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第二十一話 二度目の対面



 翌朝、俺達は子供達と朝食を共にした後、ウルクから呼び出されてカリフの執務室へと足を運んだ。前回はシーリアと二人だったが、今回はクルスもいる。


 部屋に入った俺達を穏やかな雰囲気の巨漢は笑顔で出迎えてくれた。



「先日はすまないな。ま、座ってくれ」

「こちらこそ、急に押しかけて申し訳ありません」

「ははっ! 気にすることはない。実はわしの方でも会いたいと思っておったのだ。それに奉仕活動もしてくれたらしいしな」



 一礼し、用意された椅子に座ると、カリフの方から話を切り出す。

 彼は前に会った時よりも、老けて見えた。隈が目元に出来ているからだろうか。


 現在の状況は彼に激務を強いているようだ。



「我等が神の子達も、身近な年齢の英雄に会えて喜んだことだろう。感謝する」

「故郷の子供達を思い出せて楽しかったですよ。礼は不要です」



 食事の後、少年や少女達と話して打ち解けると、まるでクルト村の子供達のように周りに集まって話をせがんできた。冒険心は子供に共通しているのだろうか。


 この神殿の子供達が未来に希望を持っているからかもしれない。

 これが城塞都市カイラルであればどうか。


 向こうではこういう施設は見ていないが、ここ程整っていることはないだろう。

 良くも悪くも実力次第。あそこはそんな街だ。


 それは弱者にとっては残酷であることを意味している。



「そちらの女の子は確か、始めて会った時にいた……確かクルスと言ったか」

「ん……よろしく」

「大人しそうに見えて一番勇敢らしいな。大したものだ」



 朗らかにカリフは笑い、クルスは小さくぺこりと頭を下げた。



「それで……我ら水の神の神殿に何か用かな?」

「信用できる船頭の紹介を頼みたいのです」



 長々と説明する必要はないだろう。彼の意図を考えれば。

 その証拠に、カリフは愉快そうに頷いている。



「なるほど。確かにそういうことならば我々が適任だ。だが、三国の関係が元に戻れば必要のないことでもある……何故そこまで急ぐ?」

「本当に戻るのでしょうか」

「どういうことだ?」

「戦争が起きる可能性が高いと考えています」



 半分はハッタリだが、全くの適当と言うわけではない。

 『リブレイス』の考えは理解できないし、ディラス帝国の案を他の二国が素直に飲むとも思えない。今は何が起こっても不思議ではないのだ。


 もし、戦争になれば『クラストディール』を倒した俺達の立場は悪くなる。

 これで解決すると『リブレイス』が触れ回っているだけに余計に。


 だが、カリフは苦笑いして首を横に振った。



「やれやれ、若者は極端から極端に走るな。困ったものだ」

「先日アドバイスを受けたので、冷静に考えての結果です」

「わしも一応仕事をしているのだ。少しは信じて待って欲しいな」



 カリフは椅子から立ち上がり、落ち着く木の香りが微かに漂う部屋の中をゆっくりと歩く。

 そんな彼の背中にシーリアは声を掛けた。



「その仕事はどうなっているか……聞いてもいいの?」

「順調だ。これ以上無いくらいにな」



 しかし、カリフの表情は厳しい。

 本当に順調であれば、もう少し明るい表情をしてもおかしくないはずなのに。


 クルスも不思議そうに彼に問いかける。



「何かある?」

「何もない……だからこそおかしい。わしの思い過ごしであればいいが」



 三国の情勢に詳しいカリフが悩んでいる。


 本来は何もないはずがない……というところか。

 昨日の緊急会議もだからこそ開かれたのかもしれない。



「わしは、緊急会議である案を出した」

「それは私に話しても良い事柄なのですか?」



 ほんの少しだけカリフは苦悩の色を顔に浮かべつつも、微笑んで頷く。



「三国の間での話し合いは実は纏まっている。不思議とディラス帝国はかなりの譲歩を見せてな。もっと強硬姿勢に出るとわしは踏んでいたのだが……まあ、それはいい」



 落ち着かない様子で歩いていたカリフは、息を吐くともう一度席に着いた。

 彼の不安はあれだけ強硬な姿勢を見せていたディラス帝国が、かなりの譲歩を行う程、軟化していることにあるのかもしれない。


 それは不自然なことだ。国益を損ねるだけ損ね、得るもの無く引こうというのだから。


 だが、背後に『リブレイス』が絡んでいる事を考えれば、ある意味で目的はもう果たしているのではないか。国としてどう考えているのかは不可解だが……。



「問題は最後に大昔に調印を行った島で話し合いを行い、調印しなければならないということだ」

「調印しなければ話し合いは無効ですか?」



 俺の疑問にカリフは頷く。



「各国の軍隊が周囲を固める。護衛も各国、五名まで認められている。ディラス帝国の代表は小心。約束を反故にはすまい。だが、ディラス帝国の代表の護衛にお前達の良く知る者が混じっている」

「カイル兄さんとホルス……」

「そうだ。『リブレイス』である彼等が余計な事をして、三国の平和が破られれば、罪もない住民が更に苦しむことになる。わしはそれだけは絶対に防がねばならん」



 力強く拳を握り締め、歯を食いしばるように顔をしかめながらカリフは重々しく言い切り、怒りを堪えるような表情で俺達を見つめる。



「わしの提案というのは、『リブレイス』の介入に対抗するためのものだ」



 カリフはもう一度立ち上がると、俺達に対して深々と頭を下げた。



「すまん。ピアース王国の代表、エール伯の護衛を引き受けてはもらえないか?」

「……最悪の場合、兄と友人を相手に戦えと?」

「ケイト……」



 不安げに二人が俺を見る。思わず感情的な低い声を出してしまった……大きく深呼吸して冷静さを取り戻すと、俺は悔やんでいるような表情のカリフに謝罪する。



「すみません」

「いや、怒りは当然だ。だが、君に望むことは戦うことではない。伯爵を守ること、そして、何かを相手がしようとした場合に、牽制して欲しいのだ。そして……」



 落ち着いた様子で彼は堂々と背筋を伸ばし、俺を見下ろしてはっきりと告げる。



「戦いになるならば……もし、悪意を持って平和を乱そうとするのならば……若い君達の手を汚させはしない。わしが刺し違えてでも、二人を倒す」



 巨体のカリフは、身体を震わせながらも内容にそぐわない静かな声でそう言った。

 間違いなく本気だろう。そして、実力的にも不可能ではない。


 文字通り命を懸ける事になるに違いないが。


 三国に住む全ての住民のことをカリフは考えているのかもしれない。

 俺はどうか。国に対しても街に対しても深い想いはない。


 彼の真剣さに比べ、俺は戦争の危険という間近に迫る街の危機を目の前にしつつも、自分の身の安全と比べている。兄や友人の身を案じている。

 だが、それが何だ。俺にとっては……大事なのは……。



「ケイト」



 ふと気がつくと、クルスが俺をじっと見ていた。

 何かを期待するように。


 それは、不条理に立ち向かった子供の頃の俺を見る目に似ていて……。

 昔のように何も言わずとも彼女の想いが理解出来て、俺は左手で頭を掻き、小さく笑った。



「そうだな。悪い奴には立ち向かわないと」

「うん。たくさんの人困るのは駄目。可哀想」



 クルスの言っているのは子供っぽい正義感だと思う。

 だけど、それでいいのかもしれないと不思議とそう思えた。


 理由はなんでもいい。間違ってても愚かでもいい。


 困難から、そして相手が強いからといって態度を変えて逃げないこと。

 不器用でも正々堂々正面から、一歩ずつでも問題に取り組んでいく。


 それが俺に向いている生き方なのだろう。

 その上で危険を可能なだけ排することが出来るよう考えていけばいい。



「怪しいことしたら、見破ってぎゃふんて言わせてやればいいのよ」



 殴る真似をしたシーリアに俺は笑って頷き、立ち上がって背の高いカリフを見上げる。



「護衛の件、お引き受けします。家族を止める必要があるなら、俺の仕事です」

「そうか……頼む。出発は二日後だ」

「しかし、実力の考慮は必要ないのですか?」



 そんな俺の疑問に、カリフは何故か爆笑で答えた。

 シーリアは理由がわかっているのかこめかみを抑えている。



「『クラストディール』を倒した。これ以上の実力者を探す方が難しいわ」

「あ……」



 当然である。赤面ものだ。

 俺と違い、他の者はステータスを見ることが出来ない。

 客観的な数値として能力を知ることは不可能なのだから。 


 あまりの恥ずかしさに頭を掻いていると、法衣を着た巨漢の神官は穏やかに微笑み、俺の肩を両手でゆっくり掴んだ。

 そしてにぃっと笑って小声で囁く。



「どちらの女が本命だ?」

「な……!」

「はははっ! ま、出発まで神殿に泊まるといい。こちらの情報は随時、全て君に伝えよう。それでいいかね?」



 笑いを納め、真っ直ぐにこちらを見て問い掛けたカリフに俺は頷く。

 兄とホルスが何を企んでいようと何もさせない。絶対に平和の内に調印を終わらせる。


 そして、二人を守りきる。そう決意を込めて。





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