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第十五話 終わらぬ緊張




 あれから数日が流れた。


 俺達は遺跡を出ると『湖の民』の族長に討伐に成功したことを報告し、ピアース王国の貿易都市エールへと戻っていた。


 『クラストディール』の討伐の成功を、エールの神官に伝えた兄とホルスは忙しそうにディラス帝国へと戻って行き、俺達が寝泊りしている宿には久々の静けさが戻っている。


 アリスも一緒に戻るのかと考えていたが、彼女は水の神官や組織との関係で、しばらくこちらに残らなければならなかったらしく、兄達に頼まれ、未だに行動を共にし続けていた。


 三国間の緊張状態は数日経った今でも変わっていない。



「うーん、そんな感じで動きはないっすね」

「そう簡単にはいかないか。やはり」



 何故か夕食時に俺達が泊まる宿に顔を見せに来るウルクは現在の状況を説明する。

 当人は、



「えーずるいっすよ。自分も美人に囲まれて食事したいっす」



と、本当か嘘かわからないことを言っていた。

 普段の言動が言動なだけに、誰も疑ってはいないが……どうにも俺は落ち着かない。


 ここ数日、エールに戻ってからは夕暮れ時までアリスは『リブレイス』の拠点を回り、俺達も彼女の護衛として付いていっている。現在の状況で近接戦闘の苦手な彼女が街を一人で歩くことは難しかったからだ。


 報酬的に随分と割に合わないことになってしまったものだと思うが、シーリアの姿を見ると警戒している異種族の者達は友好的になるので、色んな立場の者の話を聞くことが出来るのは有難い。


 俺の書いている日記……冒険記も徐々に書き進んでいた。

 読み返すと一日一日のこと、情景、風景、その時に感じたことを思い返すことが出来る。


 一冊書き上げるとクルスが持っていき、一つ一つ質問してくる……まあ、前回書き上げた分はクルスが居なかった頃の分の記述が殆どだったからかもしれないが。

 これは意外と楽しかったりする。



「ケイトさん、ヴェイス商国への入国の件っすけど、カリフ様が明日神殿に来て欲しいそうっす。手続きについて説明するらしいんで」

「わかったよ。ありがとう」



 カリフは目の前で美味しそうに魚料理を平らげているウルクの上司で、がっしりした大男だ。水の神官の中でもかなりの上位者らしい。

 実直な人柄であることが広く知られており、温厚そうで街の者からの評判もいい。


 俺は『クラストディール』討伐の協力への報酬として、金の代わりに三人分のヴェイス商国への入国許可証を要求していた。


 貿易など商売でヴェイス商国の街を訪れるだけなら、身元がはっきりしていることもあり、簡単な登録だけで入国が可能なのだが、冒険者として港街から出て、ヴェイス商国で仕事も受けるとなると、相応の面倒な手続きと手数料を必要としたのである。



「水の神官達の様子はどうかな?」

「いやいやー『クラストディール』を倒したんで、英雄っすよ。英雄! でかい顔出来るしモテモテっす。生きててよかったっす!」



 そういうこと聞いている訳じゃないんだけどな……と思うが、本当に嬉しそうに笑い、泣き真似をしているため、どうしようか悩んでしまう。



「使えないわね。そういうことを聞いているのではないわ」

「うう……相変わらず酷いっすね。アリスさん」



 俺の代わりに言ってくれたのはアリスだ。

 彼女は遺跡の後は必要なこと以外、口を開かなくなった。


 こちらを伺うような視線を感じることはあるが……そのたびにクルスがそれを遮り、何も話すことなく彼女と見つめ合っていることが多い。


 何にせよ、俺達と打ち解けるとかそういう気はないということだけは、間違いなくはっきりしている。



「カリフ様が慌ただしく領主の館に何度も入ってるんすけど、それくらいっすよ」

「なるほどね」



 その返事だけを聞くと、再び彼女は食事を再開する。

 彼女にとって聞きたいことはそれだけだったのだろう。


 ウルクは涙目になりながらも、そこから会話を広げようとしてアリスを口説こうと頑張っているが、彼女はその全てを無視していた。


 高位の水の神官が何度も権力者の下へと足を運ぶ。

 つまり、難航していて全てがホルス達の思惑通りに進んでいるわけではない……と言った所か。


 それともただ単に、条件を受け入れるための打ち合わせをしているのだろうか。

 ある程度は明日聞くことが出来るかもしれない。判断はそれからだ。



「さて……明日か。アリスさんはどうする?」

「クルスを貸して欲しい」



 明日も『リブレイス』の関係者に会う……ということか。

 クルスの方を見ると彼女は大丈夫と少し微笑んで頷いた。



「構わない」

「そう、助かるわ」



 二人とも話をしながらも目を合わさない。

 シーリアとクルスは性格は合わなさそうに見えて、上手くやっていたが……クルスとアリスは合う合わない以前……完全に敵同士……そんな印象を俺は感じていた。



 翌日、クルスは完全に武装してアリスと共に出掛けていった。

 俺とシーリアも準備を整えてウルク達、水の神官の神殿へと向う。


 水の神官の神殿は普通の家ような雰囲気の建物だ。

 貿易都市エールは温暖……というよりは、暑いくらいの気候であるため、風を取り入れるための窓が多い……もっとも、これはこの街の全ての家において共通ではあるが。


 ただ、この周辺の街ではかなりの力を持っていることもあって神殿の規模は大きく、小さな城……とまでは言わないが、大きな館くらいの大きさはあった。


 壁にはローブを身に纏い、掌から水を流している女性の姿の装飾が施されている。

 恐らくこれは想像上の水の神の姿なのだろう。

 壁以外にも屋根に大きな物が飾られていたり、玄関に同じ装飾を施した青銅製の看板が掛かっていた。


 この街には敬虔な信者も多く、住んでいる者は毎週の祈りを欠かさないそうだし、湖で貿易を行う者は訪れた街の水の神の神殿に一番初めに祈りに来るのだそうだ。



「ようこそ。ケイト・アルティア君。君を待っていた」

「入国手続きの手配、有難う御座います」

「何、構わんよ。君なら本来、正規の手段でも問題ないのだから」



 大きな両開きの扉を開き、中を進むとゆったりとした法衣を着た筋骨隆々の巨漢、カリフが和かな笑みを浮かべ、手を広げて俺達を出迎えてくれた。


 その姿は慈愛に満ち、大らかで包容力を感じさせる。

 宗教者として高位に立つ者の風格を彼は持ち合わせていた。


 だからこそ、俺は逆に警戒してしまう。

 別世界での話にはなるが、多くの過去を学んできた自分にとって、宗教というのは最も恐ろしく、力を持つ可能性のあるものだと考えているからだ。


 この世界での事情を完全に知っているわけではないが、頼りすぎることは間違いなく危険ではあるだろう。逆に敵対もしたくはない。


 俺の心情を知ってか知らずか、カリフは静かに微笑み、俺達に付いてくるように促す。

 歩きながらも彼はまるで親しい者へと向ける笑みを俺達に向けていた。



「君達の活躍はウルクから聞いたよ。腕のいい少年だとは思っていたが、まさかあのカイル・アルティアの弟だったとはね。賢兄賢弟とは素晴らしいことだ」

「それほどでは」

「いやいや。数百年誰も倒せなかった『クラストディール』を倒したのだ。誇ってもいい」



 手放しでカリフは褒めるが、素直には喜べない。

 いや、喜んでいるふりをするべきか?


 きっとばれるだろう。俺の下手な演技が通じる相手にはとても見えない。



「今回お呼びになられたのは?」

「く……ははっ! そう固くならなくてもよい。ウルクに対して取っている態度と同じでいいのだよ。君は我が神の信者ではないのだから」

「そういうわけには」



 短くそう答えると、カリフは機嫌良さげに声を上げて笑った。



「若いのにしっかりしている。ウルクにも見習って欲しいものだ」

「彼は優秀です。彼がいなければあれを倒すことは無理でした」



 なるほどなるほど、と彼は頻りに頷く。

 話を続けながら、俺は自分の失敗に気付いていた。


 彼への対応はシーリアに任せ、黙っている方がましだったかもしれないと。



「わしが十五歳の頃はただの荒くれ者でな。見てのとおりのデカい身体を活かして暴れまわっていた無学者だった。ケイト君は冒険者であるのにしっかりと学んでいる」

「はぁ……」

「ウルクが羨ましがるのも無理はない。強く、賢く、若い……それに……」



 圧迫感のある目の前の大男は、にぃっとからかうような笑みを浮かべながら大きく頷く。これまでの宗教家としての笑みとは異なる、人を食った男らしい笑みだった。



「あのラキシス殿の愛娘にも気に入られているようだからな」



 客間についたのだろう。カリフは一つの部屋の前に立ち止まる。

 そうでなくても俺は足を止めただろう。俺はシーリアに名乗らせていないからだ。


 彼は豪快に笑いながら背中を叩く。友人にそうするように。



「ははは! 女性にモテるというのは実に羨ましい。それが美人なら尚更だな!」



 笑顔をなんとか返しながらも握っている拳には汗が流れる。

 交渉を俺に仕掛けるつもりが相手にあるなら、先手を取られたのは間違いない。 


 何らかの意図を持って、カリフは俺に知らせているのだろう。

 急に話に母親の名前を出されたシーリアは高位の神官が母親を知っていたことに驚き、何度も瞬きを繰り返していた。





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