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第十四話 贄の魔法装置




 呆然と呟いた後、シーリアは真剣な表情で魔法装置の構造の確認を始めていた。

 同じ魔術師であるはずのアリスは興味なさそうに、そんなシーリアへ冷めた視線を向けながら黙って様子を見守っている。


 あの球体……石を見たことがある……シーリアはそう言った。

 彼女は魔法装置そのものにも見覚えがあるように見える。何故だろうか。


 声を掛けても気付かないくらいに集中しているため、一段落付くまで待つしかない。

 その間、他に何かないかを探してみたが、この巨大な魔法装置しかこの広間にはなかったため、床に腰を下ろして大人しく結論を待つ。



「シーリア……魔法装置……精霊石?」

「クルス、何か知ってるの?」



 隣でシーリアの様子を一緒に眺めていたクルスが腑に落ちないといった表情で呟いた。

 精霊石……聞いたことがない言葉だが……。


 首を傾げつつも、能力で石を確認する……表示は???のままだ。

 恐らくこの石は別の……何か特別な名前を持っている。



「マリアの昔話。あのエルフとシーリアが出会った時の話を聞いた」

「母さんとそんな話を……いつの間に」



 俺に対して母さんは昔の話を一切しなかった。

 理由はわからない。旅に出ることを望んでいなかったのだと俺は考えている。


 しかし、クルスに対しては色々と話をしているようだ。



「ラキシスが大事件を起こしたらしい」

「大事件?」

「ん……お陰でシーリアは生きてる」

「ええっと……その話の中に『精霊石』って石が出てきたってこと?」



 要点しか話さないクルスに確認を取ると、こくりと頷く。



「上位精霊から預かったからそうラキシスが名付けた」

「想像も付かないな……」



 一体あの人は何をしたのだろう。

 学んだ知識が正しければ上位精霊というのは自然災害クラスのはずだが……。


 頭を悩ませながらシーリアの様子を見ていると、何かアリスに確認を取っている。

 アリスの方はそれに対して、きちんと答えているようだ。


 それで一通り調べ終えたのだろう。

 シーリアが俺達の休んでいる場所へと戻ってきた。


 表情は冴えない。落ち込んでいるわけではなさそうだが。

 何か悩んでいるような……やるせないような……そんな雰囲気があった。



「魔法装置……どうだった?」

「ああ、うん。ピアース式でもディラス式でもない。七百年近く前って言うのは眉唾じゃないわね。とんでもない魔法装置よ……知っているのとは少し違うけど、似ている」



 シーリアの話に興味があるのか兄とホルス、ウルクも彼女の周囲に集まる。

 好奇心に胸を踊らされていそうな三人とは異なり、シーリアは厳しい表情を魔法装置の方に向けていた。



「これは『クラストディール』を召喚し、維持し続けるための魔法装置なの」

「おいおい、そんじゃあの化け物はその装置がある限り復活するってことか?」



 嫌そうに頭を掻いて顔をしかめている兄に、シーリアは首を横に振る。

 これにはアリスを除いて全員がホッとしたような表情を見せた。


 さすがにあんな化物がぽんぽん復活したら敵わない。



「そもそも、理論魔術の召喚魔法は自然をねじ曲げるから、効率が悪くて膨大な魔力を必要とするの。それでも召喚出来るのは小さな魔物……悪魔……というべきかしら……それしか呼べない」

「これは『クラストディール』のような大物を可能にするための装置ってこと?」

「ええ。この装置は術者の魔力を力量以上に増幅させ、維持し、肉体を仮死状態にして保存する機能を持っている。その間の魔力は術者から……ええと、つまり……」



 説明を続けていたシーリアがそこで言葉を途切れさせる。

 言おうか言うまいか迷っている……そんな雰囲気。


 だが、先を続けたのはアリスだった。

 昏い瞳で、淡々と。



「この装置を利用して、自分自身を生贄に『クラストディール』を召喚した。自分の身体を数百年間アレの養分とすることで……これまで維持をしてきたということ」



 話された内容のあまりのおぞましさに全員が表情を変えて押し黙った。

 想像すると、無機質な蠢いているようにみえる広間に張り巡らされた太い配線のような管が、何か悪意を持っているように思え、不気味に見える。


 シーリアの表情が優れなかったのも当然だ。



「その砂が術者の慣れの果て」



 アリスは台座の上に散らばっている白い砂を指す。



「ようするに……だ」



 兄はすぐに立ち直ったのか薄らと笑いながら台座の方にゆっくりと近づいていき、転がっている『精霊石』とクルスが呼んでいた青白い光を放っている石を手に取った。



「こいつはそこまでして、守らなければいけないお宝だったってわけだ」

「カイル兄さん、手に持って大丈夫?」

「熱くないぜ。冷たくもないな。不思議な石だ……それ」



 兄は俺に向かってその石を投げる。

 急なことで慌てたが、何度かお手玉しつつも俺はなんとか落とさずに受け取った。


 本当に熱くない……不思議な石だ。

 両手で包むと辺りは闇で染まり、指の間から溢れる光だけが薄らと辺りを照らす。


 綺麗だ……そう素直に思った。

 これは……この光は……魔力?



「その石は精霊石……お母様……ラキシス様がそう仰っていたのだけど」

「よっぽど重要な物のようだね。ラキシスさんならきっちり管理しているんだろうけど」

「…………も、もちろんよ」



 シーリアの義理の母である落ち着いた大人のエルフの姿を思い出し、安心する。

 何故かクルスが嫌そうな顔をしているが……。


 『湖の民』の口伝が正しいとして、『混乱期』の初期に文字通り命を賭けて封印されたことを考えると、とんでもない物である可能性もある。


 そう、可能性として少ないが……いや……。



「飛躍しすぎか。シーリア、これ自体に危険は?」

「大丈夫よ。何に使うのかはラキシス様にもわからないそうだけど……雪山で急に光り出して、それ以来そのままらしくって……ただ、問題は他にあるわ」



 だから、危険なものではない……彼女はそう言いながらも続ける。



「その石……『精霊石』……どうするの?」

「あー、それなんだがケイト。お前にやるよ」



 兄は俺の肩を叩いて笑う。ホルスの方を確認したが、彼もこの石への興味はないのか……それとも俺に渡すことに意味があるのか平然と立っていた。


 微かにアリスの表情が変わった……気がしたが、気のせいだろうか。

 俺が顔を向けたのを察したのか、彼女はすぐに表情を消す。



「正直、厄介そうだから拒否したいんだけど。カイル兄さん」



 相手が兄なので裏はないのかもしれない。

 だが、俺は遠慮なくストレートに本心を兄に告げる。家族だから。


 しかし、兄はアリスに背中を向けるように立ち、厳しい表情で小さく首を横に振り、小声で囁いた。



「俺の勘だ。信じろ……すまん」

「どうして……」

「なぁ、ホルスもアリスちゃんもいいだろ?」



 俺の問い掛けを無視して、いつもの笑顔で兄は『リブレイス』のメンバーである二人に確認をする。先程の様子だと、アリスへの問い掛けだろう。



「構わないよ。僕達の仕事は『湖の民』を守ることだしね。命懸けの仕事なのに少ない報酬しか渡せなかったし丁度いいよ」



 ホルスは白々しい笑顔を浮かべながら、黙っているアリスの方を向く。



「…………まあ、いいわ。私にはもう必要ない」



 黙って考え込んでいる様子だったアリスは口の端を少しだけ歪めて笑った。

 ゾッとするような憎悪の込もった冷たい笑顔だと思う。


 アリスは小柄だが流れるような金色の美しい髪を持つ美しい少女だ。

 だが、俺には嫌悪感しか感じることが出来ない。


 あまり話をしたこともないのに、偏見だと思う。

 だが、彼女の笑みを見るたびに俺は心を鷲掴みにされるような感触に陥ってしまう。


 もうここに用事はないと、背を向けて入口に歩いていく彼女の背中を見つめながら、何か心の中に釈然としない……もやもやとした名状しがたい気持ちが湧き上がっていた。






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