第十一話 妖精
それから三年の月日が流れ、その間俺達は時に喧嘩したり仲直りしたりしつつも鍛えたり仕事をしたり遊んだりと充実した日々を過ごしていた。
太っていたマイスは縦に引き伸ばしたかのように背が伸びた。11歳にして160cmを超えている。
成長期であることもあってもっと背が伸びそうだ。
最近クルスの母でもあるメリーさんと結婚し、農作業もやっている忙しいガイさんの後を将来正式に継ぐべく技術を学んでいる。
手先がそこそこ器用な上とにかく体力があることもあって、彼は猟師への適性が高かった。
勉強は苦手で薬師のジンさんからはもっぱら剣術を習っている。
彼は長男で本来なら畑を受け継ぐのだが、自分には生活手段があるから次男に譲ると親を既に説得している。弟思いでもある。
細身の気弱そうな少年ヘインはマイスとは反対に野外活動より勉強のほうが性分があっており、最低限の運動能力は勿論身についているが専ら薬学方面の知識を主に身につけ、薬師としての道を進もうとしていた。
姉に気があるようだが、残念ながら姉が振り向くことは絶対にないだろう。幸せを他にみつけて欲しい。
姉も12歳になり、子供っぽさの中に大人の顔も見せるようになってきている。
ジンさんにもそろそろ危機感を持って欲しいところだが彼は相変わらずである。捕食の日は近い。
中肉中背のホルスは二人のちょうど中間だった。
どちらともにも適性があるが、どちらも中途半端になっている。能力的には自分と似ていた。将来どうするかは悩んでいるようだ。
彼は長男というわけでもなく、受け継ぐ畑はない。かといって特徴はなく器用貧乏であり、ある意味将来に対して一番悩んでいるのではないだろうか。
クルスは天才だった。
あまりにも技術の習得が早かったため、俺はある日誘惑に負けて彼女のステータスを見てしまった。
能力的には他の子供とあまり変わらなかったが、他のスキルとは明らかに毛色の違うスキルが彼女には付いていたのである。
特殊スキル<天賦の才>というものだ。
これに似たスキルは他には自分の特殊スキルである<ステータス閲覧>しかない。
どのような取得条件があるのだろうか。
薬草学といった学問系はマイスと似たような感じなので、恐らくは身体を動かす技能だけの効果だとあたりをつけているのだが……。
得意なものに関しては倍近く習得速度が違うのである。
うかうかすると、現時点でも負けてしまいそうな感じだ。
変わったのは強さだけでなく、外見もそうだ。彼女は髪の毛を肩くらいまでのばしてさらに女の子らしくなった。
昔より少し体型も柔らかくなり、それでいて子供なのに凛として媚びるところもなく、強くて将来確実に美しくなりそうな彼女は村の子供全てから一目おかれているようだ。
同性の友達もわずかだができたようだ。
休みは相変わらず自分といることが多いが……いいんだろうか。
俺自身も以前より順調に成長している。特にステータス能力と薬草学を加えたサーチ能力は本当に便利で、旅に出ても路銀を稼ぐのはさほど難しくないだろうと思えるほどだ。
知ってさえいれば薬草の位置をある程度サーチできるのだから。乱用すると、他の皆が訓練できないので自重している。
戦闘技術の実力も上がっているが体術では体格が違いすぎるマイスやおかしいくらい成長の早いクルスとの勝率が5割を切りそうなのが悲しいところである。
そんなある日のことであった。
その冒険者が商人の護衛としてうちにやってきたのは。
俺の一家は一応村長を勤めていることもあり、村では一番大きい家に住んでいる。
従って客人が来ることは多い。大抵は父や一番上のトマス兄さんかもしくは村の誰かに世話役を頼み、宿変わりになっている離れの方で食事を作りそのまま泊まってもらっているのだが、今日は一人の冒険者が自宅の方の食事の席についていた。
輝く金色の絹糸のような美しい髪。人形のように整った顔に少しきつめの冷たさを感じさせるエメラルドグリーンの瞳。
そして、特徴的な尖った耳の美女。胸は……きっと種族的な特徴なのだろう。何も言うまい。軽装でやぼったい旅人の服を着ているがその美しさは際立っている。
(エルフ……?)
あまりの美しさに思わずぽかんとしてしまう。
だが、すぐに気を取り戻して与えられた席に座る。エルフの女性の隣だった。
父とトマス兄さんは離れの方に行っており、彼女の前にはにこにこと母が座っている。その隣にはカイル兄さんがおそらく自分と同じようにぽけっと見蕩れていた。
エリー姉さんは母の反対の隣でエルフって美人なのねーと色々と教えてほしいなーと呑気に喜んでいた。
「三人とも。彼女は私の旧友なの」
母が恐らくは冒険者だったのだろうということを俺は知っている。
ステータスで見る限りこの村で最強だからだ。ただ、そのことを誰も話さないため、母親にそのことを聞けないでいた。
目の前のエルフはレベル42……能力値もスキルも今まで見た誰よりも高い。
レベルに関してはこの三年の間にジンさんから話を聞いていた。
冒険者ギルドにはレベルを測ることのできる魔法の水晶が置いてあり、その力でレベルを測る事ができるそうである。
自分の力が特別ではないと改めて自覚する。
見れるのはレベルだけで能力やスキルなどは見れないらしいが、高レベルになるほどレベルは上げにくく、また、レベルが上がると目に見えて能力が上がるため、冒険者としてある意味信用にもなっているそうである。
大体10くらいで一人前、20くらいで上位の冒険者、30を超えると一流なのだそうだ。
そのジンさんの話からしても、このエルフの女性の強さは伺える。
彼女は俺たちを見ると上品に微笑んで会釈した。本の世界から出てきた妖精……そんな印象。人間にはない美しさだ。
「はじめまして、私はラキシス・ゲイルスタッド。貴方達の母の友人なの。よろしくね」
「ケイトです。よろしくお願いします」
「か、カイルだ……です」
「私はエリー。よろしくお願いします」
目の前で何か兄がてんぱってるお陰で冷静になる。カイル兄さんもエルフを見たのは初めてらしい。
いるということは聞いていたが自分も見たのは初めてだ。
冷たそうな人だなぁと思っていたのだがそうでもなく、カイル兄さんが冒険の話を聞くと面倒くさがらずに兄が楽しめるように色々と工夫をしながらそれに答えていた。
俺は母の方を見ていたが、自分自身の冒険の話は一言も口にすることはなく、最近のラキシスさんの状況の話や料理の話や世間話に徹している。
食事の時間は和やかに過ぎていった。
兄や姉は珍しいからかエルフの彼女と色々と話をしていたが、自分は少し離れた場所から彼女を観察していた。
なんとなく不自然なものを感じたのである。確かに彼女が友人でもある母を訪ねるのはおかしい話ではない。
しかし、それにしては母が嬉しそうにはしていたもののそこまで歓迎しているように思えなかったのだ。
そしてエルフの彼女にもなんとなくだが、不満のようなものを会話からほんの少しだけ覗かせていたような気がした。
この世界に来る以前なら些細なことなど気付かなかっただろう。
自己主張の殆どないクルス相手に鍛えられたような技能だ。当たっているかはわからないが。
何だか裏がありそうで近づき難かったのである。
彼女たちの話は母が俺達三人に寝るように促すまで続いていた。