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第十話 戦闘準備



 それから三日間、俺達は船上で闘えるように訓練し、船に備え付けられている武器の扱いを習熟させていく。


 『湖の民』の族長、ハーグはホルスの提案を内心はどうあれ受け入れる判断を下していた。

 但し、『リブレイス』の予想通りに事が運ばない場合には、自らの判断で行動を起こすことをホルスに説明している。ディラス帝国の工作は失敗の確率が高いと踏んでいるのかもしれない。


 どう情勢が転ぶにしろ、『クラストディール』は倒さねばならない。

 そう、動きを止めることに成功しても、倒さなくては意味がないのだ。


 話を聞く限り剣や銛だけで倒せる相手ではない。

 そこで出番となるのが船に固定された巨大な弩……バリスタだ。


 本来、これは専用の銛の先に油を浸した燃えやすい布を巻きつけ、敵の船を燃やすことを目的とした軍船の基本装備である。


 今回はこれを主武器にすることに決めていた。


 弦を貼るために巨大なハンドルを回さなくてはならないため、かなりの労力を必要とするが、威力の方は期待が出来る。



「さて……どうだ? ケイト」

「まだだよ。カイル兄さん。ウルク、そのまま危険水域に入らずにゆっくり廻って」



 俺はウルクに指示を続けながら、バリスタのハンドルの近くにどかっと座っている兄に、探知の能力で湖の様子を確認しながら答える。

 射手として兄の側にいるクルスの表情も心無しか硬い。


 他の仲間達の表情も緊張で強ばっている。いつもと変わらないのは俺の隣に普段通りの無表情で立っているアリスくらいか。



 ホルスとシーリアは網と魔力石を準備して船尾に座っている。

 彼等の役目は『クラストディール』を発見した際に、先日俺とクルスが何に使うか理解できなかった装置に魔力石を設置するのと、俺達を追う相手に網を投げつけることだ。


 船尾の装置は動力の補助のための魔法装置らしく、これを動かすことにより船自体に推進力を持たせることが出来るらしい。

 ただ、それだけで船を動かすには推進力が足りない上に燃費が最悪なため、あくまで船を引っ張るレイクホエール達の補助に利用されているようだ。


 計画では『クラストディール』の縄張りのギリギリの水域をゆっくり周回し、俺の探知範囲に入ったら、相手の速度を確認しながら徐々に距離を詰めさせ、アリスの能力の範囲内まで誘き寄せることになっていた。


 そこからは俺もアリスも船尾に移動し、『クラストディール』の方向を俺が指差すことで、アリスの能力の発動を助け、相手の動きが止まり、可能であれば俺も弓で攻撃に参加する。


 問題は色々と山積みだが……うまくいくことを信じるしかない。



 しばらく無言の時間が続き、風を切る音と船が作る湖の波の音だけが辺りには響く。

 三十分程、そうして周辺を回り……。


 俺は湖の中に見たこともないくらい巨大な生物の姿を捉えていた。

 こちらには気付いているのか気付いていないのか……危険水域の中を悠然と泳いでいる。


 目撃証言は大袈裟ではなかった。まるで小さな山。

 ……倒せるのか? いや、ここまで来れば出来ることをやるしかない。



「見つけた。『クラストディール』! 左……距離80!」



 俺の大声で全員がびくりと身体を震わす。

 敵のいる方角を指差している俺をウルクはちらりと確認し、相手との距離に注意しながら危険水域にゆっくりと移動していく。


 俺は必死になって距離と位置を知らせていたが、何度も訓練をしてきたにも関わらず、心は重圧で押し潰されそうになっていた。


 そして……湖の巨大な魔物は俺達の存在に気が付いた。


 水面から俺達を確認するように頭を出す。遠く離れていてもその姿は容易に確認できる。

 硬そうな尖った頭、左右歪んだ位置に付いた黒々とした大きな目、サメのように尖った歯……とてもこの世の生物とは思えない。


 恐怖で引き攣りそうになったとき、兄は立ち上がり声を上げて明るく笑いだした。



「うはははっ! でけえっ! おいっ……でかすぎだろ!」

「カイル兄さん……?」



 兄はそんな巨大で醜悪な魔物を見ても楽しそうな声を上げ、恐怖など微塵も感じていない様子で立ち上がる。目には茶目っ気に溢れた力強い光が点っていた。



「よっしゃ! 今日は晩飯は『クラストディール』の丸焼きだっ!」

「あんなの食べたくないよ」



 全員が苦笑しながら頷く。だが、緊張は少しそれで解れる。

 俺は『クラストディール』の手の内を調べるために眼を凝らした。


 相手の使う技能を俺は知ることが出来る。これは兄達には話していないが使うしかないだろう。俺も死にたくはない。バレなければ一番だが。


 『クラストディール』が使っている技能で特殊そうなのは、『音波』と『ウォーターブレス』。ウォーターブレスは何と無く想像できるが音波……?


 一瞬考えたが、相手との距離を把握し続けることにより、俺は直ぐにその正体に気付く。

 相手の速度の割に、予定より相手が近付き過ぎている!



「ウルクっ! 船のスピード落ちてる! 『声』だ!」

「え……、そうか! ────っ! これが逃げられない正体っすか……」



 ウルクが何事かを四匹のレイクホエール達に語りかけると、相手との距離が残り50mのところで近付くのが止まり、一定の距離を保つようになった。


 彼は紐の操作を真剣な表情で行いながら呟く。額には青い髪がべったりと張り付いていた。



「声に惑わされず、紐の命令だけを信じるように指示したっす。『クラストディール』は音で彼等を惑わしていたらしいっす……他の人は気付かなかったんすね」



 近付いた獲物を捕まえるために、まず、レイクホエールを混乱させ、動きを止めたところで止めを指す。それが『クラストディール』の狩りなのだろう。


 だから、出会ってから逃げ切った……という事例が存在しないのだ。

 船はレイクホエール無しでは動くことすら出来ないのだから。


 こめかみに汗が流れるのを感じ、腕で拭う。

 そんな俺達のやり取りを俺の隣に立っているアリスは興味無さ気に聞いていたが、光のない蒼い瞳を俺に向け、船尾の方を指差した。



「そろそろ行くわ」

「俺も手伝うけど……気を付けて」



 頷いてアリスに答えると、彼女は少しだけ眉を寄せて俺を見上げる。



「お前は馬鹿だろう。敵相手に」

「今は仲間だよ」

「偽善者が。まあいい。能力使用中の身体は頼む」



 彼女はそう言い捨てて、身軽な動作で船尾に向かって駆けていく。俺も彼女の後ろを追いかけ、クルスとシーリアが網を投げるために待機している船尾へと向かった。


 網をつかんで座っているホルスは微笑んでいるが……これは強がりだろう。シーリアの方は気負ってはいるが怯えている様子はない。耳をピンと立てて、湖を凝視している。


 狩りの本能が疼いているのだろうか。



「ケイト。作戦開始?」

「余裕そうだね。シーリアは」

「当然! ゲイルスタッドの名を持つ者は、どんなに強い相手でも華麗に倒すのよ」



 にぃっと、悪戯好きな少年のように彼女は笑う。

 今日の戦いは華麗とは程遠い物にはなりそう……だけど、少し元気は出た。


 俺はウルクに指示を飛ばす。同時にホルスとシーリアにも網を用意するように声を掛け、俺は相手との距離を真剣に計り続ける。



「徐々に減速! 45!……40……35!……30!……25! 網投下!」

「私の出番ね。これほどの巨体に効くのかしら」



 俺が指し示す方向にアリスは視線を向けながら、怖いことをさらりと呟く。

 彼女の能力は速攻で動きを止めるものではなく、徐々に相手の自由を奪っていくものであるらしい。能力は……発動しているようだ。


 能力が発動すると動けない彼女の身体を俺は後ろから抱えるように支える。



「嫌な奴ね。男相手なのに嫌悪感が湧かない」



 かろうじで動かせる頭で『クラストディール』を視線で追いながら、彼女は聞こえるか聞こえないかわからないくらいの苛立つような声を上げる。


 意味を聞き返す余裕はない。俺は油断せずに相手の位置を示し、ウルクに声を掛けるために叫び続ける。

 『クラストディール』の速度が落ちてきているために、その都度修正が必要になるのだ。



「捕まえた。抑え込む……行ける……持たせる……」

「速度を上げながら旋回! 『クラストディール』への反撃を開始する!」



 全員が飛ばされないようにしっかりと船に捕まる。

 俺もアリスを抱える手に力を込めながら、船に付けておいた縄を腕に巻き身体を固定させ、もう片方の手で敵の位置を示し続けた。



「私も今度そうやって支えてもらいたいわね」



 杖を持ち、片膝をついて体が慣れるまで屈みながらシーリアが不敵に笑う。

 軽口に俺とホルスが苦笑いし、アリスが小声で「馬鹿」と呟く。



「距離20!」

「顔を出させる……やはり……手強い……」

「バリスタ構え!」



 能力使用の負担か、彼女の表情には早くも疲労が見える。

 彼女の能力が使えなくなった時には、倒しておきたいところだ。



「やぁっと出番か。クルス! しっかり狙えよ?」

「言われるまでもない」



 兄の元気な声と、クルスの面倒そうな声が聞こえ……ガァァン! と重いものを叩きつけるような音と共に矢が放たれ……湖面から顔を出した『クラストディール』に命中する。


 湖を震わせる、声無き絶叫と共に……俺達と湖の番人『クラストディール』の戦いは幕を開けた。

 だが、相手の身体の巨大さに比して、バリスタの銛は余りにも小さい。


 絶望に飲まれそうになりながらも、俺は最善の行動を取り続けるために、相手の動きを知らせ、作戦を遂行するための指示を出し続けていた。





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