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第十一話 湖上の戦い 前編




 『クラストディール』を中心に、一定の距離を保ちながら船を動かし、アリスの能力で相手が湖面から出た瞬間を狙い、クルスがバリスタを打ち込む。


 何度もそれを繰り返し続けているが、一向に倒せる気配はない。

 たが、湖面を染めている赤い血液が攻撃は無駄ではなく、有効に効いているのだということを俺達に教えてくれていた。


 ただ、その山のような巨体にどれほどのダメージがあるかはわからなかったが。

 それに完全に動きを止めきれているわけではなく、相手は無数の触手を振り回し続けており、それを避けるために思い切って近づくことは出来ていない。


 あれに一度つかまれば転覆は避けられないだろう。

 それくらいに一本一本が太い。



「アリス、大丈夫?」

「心配ない。抵抗は激しいが……捕まえている」



 彼女の身体も熱がこもり、じっとりと汗が服を濡らし始めている。

 体力の消費はかなり大きそうだ。


 『捕まえている』というのは、彼女の能力の性質に関わっているのだろうか。

 当初の説明である『動きを止める』だけでなく、ある程度思惑通りに動かすこともできるようだ。


 彼女の能力である『心の蔓』……サイラスの能力がそうであったように、強力な能力なのかもしれない。山のような大きさを誇る『クラストディール』ですら捕まえるのだから。

 人間であればどうなるのだろうか。



「準備完了!」



 兄の声が響き、それに併せてアリスがグッと身体に力を入れて能力を強める。

 一方の『クラストディール』の方も無抵抗ではない。


 動きを殆ど止められながらも巨大な甲羅の下にある無数の触手のような腕をこちらに向け、圧縮された水をまるでホースのように連続で飛ばし続けている。


 幸い狙いは悪く、船には命中はしていないが水を叩く音の大きさと水飛沫から考えて、直撃すればただではすまないだろう。運悪く船に命中しそうなものは、ホルスが精霊魔法で水の精霊を呼び出して、なんとか逸らし続けていた。


 決め手がない。確実に仕留めるための決め手が……。



「くぅ~! 私の魔法じゃ表面を焦がすだけね」

「威力のある魔法は?」

「倒れるくらい魔力を込めてもあれ相手には微妙ね」



 悔しそうにシーリアは膝を付き、杖を持っていない手で船の取っ手を掴みながら『クラストディール』の方を睨みつける。自分の不甲斐なさを責めるように唇を噛みながら。



「獣人。役に立たないなら後ろの変態と変わりなさい。ダメージは蓄積して、もう甲羅は湖面から出ている。後はこいつに弓で狙わせたほうがいい……目を」



 アリスから役立たず呼ばわりされたシーリアは一瞬、怒りで眼を見開いたが、不機嫌そうにだが頷いて、俺の矢筒を手に取った。


 何故矢筒を? と疑問に思ったが、理由をアリスはわかっているのか、それとも交代をしないのが嫌なのか「ちっ……」と舌打ちを鳴らす。



「待ちなさい。矢じりに命中した後、爆発するように細工をするから」

「なんか、危なそうな魔法だなあ」

「使わないのは湖に捨ててよ? 矢筒にも入れたら駄目よ?」



 苦笑しながらシーリアは杖を振り、一本一本に魔力を込めていく。

 残っている魔力を全て使おうとしているのか、矢じりから漏れた魔力が淡く光るほどに込められていた。


 彼女が魔法を使い終えると、俺はシーリアにアリスの小さな身体を託し、位置を変わって立ち上がり弓を構える。腕には飛ばされないように縄を巻いており、足元は大きく揺れている上に狭く、不安定だ。


 だが、相手の距離は近い上に大きい。目を狙うのは不可能じゃない。

 森では似たような条件で小動物の狩りもしていたのだ。


 相手は動くが俊敏という程ではない。



「ケイトの弓って実際どんなものなの?」



 自分の役目は終わったとばかりに、シーリアは気楽な様子で俺に問いかける。

 俺は矢を放つ機を伺いながら、後ろは振り返らずに答えた。自信を持って。



「弓なら……ここにいる誰よりも上だよ」

「クルスが聞いてたら怒りそうだね。僕は否定しないけど」

「負けず嫌いだからね。クルスは」

「君もね」



 ホルスは相手の方を向いて複数の水の精霊に細かく操り続け、命中しそうな相手の攻撃だけを、最小の動きで逸らしながら笑う。

 彼の魔法の技術は相当訓練したのか俺よりも上だが、それでもこの数を集中しながら操作するのは大変なのか表情は硬い。だが、どこか楽しげだった。


 俺は頷いて、弦を引き絞り『クラストディール』の顔が湖面から上がり、眼を狙うことが出来る瞬間を待ち続ける。


 『クラストディール』の悲鳴のような絶叫も、波の音も、風を切る音も……全ての音が消えていく。顔の近くにウォーターブレスが飛んできたが、ホルスが守ってくれる。


 冷たい大量の水飛沫が顔に掛かる。だが、俺は気にせず狙い続ける。

 師匠のガイさんはよく言っていた。


 狙撃に必要なのは才能ではなく、集中力と機を待ち続ける忍耐だと。


 そして、相手を絶対に仕留めるという鉄の意思。

 それを支える無限とも思える幼少からの練習。


 バシャァァ! と大きく水飛沫を上げて尖った頭を水面から出した瞬間、一射目を射る。

 矢は相手の右目の少し上に命中し、数秒を置いて爆発を起こした。



「あ……惜しいっ!」

「違うよ。今のは次の狙いのための試し撃ち」



 悔しげな声を上げたシーリアに答えながら、俺は二射目を番える。

 予想以上に狙いに近い場所に飛んだ。これなら行ける。


 今ので大体の感覚は掴んだ。


 ……次は外さない。


 狙いを定めている間にも激しい攻防が繰り広げられているが、気にしない。

 それは風景のようなものだ。


 弦を引く。



「ラアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」



 甲高い叫び声。音域が高いのだろう。

 耳が痛む……。



「……!」



 『クラストディール』と目が合った気がした。

 その瞬間、全力で引き絞った矢を放つ。



「……よし」



 狙い違わず一射目よりも僅かに下、右目の中央を打ち抜き、爆散させた。


 右目があった場所は抉れ、完全に失われている。

 どの程度、相手が目に頼っているかはわからないが、使い物にはならないだろう。


 シーリアとホルスの歓声を聞きながら、俺は小さく息を吐いた。

 だが、まだだ。



「左目が残っている」



 アリスの冷静な声に俺は気を抜かないよう、歯を食いしばって頷く。

 左目は右目よりも歯に近く、湖面に隠れやすいため更に狙いが難しい。


 それに……これも決め手にはならなそうだ。

 『クラストディール』の攻撃は適当に放ったとしても、運が悪ければ俺達に致命傷を与えるだろう。それを止めるには、倒すしかない。その方法が思いつかない。



「この魔法をバリスタに使っておけば……」



 矢を持って少しだけ考えていた俺に、アリスは小馬鹿にするような笑みを向けた。



「頭が固い男ね。さっさと左目を潰しなさい」

「……何か手が?」

「お前本当に『呪い付き』? 頭の中までアナログになっているのね」



 低く喉を鳴らして暗い笑みを浮かべるアリスは、心の底から軽蔑するようにそう吐き捨てる。しかし、何故か表情には余裕が無いように俺には思えた。


 恐怖ではない……何か。焦り?



「ケイト! 残る左目も頼んだわよ!」

「そうだね」



 何にせよ、自分に今出来ることは一つだけだ。

 残る左目を潰す。


 俺は再び無心になり、弦を引き絞った。





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