プロローグ 転生
大学四年のクリスマス、俺は幼馴染に刺殺された。
「ごめん、一緒に死んで!!!」
というのが相手の言い分だ。
随分ふざけた話である。彼女の主観的にはどうか知らないが、客観的に考えれば裏切られて捨てられたのは自分の方なのに。
刺された胸から血が流れて徐々に服が赤色に染まっていき、全身から少しずつ力が抜けていく。
真冬の駅前でいきなり起こった惨劇に一瞬辺りが静まり返る。一瞬後それを見ていた人達から悲鳴が上がった。
子供の頃からずっと一緒だった。
中学生のときに異性としてみるように。
高校生のときに告白して恋人に。
大学生のときには結婚を見据えて努力した。
そして、ニ年前の今日。彼女は俺以外の男とクリスマスを過ごしていた。
二年生の夏に、好きな人ができたからと捨てられたからだ。相手は俺の親友だった。
わけがわからなかった。
急にこんなことになるまでは一切そんな気配もなく、お互いがお互いのことを思い合っていると思っていたからだ。
俺は鈍かったのだろうか。
「嘘だといってくれ!」
「俺に悪いところがあったな直すから!」
「考え直してくれ!何かの間違いだろ!」
みっともなく泣いてすがりついたように思う。あまり思い出したくはないが。彼女はそんな俺を蔑むように見て、
「さよなら」
と、一言で去っていった。
大学では自分が悪いことになっていた。特に否定もしなかった。
長年の友人も半身のように生きてきた彼女も失い、目の前で恋人となった二人の仲睦まじさを見せつけられ、後悔と絶望いう名の地獄の日々が始まる。
おかげで溜息と自嘲と苦笑がクセになった 。
夜眠ると悪夢にうなされ、目が覚めるとそれが現実だと思い知らされ、惰性で大学に通っているような灰色の世界で生きていた俺に救いをくれたのはサークルの後輩だった。
「酷いです。誰も先輩の話も聞かないで一方的に……」
「まあしゃあないさ。きっと俺が悪かったんだ」
「もう、先輩までそんな」
背が低くてどちらかといえば可愛らしいその後輩は幼馴染ほど美人でもなく、基本的には物静かで無口で会話も弾まなかったが、悪い噂が流れたときもずっと前と変わらずに味方でいてくれた。
誰かが側にいるということがどれほど安心できるのかを初めて教えられた気がする。孤独は辛いもんだ。
照れてはにかむ彼女。
敬語はいらないっていっても中々敬語が取れずによく噛むどじな彼女。
他の人間が自分に近づかなくなっても普段通りに話しかけてくれた彼女。
ゲーム好きでゲームのことになるとそのときだけは無駄に熱く語っていた彼女。
そんな後輩に一年かけて癒され、どんどん惹かれて好きになって告白し、交際するようになった。
幼馴染は元親友と別れていたがもうどうでもよかった。ただただ、自分の人を見る目の無さに自嘲し、落ち込んだだけである。
遠回しに復縁を迫られた気もする。たちの悪い冗談と思って話も聞かずに無視したが。
過去の出来事がぐるぐると回る。
走馬灯って本当だったのか…と、他人事のように思う。
長く綺麗な黒髪、すらっとしていて顔立ちも整っていて目の前のかつては愛した幼馴染は嫌悪感しかわかないが今でも美人に見える。
しかし、かつてはいたずらっぽい光を放っていた瞳は焦点が合っておらず、何かに追い詰められた表情でどこを見ているのかもわからない。
彼女に何があったのだろう。今となっては知ることもできない。別に知りたくもなかった。
俺は冷たい人間だろうか?
振られてそれでも忘れられず未練たらしく想い続けた一年で摩耗したのかもしれない。
「ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…でもあいつにだけは……!!ごめんなさい…私もすぐに逝くから…!」
意味のわからないことをいいながら幼馴染が刺したナイフを捻ってから引き抜く。
助からないと自分でも分かる。痛みも限界をすぎると感じなくなるのか、感覚はなかった。それとも、痛みを感じ過ぎて狂ってしまったのか。
意識を失い、目を閉じる前に最後に見たのは自分の喉にナイフを突き刺して俺にもたれ掛かってくる幼馴染だった。
だが、俺が最期に考えたのは幼なじみのことではなく───
───大事な家族や優しい後輩がどうか幸せでいるように。
そして……俺は困惑することになる。
確実に死んだはずだったのにと。
輪廻転生。信じてはいなかったが本当にあるらしい。
魂は輪廻し、生まれ変わるもののようだ。まさか自分で体験するとは。どうせなら記憶も無くなってくれていればよかったが、神様というのはどうにも意地が悪いらしい。
気がついたとき、俺はケイト・アルティアという名のとある辺境の村長の三男になっていた。記憶を取り戻した切っ掛けは走ってこけて頭を打った衝撃のようだ。
神様には手抜きせず、もうちょっとしっかり記憶を消してほしかったと心底思う。
「まさかこんなことになるとは。俺にどうしろと」
こうして、前世の記憶を思い出した俺は、過去と現在の記憶の混在に頭を文字通りの意味で物理的にも精神的にも痛めつつ、家に戻って姿見を見ながら左手でくすんだ小麦色の髪の毛をわしゃわしゃと弄り、三歳児らしくないため息をつくのだった。