リーダー、僕
愛理の技に呆気なく一本をとられて傘部にやってきたはいいものの、志織さんのことが心配でいた。
『様子はおかしかった。いつものアイツじゃない』
確かに孝助はそういった、しかし…。
『特に問題は無かったですよ』
高濱の笑顔を思い出す。あんなに鮮やかな笑顔で嘘をついたのか?
「おい誰かネタを持ってこーい」
珍しく孝助がネタに困っているようだった。
BOXには前みたく溢れるほど入っておらず、数えるほどにまで激減しており、そして相も変わらず手紙の内容は熱狂的な孝助のファンによるものなのだ。
でもこういう時は大概、孝助が奇怪な遊びを提案してくれるのに…。
「おい、一輝なら何かプレゼンできるだろ」
「できねーよ」
「何でも良いから」
「じゃぁー……」
腕を組み、唸る一輝。閃いたかと思うと手を叩いた。
「『寒がりになれる5つの方法 ~一輝の必勝法~』っていう案なんてどうだ!」
「お前しか楽しくなさそうだなそれ……」
二人がどうでもいい話をしている間、愛理は机の落書きを見つけてはみんなにバレないように微笑していた。僕に見つかってるけど。
「じゃあ、『ドラゴン・タトゥーの寒がり』とかどうだ!」
「おぉ…強いのか弱いのか分からねぇなおい」
ネタも無いみたいだしここで志織さんのことを話そうかな…。
「……ちょっと、いいかな」
僕は志織さんの昨日の表情を思い出していた。
何かから怯えるようにして僕の手をつかんでいたことを忘れられない。
いつもの志織さんからは感じ取れもしない顔だった。
あの時、僕は求められているような気がした。助けを。
「何かが変なんだよあの姉妹は」
「なるほどな、そりゃあ気になるな……」
一輝は満更でもないような返事だった。うーんと目頭を押さえて考えてくれている。
しかし一通り志織さんのことについて話終えると、まぁ当然の意見が飛んできた。
「俺は反対だな」
志織さんの古きからの天敵である孝助だった。
「頼むよ孝助……」
孝助の情報網にはいつも圧倒され目を見張るものがある。これ以上の戦力があるだろうか?
やっぱり今回の件も孝助がいないと苦しいような気がした。
「んーそうだな……」
ニヤリと不適な笑みを浮かべる。
「それなら、……俺を説得してみろ」
「え……」
何を言い出すのかと思えば……。
僕が孝助を説得?そんなのどうすればいいんだ……。
「うーん……孝助もあの時変だと思ったでしょ?」
「そうだけどな明人。アイツが頼んだのはお前じゃなかったのか?」
一蹴りされる。
確かに志織さんからの手紙は孝助との抗戦によって有耶無耶になってしまい、その後気になって僕一人で相談を聞いてあげただけだ。
「俺たちが助ける必要がどこにある。返って迷惑かもしれないぞ」
「そうかもしれないけど……」
普通に孝助を説得するなんて無理難題な話だ。
「だろ?」
どうしたら孝助に手伝ってもらえるのだろうか……。
考えるんだ。……孝助はいつもどんなときに動く?自分に利益が出るから?
いや、今までの経験上『誰かの為』と良いながらも、結局は孝助の独断で全て好奇心によるものだ。
……だったら、この件についても好奇になるようにすればいいんじゃないか?
「……じゃあ、こうはどうかな」
「ん?」
「『これはゲームだ。謎を解くことができると何か得るものがあるだろう……』」
両手を広げるという身振り手振りまで付けてみた。
「何言ってんだコイツ」
愛理にばっさりといかれた。
「……っぷぅ、ぷあっははは!!」
少し耐えていたのか、何かが弾けたかのように大笑いする孝助。
人が真剣にやってるというのにこの人は……。
「そんなに笑うことないじゃないか……!」
自分で言ってみて今更ながら羞恥心が湧いてきて、体内温度が急上昇していくのが感じ取れた。
「悪い悪いっ」
こう『クリアすると素敵なプレゼントが!』みたいな雰囲気で好奇心が湧くかなと思って出てきた台詞なのに、とてもイタい感じに仕上がってしまったようだ。
笑いを鎮め息を整えると、孝助が僕の目を見つめる。
「そうか……」
「……」
「……何か得るものがあるんだな?明人」
「……、あぁ」
その孝助の眼には何が映っていたのだろう。
僕は一体、どんな顔をして見ていたのだろう。
孝助はじっと見つめて僕を焦点から外そうとしなかった。
「ならいい。俺もやろう」
正直、何が得られるのか何やらさっぱり分からない。
でも取り敢えずは心強い仲間が増えた。
「愛理もいいよね」
「……うん」
僕が話してる間に一回も目線が合わなかった愛理は別として。
「企画提案者なんだからお前がリーダーだぞ」
傘部謎の伝統としてプレゼンをした部員は自らが指揮をとる、こう決まっていた。
今までにこんな風に企画を提案したのはみんな数回程度ある。
それも孝助が無理矢理に企画させたというのが正しいというものばかりで、今回みたく、僕自らが提案するなんてことは一度たりとも無かった。
「だけどみんなも情報集めてよね」
「具体的に何するんだ?」
愛理が机に落書きを新しく書き加えながら訪ねてきた。
「取り敢えず僕が志織さんに『仲良くなりたい理由』を聞いてみるよ」
『これからの人生でもなかなか体験することが出来ないであろう辱めを受けながらも孝助を調査メンバーに加えることが出来たのだから絶対に志織さんを助けてるぞ!』
っという自分自身よく分からない感情になりながら、これからのことを考えてみる。
気になることは多々あった。
なぜ志織さんは妹と一緒に帰らないと『いけない』のか。なぜ高濱は僕に嘘をついたのか。
そして個人的にすごく気になっている、高濱が志織さんへ向けたあの表情。
僕には、とても悲痛で助けを求めていたように映った。
「孝助」
「なんだ?」
「志織さんと妹の仲を調べてくれないかな」
孝助にはここを調べてもらおう。
志織さんと高濱は仲が良かったのか、それが僕の脳に引っかかっている。
「仲いいじゃねぇか」
「今じゃなくて、中学以前の時だよ」
高校ではなく、それより昔のことだ。
今は仲が良くても昔はどうだったかなんてことは知らない。
「ほうほう、んまぁーまかせろ」
早速、携帯を持ち出すと素早くメールを打ち始めた。
恐らく、情報収集をしているのであろう。
僕は僕でやらないといけないな。
「よし……」
「ん」
僕が席を立つと何故か愛理も立ち上がった。
「どうしたの?」
「私も行く」
永本君の件もそうだったけど、よく愛理は僕の後を着いてくる。
昔っから何か行動をしようとすると、真似をするように愛理は着いてきていた。
中学で起きた『キス事件』も愛理が後ろにいたからっということだったり……。
最近は頻繁にでは無くなったけど、しばしば僕の後を追ってくる。
「分かった、行こう」
でも何も聞かない方がいいんだろうな。
ここにずっといても暇だと思ったのだろう。
志織さんはもう既に帰っているので一言メールを打っておくとして、妹の高濱は確か委員長だったような。
「今日って委員長会だったよね」
僕は一輝にそう問いかけた。
実はこう見えて一輝は我がクラスの委員長である。正直、今の今まで忘れていた自分がいる。
ほとんど副委員長が作業をしていることで有名だったような。
「そうなのか? どちらにせよ俺は行かねぇけどなっ」
はっはっはという笑い声だけが教室に響く。
とっても頼れない委員長だとも。副委員長の苦労が目に浮かぶよ。
「遅れてすんませーん……」
結局、一輝は僕と愛理が委員長会に連れだしてきた。
一輝が会議用教室に入室する際、高濱が教室内にいることを確認でき、ついでに我がクラスの副委員長が呆れ顔で一輝を見ていた様子も伺えた。
孝助は早速連絡が取れて情報提供者に会いに行ってくるとか何とか。
「あれが私たちの委員長とはとても思えないな」
やれやれ愛理がため息をつく。
「だね」
まぁ元々、立候補した理由が『委員長になれば退学は無いだろ!』っていう安易で危険な考えからだった。
あまりにも職務を怠っているので、委員長を変えた方がいいんじゃないかという声が上がっていたりして何か逆に目立ってしまい、本末転倒のような気がしなくもない。
「姉はどうするんだ?」
あっそうだった。志織さんにメールを入れておかないと。
徐に携帯を取り出しメールの画面を開く。
『昨日は大丈夫でしたか?』
こんな感じでいいかな。
また明日にでも志織さんに会って話をしておきたい。
孝助と高濱、どちらが嘘をついているのか。まぁ孝助の場合は嘘をつく意味は無さそうだけど。
「送ったよ」
「そうか」
「……」
お互いに話のネタも尽き、教室の中から委員長会担当の先生からの声が小さく聞こえてくるだけだった。
そんな静寂に近い空間でまたしても愛理と二人。
なんだか緊張する。ほんのりとあの事件と似た雰囲気になりつつあった。
『あれは何で起きてしまったのだろう。今でも不思議に思っちゃうなー』
っと昔のことをつい思い出してしまうくらいに。
永本君を追って電車に乗った時にも似ていた。
頭がぼうっとするような……自然と体の奥からじんわりと熱くなってくる感覚。
『あ、その、明人みたいなやつだっ!』
食堂で唐突な宣言されたことが浮かび上がってくる。
これは告白とみていいのか? 僕みたいな人って……僕でいいんじゃない?
「何て送ったんだ」
「僕じゃダメなのかな?」
「は?」
しまった! また心の声が……!
「い、いや、何でもないよ」
「ふーん」
ちらっと愛理の顔を見てみる。
あの時と同じようにすべすべしていそうだった。
「愛理」
「なんだ?」
「僕と高濱は付き合っていないよ?」
「? そうだったのか?」
「はぁ……」
まだ信じていたよ……。食堂でちゃんと言ったのに。
「愛理はさ、そのー……付き合う気は無いの?」
「うーん、無いな」
あっさりと!…っと残念がる僕がいた。
結局のところどうなんだろうか。
こういう反応を見る限りは僕には気がないのかもしれない。
よくよく考えてみれば食堂での発言の前には、孝助の『ウェルカム!!』という謎の掛け声があった。
動揺する僕を見て楽しむために、事前に孝助から『言え』と命令されていたかもしれない。
それでまんまと僕が自分でも驚くくらい動揺してしまった。
無い話ではない。
「お前はどうなんだ…?」
愛理から質問を返される。
「僕、そういうのには疎いからよく分からないんだ」
生まれてこの方、自慢にはならないけど彼女なんて出来たこと無いし、噂にも聞いたことがない。
「もっと自信を持て」
「え?」
「孝助や翔平がいるから見劣りするだけでお前はなかなか普通だぞ」
「それはフォローとして受け止めて良いんだよね?」
そうには思えなかったけど、愛理の言うこともまた事実だ。
モテるモテないの話ではなくてそもそも候補にすら入らない影の薄さなんだろう。
孝助はもとより、翔平もなかなかモテている。『孝助が苦手な人は翔平へ』という法則があるとかないとか。
あの兄弟は本当に恐ろしい。色々と。
「もちろんだ」
「良かった」
「高濱の姉がいるんだし、自信は持っていいぞ」
「あのね――」
僕が訂正しようとしたとき。
ふと目に飛び込んで来たのは愛理の笑顔だった。
それはずいぶんと忘れていた心からの笑顔のような気がする。
「ん?どうした?」
そしてその笑顔のまま目線が重なった。
とても可愛らしく、ただ魅力的である。
「……可愛いのに…」
こうやって女の子らしいところを見せられると、いつも思ってしまう。何で彼氏が出来ないんだろうと。
「?」
「あのさ、愛理は何で彼氏とか作らないの?」
いつまでも僕たち(特に一輝と翔平)と一緒にいると寄ってくるものも寄ってこないのに。
これじゃ宝の持ち腐れだよ。
「いきなりどうしたんだ」
「いや、なんとなく…」
拍子抜けた様子で首を傾げていた。
愛理は昔から僕たちとずっと行動をしてきた。
もう高校生にもなったんだし、もっと視野を広げるべきなんじゃないだろうか?
それは恋人云々ではなく、社交的能力を養うためという意味でも。
愛理の人当たりは類い希な程悪いものがある。それだけに永本君に話しかけた時は大層驚いた。
何か、このままでいいのか?という戸惑いは最近湧いてくる。
「……私は、お前らと離れたくない…」
本人がそう思う以上、強制的にどうこうできるものじゃないと思っている。
思っているけど…、いつかはどうにかいないといけないんだろうなぁ。
「そっか」
今は今で考えるべきことがある。
愛理の件はまた孝助にでも相談してみよう。
「ふぃ~疲れたぜぇ~!」
「合田が来て5分も経ってないよ?」
出てくるや否や、我が副委員長が一輝を非難していた。
委員長会は一輝が来てから5分程度で終了してしまい、正直、一輝が来た意味はまるでないだろう。
「っていうかさ、委員長会なのに何で副委員長の私に連絡が来るわけ?あんたが頼りないからもう連絡が全部こっちに来るじゃない」
「え…そんなことなってんのか…?」
怠そうな仕草をする副委員長。
でも思ったけど、ちゃんと会議に出てくれているんだな。
案外、一輝は僕たちのクラスでは人気者というか、愛嬌があるキャラで定着している。
副委員長の母性本能をくすぐっているのかもしれない。
「はぁ…もういいわよ、連絡されたこと言うからメモして」
「俺、メモ帳持ってねぇわ…」
「……」
ただ、こめかみ辺りの血管が浮き出て、堪忍袋の緒が切れそうであったのは間違いないだろう。
それを敏感に察知した一輝は、
「あ!部室行ったらあるわ!あるある!部室来いよ!な?」
と、必死に弁解していた。
「明人!先に行っててくれ!後で追いつくわ!」
そういって一輝と副委員長は傘部の部室へと消えていったが、結局一輝は僕たちに追いつくことは無かった。
一輝が副委員長にがっちり説教されたということは言うまでもないだろう。