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第十九話 決別と対策




 シーリアが精霊石と呼んでいた石……『聖輝石』。

 それを渡せと言われていることには俺は驚いていない。兄やホルスの態度からその手の交渉が来ることは考えていた。


 理解できないのは正式名称を出してきた理由。

 これでは初めからわかっていてやりましたと言っているようなものだ。


 そして、用途も理解している可能性が高いと……。

 訝しむ俺を見て、アリスは蛇がまとわりつくような悪意の込もった笑みを浮かべる。



「あら、うっかり名前を言ってしまったわ。失言ね」

「何故、この石を集めている?」



 アリスはこれを見つけたとき『もう必要ない』……そう言っていた。

 つまりは、彼女は以前は探していたのだと思われる……が、現在は必要としていない……だから、彼女にとってはこの命令はついでなのだろう。


 だが、俺の追求に対して、アリスは顔を背ける。



「知らないわ。想像は付くけど」

「想像でいい」



 知っていて答える気が無いのか。それとも、知らないのか。

 彼女の感情を感じさせない静かな表情からは想像が付かない。



「ジューダス・レイトは本物の狂人。あいつに比べればサイラルは常識人」

「なるほどね」



 頷きながら死の間際のサイラルの必死な様子を思い出す。



(世界を滅ぼして絶対に元の世界に戻ってやる……か)



 もしそれが、ジューダスからの『呪い付き』への誘惑の言葉であるとするなら。

 そして、それを利用して何かを成そうとしているのなら。


 兄が素直にそれを渡すことが危険だと判断したのだとすれば。



「迷惑極まりないな……ろくでもない」



 俺は思わず顔を右手で覆って失笑した。

 地道にこつこつと。冒険者というよりも探検家として生きていこうと考えていたのに、変な組織に絡まれ、今度は胡散臭い陰謀に巻き込まれている。


 どうやら自分の望む平穏な暮らしとは無縁の人生になりそうだと。



「それで、渡してもらえるのかしら」

「断る」



 迷いはしなかった。

 この手の問い掛けへの対応策は以前の事件の際に既に取ってある。


 情報さえ送っておけばラキシスさんや故郷の心配はいらないはずだ。というより、そんな心配をしたら逆に怒られるだろう。

 後は俺達の気持ち一つである。


 無謀かもしれない。世界の平和に対して使命感があるわけでもない。

 今度こそ後悔しないように生きる。二度目の生を受け、決意したことだ。


 クルスもシーリアもそれぞれの理由で賛成している。

 ならば、問題はない。相手が狂人であろうと売られた喧嘩は買うだけだ。


 少しだけアリスは驚いたように俺を見ていたが、小さく微笑む。

 馬鹿にしている感じではなく、感心しているように。



「身の程を知らないのね」

「そちらこそ、情報をそこまで出していいのか?」

「出したら駄目とは言われていない。仕事もしたし……面倒なのよ。真実と嘘を判別する『呪い付き』がいるから」



 心底鬱陶しそうにアリスは呟く。

 『呪い付き』にはどんな能力の者がいるのかわからない。



「真実じゃないけど嘘じゃないことは言えるってことかな」



 だが、彼等に対しては俺は比較的に優位に立つことは可能だ。

 名前がわかりさえすれば、相手の能力がある程度はわかるのだから。


 怖いのは完全な未知だ。相手の名前を知ること……それが、『呪い付き』に対する対策になるだろう。限定的でも相手のことがわかれば対策は出来る。

 能力の情報は『呪い付き』にとっては致命的なものになるはずだ。


 『呪い付き』は、サイラルがそうだったように、能力が全くわからないからこそ恐ろしいのだから。


 俺の能力を完全に把握されない限り、勝算は……ある。

 


「聖輝石を精々大事にしなさい。私からはそれだけ」

「敵として会わない事を祈るよ」



 アリスの話は終わったのか、彼女は身を翻して俺に背中を向ける。



「死んでも治らなさそうな甘さね……ああ、そうそう。ホルスの予想より二週間気付くのが早かったわよ。随分いい友達を持っているわね」



 こちらを一度だけ振り向いて彼女は皮肉を言い捨て、その場から去っていった。

 不思議と普段の冷たさを感じさせない、穏やかな口調で。


 出会った相手で人の考え方は変わる。

 シーリアがラキシスさんの影響を受けているように、俺やクルスがクルト村のいろんな人に影響を受けていたように。


 アリスはどう生きてきたのだろうか。

 これから何をする気なのか……目的はあるようだが考えてもわかりそうにない。


 出来ればその目的が俺達とは交わらなければいい……そう思うが……恐らくそれは無理な願いなのだろう。どうしてか、そんな気がしていた。



 完全に彼女の姿が消えると、クルスとシーリアが心配そうに駆け寄って来た。

 二人と顔を合わすと緊張と警戒がようやく解けて一息が付け、自然に笑顔が出る。



「疲れたよ。本当に」

「あの女は何言ってた?」

「歩きながら話そう。少し長くなる」



 次の目的地へと歩きながら俺は掻い摘んで二人に先程の内容を説明する。

 リブレイスに誘われたこと、『聖輝石』のこと、『呪い付き』を纏めている男がそれを必要としていること……。



「面倒くさい」

「面白くなってきたわね」



 反応はそれぞれだったが、事の重大さは認識できているらしく、難しい表情をしている。だが、話の内容そのものは可能性として検討していた範囲だったので、慌てたりはしていなかった。


 度胸があるのかどうなのか。

 ただ単に無鉄砲なだけかもしれないが……シーリアはともかくクルスに関しては子供の頃から不条理に対抗することを教え続けていたので、自分の責任も少しはありそうだ。


 この世界では果たしてそれは正しかったのか。

 正しいと胸を張って彼女が言って行けるように頑張りたいところではある。



「カイル兄さん達とは命令系統が違うらしいから、組織が一致団結して……ということはなさそうなのが救いかな」

「ん……でも、あの女は間違いなく敵。悪意と殺意しか感じない」



 クルスは不快そうに呟く。何時からかアリスは敵意の視線を彼女に対して向けていたらしい。先日の二人の時は、それを今までで一番感じたのだそうだ。

 そこから考えると、アリスは軟化しているわけではないと取るのが妥当だろう。



「『聖輝石』だっけ。名前がわかったなら伝承も調べないとね」

「文献とかはカイラルにいるラキシスさんに任せるしかないかな。俺達は俺達で探したほうがいいだろうけど……頼むよ。シーリア」

「任せといて」



 自信あり気に腕を挙げてシーリアは元気に応えた。

 『呪い付き』達をまとめているジューダスが正式な名前を知っている以上、文献や伝承で言い伝え等が残っている代物である可能性は高い。


 それを見つけることができれば、相手が何を企んでいるかも見えてくる。



「冒険者って感じね。ラキシス様が言っていたように、正義の味方になれそうだし退屈とは無縁そう。迷宮潜っていたときは、大したこと起きないしおかしいと思っていたのよ」

「今の方が異常だと思うけどね」



 楽しそうに尻尾を振っているシーリアに苦笑いし、改めて彼女は大物だと感じた。

 俺としてはカイラルにいた頃も十分過ぎるほど色々起こっていたと思うのだが。


 そんな彼女にクルスは呆れるような視線を向けている。



「馬鹿」



 ……まあ、どんな事に巻き込まれても、明るい発想が出来るのはいいことではないだろうか。少なくとも俺には出来ないことだ。

 クルスの嫌味も受け流し、シーリアは笑顔で俺を見る。



「まずは出来ることからやりましょ」

「そうだな。とりあえずは水の神殿の世話になろう。準備は?」

「ちゃんとケイトの護衛をしながら進めてるわ。糸目への仕返しも一緒に」



 水の神官はこの周辺の都市ではおそらく領主以上の人脈を誇っている。

 そして、高位の地位にあるカリフは『リブレイス』との関係を懸念していた。


 そこから組織としては『リブレイス』に好意的であるわけではないことが伺える。

 頼りきる事は出来ないが、現状では一番利用しやすい力のある組織だ。


 向こうも利用することを考えるだろうが、利益が相反しなければそれでいい。

 シーリアに頼んでいたのは謀殺の予防線だ。


 水の神殿を頼ると堂々と触れ回り、元々目的は『クラストディール』退治ではなく、ヴェイス商国に向かうことであったという事実を流す。

 目的は冒険記を作るため……とか、適当に事実っぽいのを伝えてもらっている。


 湖で圧倒的な支持を持つ、水の神に対して敬虔な気持ちを持っていることを示せば、街の人の多くは好意的な感情を向けてくれるようだ。


 『クラストディール』を倒したという名声もある。『リブレイス』が俺達を利用するために既に俺達の顔と名前は街の人に覚えられていた。それを逆用するのだ。

 噂はすぐに流れてくれるだろう。


 真摯に頼る俺達を水の神の神殿は無碍には出来ない。俺達がおかしな消え方をすれば水の神の神殿に対する疑惑になるだろう。

 貴族やリブレイスはその失敗を見逃さないに違いない。



「水の神殿への嫌がらせだな。これは」

「ま、いいんじゃない? 私達は迷惑を掛け合って生きているのよ」

「問題は神殿がどう動くかだね。最悪、船頭だけでも確保したいところだけど」



 組織を頼らないのは危険すぎる。ベストではなく、現実的に目的を達成する。

 受動的に流されるのではなく、自分から能動的に動くことで。


 再び訪れた水の神殿を俺達は複雑な気持ちを抱えながらも、真剣な表情で眺めていた。





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