第四話 複雑な再会 前編
その日の夕方、俺達はウルクの案内を受けて、兄の指定した町外れにある一件の古ぼけた酒場に足を運んでいた。
貸切っているのか、酒場の中に客はいない。
薄暗い店のカウンターの奥には、ぽつんと酒場のマスターが……。
「カイル兄さん……何してるの?」
「おう、来たか。ケイト! でかくなったなっ!」
数年経っても一目で判る。
身長が伸び、体付きは一回り大きくなっているが、何をやっていても楽しそうな……周りも巻き込んで明るい雰囲気にしてしまうような印象は変わってはいない。
俺達より数年長い冒険者としての生活で迫力も身に付いている気がする。
そんな兄は何故か酒場の制服を着て、カウンターの向こう側で全員分の飲み物を用意していた。
「マスターには外してもらうように頼んじまったからな。運ぶの手伝ってくれ」
何を言ってやろうか……そう思っていたのだが……。
泡を零さないよう不器用に麦酒を入れている兄に毒気を抜かれてしまう。
クルスも同じ気分なのか小さく溜息を吐いて、飲み物を明かりの置かれている席に運んでいた。
「俺とクルスは酒は無理だよ」
「ここはクルト村じゃないんだ。堅いこと言うなって」
兄はそう言って笑いながら次々に酒を注いでいく。
木製の大きなコップの数は……6。
ウルクは帰ったから、もう一人、俺の知らない人がいるわけか……。
「それにな……ホルスが言ってたんだ」
全員分酒を入れた兄は、更に酒瓶を何本か取り出してカウンターの前に立っている俺に渡し、愉快そうに笑う。
「カウンターの奥にいないと問答無用でお前らに殴られるってな」
驚いて一瞬、酒瓶を落としそうになる。
どうやらこちらの行動をホルスには読まれていたらしい。
だが、俺はすぐに平静を取り戻すと兄を見て、溜息を吐いた。
「このまま、酒瓶でカイル兄さんを殴りたい気分だよ」
「おいおい、そんなことされたら可愛い弟との感動の再会が台無しじゃないか」
悪びれる様子がまるでない兄に苦笑いを返しつつ、俺は言われたとおりに何種類かの酒の入った瓶を運んでいく。
俺達の隣の席におかわり用の酒瓶を何本も置いて準備を終えると、兄はカウンターに手をついて飛び超え、目の前に立ち、肩を両手でばしばし叩いた。
「いやほんと、会えて嬉しいぜ! あんなちっこかったのになぁ。驚いた驚いた」
「俺も嬉しいよ。カイル兄さん、活躍しているみたいだね」
「ま、当然だな」
自信あり気に不敵に笑って兄は胸を張る。
それと同時に酒場の扉が開く音が響き、誰かが店の中に入ってきた。
逆光で顔は見え辛いが見間違うはずはない。
そばかすが無くなり、身長も伸び、身体も細いががっしりとして、大人っぽくなっているが……特徴的な温厚そうに見える糸目、落ち着いた物腰は変わっていなかった。
「カイルは面倒くさいこと……全部、僕に丸投げだけどね」
「ホルス……」
「久しぶりだね。ケイト……それにクルス。マイスがいないのは残念だけど」
両手に料理を持ったホルスがそこには立っていた。
数年ぶりに俺達は視線を合わせる。
彼を見ているとクルト村でガイさんやジンさんに鍛えてもらっていた頃の記憶が、鮮明に蘇っていく。共に鍛え、共に学び、時には殴り合いの喧嘩もした相手が目の前に立っていた。
好意もある、敵意もある……過去の友情と現在の関係と……全てが合わさり、俺は未消化複雑な心情を抱えたままホルスを見つめる。
だが、ホルスはわからない。
少なくとも外観は平然としたもので、動揺している様子は微塵もなかった。
「積もる話は食べながらにしよう」
「何故、私がお前達の茶番に付き合わなければならない」
彼の後ろにはもう一人……俺やクルスと同年代の少女が料理を持って立っていた。
夕暮れの紅い光を反射して輝いている長い金色の髪を無造作に後ろで括り、右側で一本だけ別に括っている。背は低く、顔立ちはまるで人形のように整っているが……。
「……何か?」
「いえ……何でも。兄の仲間の方ですか?」
両手に持っていた料理を受け取り、俺は彼女に問いかける。
「まさか。今回だけの協力……ただそれだけ」
間髪入れずに否定する。
感情をまるで感じない暗い瞳。奥底が見えない海の底のような深い蒼……。
その瞳が自分が死んだ時の出来事を想起させ、意識が一瞬ふらつきそうになる。
そんな俺の背中から肩に手を回し、支えたのは兄だった。
「酷いなーアリスちゃん。これから数々の困難を乗り越える仲間じゃないか」
「知らないわね」
話は終わったとばかりに少女……兄にアリスと呼ばれていた彼女は、俺達の横を通り過ぎ、空いている席へと座る。兄はそれを見届けると、呆れるように肩を竦めた。
「ま、悪い子じゃないんだ。かわいいし、美人になりそうだしな」
「性格と容姿は関係ないよ」
俺の指摘に兄は細かいことは気にするな、と笑ってテーブルの方に向い、アリスの隣に座る。アリスは兄をちらりと見たが、何だか嫌がっているようだ。
苦手なのかもしれない。
俺も料理を持ってテーブルに向う……と、何故かテーブルの下でホルスが膝を付いて呻いていた。先程、俺と顔を合わした時の余裕はまるでなく、大きく咳込んでいる。
「ホルス……何やってるの?」
「昔も……今も……僕はやっぱり、クルスが一番苦手……話聞かないし……」
料理を置き、クルスを見ると興奮したように少しだけ頬を染め、ちらり……ちらり……と、こちらを見ている。これは褒めて欲しい時の顔だ。
「何をしたの?」
「料理を置いた瞬間不意打ちした。料理に罪はない」
ふふ……と、クルスは小さく声を上げて笑う。
シーリアもクルスを咎めることなく、苦しそうなホルスにいい笑顔を向けていた。
「ホルスは屁理屈を言う前に倒すのがコツ」
「な、なるほど……」
思考が麻痺して、つい昔の癖でクルスの頭を撫でてしまう。
クルスも気持ちよさそうに目を細めていたが、直ぐに子供扱いは駄目と手を跳ね除ける。
「君達は相変わらず仲がいいね。変わってない」
痛みが引いたのか、何とかといった様子でよろよろとホルスは立ち上がり、クルスとはなるべく離れた席について苦笑する。
笑い方だけは時が経った今も変わっていないようだ。
「そういうホルスは大分変わったみたいだな」
「成長したと言って欲しいね」
「まあ、成長といっても色々だから」
不自然に空けられたクルスとシーリアの間の席に腰を降し、皮肉を言った俺に対し、ホルスは小さい笑みを返しただけだった。
何を考えているのか……まるで読めない。
「『リブレイス』がどんな組織かわかっているのか?」
「当然、君よりも理解しているよ」
ホルスは薄く微笑む。
このやり取りで確信した。確実に、ホルスは俺達に起こったことを知っている……と。
「まあまあ、折角の再会なんだ。ぎすぎすせずに楽しく飲もうぜ」
静かに牽制し合う俺達を見て、兄が酒の入ったコップを無理矢理、俺とホルスに持たせる。俺達はそれを仕方なく受け取り、視線をお互いに逸らせた。
だが、一人……そんな兄をクルスは不機嫌そうに見つめている。
「人事じゃない。カイルも後で覚悟」
「カイルは何もしてないよ。僕も何もしてないけどね」
クルスに何かを言い返そうとした兄を手で制し、ホルスが代わりに口を開く。
「僕達も気付くのが遅れたんだ。僕達とサイラル達は命令系統……上司が違うからね。言い訳になるけど、すぐにサイラルとゼムドには帰還命令を出してもらったんだよ」
「知っているのなら……」
俺はテーブルの下で拳を握り締め、ホルスを睨みつける。
サイラル達がやろうとしていたことを思い出し……俺は自分の頭に血が上るのを感じていた。
「何故まだ、そんな組織にいるんだ。ホルスっ!」
「ケイト。『リブレイス』は必要なんだよ。善悪で割り切れるような問題じゃないんだ」
だが、ホルスの方は静かに俺の激情を受け流すように細い目でこちらを見つめ返していた。
冷静なホルスを見て俺も我に帰り、自分も冷静さを取り戻すために深呼吸をする。
ただ、心の奥から沸き上がる敵意は隠しようが無かった。
兄は俺とホルスのやり取りを真剣な表情で見守っていたが、険悪な雰囲気になりつつあるのを見て、ホルスの腕を退かせ、首を横に振った。
「ホルス。いい。ケイトが怒るのは当たり前だ。俺だって奴は気に入らん」
「やれやれ、僕だけ嫌われればいい話なのに」
ホルスは兄の方を向き、右手で頭を抑えて苦笑する。
「俺達が『リブレイス』に協力しているのは、小難しい理由じゃない。俺があの組織の姫さんに惚れたからだ。惚れた女を守るのは当然だろう」
「……は?」
呆然としている俺に、兄は真剣な表情のまま言い切った。
その顔には一分の後悔も見えない。
「今抜ければ見捨てることになる。利用されるだけの駒にするわけにはいかん」
兄の言葉を解釈すれば、その女性には実権が無い……もしくは、無くなりそうということだろうか。
どうやら、兄の方も色々な面倒に巻き込まれているらしい。
大きい組織のようだし、何らかの思惑が絡み合ってるのだろうか。
俺は溜息を吐いて頷いていた。
認められない……認めたくはない……だが、兄は綺麗事だけではすまないことを決意を持って成し遂げようと考えているのだろう。
冗談ではない……決意のようなものを俺は兄から感じ取っていた。
「はぁ……その人……人なのかな? とにかくその女性は美人なんだね?」
「ああ。よくわかったな。とびっきりの美人だ」
俺が苦笑しながらそう聞き返すと、兄はほっとしたような表情を一瞬だけ見せて、普段通りの自信に溢れた明るい笑みを浮かべた。
呆れたが、この兄を嫌うことは出来なさそうだ。
「浮気は程々にしなよ」
「それはそれ、これはこれだ。な、ア~リスちゃん」
「うざい」
蒼い瞳の少女は肩に手を置こうとした兄の手を小さい手で払いのけ、全く感情を感じさせない冷たい瞳でこちらを真っ直ぐに見つめていた。
彼女の瞳を見ると身体には怖気が走ったが、何とか我慢する。
「お前がケイト・アルティアか」
「そうだけど」
そして、俺の名前を確認すると、彼女は一房だけ分けて括った髪を片手で弄りながら小馬鹿にするように微笑んだ。
初めて見せる表情らしい表情……好意的というには程遠いが。
何だろう……何があるのか。
不思議と背中に伝う冷汗を感じながら、俺は彼女の次の言葉を待っていた。
彼女は小さな口を開く。
「何故、お前は茶番を続けている」