


 教えた者が同じだから当然だが。

 俺は大きく息を吐き、自分の剣を抜き放って半身に構えた。



「お、やる気だな。弟の成長が見れそうで嬉しいぜ」

「ろくでもない見世物けど、俺も嬉しいよ。公然と仕返しが出来る」



 開始の合図を待ちながら、俺は自分に有利な間合いを確保するため、位置を調整する。



「馬鹿なことを仕出かした代償に少し痛い目にあってもらうよ。カイル兄さん」

「おいおい、ケイト……目が怖いぞ」



 俺は冷静さを心掛けながらも兄を睨みつける。

 会場が静まり返り……そして、開始を告げるライルート伯の声が響きわたった。





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