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親友な僕ら  作者: えるもんて
志を織って恩を着せる
10/12

届かない気持ち


恐らく昨日のメールの内容は『うん。メールはちゃんと届いたよーう』なんだろう。

 結局あのまま呆れて寝てしまったんだったっけ。

 気がつけば気持ちがいいほどの朝日に浴びていたことを思い出す。

「明人ー」

「…あ」

 愛理は数学が得意だ。

80点以下をとったところは一度も見たことが無い。

僕の中では『愛理=数学王』というアソシエーションが完成しつつある。

 そんな数学王を朝一に見かけて気付いたのだ。

「数学の小テスト大丈夫か?」

「んはああぁぁぁぁ!!」

 そういえばやってないよ僕!メールとかお肌とか愛理とか考えてる場合じゃなかったよ!

 そうだよ!そもそも昨日何のために『それにしても数学難しいなぁ…』とか呟いたんだ!

 …今日の小テストのためじゃないか!

 くそ、あまりのメールの返信の遅さに本題を忘れていたよ…。

「ど、どうした?」

 今何時だ?

 時計に目を向ける。

しかし無情にも時計は、8時20分、授業開始の10分前を告げていた。

まぁ、時計に情があるわけ無いんだけど。

「愛理!数学は何時から!?」

 そうじゃないか。一時限目じゃなかったら可能性はある。

 内職。

それは本来受けるべきでない科目を授業中行うことを指す。

宿題であったり、予習であったり。

それを行う為には前の席ほど難易度が上がるとされており、前から二列目までの内職はエキスパートと称され、讃えられている

 どうやら今回は…内職を行うことになりそうだ。

 僕の席は前から四列目。

…やるしかない!

「一時間目からだ」

 終わったー…。

 くそ…斯くなる上は!

「う、うぅ!お腹がいたいよ…!」

 仮病作戦だ。

 一人で勝手に保健室に行ってると『えー小宮山君あやしー』とか思われるし、なんちゃって理系という地位に就く僕では『あいつ、どうせ受けたくないだけだろ?』とか、核心を突かれたら大変だ。

「絶対出るであろう問題を教えてやるぞ?」

「教えてください。ごめんなさい」

 一瞬で判断した。

 愛理には大人しく従うことにしよう。

「ジュース一本なっ」

 そこには眩しいほどに輝ける笑顔があった。

 僕は感じた。

これは、いける。と。



「こんなの出来レースじゃないか」

 数学という長い長い一時間の間に思った素直な体験談だ。

 みんな数学という科目の得点の特徴をご存じだろうか。

それは中位層が少ないということだ。

得意な人はとことん出来て、苦手な人は笑えるほどに出来ない。

出来る人は数学がどんどん面白くなって点が伸び、出来ない人は面白くなくなり、点が落ち、堕ちる。

これがなんちゃって理系を生み出す要因。

「デフレどころじゃないよ!…デッド!デッドスパイラルじゃないか!」

 死だよ!死!

 もう大声のせいでクラスの注目を盛大に浴びちゃってるけど気にならない。気になれない。

「明人よ、でも書けたんだろ?」

 頭を抱える僕に一輝が僕の席に寄ってきた。

 一輝は一体どうだったんだろう。テスト中は自分のことで必死だったから分からないぞ。

「え…?ま、まぁ愛理に教えてもらったとこは…」

 愛理の予想は見事に的中していた。3つ教えてもらった内の3つ共出題されていた。

 まぁでも10分では1つしか覚えられなかったけど。

 小テストは全部で10問。9問撃沈したことになる。

「一問だけだけど…」

「ならいいじゃねぇか…」

「ど、どういうこと…?」

 一問で良いってことは…。

 これは、最悪のケースに至ってしまったのか。

「俺なんかペン動きませんでしたぁ!!」

「一輝っ…!!」

 涙が出てくる。

1問も0問もほとんど変わらないというのに、これほどまでにも一輝に同情したことがあるだろうか、いや無い。

「明人、テストどうだった?って訊こうと思ったのに必要無いな」

 愛理が哀れみの表情を浮かべながらこっちに来た。

「愛理…」

 流石の愛理も慰めてくれるだろう。

 な、慰めるって普通の慰めるだよ!?そ、そそれ以外に何があるって言うんだい。慰めるって言ったら『残念だったね』とかいうやつで、決して『じゃあウチ来る?』的な流れ何かじゃ無いよ!

「明人、ジュース」

「ぁ…」

 …本当に、僕は何て過ちを。


小テストと呼ばれるこの数学のテスト。

これは名前の通りのテストではなく、中間テストまでの中間テストと思っていい。

ばっちりと成績に反映されるテストなのだ。

 僕と一輝はこのテストで撃沈した。もう思い残すことは無い。


昼休みをチャイムが告げた時、孝介が上からやってきた。

本当に上からやってきた。良い景色を見渡すことが可能な教室の窓から侵入していた。ロープを使っていたんだけど、そこまでして窓から入る意味が分からない。

 クラス内からは悲鳴に近い声もあがっていた。

「ようお前たち。今日も孝介兄ちゃんがやってきたぞ」

「おい翔平。あれお前の兄貴だろ?何とかしてやってくれよ」

「ん?俺に兄など存在したのか?」

 翔平に存在を否定されながら孝介はやってきた。

 これで、みんなが揃った形になる。やっぱりこれがしっくりくる。

「ったく、そういう素直じゃないところ…嫌いじゃないぜ」

 孝介はスルーされながらも恋々とはせず切り替えていた。

 僕と一輝の席をくっつけてそこに5人が囲む。これが高校になってから定着していた。

 しかし、一般的に考えて机を2つ合わせても辺は4つしかない。

ということは即ち。5人の内2人はどうやっても1辺で共同で使用しなければならないのだ。

「まぁ、今日もパーとチョキで分かれるぞ」

 僕は平然を装って孝介の指示に従う。

 装っているんだ。平然を。

「ちっぱでわかれんねーん」

 愛理以外全員パー。

「ねーん」

 仕切り直しの一回。また同じ。愛理以外全員パー。

 さてどうする?ここでチョキを出せば愛理と同じになるかもしれない。

「ねーん」

 今度は僕だけチョキで他のみんながパー。

「ねーん」

 また同じ。

 どうしよう、パーに変えるべきなのか。でも孝介たちがパーを出す以上チョキでないと一緒になることはない。

「ねーん」

 僕がチョキのままでいると、愛理がチョキを出した。

これで僕と愛理が1辺に二人……って、何でこんなに嬉しがっているんだ僕は。

「じゃあ一つは明人と愛理で使えよ」

 『よし、残りの席を決めようじゃねぇか』と一輝が腕を振り回しながらジャンケンをしていた。

もう残りは一人一席なんだからあまり意味は無いと思う。 

 本来、このチョキとパーでペア席になった人は残念でしたと思うんだ。

 そう、『残念』だと思わなければならない。

「愛理、隣だね」

 全くもって残念だと思わないのは何でだろう?

 いやー僕も運が良くなったもんだなー。愛理と席が隣になるなんて、

「…はぁ…」

 愛理はとっても残念そうだった。

 何その溜息っ!?何か、全てご飯が通らなくなりそうだよ!もう食道なくなっちゃうよ!

「あ、あのー…何か、ごめん?」

「あーいやー、まぁ、うん」

 何だその途切れ途切れな感じは?

 そんな姿を目の当たりにしてしまった僕は、

「ジュース…いる?」

 小さな約束を果たすことくらいしか出来なかった。

 その日の昼食は食べられないどころか、新記録を叩き出すかのような猛烈な速度で弁当を平らげてしまった。

 このことを俗にやけ食いというとか何とか。



「潔く欠点を取っちゃうか」

「さらっと縁起でもないこと言わないでよ」

 一時間目から地獄を体験することに成功した僕は、そのあとの授業なんて身が入る訳が無かった。

昼休みの出来事も入り混じってしまい、昼からの授業はもっと酷かった。言うまでも無かろう。

 そんな満身創痍の状態であっても、解決しなければいけない本題がある。

 だからこうやって放課後に3-5の教室へお邪魔しに来たんだ。

 …ん?なんで解決しなければ『いけない』んだ?

「ただ現実を口にしたまでです」

「一応、私受験生なのよ?」

「それは大変な失言を…」

 ま、いいか。来たからには遂行しよう。

 今回はどの程度高濱妹に嫌われているのかを検証するため、志織さんに手伝ってもらうように頼みに来た。

「志織さん、今日はですね、妹さんに一緒に帰るように誘ってください」

「え?そのつもりだけど」

「はいはい」

 まぁそんなこと解ってたけど念を押したんだってことを解ってほしい。

 確か、高濱は帰りの支度をするのに結構遅かった印象がある。

 大概の人はホームルームで配布されたプリント類はすぐに鞄へ仕舞ったりするけど、高濱の場合ホームルームで話されることを全て聴き終えてからやっと鞄に入れるのだ。

 そんなこともあって、教室を出てくるのは丁度今頃と判断する。

「じゃあそろそろ来るから行ってくるわね」

「もう知ってたんですね」

 ハイどうぞそろそろ来ますよ志織さん。なんて言う必要は無いようだ。

 …言いたかったな。

 志織さんが階段を降り、僕たちの学年の階へ到着すると間もなくして高濱がやってきた。

本当にこの人は妹の全てを知り尽くしているのか。

「志織~!」

「あぁ、お姉ちゃん」

 志織さんが引きとめに入る。

「うーん…」

 高濱の方はというと、やっぱりまたこの前の時と同じ表情が出ていた。

無の表情。嬉しくも悲しくも無ければ、激怒も憎悪も無い。

「ごめんね。今日は塾があるんだ」

「うそ!?うーん…そうなの…」

 まだ何も姉の方から話しかけていないのに、一方的に話が終了した。

 姉は意外にもしつこく追い回す訳ではなく、妹を静かに見送っている。

 遠くから見ていた僕は離れる高濱の背中が寂しいように感じた。

「よう!高濱!まーた愛する妹に逃げられたのか?」

 妹の遠ざかる背中を見つめる志織さんに一人の男子生徒が話しかける。

「うるっさいわねっ!」

 どうやら高濱と一緒に帰れない志織さんを見てからかったのだろう。

 志織さんが叩く素振りをすると、その男子生徒は笑いながら去っていった。

「志織さん」

「…なによ…」

 僕が話しかけると中々に不機嫌だった。本当に分かりやすい人だな…。

「ま、まぁこういうこともありますよ、ね?」

「毎日こんなんだけど…」

「うっ……」

 そうあからさまに落ち込んでもらったら困る。

 毎日こんなだって…?まずまずの重症じゃないか!

 というか、大体何でこんなにも突き放されているというのに一緒に居ようとするのか。

もしかして、突き放されているって気付いてないのか…?

 …この人ならあり得そうだ。


あまりにも落ち込む姿の志織さんが可哀想だったので、家まで送ってあげることにした。

 どこか明後日の方向を見つめる志織さんはいつもの志織さんではなかった。

 毎日こんな風に相手にされているにも拘わらず、次の日の朝には元気になっている。

 寝たら全てが有耶無耶になるプラス思考な性格なのか?

それとも、元気な様子を装っているのか…?

「志織さん」

「んー…何よ」

 考えすぎなのかもしれないな。

 とりあえず、今の内に訊いておいた方がいいのは…

「どうしてそこまでして妹と帰りたいんですか?」

 これは先ず訊いておかないと。

「どうして、ねぇ」

 というか、突き放されていることに気づいているのか?

「…一緒に帰らないといけないのよ」

「帰らないといけない…?」

 何で『いけない』んだ?

 この場合はhave toじゃなくてmustに当てはまるんじゃないか。

「……」

「あのー、何でそんな義務的なんですか?」

「…っ」

 明後日の方向を向いていた視線が僕の目線に重なる。

 そこにはすがる様な表情の志織さんがいた。

前からは想像できない、何もかも自信が無い顔だ。

「ど…どうしたんですか」

「小宮山…」

 志織さんの様子がおかしい。

 僕の手を掴んできた。

その手は恐ろしく震えており、目線は相変わらず僕を捉えていた。

「志織さん、大丈夫ですか?」

 そんなことしか訊けなかった。僕からしたら一体何が起きているのか分からない。

 急に表情が変わり、いつもの志織さんじゃなくなってしまっている。

「あ…あ、…」

 震えは止まらない。

 どうしたらいいんだ、こんな時。どんな言葉をかければいいんだ?

 僕は今、この人に頼りにされているというのか…?

「志織さん…」

 僕はここで『大丈夫ですよ』と言っていいのか。

理由も無い根拠も無い、それなのに大丈夫と確信をもって言えるだろうか。

 いや、言えない。

志織さんに一体何があったのかを把握してからで無いと駄目だ。

 そんな気休めな言葉は言えない。

 僕は、ぎゅっと志織さんの小さい手を握り返すことしか出来なかった。

「どうした!明人!」

 僕が志織さんの対応に右往左往していると、背後から聴き覚えのある声がした。

 志織さんの手が僕よりも強い力で握り返す。いきなりの声で驚いたのだろう。

「あ、孝介!」

 孝介だった。

 いつもと違う志織さんの顔を見て、流石に戸惑っているように見える。

「何があった?」

「それが僕にも…」

「こいつは俺が送ってきてやる」

 ん?そもそも何で孝介がここに。

 僕たちは学校からはまだそう遠くない道にいた。

「僕も…!」

 何でここで僕が引き下がらないといけないんだ。

 志織さんが僕を頼りにしてくれているのかもしれないのに。

「明人、お前最近、傘部に来てないだろ?」

「あっ…」

 ということは孝介は、今日も早々に帰ってしまう僕を呼びとめに来たのか。

 …すっかり周りが見えていなかった。

そういえば、この二日間は傘部に寄らないまま志織さんの所へ行ってたんだっけ。

「行って来い。変にみんな心配してるぞ」

「分かった。孝介ありがとう」

 今は孝介に頼むしかない。

 明日になれば気分が戻っていると信じよう。


 僕に出来ることなんてそれくらいだ。



―――――――――


「篠原…離しなさいよ…」

「んなこと出来るわけないだろ」

 お前を離すと何を仕出かすか解らないからな。

「離してよっ!」

 人気のない道端で叫ばれる。

 誰かに勘違いで通報されたら傑作ものだぞ。

「もう嫌なのよ…こんなこと…」

 嫌だろうな。

 妹に何をしても振り向いてもらえないお前は見ていて残酷に思える。

「だからって明人に秘密を話そうってか?」

「嫌なの…!」

 そんなこと許せると思っているのかこいつは。

「約束は守れ」

「そんなのもういつの話よ!?」

 いつか。なんて聞かれたら5年前かもしれないし、10年前かもしれないし。もしかしたら未来なのかもしれない。

「知らないな。しかしお前は約束は忘れていない。勿論、俺もだ」

「じゃあいつまで守ればいいのよ!」

「終わるまでだ」

 事が終わるまでだ。

それまでお前は約束を守り続けなければいけない。

「じゃあ早く終わらせてよ!!」

 早く終わらせろ?

 よく俺のことも解らず言い切れたものだな。

 まぁ誰も解りはしないか。たとえそれが翔平であっても一輝であっても。

「お前、何か勘違いしてないか?」

「…何が!?」

 やっぱりそうか。

こいつは今の自分の立場を分かってないようだ。

 なら言ってやろう。


「お前は俺にとってイレギュラーな存在なんだよ」


分かったのだろうか、納得したのだろうか。

 それは顔を見れば判断出来た。

「この世界が好きなのかは知らないが、お前は元々入っていないんだよ」

 お前はこの世界においてはキャラクターなんだ。

 いなくなればみんなの中からいなくなる。ここはそういう世界。

「でも…でもぉ…志恩から愛されたいのぉ…!!」

 今度は嗚咽が道端に響く。

 本当に通報されるぞ。

全くもって傑作だな。

「…愛されたら分かっているのか?」

 お前がこの世界にやってきた理由。

 それは『妹に愛されたい』という願望のためだ。

 その願望が果たさればどうなるのか。

 それは一番お前が分かっているだろ。


俺の気持ちくらい解ってくれよ。


「―――――――――」以下のところはまだ「は?」くらいに思ってくれて大丈夫です。

 一応複線のつもりですが、それはこの物語が終わってからの話ですので、また全て見終えてからこのシーンを振り返るくらいで問題ないです。

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