異変の感覚
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不安な気持ちのまま瞳を開けると、やっぱり同じ景色。
周りにはぽつぽつと人が座っている、寝ている人もいれば携帯ゲーム機を扱っていたり、音楽を聴いている人もいる。ここは電車内。
そして私の隣には志恩が大人しく座っている。
「お姉ちゃん今日はどうしたの?」
「おばさんが倒れたのよ」
もう台詞なんて分かっている。でも私は同じ言葉しか発しない。顔つきも同じだ。
決まり切っている言葉。変わらない表情。
違うのは心だけ。心の中だけは、今の私。
そう、これは私の夢。
いや、回想と言った方が賢明なのだろう。
車内は閑散としており、車体が走る音だけが鳴り響いていた。
確かこの日は土曜日。辺りはもう闇に落ちていた。
土曜日でこの時間帯ということもあり、車内は空いている。
おばさんが倒れ、状態はかなり厳しいらしく私と志恩は『最後くらい顔見て来なさい』と母が説得してきたためにやってきたのだ。
「ほとんど人がいないね、お姉ちゃん」
「そうね」
素っ気ない返事をする私。
ここにいる私は今の私では無い。
姉として最低だった頃の私だ。
私は昔から妹を突き放していた。
二人とも塾に行っても、私は志恩と同じ塾へは行かない。そして志恩より高得点を常に取って志恩よりも上をいく。
悩みを打ち明ける仲でも無ければ、激しくぶつかり合う程の仲でもない。
私は妹を好きか嫌いかで言えば嫌いだった。
昔から比べられることが嫌いだった私だが、姉という都合上、どんなことがあっても志恩と比較される。
そして志恩に劣るところがあったときには『姉なのに』と言われてしまう。
そんな時は妹が優しく『そんなことないよ』って言ってくれる、しかし私はそれがさらに嫌だった。
それに対して怒ると、妹は優しいから『ごめんなさい』と言ってくれる。
そんな志恩が大嫌いだった。
自分を責め、他人を上げて、自分を塞ぎ込み、他人に優しさを与える。
そんな志恩が大嫌いだった。
車内は一見普段通りのように伺えたが、やがて志恩はある違和感に気づく。
「ねぇお姉ちゃん。この電車、普通列車だよね?」
普通列車にしては速度が速いことに気付いたのだ。
「そうね」
しかし私は目にも暮れなかった。
確かこの時は、早く帰れるんだからいいんじゃない、と取りとめの無いことを考えていたと思う。
志恩の言う通り、電車は異常な程のスピードだったのだ。
普通とは思えない程の速度。
志恩は震えていた。私の手を握ろうとしていたけど、それに気付いた私は手を引っ込めてしまった。
「お姉ちゃん…」
そう志恩が震えながら振り絞ったか細い声を発した時だった。
『ガタァンッ』
途轍もない轟音が一つ、車内に響き渡る。
寝ていた人もその音で目が覚めようとしていた。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。
車体は大きく傾き、レールから発せられる金属音で耳がおかしくなりそうになる。
周りにいた乗客は悲鳴を上げる、身の近くにあった手すりに掴まり今の状況を飲み込めないでいた。
私と志恩は後ろ向きに重力がかかり違和感を覚える。
『ダァァンッ!!』
この二回目の衝撃音で私の中の全てが終わった。
誰かに勢いよく押されたかのように吹き飛ばされる体。
薄らと目を開ける私の目前で、疎らにいた数人の乗客が飛び交っていた。
私自身も何かに頭をぶつける。
それを最後に私を気を失った。
これは私の夢であり、回想である。
私はこの世界に存在する限り、眠りに落ちるとこの夢を見るのだ。
目が覚めると最後に味わった頭への衝撃が走る。
この夢の最後は不愉快だ。
暗闇の中、私は奇跡的に目を覚ます。
横倒しになった車内は不気味なほどに薄暗く、電灯の光なのか、僅かに光が差し込んでいた。
私は電車が何かしらの事故を起こしたのだと確信する。
先ほどまで存在していたはずの音や光や温度が全て一瞬の内に変わった。
周りにいた乗客は見当たらない。というより探せない。
意識朦朧とする中に激しい痛みが全身を駆け巡る。
周りを確かめるに薄目を開ける程度がやっとだった。
「ぁっ…!!」
声も出すことさえ出来なかった。
体の部位が反応するか一つずつ確認する私。
足から順に、脹脛、腿、腹、二の腕。
そして、手が動くか確認した時だった。
何かを私は握っていた。いや、握られていた。
そう、私を求めて志恩が手を握っていたのだ。
痛みを堪え、目を開けると、そこには頭から出血している志恩の姿があった。
志恩の後ろには壁があり、私は初めて気付く。
志恩は私を守ってくれたのだと。自分を犠牲にしてまで他人を救ったのだと。
「…ぃ、ぉ…」
志恩。とその言葉を言えなかった。
この時に流した涙は痛みからではあるが、身体の痛みではなく、心から来るものだったのだ。
「うぅ…痛ったぃ…」
今日も頭痛が私を襲う。
この夢はいつまでも慣れない。
しかし、『志恩を大切にしよう』と思わせてくれる夢でもある。
今まで優しくしていなかった分、今日を妹に尽くそうと再確認するのだ。
志恩が私を愛してくれる時まで。
それが私の出来る『償い』だと思っている。
―――――――――
「志織さん大丈夫だった?」
昨日あれからメールを送ってみたが、返ってくることはなかった。
朝も見かけることが無かったので、妹に直接聞いてみることにしたのだ。
「と言いますと?」
「何か変じゃなかったかなーって」
昨日の志織さんの状況を見ると心配しない方がおかしい。
何かから怯えているような、そんな気さえした。
「特に問題は無かったですよ」
笑顔で返事をくれた。それにより、安堵の気持ちが一気に増加した。
後は孝助にも聞いておかないとな。
孝助はやっぱり3年生ということもあって休み時間は一緒にいない。
来るとしたら余程用事があるときか昼休みしかない。
まぁそれでも来るのはおかしいと思うけど。
「うん?」
三限目の数学。僕の机に紙切れが送られてきた。
『リンダリンダ→』
送り主は紛れもなく一輝からだ。全く理解できない数学を見かねて、しりとりを仕掛けてきたのだろう。
にしても始まりが『リンダリンダ』って…。
まぁいいや。なんて返そうか。
この一輝からの始まりを見ると、ただ普通のものでは面白くないだろうな。
「大観山→」
こんなものでいいだろう。
数学の教師の視線に注意しながら一輝に紙切れを返す。
するとニヤニヤしながらこちらを向き、親指を立てた。
一瞬、そんなに良い返しだったのかと内心嬉しく思ったが、指を立てると口パクで何か訴えかけていた。
『ア・ウ・ト!』
は?
難しい顔をすると、紙切れが送られてきた。
『【ん】がついたな!ざんねん!』
いやいや、付いてな……いや、まてよ。
一輝は大観山を『だいかんさん』って読んだのか?
いや、流石の一輝でも大観山くらいわかるし、第一『だいかんさん』って響きがおかしいでしょ。
しかしそうなると何故アウト判定なのか理解しかねる。
意を決して紙切れを渡す。
『コレなんて読んだ?』
一輝からすぐ返ってくる。
『おおかんさん!』
あれか。
もうこの読み方でも有りかもしれない。
『【だいかんやま】だよ』
静かに机に紙をおいてあげた。
「おっし!飯だ飯!」
数学の終わりを告げるチャイムを聴くなり、一輝がはしゃいだ。
「うるさいゲス犬」
「げ、げげ、ゲスぅ…!!」
今日も愛理は鋭い言葉が冴えていた。
「やほほーい!」
孝助もロープを使用し窓からやってきた。
「今度ロープを切ってみよう」
翔平は冷酷な言葉が冴えていた。
「明人」
愛理に呼び止められる。
「私、ご飯持ってきてない」
「あーじゃあ食堂だね」
「行って来る!」
愛理が『行って来る』というときは大概、食堂の席を取りに行くということだ。
「釘はやめてね」
この前みたいにならないよう、釘をさしておくことにした。
釘なんて椅子に刺さないでも席は空くというのに。
何かこの学校では僕たち5人のことは有名なのだ。(主に孝助のお陰で)
そんな僕たちが食堂を頻繁に使うものだから、愛理が一人座ると自然に周りに4つの空席ができる始末。
永本君曰く、『これは食堂においての暗黙の了解』らしい。
食堂へ向かう道中。
一輝と翔平が何かについて言い争っている(というより翔平は受け流している)間を見計らい、孝助の肩を叩き、小声で話しかけた。
「孝介」
「何だ?」
気怠そうに返事をする。某妹とは正反対だった。
孝助は昨日の志織さんを見送った人物だ。聞いておかないわけがない。
「志織さん大丈夫だった?」
僕のその言葉を聞いて孝助は顔を顰めた。
「様子はおかしかった。いつものアイツじゃない」
大事な話だと察してくれたのか、小声で返してくれた。
孝助がおかしいと思うんだからやはり志織さんは…。
…ってあれ?
「本当に?」
「ん?どうした?」
でも妹は何でもなかったと。
「いや…何でもないよ」
同じ屋根の下にいて姉の顔を一回も見ない?
そんなことがあるのか。
昨日は志織さんの方が遅く帰ってきたはずだ。顔を見ないはずは無い。
塾か何かで外出中だったのか?…いやでも一回くらいは見るだろう。
考えられることは、志織さんが隠しているか。
高濱が嘘をついている…?
だとすれば一体何のために?
「愛理はどこだーっと」
一輝が食堂にはいると愛理を探し始めた。
高濱の件は志織さんと平行して調査することが必要になってきそうだ。
愛理はちょこんと椅子に座って僕たちを待っており、そしてやっぱりその周りには席が4つ空いていた。暗黙の了解である。
「やっと来たか」
愛理の目の前には食堂自慢の定食メニューがあった。
食堂には色々なメニューがある。食堂のおばちゃん曰く『定食はそこら辺のラブホテルの食事よりも美味しい』などと比較できない例を挙げていたが、昼休みが始まって開始10分で終了することから人気はあるのだろう。
「待たせたなんなあああぁぁぁぁ!!」
椅子に座ろうとした一輝が飛び上がる。
椅子にはやっぱり大工が使用しているような釘が備え付けられていた。
「愛理…釘は抜いておいてよ」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ!」
そんな無邪気な目で見つめないで欲しい。
一輝はお尻を押さえてうずくまっていた。中々に痛々しい画である。
「わかった」
「一輝、早く起きろ」
「いや…これガチで痛ぇぞ…」
早く食べたいのか、翔平が無慈悲にも一輝を急かす。
「手だけ合わせていろ」
「わーったよ…」
翔平の指示で何故か一輝が手を合わせる。
いつからかは忘れたけど傘部ではこうやってみんなで何か食べるときは揃って手を合わせるようにしている。
確か翔平が言い出したような。
翔平は礼儀正しい人物であり、特に食事のマナーについては厳しい。
いやまぁみんなで合わせる理由はコレと言って無いような気もするけど。
「今日はな。それぞれの好みについて語ってみようかと思いましょうゲームをしようではないか」
どこまでがタイトルなのか瞬時には判断できかねるけど、どうでもいいゲームなような気がしているのは恐らく僕だけじゃないはずだ。
「俺たちももう後数年もすれば大人になる」
孝助の説明が始まった。
「だが周りを見てみろ。毎日毎日同じ顔ぶれだ」
孝助が弁当を口にしないまま説明を続けているにも関わらず、翔平は箸が進むこと進むこと。
「誰かが一度でも逢妻を連れてきたことがあるか?」
「私が妻を連れてきてどうするんだ」
「ないだろ?というわけでだな、ここはお互いにどんな異性を好むのか検討しましょうやということでんねん」
愛理の意見はあくまでスルーらしい。
変な関西弁を使ったかと思うと、おもむろに紙を用意し始めた。
「順番は恒例のあみだくじさんだ」
五本の線を引くと、その線を次々に繋ぎ、簡易なあみだくじが完成した。
「うひょー!あみだくじじゃねぇか!」
一輝がいつの間にか、空いていた僕の隣に座っていた。回復したらしい。
「それでは、各々で選択しやがれ!」
何で最後にやけくそになったのかは定かではないが、取り敢えず右端に『明』と書いておいた。
順番は、僕が一番最後になってしまった。
最初に孝助で続いて翔平、一輝、愛理の順番になった。
「まずは俺からだな」
「これどういうシステムなの?」
ゲーム(?)が始まっても誰もつっこまなかったので僕が聞くことにした。
「質問攻めにすればいい」
全くもって誰がサディストなのかが分かってしまうやり方なのだろうか。
「今までに付き合った回数は?」
いきなり翔平からだった。こつこつとお弁当を食べ続けた結果いつの間にか平らげていしまい、臨戦態勢といったとこなのだろうか。
「34人だ」
「いやいや、そう清々と言わないでよ!」
彼女いたの!?
いきなりこのゲームをやる理由を根本的なところから覆しちゃったよこの人。
「今までに逢妻がいたんじゃない!」
「俺が一回でも明人たちの前に『連れてきた』か?」
「すごく納得できないんだけど」
思わず、34人という数にツッコミを入れるのを忘れている自分がいた。
「好きな女性の言葉は?」
「あったかぁい」
翔平の質問にまた変な答えが返ってきた。
「それは手袋をはめているときの言葉だよね?」
「うん?まぁ、そういう意味もあるかもしれないな」
色々な意味があるらしい、そっとしておこう。
「おし。次は翔平だ」
「何でも来い」
翔平はノリノリであった。
「結局お前って年上好きなのか?」
一輝はどうもこの前の休み時間での話が気になっていたらしい。
「いや、品が良ければ年の差はない」
取っ付きにくそうに思われる翔平は、意外とゲーム的なものには参加する質でちゃんと質問には答える。
そういうノリの良さは兄譲りと言ったところなのだろうか。
「我が弟よ、ナースが好きという噂を聞いたんだが本当か?」
「事実無根だ」
さらっと対応する。
「お前、友達いるのか?」
「………」
いきなりすぎる愛理からの質問に涼しい顔をする翔平。
どこか地平線の彼方を見つめているような遠い目だった。
「格好良くないぞ」
「じゃあ逆に聞くがお前はいるのか?」
「いるぞ」
驚き!と言っては失礼なんだろうけども、普通に驚いてしまった。
愛理に友達がいるなんて…。
ずっと昔から僕たちと居たけど、ちゃんと人脈を作っていたんだね…。僕は感心してるよ…!
「イヌのツバゼリアイにネコのジクロロジメチルシランだ」
「おぉ…、何か圧倒されがちだがそれは友達と言わないぞ」
恐らく剣道の鍔迫り合いと化学のジクロロジメチルシランのことなんだろう。
前にも飼っていたハムスターに『ダルビッシュユー』という名前を付けていた記憶がある。
とにかく格好いいものをペットの名前にする習慣があるらしい。
まあ、ジクロロジメチルシランは格好いいと思わないけどね。
「何でも聞きやがれ!んの野郎!」
何故変に喧嘩腰なのかが分からないけど、取り敢えず僕が気になっている質問をしてみた。
「あの小さい子は何者なの?」
「あーあれな」
僕が言っている小さい子というのは、度々一輝の前に現れる『さざなみ』と呼ばれる人物だ。
「一つ下の学年でな、漣音向というらしい」
「らしいって…友達じゃないの?」
「うーんまぁ、んな感じだ」
その漣音向についてはいつも曖昧な返事しかしない一輝。
肩に乗っけておきながらその人のことをよく知らないなんて…一輝らしいといえば一輝らしいのか。
何か自分で納得してしまった。
「それで、一輝は年上好きというのを聞いたことがあるが本当か?」
「本当だぞ孝助」
「何でお前がシャリシャリ出てくんだよ!」
「『しゃしゃり出てくる』ね」
翔平はシャリシャリしていたらしい。
「ったく…、まぁ、年上は嫌いじゃねーよ」
「それでもってロリコンなんだろ?」
「俺、守備範囲広っ!」
一輝がツッコミに回っている!
珍しいこともあるもんだね。
「私だ」
愛理の番になった。少しどきどきしている自分がいる。
「好きな男のタイプは?」
翔平がまたしても戦陣を切って出た。
「うーん」
唸る愛理。必死に考えようとして旋毛にしわがある。
愛理の答えに一種の期待を持ち、唾を飲み込んだ。
「ウェルカム!!」
「うわぁ!」
いきなりの大声に思わず声が出てしまう。
愛理の応えを待っていると突然孝助が叫んだ。ウェルカムって何?
「あ、その、明人みたいなやつだっ!」
自分の顔が赤くなっているのが見なくても感じ取れる。体の芯からとても熱くなってきた。
何だって?僕みたいな人だって?
有り難き幸せというのはこのことだって?その通りだよ!
でもここはあくまで冷静にクールに翔平みたいにいこう。俗に言うポーカーフェイスだ。
「ふーーーん、そそうなななのか」
しまった!すごく怪しい口調になってしまった!
「なるほどな。で、初キスはいつなんだ?」
僕と愛理の中では禁断の話に翔平は触れてしまった。
「!!?」
愛理が僕の顔を見るなり、すごく慌てた顔をする。恐らく僕もなっているだろう。
「ん?何だ、どうした?」
「いや、何でも無いっ」
それは中学三年の時だったか。
僕は事故で愛理とキスをしたことがあるのだ。
今でも忘れやしない感触と愛理の表情。
『あ、あき、と…』
事故でキスした後、紅潮した顔でそう呟かれたときはどうにかなりそうだったけど、ならないまま二年が経った。
つい昨日のような出来事なのに随分と時間が経った感覚だよ。
和解するのに中々時間がかかったのを覚えている。
「って!質問の内容がおかしいぞ!」
今の愛理の顔はあの時のように紅潮しているようにも見えた。
「次は僕だね」
正直に翔平が怖すぎる。何とかなるかな…。
「お前、高濱姉とどうなんだ?」
翔平からではなく、孝助からの質問だった。
やっぱりいつも志織さんといるから、周りからはそう思われてしまっているのだろうか…。
「どうもないよ、本当に」
「明人は妹の方にメロメロなのか?」
すっかり落ち着きを取り戻した愛理はまだ、僕が妹に惚れ込んでいると勘違いしているらしい。
「大丈夫、ないよ」
何が『大丈夫』なのかは分からないけど、高濱とはつき合えない自信がある。
というより寧ろ付き合ってはいけないのではないかと思う。
学年の華でもある高濱志恩。僕には到底釣り合いそうにもなかった。
「大丈夫だ愛理。明人はお前一筋だ」
僅かでも何とかなると思った僕が軽率だったようだ。
…なるわけがないのだ。
「うるさいっ!」
ぺしぺしと横にいた翔平の肩を叩く愛理。
僕はあまりに突然の発言だったので、それをじっと見つめることしかできなかった。
「本題に入る。お前はこれから彼女を作るという野望や計画や企みは無いのか?」
何が『本題』なのかは分からないし、野望も計画も企みも似たような意味だ。
僕が彼女を作るなんて考えたこともなかった。
いつも孝助たちといる御陰か、いつものメンバーと一緒にいることの方が楽しいと思う自分がいるのは確かで、彼女がもし出来たのなら孝助たちとも楽しめなくなってしまうのではないだろうかと思ってしまう。
「無い…のかな」
曖昧な感じで言ってしまう。
でも実際のところ分からない。彼女が出来たこともないのに孝助たちと楽しめなくなるなんて分かるはずがないからだ。
「さらさらしてやがんなぁ」
「一輝、さらさらって何?」
あまりぐいぐい聞かれることもなく、事なきを得たというところだろうか。
「今回も盛大に盛り上がったな!明人!」
「うん?」
孝助の言う『盛大に』というところに疑問を持ったので語尾にクエスチョンマークを付けておくことにした。
今日は例年より気温が高いということで。
暑い暑い昼下がりを過ぎ、今日の試練と言う名の授業をすべて消化したところで僕は悩んでいた。
「どうしたもんか…」
もちろん、志織さんのことだ。直接会ってみたいのは山々だけど、傘部にそろそろ顔を出さないといけないなーとも思う。
「明人」
ふいに愛理から声がかかる。
「今日も、来ないのか?」
「行くよ!」
これがゼロコンマの世界なのかと痛感するほどに即・快諾であった。
少し寂しそうな顔をする少女を見て行かない男性はいるだろうか?いやいないだろう。
僕は二日ぶりに傘部へ行くことにした。