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第六話 一時の休息




 兄からの依頼を引き受けた後、結局俺達は酒場で一晩泊まることになった。


 割れた酒瓶と薙ぎ倒されたテーブルと椅子、そんな荒れた店内で起きた俺は頭を掻きながら、この酷い状況を作り上げて元凶の穏やかな寝顔を確認する。



「クルスに酒は二度と飲ませない」



 自分に言い聞かせるように俺は呟く。

 俺は酒を最後まで拒否したのだが、クルスはホルスの挑発を受けて酒を口にしてしまい……その後に待ち受けていたのは、酒瓶と料理が飛び交う惨劇であった。


 挑発した本人は一番被害を受け、改めて苦手意識を強くしていそうだが……。


 兄は嬉々として、酔っ払って暴れているクルスとの戦いに参加したため、俺はテーブルを盾にしながら、早々に酔い潰れたアリスやシーリアを一人で安全そうなカウンターの奥に運ぶ羽目になった。


 そして、全員が酔い潰れ……一人だけ素面の俺は、割れた瓶の破片で怪我をすることがないように一人で掃除し、全員に毛布を用意し……。



「何でみんな平気で眠れるんだろう。この状況で」



 気持ちよさげな寝息を立て続けている図太い面々を起こさないように、後片付けを再開しながら、俺は心の中で店を貸してくれた人に苦笑しながら謝っていた。



 全員が起き出す頃には太陽は真上に近くになっていた。


 酒を飲んだ面々はクルス以外は顔色が悪く、足取りは重い。

 シーリアは弱い癖に酒が好きなので何時ものことと言えば何時ものことだが、アリスは『今の身体』では、初めて酒を飲んだらしく、二度と飲みたくないとぼやいていた。


 今後の予定は、決まっている。

 今日中に魔物と闘うための準備を行い、明日には情報収集も兼ねて、ウルク達『湖の民』が住む、中央付近の島に向う。


 そして、その島で一週間ほど船の上での戦い方を『湖の民』から学んで訓練する。

 実際に『クラストディール』と戦うのは船上の戦いに慣れてからだ。


 俺達は一旦兄達と別れ、港へと向う。


 討伐に必要なものはホルスが大体考えて用意してくれているらしいが、準備はし過ぎるに越したことはない。最も何が使えるかはわからないが……。



「魚の匂いも何とか慣れたわね」



 今回向かったのは漁港だ。


 湖の沿岸部はまだ安全な方らしく、遠方には船を出せないがなんとか魚の供給を行うことは出来ているようで、魚の市が幾つも立っており、辺りには漁師らしい筋肉質な男達が暗い雰囲気を吹き飛ばすような威勢のいい声を上げている。



「焼き魚も美味しいし」



 昼食変わりの串に刺した焼き魚を齧りながら、シーリアは尻尾をぱたぱた振っていた。

 湖の魚は大振りのものが多く、頭と内臓を落として、何のタレかはわからないが、濃い味のタレに漬けられたものを焼いているようだ。


 これはこれで美味しいが、俺の好みからは少し濃い。

 自分で釣った魚を俺が教えた味付けで食べ慣れているクルスも、魚を齧って微妙な表情をしている。魚の種類一つ、調理一つでも、全然違う。


 こういうのも旅の醍醐味なのかもしれない。



「味が大雑把」

「いつもの味付けは俺が考えたものだから、一般的じゃなさそうだね」



 クルト村では山に生えている唐辛子のような実を粉末状にしたもので味付けをしていた。釣りをする者が少なかったこともあり、当然、俺達以外にその味付けを知っている者はいない。


 だが、食べ慣れている者にとっては珍しかろうがそちらが普通なのだ。



「そういえば、ケイトとクルスは釣りが好きなんだってね。次に村寄ったら教えて!」

「やだ」

「じゃ、ケイトに教えてもらうわ」

「駄目」



 クルスはそれぞれ一言ずつで否定し、シーリアも彼女の反応を予想していたのか、あまり気にした風もなく、笑っている。



「で、ケイト。何で漁港の市に? 昼食のためだけじゃないんでしょ?」



 気楽な様子で魚をちまちま齧っているシーリアの言葉に俺は頷く。

 役に立つ……漁師が用意出来るものなら、ホルスは気づくだろう。


 俺としてはそれ以外の役に立ちそうな物、俺の元いた時代にはあったがこの世界にはない、大型の魔物が相手でも通用しそうな道具……そういうものが見つからないかと考えていた。


 この漁港にある漁の道具を確認し、逆に無いものを考える……難しいかもしれないし、無いかもしれないが何もしないよりはいいだろう。



「『クラストディール』がどんな姿かはわからないけど……水の中を移動するわけだから、何か役に立ちそうなものはないかなと思ってね」

「うーん、どんなのなら役に立つのかなあ?」



 シーリアは首を捻り、クルスもうーん……と唸って下を向いて考え込んだ後、こちらを自信なさげにこちらに向く。



「釣竿で……釣る?」

「釣竿ごと持っていかれるよ。多分。ま、何も思いつかなければ観光でいいんじゃないかな。見たことがないものばかりだし」



 俺は笑って、うねうねしている触手を持った青い軟体の生き物の入った箱を指差す。

 蛸かナマコか……形容に困るが、どうやら買っているお客がいるところを見ると、ちゃんと食べられるものらしい。



「面白い」

「食べられるのかしら」



 興味深そうに二人は不思議な生き物を眺めている。

 この謎の生き物だけでなく、漁港の市では様々な種類の見たこともない魚以外の何か得体のしれない生き物も売られていた。


 俺達は商売の邪魔をしないように注意しながら、それらの生き物の話を聞いたり、現在の漁港の様子を確認したり、『クラストディール』について知っていることを聞いたりしていく。


 漁港に置かれている魚を取るための網や仕掛けも一つ一つ使い方などを考え、シーリアやクルスと話をしながら魔物との戦い方を考えていた。


 色々と話を聞いてわかったこともある。


 『クラストディール』は、漁師達の間でも有名で畏敬の念をもたれているようだった。

 それも恐怖によるものだけではなく、尊敬している節すら感じるものだ。


 遠出をしない漁師にとっては魔物の存在は、自らの漁場を守る存在であり、水の神の使いであるとすら考えているようだ。


 決まった範囲しか現れないので自分達に被害をもたらさないというのも大きいのだろうが……遺跡らしき建物についても神の住処か何かと漁師達は考えているようで大体が、



「水の神さんの住処を荒らそうとする罰当たりを退治してるのさ」



と、概ね漁師達はこのような反応だった。


 『クラストディール』に関わっている昔話や詩などもこの街には豊富に伝わっているらしく、陽気な湖の男達は何曲も披露してくれた。


 俺にではなく、主にクルスやシーリアの方を見ながらだったが。



 結局、漁港では何も思いつかず、俺達は他の市場を廻ることにした。


 俺が元の世界の漁の道具に詳しくなかったこともあるが、有効に使えそうなものは網や銛くらいしか思い浮かばなかったのである。


 自分の想像力のなさには苦笑いするしかないが、本職の漁師達の知恵の強さを信じるしかない。

 『湖の民』の支援を受けることもできるし、そこで思いつくかもしれない。



「あ、これが真珠かな?」

「おーよくわかったな、獣人のお嬢さん、お一つどうだい?」

「うーん」



 アクセサリーを売っている露店などを、シーリアは消極的なクルスを引っ張って色々と見て回っている。クルスも迷惑そうな顔をしているが、楽しんでいるようだ。


 染料の店やピアース王国にはない服の店、武器屋や書物……珍しいものばかりだ。

 俺達は大きなヤシのような果実を一つだけ購入し、三つに分けて貰って中の甘い果実を齧りながら街を見て回っていく。



「何かお土産が欲しいわね。ラキシス様に贈りたい」

「仕事が終わったら、手紙と一緒に送ればいいよ」



 木彫りの小物を触りながら呟いたシーリアの言葉に俺はそう返す。



「そうね。さっさと片付けて……雰囲気の明るくなった街をゆっくり回って選びたいわ。品物の種類も増えるかもしれないし」

「怖くないの?」



 俺は苦笑いしながら彼女に問いかける。

 本当は俺だけが兄達に協力すれば済むことなのだ。



「怖いけど……ケイトもいるしね。役に立たなそうだけど、クルスもいるし」



 シーリアは木彫りの小物を置いて静かに笑い、クルスをからかうように見る。



「シーリアよりは役に立つ」

「湖の魔物よ。剣より遠距離攻撃出来る魔法の方が役に立つに決まってるじゃない」

「弓使うし」

「水の中の敵にどうやって矢を当てるのよ」



 俺を蚊帳の外にして、彼女達は二人でわいわいと騒ぎ出す。

 相性が悪いのではないかと心配していたが、二人は意外と仲良くやっている。


 自分にも関わりのあることなので人事ではないのだが、どうするべきなのか答えは出ない。

 シーリアは俺がクルスを選んでも同じ調子で、態度を変えないだろう。


 現に一度そう伝えているにも関わらず、今の調子なのだ。


 シーリアに余裕があるのは大人だからだろうか……俺と出会った頃はもっと短気だった気がするのだが。それとも、他に何か理由があるのだろうか。



 なんにせよ俺達は湖に出るまでの短い休息の時を、楽しんでいた。

 俺達それぞれが答えをきちんと出すまでは、このままでいいのかもしれない。







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