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第二十話 聖職者としての青年




 夕刻の水の神殿は炊き出しのスープの匂いと、焼き魚の匂いが漂っていた。

 敷地の庭では神官達が食事を作り、子供達が明るい笑顔を浮かべながら、汚れた服を着た老人や疲れた表情を浮かべている旅人達に食事を配っている。


 テキパキと指示を出している神官の中には蒼い髪の一見女性に見える男……ウルクの姿もあった。子供に対しては邪気の無い笑顔を浮かべて冗談を言いながら働いてもらっており、子供達の方からも慕われているように見える。



「あ、ケイトさんじゃないすか。どうしたんで?」

「邪魔してごめん。ちょっと事情があってね。カリフさんはいる?」



 ゆったりとした神官服の上からエプロンを付けたウルクはうーんと唸り、腕を組む。



「まだっすね。もう少し遅くなるかも」

「待たせてもらっても?」

「あっ! じゃ手伝ってもらってもいいすかね。いやー船出せないせいで忙しくって忙しくって。神の子達にも手伝って貰ってるんすけど手が足りないんすよ」



 疑問形の割にウルクは笑顔で逃がさないとばかりに、俺の肩を掴んでいた。

 カリフがいないなら、どちらにしろ話は進まない。


 子供達も周囲の人々も何事かと俺達を見ている。逃げられそうにはない。

 俺は溜息を吐いてクルスとシーリアの方を向くと、彼女達は構わないと頷いた。



「わかったよ。俺達も手伝おう」

「ほんとっすか! おおーい! 水魔『クラストディール』を一緒に倒した勇者が手伝ってくれるっすよー!」

「あ、馬鹿!」



 ウルクは満面の笑顔で一緒に働いている神官や子供の所へと戻っていく。

 すると、その場にいる老若男女全ての者達の視線が此方に向いた。一瞬の静けさの後、



「本当! ええー!」

「嘘だろう……まだ子供じゃないか……」

「尻尾! 尻尾のねーちゃん!」



 爆発するように辺りに喧騒が巻き起こった。

 興味津々の子供達、感心の声を上げる大人達に頭を下げながら、ウルクを手伝うために付いていく。正直、かなり恥ずかしい。

 クルスとシーリアも居心地が悪そうにしているが、ウルクは上機嫌だ。



「みんな暗くなってるすからねー。盛り上げるのも仕事っすよ」

「有効活用ってことか」

「なんたって美少女二人いるっすからね。大盛り上がりっすよ!」



 にししっ! と企み事が成功したと言わんがばかりにエプロン姿のウルクは笑い、待っている人達に配るためのシチューを次々と椀に入れる。

 それを受取りながら、こういう発言が若いし明るいし実績も実力もあるのに、本人曰く、「女性から避けられている」原因なんだろうな……と、俺は思った。


 案外、本人が知らないところでは好かれていたりする可能性もありそうだが。



「はい、どうぞ」

「お、兄さんありがとよ」



 俺達は神官達や子供達と混ざって、食事を配り続け、食事を終えた人達から食器を回収していく。食器を持ち逃げしようとする人からはクルスが鮮やかに回収し、見ている人達からその手際への賞賛の拍手を受けていた。


 運動神経のよくないシーリアは胸や尻尾を触られたりと散々だったようだが。



「ごちそうさま。ウルク様もそうだけど、貴方も若いのに全然偉ぶらないねぇ」

「そうでもないですよ。浮かれてます」



 質素な服を着た白髪の老女は俺にお椀を渡し、子供と楽しそうに話しながら回収したお椀を整理しているウルクの方を見て、柔和に微笑む。



「あの方が水魔の討伐に志願された時、我々には顔色を悪くしながらでも、大丈夫と笑顔しか見せずにいて……そんなウルク様を皆、痛々しく思っていたのですが……本当に無事でよかった。若い人……ありがとう……ありがとう……」

「いえ……」



 曲がった腰をさらに深々と曲げ、涙を滲ませながら老女は俺に対して頭を下げた。礼を言ったのは彼女だけではない。大人も子供も色々な人がお礼の言葉を俺に告げた。


 酒場では泣きわめいていたが、聖職者としてはしっかりと役目を果たしているのだろう。そのことが様々な人達から伝わってきていた。


 不思議なものだと思う。立場が人を変えるのか。

 それとも、あの酒場での様子が擬態なのか。


 『リブレイス』と関わりを持つウルク……どの姿が本当の彼なのか。

 俺は食事を食べ終えて帰って行く人々を笑顔で手を振り、見送っているウルクを見つめながら頭を悩ませていた。



 炊き出しの後片付けが終わり、日が完全に落ちてもカリフが帰って来なかったこともあり、ウルクは仕事の礼として、食堂に案内してくれた。


 前回は神殿の内部を詳しく案内してもらわなかったために気付かなかったが、神殿の内部の約三分の一くらいは本来の神殿とは異なる施設になっているらしい。


 ウルクが言っていた神の子……即ち孤児達が暮らす、孤児院だ。


 施設は清潔で神官達によって食事を与えられるだけでなく、基本的な教育も施されている。

 裕福な街である上、神殿の力が強いこともあるが、上層部がしっかりしているのだろう。


 尊敬を受けているのは水の神の信徒である以上に、相応の行いを続けているのかもしれない。


 孤児達の表情は明るく、大きな人間の子供が小さな異種族の子供の世話をしっかりとしていたりと、彼等は種族を超えて助け合いながら働いている。


 ウルクが俺達を案内したのは、そんな子供達用の食堂だった。

 交代で子供達を指導しているそうだが、ウルクの担当が今日はここだったらしい。



「いやー手伝ってもらって本当に悪かったすね」

「構わないよ。神殿の様子も見ることが出来たし」



 本当にすまなさそうに声を掛けてきたウルクに、俺は素直にそう応える。



「そう言ってもらえると助かるっすよ。子供も喜んでるっすからね」

「そうなのかな。珍しがってるだけだと思うけど」



 普段と違う人がいる……だからはしゃいでいる。

 そうではないかと言う俺に、ウルクは苦笑いしながら首を横に振った。



「子供達も明るく見えて、内に篭もりがちすからね。夢とか希望とか、そういうのを体言してくれる人に飢えてるんすよ。自分等じゃ近すぎるんで中々」

「ちゃんとウルクさんのことも子供は見ていると思うけどね」

「いやー、自分はなめられっぱなしすからねー」



 話し中に背中から「ごはーんはやくー」とウルクは獣人の小さな女の子にしがみつかれ、恥ずかしそうに笑いながら、パンやシチュー等の料理を運び席に着く。

 そして、全員が席に付くと神への祝詞を唱え、子供達もそれを唱和した。



「いただきます」

「いただきますっ!」



 元気な声が食堂に響き、騒がしい食事が始まる。

 ウルクは子供達の様子を見て行儀の悪い子供には注意したりしつつ、食事を取っていた。


 子供の方はちらりとクルスやシーリアの方を確認してから、わざとらしく大きな返事をして彼の言うことを聞いている辺り、やはり遠慮をしているのかもしれない。



 食事を終え、食器を片付けるために立ち上がった俺に、数人の少年、少女が付いてきた。どちらかというと、年長の子供達だ。

 何事かと思って振り向くと、彼等ははにかむように笑う。



「兄ちゃん、片付ける場所に案内するよ!」

「ありがとう。よろしく頼むよ」



 彼等に先導されて食器を洗い、片付けると、子供達はそのまま腕を引っ張って俺を人気のないところへと連れて行く。

 彼等の表情から真剣なものを感じたため、黙ってついて行ったのだが……。



「えっと、何か用かな?」

「ケイト……だっけ? 兄ちゃん、ウルク兄ちゃんの友達なんだよな?」



 そばかすのある金髪の少年の問いかけに俺は考えず、すぐに頷いた。

 他の子供達にも何か切羽詰ったような雰囲気があるからだ。


 きっと『クラストディール』を倒した話をするときに、友達だと説明したのだろう。そして、彼のことで何か相談したいことがある……そう判断をしていた。



「そうだよ。何かあったのかい? ゆっくりでいいから説明をして欲しい」

「あ……うん」



 子供達はお互い顔を見合わせ、頷き合うと皆しっかりとこちらを見る。

 金髪の子供が彼等の代表なのだろうか。他の三人の少年少女は彼を頼るように見ている。



「最近、ウルクの兄ちゃんが変なんだ」

「変?」

「うん。普段は変わらないんだけど……うーん……何だかたまに、物凄く怖い顔になって仕事中でも急に部屋に戻ったりするんだ。『クラストディール』討伐前にはそんなことなかったから……もしかしたら、水魔の呪いなんじゃってみんな……」



 不安げに俺を連れ出した四人が俯く。

 呪いというのは無い。もし呪われるなら、それは俺かクルスか兄、もしくはアリスだ。


 と、なるとウルクの身辺に何かが起きている……そう考えるべきか。

 俺は内心で色々思いを巡らせながら、少年達の視線の高さに併せて笑顔を見せる。



「最近忙しいから疲れているのかもね。実は、俺達は教会にしばらくお世話になろうと考えているんだ。もし、ウルクに何かがあったら教えてくれないか? 何か悩んでいるなら友人の力になりたいからね」



 我ながら適当なことを言っている……とは、思うが現在の状況で変わったということであれば放置できない。『リブレイス』が関わっている可能性が高いからだ。


 彼等は信じてくれたらしく、笑顔で力強く頷いてくれた。



 結局、子供達が寝静まった真夜中にカリフは疲れた様子で、だが精力を感じさせる表情で戻ってきた。


 しかし、戻ってすぐに神官達の間での緊急の会議を行わなくてはいけなかったらしく、この日は神殿に泊めてもらい、翌日に改めて彼と話し合いをさせてもらうことになった。







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