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第二十二話 エールの領主




 高級そうな赤い絨毯を引いている応接室で、質の良さそうな木製の椅子に座ったシーリアが居心地悪そうに身をよじる。



「居心地悪い……貴族やだなぁ。あいつら偉そうなんだもん」

「気にしなければいい」



 学生の頃の苦手意識をシーリアは未だに引きずっている。

 しかし、クルスはそんな彼女の泣き言を一言で切り捨てた。


 そんなクルスは自分の言葉通りで、羨ましくなるくらいに普段通りだ。


 護衛任務を引き受けた翌日、俺達はカリフに連れられてエール伯の館に訪れていた。

 目的は依頼人との顔合わせである。



「もうすぐだ。静かに」



 一緒に待っているカリフが神殿にいるときとは別人のような、岩のような硬い表情で注意する。これが貴族達と相対する時の彼なのだろう。


 質のいい服を持っていなかった俺達はカリフのつてで服を大急ぎで調達してもらい、今は下級貴族出身の騎士が着る軍服に近い服を来ている。

 この服は女性用も男性用に近く、ボタンの位置が違うくらいの差異しかない。


 機能性はそれなりにありそうだ。シーリアは魔術師ということもあり、無理矢理着ている感があるが、クルスは体格もすらっとしており、男装の騎士でも通じるかもしれない。


 護衛の際には普段の装備になるのだから、着飾る必要はなさそうだが貴族と会うときにはそれ相応の服装をしないと失礼にあたるのだそうだ。


 それだけではなく、俺達はどうしても強そうには見えないため、荒っぽい冒険者として紹介するよりはこういった礼儀を守ることで、雰囲気を出していく狙いもあるのかもしれない。



「ようこそ、カリフ殿。そちらが先日話していた者かね」



 現れたのは日に焼けた小麦色の肌を持つ、髪の短い精悍な中年の男だった。

 小柄だが弱々しさは全くなく、体付きは引き締まっている。


 能力を確認する限り、それなりの戦闘経験を持っていそうだ。


 穏やかそうに笑っているが眼光が鋭すぎるため、その笑顔は逆に相手の警戒を誘うのではないかと俺は思っていた。



「はい。帝国のカイル・アルティアの弟とその仲間です。腕は保証します」

「ははっ! 『クラストディール』を倒しているのだ。腕はわかっておる」



 俺達は立ち上がって彼に頭を下げながら、二人のやり取りを伺う。

 カリフは重々しく頷き、エール伯はこちらを見て機嫌良さげに笑っていた。



「儂がレンドール・キルト・エール伯爵だ」

「ケイト・アルティアです。仲間の二人はクルス・ライエル、シーリア・ゲイルスタッド」

「座ってくれ。しかし、話には聞いていたが本当に若いな。それにいい面構えだ。うちの騎士にも見習って欲しいものだな」



 俺はそれには応えず一礼して着席する。

 不容易なことは話さない方がいいだろう。何が礼儀に触れるかわからない。



「君達に頼みたいのは私の護衛だ……ということになっている」

「兄への牽制ですね」

「ああ。向こうが何もしないならそれでもいい。念の為だな」



 俺は無言で頷く。



「最近、あの組織の発言力が異常なほど高まりつつある。ピアース王国では、君達が関わった事件のお陰で影響力を薄めることに成功したがね。儂等は感謝しているのだ」

「恐縮です」



 情報が早い。もう貴族の間では知れ渡っているようだ。

 兄が向こう側の人間であるのに、カリフの提案を受け入れたのはこの情報を既に入手していたからなのだろう。


 やはり権力者は侮れない。

 ピアース王国の貴族が優秀なだけかもしれないが。



「残る二人は当日に紹介しよう。報酬に関してはカリフ殿から説明をすることになっている。そうだな……これくらいか。しかし、カリフ殿。もう少しいい服はなかったのか? 英雄に対して失礼だろう……のう?」

「は……申し訳ありません」



 深々と巨体を屈めてカリフは固い表情のまま頭を下げた。

 エール伯の言葉は本気で言っているわけではない。小柄な中年の男は愉快そうな視線を俺に向けている。試しているのかも知らないが、正直に答えるだけだ。



「根無し草の冒険者には過分の服装です」

「くくっ……子供らしくない面白みのない答えだな。仲間のお嬢さん方の服は明らかに無粋だろう。彼女達にはドレスの方が似合う。それくらいは言ってやれ」

「旅にドレスは不要」



 それまで黙っていたクルスが小さく呟く。一瞬冷や汗を感じたが、エール伯が特に気分を害した様子はなかった。寧ろ興味深そうにクルスを眺めている。



「そちらのお嬢さんは人形のようだと思ったが違うな。まあいい。君達は儂等の会談が終わればヴェイス商国に向かうそうだな」

「はい。そのつもりです」

「注意することだ。この国の有力者には自ら『天災』を招き入れるような愚者はいないだろうが、他国は違う。君達は目立ちすぎるからな」



 天災……比喩表現か。実力のある者の報復……と考えるとラキシスさんを示しているのかもしれない。エールでは彼女から見えない形で庇護を受けていたということだ。

 さらに頭が上がらなくなりそうである。



「わかりました。ピアース王国の利益を損ねないように注意します」



 俺は顔を伏せて礼をした。

 色々と思うところはあるが、ここは受け流しておけばいい。



「ふふ。それでよい。よろしい、それでは明日はよろしく頼む」



 エール伯は立ち上がり、俺達も立ち上がって頭を深く下げる。

 彼は満足そうに頷くと、応接室から立ち去っていった。



 エール伯が立ち去ると俺達は長居をせずに直ぐに彼の館から神殿へと戻る。

 帰り道ではシーリアはかなり不機嫌だった。



「あいつ、私を完全にいないものとして扱ってたわ」

「この国の貴族は多かれ少なかれそういうものだ。『リブレイス』の力が弱まりすぎれば、人間だけを優先して扱う者が増える。難しいところだ……」



 そんな彼女にカリフは顎をさすりながら説明する。

 彼女が怒っているのは、彼女には一度も視線を向けなかったからだろう。

 それでも、話をするときにはシーリアも含めていたのだから、まし……といったところか。


 そういう意味では俺も異種族の扱いが悪くなる責任の一端を担っているのだ。

 もちろん、彼等が事件を引き起こすならば、それを止めることに躊躇はしないが。



「ラキシス様も人間ではないわ」

「彼女は圧倒的だからな。色んな意味で。わしも一時期、行動を共にしたが……あの頃は若かったな。うん。いや、若かった」



 何があったのかはわからないが、カリフは苦笑しながら何度も頷く。

 なるほど……と、思う。彼がシーリアに付いて知っていたのは、あらかじめラキシスさんから聞いていたからなのかも知れない。



「マリアもいた?」

「マリア……マリア……剣鬼か。懐かしい……何故知っている?」

「俺の母親です」



 一瞬、カリフはぽかんとした表情をしていたが、こちらを見て、弾けるように笑いだした。しばらく彼は笑い続けた後、何度も咳き込み、息を整えている。



「いや、まさかな。これも神の導きか。厄介事を引き起こすのは血筋かね?」

「偶然だと思いますが」

「君の村の出身者が色んな場所で活躍している理由がはっきりしたな。だが、これは黙っておこう。その方が面白そうだ」



 悪巧みするような、にやつく笑みを彼は見せ、俺達にそのことは話さないようにと釘を刺した。予想以上に母さんも有名人なのかもしれない。



「ところで、カリフさん。ウルクの件ですが」

「ああ、わかっている。君達が護衛を行うことは、『リブレイス』に関わりを持つ神官には話していない」

「ありがとうございます」



 俺は今回の護衛を引き受ける際に、カリフに情報を拡散しないように頼んでいた。

 特に『リブレイス』には情報を渡したくはない。彼等は俺の能力をある程度把握しているだろうから。


 逆に触れ回ることで、相手の行動を踏み留まらせることも考えたのだが、今度は『聖輝石』を狙ってくる可能性もある。

 その時、能力を警戒されて対応策を練られるのも面倒だ。


 完璧な対策を取るには時間が足りなさすぎた。



 そんな風に雑談をしながら神殿に戻ると、前に話をしたそばかすのある金髪の少年が深刻そうな表情で俺達を待っていた。


 俺はそれだけで状況を悟り、能力を使ってウルクの状態を確認する。



「ケイトの兄ちゃん。今……」

「うん、わかっている。ありがとう……なるほどね」



 彼の身に何が起こっているのか。能力を見た瞬間俺は全てを理解した。

 そして、今回の交渉でも『リブレイス』が何かを企んでいる……そのことを、俺は確信していた。





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