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第十三話 忘れられた遺跡




 『クラストディール』の死体は湖に浮かんで悪臭を放ち、『湖の民』であるウルクを涙目にさせていたが、しばらく時間が経つと、まるで迷宮の魔物のように発光し、塵になって空気中に拡散していった。


 元から存在しなかったかのように何の痕跡も残さず。



「あちゃー。消えちまった。俺の剣、湖の底かよ」

「曲がってたし、どうせ買い直しだよ。しばらく僕のを使うといいよ」



 あぐらをかいて座りながら兄はぼやき、ホルスが兄の肩を叩いて苦笑いしている。

 そんな風に二人は平然としているが、俺は左舷に背を預けて座りながら、呆然と巨大な魔物が消え去った後を眺めていた。



「……ケイト?」



 余った銛を船内の倉庫に片付けたクルスが俺の隣にちょこんと座り、不思議そうにこちらを見る。心配させてしまったらしい。


 他の仲間は、ホルスからの要請を受けて、ウルクは魔物のせいで近付けなかった建物のある島への移動を始め、シーリアはアリスに先程の魔法について質問責めをして、鬱陶しがられている。



「ああ、倒した証拠が綺麗さっぱり消えてしまったなと」

「ん、カイルが別の証拠を探すため、島に上陸するって」



 膝を抱えながら座っているクルスに、俺は頷く。

 幸い『クラストディール』以外、島に近づくのを邪魔する魔物はいない。


 ホルスならともかく、兄はいい探索の理由が出来たとばかりに喜んでいるだろう。

 それをホルスもアリスも止めないところから考えると予定通りといったところか。


 俺にも好奇心はないわけではないし、証拠の必要性はわかるが、後の厄介事を考えると放置するのが間違いなく正解だと思う。


 証拠というならこうして船でここまで来れるということを見せればいいのだから。

 俺は止めたのだが、多数決に負けてしまっていた。



「ケイト」

「うん?」

「勝てたね。あんなに大きい魔物に。大冒険」



 クルスは大きさを表現するように両手を広げ、無邪気に笑う。

 俺は苦笑いを返しながらも、その笑顔でようやく強敵に勝利し、生き残ったのだという安堵と嬉しさが湧き上がった。



「魔物退治は……一応冒険なのかな。それにしても……」



 心地良い疲労を感じ、漏れでそうな笑いを我慢するように、大きく後ろにもたれて腕を上に挙げて身体をぐっと伸ばす。



「なんとかなるものだね。クルス、いい腕だったよ」

「ケイトはまあまあ」

「まあまあか……厳しいな」

「うん。ずっとまだまだ」



 やれやれと俺は左手で頭を掻く。

 本気で言っているわけではなさそうだ。


 負けず嫌いなのか、それとも他に何か意味があるのか。

 何にせよ言葉遊びを楽しんでいるようにも見える。



「疲れた。肩借りる」



 そして突然、抱えていた足を伸ばし、頭を肩に乗せた。

 クルト村にいた頃から気まぐれで自由な性格だったが、再会してから更にその傾向が強まった気がする。そういうところも嫌いではないが。


 本当に疲れていたのかクルスは直ぐに寝息を立て始める。

 神経を張り詰めていたのかもしれない。


 そう思うと俺も急に目蓋が重くなり、目を瞑る。

 島に着くまで十五分くらいしか掛からないが少しは休めるだろう……と考えながら。



 何百年もの間『クラストディール』のせいで、誰も入ることの出来なかったその小さな島に足を踏み入れると、遠目からでも見える立方体の石のような材質の建物を除き、全く人工物らしきものは見当たらなかった。


 湖岸にうち寄せられている船の残骸らしき木材の破片が、かろうじであるくらいか。


 当然、島に生えている木々は全く手入れされておらず、鬱蒼と茂り、建物に通じる道も無く、虫に刺されながら歩かなければならなかった。


 時折、石で出来た釜戸のようなものが土の中に埋まり、その上に木が生えているなど、時間の経過を感じさせるものも存在している。


 言い伝えのように、この島にも本来は『湖の民』の祖先が住んでいたのかもしれない。



「うう、やっぱり帰ってベッドで寝れば良かった~」

「魔物はいないようだけど……建物の中にもいないことを祈ろう」



 泣き言を言いながら草をかき分け、たまに尻尾を引っ掛けながら歩いているシーリアに少し同情しながら答える。


 こういう植物が多い場所は彼女には向いていないようだ。

 俺やクルスは森に慣れているが、シーリアは街暮らしだから仕方無いのかもしれない。


 そんな小さなトラブルはあったものの島の中央に建っている大きな建物には、それ程時間は掛からず到着した。


 『クラストディール』との戦いの時のアリスの憎悪の表情は気になっていたが、その時だけで、あの後はまた無表情……いや、無関心といった感じか。

 特に変わったことはなかった。見間違えだったのだろうか。


 気にしないことにして、俺は目の前の建物を見上げる。

 建物というよりは遺跡というべきかもしれない。


 数百年経っても崩れることなく存在している、何か石のような素材で出来た建物。


 ツタカズラが表面を這うように生い茂り、周囲は木々で囲まれているが、遺跡そのものは城塞都市カイラルの迷宮と異なり多少風化しているものの、傷は少なく、崩れる心配等はなさそうだ。


 取り敢えず危険も無さそうなため、手分けして入口を探すことに決まり、入口を探しがてら、落ちている遺跡の破片らしきものを拾ってまじまじと見る。



「石じゃないな。何で出来ているんだろう」

「ケイトはそんなの気になるのか?」



 後で調べてみようと小さな袋に石を直した俺に兄は何故か呆れるような表情を向けたが、その理由が理解出来ず、俺は兄に問い返した。



「え、面白くない? 凄い不思議だよ。数百年も崩れず残ってるなんて」

「俺はそんなことより、お宝が気になるぜ。お宝! クルスもそう思うだろ?」



 全く疲れを見せない兄はそう言って明るく笑い、話を振られたクルスの方は考えるような仕草を見せた後、首を横に振る。



「ケイトの話は面白い」

「いやいや、年寄り臭いところは駄目だー! って、クルスも弟の駄目なとこは駄目って、きちっと言わなきゃいけないぜ?」

「今回は必要ない。ケイトの古い物の考察の話は楽しいから。世界が見える」

「世界ねぇ。そういやケイトはそれが旅の目的だったか。学者みたいだな」



 感心するように腰に手をあてて背中を反らせ、ううむと唸る。

 兄の場合は本気で英雄物語みたいな冒険者になるつもりで旅に出て、今も同じ気持ちでいるらしいから、俺と全然違うのは当然だろう。



「入口見つけたよ!」



 別れて探していたホルス達から声が上がり、「おおっ!」と嬉しそうな声を上げて兄は楽しそうに走っていく。



「おい! お前らも急げ急げ! お宝が待ってるぜ」

「カイル兄さん、落ち着きなよ」



 振り返らずに走り去っていった元気な兄の姿に、俺は変わってないな……と、思いながら、クルスと顔を見合わせて笑った。



 遺跡の入口は半分程土に埋もれ、更には草が生い茂ることで隠されていた。

 注意して見なければ見つからなかっただろう。


 論理魔術を得意としている二人は魔力を使い果たしていたため、用意していた松明に火を灯し、俺が先頭になって入っていく。


 入口の向こう側は下り階段になっており、土で足を滑らせないように全員に注意し、慎重に奥へと進んでいった。


 外観から空気の換気は出来ていない気がしたため、気分が悪くなれば即脱出と思っていたが、空気穴がどこかに存在しているのか、苦しくなったりすることは無く、順調だ。


 魔物も能力で確認する限り存在していないようで、罠だけを警戒しながら進んでいくと遺跡内部を大きくくり抜いたような大きな広間へと出た。


 何故広間ということがわかったかというと、松明が必要無い程の明るい光源があったからだ。

 建物の殆どの部分がこの空洞が占めているらしく、かなりの広さで天井も高い



「中央で何か光っているね」



 広間には配線のような太いチューブ状のものが無数に張り巡らされており、まるで生物の身体の中のような印象を受ける。


 その中央に人が一人眠れるくらいの大きさの台座が設置されており、光源らしき子供でも握り締められそうな小さい珠……球体が強く青白い光を放っていた。


 台座の周囲には砂のようなものが散らばっているが、それだけで外には何もないようだ。



「魔法装置」

「こんな大きなの初めてみたわね。冒険者になって良かった……って……これ……!」



 驚きの声を上げたシーリアは輝いている球体に近付き、屈んでそれを確認する。

 やがて彼女は立ち上がり、俺達に呆然とした表情を向けた。



「間違いない。これ……見たことある……」






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