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第九話 嘘と真




 『クラストディール』……誰もが畏れる湖の魔物。

 口伝によると、その名前は番人を意味しているという。


 その姿が初めて確認されたのは七百年前。

 今もなお生き延びているこの魔物は突如姿を現した。



「七百年前……『混乱期』の初期くらいね」



 口伝を教えてもらいながら、シーリアが俺達に時代背景の解説を入れる。

 師匠であるジンさんの講義や読んだ本の内容から俺もそういうものがあったということは知っているが、具体的な内容までは知らない。


 シーリアは学院でこのような歴史も学んでおり、俺よりも遥かに詳細な知識を持っていた。



「ああ、ごめん、『混乱期』っていうのはね……」



 そんな彼女の説明によると七百年前辺りは、その前に起こった『全滅戦争』と呼ばれる世界規模の大戦争が終わり、殆どの国が崩壊した暗黒の時代であるそうだ。


 『全滅戦争』の原因は様々な議論が為されているが、戦争とその後の混乱のせいで資料が散逸し、何故このようなことが起こったのか原因はわかっていない。

 その戦争自体は何十年かで収束したがその後百年以上の間、小勢力が血で血を争う『混乱期』へと突入することになる。


 『クラストディール』が姿を現したのはそんな時代らしい。

 口伝によると旅の者が、当時は『湖の民』が住んでいた島の一つを貰い受け、『クラストディール』を放ち、その代償として真珠の知識を伝えたそうだ。


 旅の者の目的は伝えられていない。

 恐ろしい魔法の研究を行なっていたとも、大事な宝を隠したとも、誰も寄せ付けずに隠棲するため、そうしたのだとも言われている。


 その『クラストディール』の姿だが、目撃者の話を聞いても想像は難しい。

 

 目撃者は他の船が襲われているのを偶然見てしまったらしい。

 湖中央部への深入りに気付いたその『湖の民』の漁師は当然逃げたそうだが、その時の恐怖を震えながら説明してくれた。


 『クラストディール』は大きめの船と同じくらいの甲羅を持つ生き物で、尖った頭で船を串刺しにした後、触手の様な手で船を解体しながら船上の人間を貪っていたそうだ。


 彼等が見たのもその船が捕まったところからで、どの程度の速度で捕まったのかわからないと言っていた。



「最悪のパターンは免れた」



 その話を聞いた後、アリスは顔色一つ変えずにそう呟く。

 彼女の能力は一体が対象であるらしく、『クラストディール』が単体ではなく、群れの総称であった場合には彼女は無力となるからだろう。



「魚ではない。亀……でもなさそう」

「ま、当日になれば嫌でもわかるって」



 眉を寄せながら悩んでいるクルスに、軽い調子で兄が笑いかける。

 確かに目撃者が他にいない以上は後は実際に自分の目で確かめるしかない。近付いて様子だけ見て逃げるという手もあるが、リスクが高い。


 相手の姿を一度よく確認するにしても、闘う、逃げる、どちらも選べるよう訓練を積んでおかなければならなそうだ。

 俺は漁師に描いてもらった絵を見ながら、そんな風に考えていた。



 その日の夜、俺はホルスに声を掛け、二人で館の外を歩いていた。

 クルスとシーリアには今回はついて来ないように頼んでいる。二人でなければ話しにくいこともあるからだ。


 淡い月の光が丘の下に広がる湖を微かに青く染めている。

 岩に座り、眺めるその光景は美しいのだが……。



「こういう場所にはクルスやシーリアさんを呼ぶべきじゃないかい?」

「……俺もそう思う」



 隣に座ったホルスがからかうように笑い、俺も苦笑いを返す。

 だが、すぐに気を引き締める。



「ホルス。お前何を考えてる……いや、違うな……何故嘘を吐く?」

「遺跡の話かい?」



 遺跡が『ただの墓』というのは明確に嘘だ。これについては『湖の民』の族長も気付いているのは間違いない。ホルスとてそれはわかっている。

 恐らくあれは『対外的にはそうする』という意思表示だ。


 まあ、その辺りはいい。おかしいのはそこじゃない。

 俺にとってはもっと深刻な嘘だ。



「カイル兄さんに……だよ」

「僕はカイルに何も嘘は吐いていないよ」



 ホルスは平然とそう言い切る。

 にやついた顔を殴りたくなる衝動に駆られるが、大きく深呼吸して俺は気を沈めた。



「カイル兄さんは俺達のことは知っていても、クルト村の襲撃は知らない」

「どうしてそう思うんだい?」

「俺がカイル兄さんと何年一緒に住んでいたと思う? カイル兄さんは過保護なんだよ。無事がわかっていてもエリー姉さんの心配をしないわけがないんだ」



 つまりはそういうことだ。再会してから兄は自然だった。

 自然過ぎたと言ってもいい。



「それなのに、あれから一度もカイル兄さんが村の話に触れることがない。俺の怪我の心配は何度もしてきたのに」



 あの時、俺の言葉も兄の言葉も遮り、ホルスはサイラルの話を先に出した。

 恐らく、クルト村の襲撃について話をさせないためだったと見当を付けたのだ。


 俺の推測を聞いたホルスはなるほど、と一つ頷いて答える。



「嘘は吐いてないよ。今は伝えるべきではないと判断したんだ」

「何故?」

「カイルが危ないから。その判断は正解だったよ」



 ホルスは頭を掻いて溜息を吐き、夜空を見る。



「カイルは君のことを信じていたから、俺の説得で平静な振りをすることが出来たけど、村の事を知っていたら、あいつを殺そうとしただろうからね」

「……あいつ?」

「アリスやサイラルの上司……ジューダス・レイト。とんでもない化物だよ」



 忌々しそうにホルスは言い捨てる。

 どうも本心から嫌っているように俺には見えた。


 彼の口振りから、返り討ちに遭うから……ということだろうか。

 サイラルの能力、アリスの能力を考えれば……『呪い付き』達をもし、まとめているのだとすれば確かに勝ち目はないかもしれない。



「『リブレイス』も一枚岩じゃない。と、いうことか」

「否定はしないよ。ただ、カイルを僕が裏切ることはない。カイルは……」



 ホルスは言葉を切り、正面を向いて笑みを作る。



「カイルは今のままでいい。彼には明るいところを歩いてもらう。それでいい」

「そんなことが出来ると思っているのか?」



 純粋な疑問だった。ホルスは俺よりは年上だが、まだ若い。

 色んな利害、悪意の満ちた場所で果たしてそんなことが可能なのだろうか。


 しかし、ホルスは表情を変えずに頷く。



「やるさ。それが僕の役割だからね……ケイトにも手伝って欲しいんだけど」

「俺にとってはどんな理由があるにしろ、『リブレイス』は敵だよ」



 だろうね……と、ホルスは小さく呟く。

 彼の横顔は少しだけ寂しそうにも見えた。


 カイル兄さんは心配だが、どうしようもない。ままならないものだと思う。

 俺は冷たいのだろうか。



「ま、とりあえずは目先の『クラストディール』か……勝てるのかよ。本当に」

「ケイト……怖いのかい?」



 俺は話を変えようとして……嘘や真実などよりも、余程危険な相手がいることを思い出し力無く笑う。そんな俺にホルスは落ち着いた表情で問い掛けた。

 からかっている様子はない……だから、正直に言った。



「怖いな。一昨日も昨日も震えて眠れなかった」

「奇遇だね……僕もさ。女の子達は平然としているのにね」



 そう言ってホルスは笑う。邪気のない、そんな笑いだった。

 笑いが吹き出しそうになるのを俺も噛み殺す。



「俺をそんな博打みたいな作戦に巻き込んだのか」

「君は巻き込まないと後で怒るだろう」



 思いもしないことを言われ、思わずホルスをまじまじと見る。

 彼はわかってないのか……と呟き、両手の平を上に向けた。



「今度クルスに聞いてみなよ。絶対僕が正しいって言うよ」



 そうだろうか。俺は理解できずに首を傾げる。

 自分のことを俺は理解しているつもりだったが、他人からしかわからないこともあるということだろうか。困惑し、なんとなく左手で頭を掻いた。


 話は終わったと判断したのだろう。ホルスは立ち上がって屋敷に帰ろうとして……ふと、思い出したようにこちらを向く。


 彼の表情には……複雑なものが混ざり合っているように俺には思える。

 彼は言いにくいことを言うべきかどうか迷っている風だったが、しばらくして口を開いた。



「ケイト。もし、僕がカイルを道具として扱い……利用し、私欲に狂ってしまったら……誰でもない、君が僕を止めて欲しい」



 冗談めいた口調だった。だが、何故かそうは聞こえない。

 俺はしばらく彼を見つめ……頷いた。



「……わかった。昔みたいに殴って正気に戻すよ」



 ホルスは何も答えずに小さく笑い、手を上げて屋敷へと戻って行く。

 俺は何故かすぐに帰る気にはなれず、月に照らされる湖を眺めながら、夜遅くまで考えに耽っていた。





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