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第十七話 操り糸の切断




 女性二人ということで鬱屈の溜まった男に絡まれることはあったものの、クルスの方は大きな事件は特には無かったらしく、探知を利用して無事に合流することが出来た。


 結果的には何も無く、普段と変わらないクルスの様子にほっとさせられたが、無用心が過ぎていたことに内心反省する。


 水の神、エルーシドの神官であるカリフの言葉を鵜呑みにしたわけではない。

 だが、彼がラキシスさんのおかげか他に理由があるのかはわからないが、比較的俺達に好意的であることは、彼の話と行動から伝わっていた。



「変な話ねー入国許可証は出してくれたのに、出国はしないでくれって」

「それがあれば入れるのに?」



 夕食を終え、アリスが別室に戻ってからクルスとシーリアと今後の方針を話し合う。勿論、探知の能力を利用してアリスを警戒しながらだ。

 カリフの話を黙って聞いていたシーリアが首を傾げ、クルスも不思議そうに呟く。


 出てはいけないと言って置きながら入国許可証を渡したのが不思議なのだろう。

 本当に出国させたくなければ渡さなければいいのだから。



「あの人からすれば、円満に解決するから待って欲しい……というところか。それと、多分だけど……いざというときは、『逃げろ』そういう意味じゃないかな」



 入国許可証がある以上、出国は犯罪にはならない。

 疑いを残したままであればピアース王国に戻る時は、大変かもしれないが『リブレイス』と国、教会、湖の民に命を狙われるという最悪の事態が起こったときの保険にはなる。


 好意的であると考えたのはこの辺りに理由があった。

 カリフの立場であれば、俺を嵌める気なら他にいくらでも方法はあったろうし、あそこで俺の警戒心を呼び起こす必要もない。

 他に何かある可能性は無くはないが。



「回りくどい」

「まあ、俺の思い込みかもしれないけどね。事実として手元にこれがあるわけだ」



 俺は床に座りながら許可証を指し示し、行儀悪く背もたれを前にして、だらんと椅子に座っているシーリアとベッドに座るクルスを見て苦笑する。



「クルス。今日の様子はどうだった?」

「何時も通り挨拶だけ。後、ウルクもなんか『リブレイス』の拠点にいた」



 今日の夕食でも大袈裟に騒ぎながら楽しそうに話していたウルクの姿を思い出す。

 彼の立場も微妙だ。普段見せている軽い雰囲気が真実のものかどうか……。


 ウルクの実力の方は確かで、操船技術、神術だけでなく、徒手格闘、槍の扱いに優れている。近接戦闘の習熟度は俺達よりは低いがレベルは同程度と、中々のものだ。


 『クラストディール』討伐に参加させられたのは実力故だろう。

 異種族は見た目と年が一致しないため、案外、大分年上だったりするのかもしれない。


 遺跡についてはカリフは一切触れなかった。

 それがウルクが話した結果のことであるならば、彼は口は軽いが心配はないだろう。


 だが、俺の能力について話しながら遺跡の事を話していないのであれば変わってくる。



「ケイト……何かあった?」



 事情を知らないクルスが心配するようにこちらを見つめ……俺はそれに対して、少しだけ考え、彼女に頭を下げる。



「ごめん、少し失敗した……だから、挽回のために協力して欲しい」

「ん……任せて」



 今回の件に関してはどう考えても俺が悪い。危険を気付く要素は幾つもあったのに全て見過ごしていたのだから。

 そんな俺の謝罪に対して、クルスは誇らしげに笑う。


 しかし、シーリアは不満そうに椅子を前後にがたがた動かし、口を尖らせる。



「お人好しね。別にケイトは悪くないでしょ。悪いのはあの糸目野郎なんだから」

「だけど、あいつも積極的にやってるわけじゃないからね」

「関係ないわ。悪いのはあいつ。嵌められて、やられて黙って耐える気? そんなの情けなさ過ぎるわよ! 許せないわ!」



 毛を逆立てながらシーリアは不機嫌そうな口調でそう憤慨した。

 彼女の言葉は感情的だが簡明で、暗さがない。


 そして間違っていると思えば俺に対しても容赦がない。

 意識的か無意識的かはわからないが、何と無く、クルト村に残った友人、マイスの雰囲気に似ているな……と感じていた。


 暗く沈みがちな俺の思考を明るくしようとしているところが。

 あいつなら今の俺に何と言って怒るだろうか。


 そんなことを考えていると思わず笑ってしまう。



「……何笑ってるのよ」

「いや、今のシーリアがちょっとマイスに似てたなって思って」

「何も考えてなさそうなとこ似てる」

「似てないわよ。あんな頭の中まで筋肉っぽいやつ」



 笑う俺にクルスが同意し、シーリアが拗ねてそっぽを向く。

 だが、彼女のお陰で気持ちの切り替えは出来た。



「よし。機会があればホルスに意趣返しをしてやろう」

「そうこなくっちゃ」



 ぱちぱちとシーリアが笑顔で拍手する。

 俺とて腹が立っていないわけではない。売られた喧嘩だ。


 精々安く買い叩き、不良品だと逆に損害賠償を請求するくらいにやり返さなければ気持ちは収まらない。あいつが、にやつきながら俺の様子を伺っていると思うと尚更だ。

 問題は……。



「その機会と手段……か」



 まず、明確な目標として安全にヴェイス商国に入国することがある。

 これを何の問題も無く達成し、さらには人死の出ない範囲でホルスに対して、精神的な意味での嫌がらせが出来るのが望ましい。


 子供っぽい考えだが知っていて俺達を危険に巻き込んだのだ。

 それくらいは構うまい。



「しかし、どうしたものか」



 腕を組んで考える。安全確保の方法は歩きながら既に幾つか考えてある。

 だが、ホルスに対して……となると難しい。



「ホルスに対する嫌がらせは得意。大丈夫」

「そういえば前は殴って黙らせてたわね。なんでそんな目の敵にしてるの?」



 自信満々のクルスにシーリアが眉を寄せて聞くと彼女は憮然とした表情で呟く。



「昔、あいつケイト殴った」

「…………知ってたのか」

「顔見たらわかる。みんなわかってた」



 左手で頭を掻く。それもそうだ。

 俺とホルスが殴り合いをした時、お互いボロボロになるまで殴り合ったのだ。

 当時の友人達にばれないはずがない。


 あの後、誰も何も言わないから気にしていなかったが……。



「じゃ、そちらは任せるか」

「うん」

「私も面白そうだし、何か考えてみよっと」



 楽しそうにクルスとシーリアが相談を始めたのを苦笑いして眺めながら、俺はアリスへの対処を考える。


 こちらに関しては対応は一つだ。

 護衛を辞める。これは元々、正式な契約の範囲外の話。


 辞める理由も今日カリフが作ってくれたものがある。

 彼女には悪いが『リブレイス』の拠点にでも送れば危険は特にないだろう。女性の構成員も多いようだし。


 兄やホルスがいつエールに戻るかわからない。放置しておけば既成事実として定着してしまうだろう。そうなれば余計な身の危険を招くことになる。

 正直、感情的にも、あの組織の一員と思われるのは真っ平だ。


 また、現状貼られている『リブレイス』の一員というレッテルも剥がさなければならない。

 これには選択肢が幾つかある。

 最も効果的なのは『リブレイス』を快く思っていない組織を利用することだろう。


 国、教会がそれに当たる。彼等は喜々として宣伝してくれるに違いない。

 その場合、彼等の目的に利用され、彼等のための偶像とされてしまう危険があるが。



「ケイト、実際、明日からどうするの?」



 話し合いが一段落したらしく、シーリアが微笑みながら此方に水を向ける。



「複数の選択肢があるからね……ただ、きなくさい動きとやらには気を付けないと」



 目を瞑り、頭の中を整理する。

 何か一つに絞らなければならない……ということはない。


 沢山の方策を考え、準備し、どれかが成功すれば安全に目標を達成できる。

 そういう状況を作ればいい。


 きな臭い動きがある。カリフはそう言った。

 動きがあるならその目的は絞れるし、それぞれに対する対応策は考えられる。


 まずは……。



「逃げ道の確保と身の安全の確保から始めよう。その後……」

「反撃ね!」

「ああ。火の粉が降り掛かるなら、徹底して振り払おう。安全優先だけど」



 手を上げてぶんぶん振って好戦的に笑うシーリアに笑みを返しながら、俺は頭の中で明日からの予定を組み立て始めていた。


 もし、貼り巡らされた思惑に悪意があるならば、相応の対応を行うことを心に誓いながら。







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