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第八話 湖の民



 丸一日の船旅を経て、俺達は『湖の民』が住処としている群島に到着した。


 ウルクの話ではこの辺りはそれぞれ手漕ぎの小舟で移動できる程度の距離に幾つもの島が密集しており、それぞれの島に『湖の民』が住んでいるそうだ。


 エーリディ湖の中でもこの一帯は一風変わっており、この島周辺の湖の底にしか生えない青い草が群生している。

 そのお陰で群島周辺の湖は青く染め上げられており、湖の他の場所とは一風変わった雰囲気を醸し出していた。



「僕達『湖の民』の髪の色が青いのは、エーリディ湖に祝福されたからって言われてるんすよ。神様が湖の中央であるこの周辺の湖の色と同じにしてくれたんす」



 少し照れたようにはにかみながら彼は説明し、笑う。

 不思議な光景だった。


 この島に来るまで、エーリディ湖は透明度は高いが普通の水草しか生えていない様子だったのに、ある場所を境に急に光景が変わったのだ。



「湖にも空があるみたい」

「本当ね。どうやったらこんなのになるのかしら」



 クルスやシーリアも船から身を乗り出して、不思議そうに湖面を眺めている。



「ふふふーそれだけじゃないんすよ!」

「春になると、桃色の花も咲くそうだよ。さぞかし幻想的だろうね」



 彼女達と並んで湖を見ていた俺の肩をホルスが説明を入れながら叩く。

 一番の自慢を邪魔されたウルクは涙目でホルスを睨んでいたが、彼は気にする様子もなく、何時ものように微笑んでいた。



「『湖の民』の島に行く前にもう一度訓練をするよ。昼過ぎには上陸する予定だけど」

「了解。大分慣れたけど、ホルスを叩きのめすにはもう少し時間が掛かりそうだよ」

「折角優位に立ってるんだ。ケイトにはもう永遠に負ける気はないね」



 そう言って俺とホルスは子供の頃のように軽口を叩き合う。


 俺達は船に乗ってる間、練習用の剣を使って船上での戦いの訓練を積んでいた。

 船上では陸と異なり、狭い場所かつ不安定な足場でどう戦うかが重要となる。


 兄ともホルスとも俺は練習で剣を合わせたが、現時点でホルスは俺を上回っていそうだったし、兄には勝てる気がしなかった。

 クルスの方もホルスにはかろうじで勝っていたが、兄には負けていた。


 冒険者としての年月と潜った修羅場の数の差だろうか。

 俺達の間には技術の差は無かったが大きなレベルの差が存在していた。



「湖賊でも襲いかかってくれりゃ、ケイト達のいい訓練になんのになぁ」



 練習用の木刀を用意してくれていた兄がそう言って豪快に笑う。

 そんな兄から木刀を受取りながらホルスは苦笑いして肩を竦めた。



「カイル。湖賊相手だと魔法と遠距離攻撃で一方的に叩いて終わるから同じだよ」

「湖の掃除くらいにしかなんねーか」



 物騒な会話をしているが二人とも気負った様子はない。日常のことなのだろう。

 人であろうと敵対すれば倒すことは彼等にとって当たり前なのかもしれない。



 訓練で流した汗を湖の水を利用して洗い流して小ざっぱりした後、俺達は予定通りに昼過ぎに群島の中でも一番大きな島へと上陸した。


 この島に寄ったのは、当面の拠点をこの島で用意するのと、この島に住む『湖の民』の族長から『クラストディール』に関する情報を得るためだ。


 姿を見たものは全て湖の底に沈めていると言われているが、生存者が全くいないとも思えない。旧くからここを拠点としている『湖の民』なら何かを知っているかもしれないと思ってのことである。


 それなりに整備された小さな港に船を係留し、道伝いにゆるやかな丘を登って行くと、そこは小さな畑や何軒もの家が立っている集落になっており、一番高い場所に他の家よりも一回り大きな屋敷が立っていた。


 先に屋敷に入って族長との面会の許可を取ってきてくれたウルクの案内を受け、屋敷の中を俺達は歩いていく。


 内装は石と土、そして木材で作られており、ピアース王国の建築様式に近い。最も、他の国の建物はまだ見たことがないのだが。

 調度品は見たことのない芸術品も多く、三国入り混じっているような感じか。


 そんなことを考えながらウルクの後ろを歩いていると、彼は大きめの扉の前で立ち止まり、ノックをした。どうやらここで待っているようだ。


 『湖の民』の族長は中から太く低い、だが大きな声で俺達に入るように指示した。

 どうやらこの部屋は応接用の部屋らしく、繊細な細工が施されたテーブルとそれを囲むように椅子が置かれている。


 『湖の民』の族長であるくすんだ青い髪の筋肉質な初老の男は俺達を見ると椅子から立ちあがり、席を進めてくれた。



「よく来られた。『リブレイス』の方。儂が『湖の民』の族長、ハーグ・エルドリアだ」



 族長の印象は鋭い眼を持った戦士……というところだろうか。

 頭は下げているがそれでも威圧感を感じる。歓迎しているように見えて、どこか警戒している……一筋縄ではいかない喰えなさを持っているように俺には思えた。


 席に着くと、こちら側の代表として、ホルスが自己紹介し彼がディラス帝国と交渉した内容を一つ一つ説明していく。


 要約すると、ディラス帝国に湖賊行為を働いていたのは『湖の民』ではなく、湖の遺跡を守る魔物『クラストディール』であり、身の潔白を証明するためにこれを討伐するということだ。


 この説明を聞いた、族長のハーグは顔をしかめる。



「ディラス帝国は儂達を信じるか?」

「帝国も一枚岩ではありません。ご存知の通り主要二港のうち一港は『リブレイス』に賛同する貴族ですし、さらに高位の貴族にも仲裁に動いて頂いております」



 ホルスは自信に満ちた表情で、ハーグに説明していく。

 俺はホルスの説明に明確には説明できない小さな違和感を感じていた。



「ディラス帝国とて二正面作戦を行う国力は無く、経済上もこの問題の早期解決を望んでいます。こちらの提案を断ることはないでしょう」

「果たしてそう上手くいくかな」



 ハーグは難しい表情を崩さずに、真っ直ぐホルスを見据える。



「『クラストディール』を仮に倒せたとしよう。その後はどうなる。遺跡を巡って、新たな争いが引き起こされるのではないか?」

「それなら心配はいりません。『クラストディール』討伐の功績はディラス帝国にくれてやることにはなりますが……」



 落ち着いた様子でホルスはその質問を受け、用意していたらしい資料を彼に渡す。

 そこには、何故か書類の他に白黒の写真のような物も混ざっていた。



「古文書等、長寿の種族の記憶、『呪い付き』による遠方からの調査により、あの建築物は遺跡ではなく、ただの墓所であると推測されています。ディラス帝国としては、この建築物を遺跡と主張し、協定の再締結の帝国側の譲歩としてこの遺跡の共同調査を提案する予定です」

「ふむ……だが、実際はどうかわかるまい」



 資料に眼を通しながら、ハーグは疑いの視線をホルスに向け続けている。

 だが、威圧感の込もったその視線をホルスは軽く受け流し、右手の指を擦り合わせ、にぃっと口の端を歪めるような笑みを浮かべた。



「はい。ですからこの件に関する情報をピアース、ヴェイス両国の水の神の神官に伝えたのです」

「どういうことだ?」



 彼はテーブルに指を置き、三角形を描く。三国を示しているのだろう。

 そして、ディラス王国の方角に×印を作った。



「約束を反故にした場合、二国を焚きつけてディラス帝国の水軍を潰す……もしくは威圧します。簡単です。魔力石の取れる可能性がある重要な遺跡なのだと説明すればいいのですから」

「なっ……それでは三国協定がっ!」

「我々が守るのは協定ではありません。『湖の民』です。勿論現在の形を維持するために全力は尽くします……が、一時耐え忍ぶことも必要になるかもしれません」



 表情を引き締めて、ホルスは情勢は厳しいと……そう告げる。

 『リブレイス』はディラス帝国の貴族と深く結びついているようだが、どういう立ち位置にあるのだろうか。何にせよホルスの言葉は額面通りに受け取らない方が良さそうだ。


 俺達としての身の置き方を考えておかなければ、抜け出せなくなるかもしれない。



「それで……『クラストディール』は倒しても問題ないですか?」



 船での移動中にウルクに確認したところ、沿岸部では信仰のようなものは見られるものの長距離の移動を行う者達に取っては明確な敵であり、倒す事そのものには問題は無いそうだった。


 ホルスが聞いているのは、彼の案通りに進めても大丈夫か……ということだろう。



「一日考えさせてもらおう」

「……わかりました。それでは、『クラストディール』の姿を目撃した者がいましたら教えてください。それと、この『湖の民』に伝わる口伝に詳しい者も出来れば」

「そちらに関しては直ぐに準備しよう」



 ホルスは立ち上がって神妙な表情で頭を下げ、同じく人を呼ぶために立ち上がったハーグに付いていき、俺達もホルスの後ろを付いて歩く。



「ホルスは何か企んでる。あの癖。間違いない」



 他の者に聞こえないよう、耳元でクルスが囁き俺も同意するように小さく頷いた。

 あいつにはあいつの立場があるのだろうが……俺は俺の仲間を守るために行動する。ホルスの背中を見つめながら、俺は改めてそう決意した。





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