転生悪役令嬢の素朴な疑問
王太子は刀剣乱舞で言えば、御前とか小狐丸。リボーンで言えば、10年後ディーノさんのイメージ。ハンス君は、刀剣乱舞で言えば、安宅切。リボーンだと雲雀さんです。
わたくしオルヴェール・ラーシェルフェンはとある物語の悪役令嬢………に転生した中身は残念なオタクだ。
物語では多くの少女たちが目指す聖女になるための聖女候補で、主人公に嫌がらせをして、最後は聖女になった主人公に罰せられておしまいのキャラ。
「…………」
うん。物語の展開からすれば聖女を目指すのだけど、ラーシェルフェンは公爵家なのだ。確かに聖女になるのは大事かもしれないが、
「わざわざ目指す必要ないわね」
「お嬢さま?」
地位は今でも十分だし、お金もある。これでも公爵令嬢……しかも子供はわたくし一人。すでに公爵家の仕事も勉強中だ。
…………それに合わせて聖女の修業。
(わざわざしなくてもよくない?)
「どうかされましたか?」
従者のハンスが尋ねてくる。
「いや、わたくしが聖女になっても公爵家には利点が少ないと思ったのよ」
「そうですね。……聖女になれば王太子殿下と婚姻も決定になるので王太子妃になりたい令嬢はこぞって聖女を目指していますが、お嬢さまが聖女になってしまったら跡取りは遠縁の者を旦那さまが養子になさる必要があるでしょうし……」
「ああ………なるほど……」
そう言えば、あの物語で健気なヒロインを王太子が気に掛けて両片思い状態だったな。で、それに嫉妬していたからこその悪役令嬢の嫌がらせ……。
ハンスにいろいろ命令して嫌がらせをしていたんだよね……。
じぃぃぃぃぃとハンスを凝視する。
「あのっ、お嬢さま……」
「あら、ごめんなさい。正直、殿下よりもハンスの方が好みな顔立ちだと思っただけよ」
王太子はザ・王道と言う感じのイケメンだけど、派手過ぎて苦手なのだ。それに比べて、ハンスは物静かな美形で、傍にいると落ち着く。
何で原作のオルヴェールはこんな美形が傍にいたのに王太子を追いかけているし、ハンスに悪事をやらせていたのだろうか……。
「まあ、ともかく。――わたくしは聖女を目指す理由はないわ。自領のことしか考えないと言われるでしょうけど、わたくしは自分の手が届く場所を守りたいのだから」
「お嬢さま……」
感激しているハンスに半分は悪役にされるのはまっぴらごめんだからという本音を言わなくてごめんと内心謝罪して、聖女は目指さないが、貴族令嬢として聖女候補の手助けをする必要はあるだろうと判断する。
……あの物語では、悪役令嬢のオルヴェールの唯一おこなった善行として聖女候補の環境改善と言うのがあったのだ。
聖女候補は隙間風の入ってくる建物で暮らし、食べ物もろくにない状況で奉仕活動。それに異を唱えて聖女が過ごしやすい状況を作ったとか。
まあ、物語では自分のためだと散々書かれていたけど、聖女候補が病気にならずにいられたのもそのお陰だったのだろう。
そんなこんなで数日後に聖女候補の様子を見に行ったのだが、
「あらあら」
「お嬢さま。どうなさりましたか?」
不思議そうに尋ねてくるハンスに、
「いえ………面白い方が候補に紛れ込んでいると思ったのよ」
(まさか、ヒロインが転生者なんてね)
物語では聖女候補として真面目に務めを行っていたヒロインだったが、実際に務めを行っているヒロイン(笑)はほどほどに手を抜いていて、王太子がいる時だけ真面目な振りを演じている少女だった。
時折、自分が聖女になるのが決まっているのに無知な人たちって哀れだなと思っているのか誰にも見えないように笑っている姿が見える。
一瞬だったから見ていた人たちがいても見間違いかと錯覚するほどの一瞬。だけど、そこは同じ転生者と言う存在だからこそ見逃さなかった。
「ねえ、ハンス」
「はい。お嬢さま」
後ろに控えるハンスに視線を向けることなく。
「あの行いって、【悪役令嬢】と言うべき行動ではなくて?」
「悪役令嬢……演技がですか? いえ、あれはただの小物の小悪党ですね。あれで、聖女候補に相応しい存在が現れてその候補の足を引っ張るような行いをしたら正しく悪役令嬢と呼べるかもしれませんが……」
「見事な着眼点ね」
物語のオルヴェールが実際していたことを言い当てるなんて。
(我が国の主神さまは清らかな魂の持ち主を聖女として選ばれる。さて、主神さまは自分がヒロインだと豪語する転生者の魂を清らかな存在だと判断するだろうか)
実は考えていたのだ。前世の記憶にある物語の数々に悪役令嬢になるはずの少女が破滅を回避するために努力をしていく様に聖女だと崇められていくモノがいくつか。だけど、わたくしは自分ではそれは無理だと思った。
前世の記憶があって、破滅を阻止しようと動いている時点でわたくしは清らかな魂ではない。打算で動いている。
だけど、前世のわたくしはあの物語が好きだった。聖女候補として当たり前だからと努力をしていて、王太子に恋心を抱くが、選ばれた聖女と結婚が決まっている王太子に負担を掛けてはいけないと恋を忘れようとするヒロイン。そして、選ばれる聖女と結婚することをすでに決めているので自分の恋心を捨てて国のために尽くそうとする王太子……。
その悲恋になるような展開をいい具合にかき混ぜてくれたのが悪役令嬢だった。
王道と言えば王道かもしれないが、あの話が好きだった。だけど、それは物語のヒロインがヒロインであったからだ。
「ハンス。少しだけわたくしの我儘を聞いてくれない」
ああ、このセリフ。物語でもオルヴェールが告げていた。
「――仰せのままに」
ハンスの返答も。
我儘と言ってもわたくしは最初は何もしなかった。ただ、聖女候補の様子を援助と言う形で見ているだけ。
ハンスもそんなわたくしに何も言わずに付き添っている。
やがて、わたくしは数人の聖女候補に目を付けた。
「ハンス。秘かに聖女候補に護衛を付けなさい」
「――分かりました。目を付けた方々ですか? それとも、全員ですか?」
わたくしの視線の先だけを見て気付いたようだ。
「とりあえず、目を付けた者達だけで。しばらくすると数を減らすかもしれないから」
「わかりました」
わたくしが命じるとすぐに護衛を付けられた。
最初は何もない。だけど、少しずつ動きが出てくる。
聖女候補の様子を窺いに来た王太子だ。王太子の出現にすかさずヒロイン(笑)が勤勉な聖女候補ムーブを見せているが、王太子はあらゆる社交界で女性を見る目を養ってきた人物だ。ヒロイン(笑)の行動が演技だと即座に見抜いていた。
そんな王太子がわたくしが目を付けた聖女候補の一人と親しくなったのを確認するとその少女以外に付けていた護衛を外すように命じた。
真面目に務めを果たす少女。
その姿をじっと見つめている王太子にヒロイン(笑)も気付く。
「なんで私じゃないのよっ!! 私が主人公なのよっ!!」
転生者は自分がヒロインだと言っているのに言動はまさに悪役令嬢のそれ。ハンスに命じて護衛をつけていた甲斐はあったようで嫌がらせを始めたと報告がもたらされる。
「どうしますか?」
「とりあえず、証拠を集めて」
どうするかはまだ決めていないが、端から見ているとおかしなものだ。
ヒロイン(笑)の行動によって王太子と聖女候補の仲が強くなっていく。互いに相手に惹かれているのに自分たちの立場を弁えて諦めようとしている様が特に。
本来の自分の立ち回りがヒロイン(笑)からすればポッと出のモブに奪われていくのはさぞかし屈辱だろう。
しまいには、
「オルヴェールがいないからこうなったのよ。あいつがいれば………」
とぶつぶつ文句を言っているのをハンスが暗器を構えて殺そうとしたのを慌てて止めた。
「あんな小悪党で貴方が汚れる必要はない」
「お嬢さま……」
「まあ、これからどうするのか。――見ものよね」
ヒロイン(笑)の嫌がらせで絆が深まっていく。だけど、ヒロイン(笑)は小悪党であって、悪役令嬢ではない。
ちまちまとした嫌がらせをして、その度に仲が深まっていく。だけど、物語のヒロインとの関係ほど切羽詰まったものではない。
物語と相手が違うから……それとも……。
「ハンス。護衛はもういいわ」
「………興味無くなりましたか?」
ハンスの問い掛けに少し考えて、
「興味はまだあるけど、ハンスが用意した護衛が優秀だったから」
優秀過ぎたのも困りものだ。
護衛を外して、しばらく様子を見に行かなかったが、さすがに聖女の選定の日には神殿に多くの貴族が集まった中にわたくしも家族とともに参加した。
物語ではヒロインの頭上にまばゆい光が降り注いで壮観だったが、ヒロイン(笑)はあの性格。王太子は別の聖女候補と仲を深めている。
中央で並ぶ聖女候補たち。司祭の祈りの言葉が終わるとすぐにまばゆい光が聖女を選択する。
「あら。まあ」
近くにハンスが居たら、わたくしの驚きを言葉にしてくれただろう。
王太子と仲睦まじい少女が聖女に選ばれなかったですね。と。
「こんなのおかしいっ!!」
ヒロイン(笑)の怒号が響き渡る。
「私が選ばれるのよっ!! なんで、おかしいじゃない!! 殿下もそこのモブの所に行くしさっ!!」
聖女候補として一列に並んでいたのを抜け出して、聖女に選ばれた少女と王太子と仲睦まじい少女の二人を掴んでいる。
「聖女さまを守れっ!!」
神殿騎士が慌てて聖女に選ばれた少女を守るが、聖女に選ばれていない……王太子と仲睦まじい少女は助けるのが遅くなったので彼女は髪を引っ張られて、爪を立てられてとやられるままだ。
王太子は助けようと足を出すが、そっと隣に控えていた護衛に止められてそのまま動かない。
神殿騎士が聖女の安全を確保してからもう一人の少女を助け出す。そんな結果を見て、予想外だったがその方がらしいと思えてきた。
ヒロイン(笑)は転生して自分が選ばれると思っていたからこそ真面目に務めを果たさなかった。
真面目に務めをしている少女に王太子が心惹かれていく設定がそこで崩れた。
別の少女が今度は王太子と仲睦まじくなったが、仲睦まじくなったことで聖女候補としての務めがおろそかになっていた。
………本来なら悪役令嬢が王太子と聖女候補の二人の仲を妨害するのだが、公爵令嬢が金に物を言わせて行っている妨害と庶民のヒロイン(笑)では雲泥の差もあるし、その妨害していたはずの公爵令嬢が逆に護衛をつけさせている。
精神、絆が育っていく流れがそこで生まれない。
相手を思うが故に諦めようとする覚悟とか、王太子の座を捨てても彼女の傍にいたいと思いつつ国を想う感情で入り混じっていた悲壮感もない。
そんな中途半端な状況では清らかとはとても言えないだろう。
俯瞰的に見ていれば気付けたものかもしれないが、どうも物語にわたくしもまた囚われていたようだ。
まあ、これはこれで見ものだった。
王太子はそのまま聖女と婚姻するだろう。自分の恋人をとっさに助けに行かなかった時点で選んでいるし、王太子の恋人だった聖女候補はケガが残らなければ、すぐに嫁ぎ先が見つかるだろう。
聖女候補になるというのは結婚に優位になるのだから。
聖女候補に名乗りをしなかったわたくしはこれからハンスでも口説きますか。
聖女候補に群がる男性陣を見ていると公爵家を任せるには一抹の不安しかない方しか残っていないようであるし、聖女候補に婚姻を申し込んだが、選ばれなかったからと言う理由でこちらに手を伸ばしてくるような輩に任せておきたくない。
そんなことを思いながら会場の外で待っているだろうハンスの元に向かったのだった。
聖女候補なのに王太子といちゃいちゃしている時点で清らかと言えないのではと書いてる途中で思ったので。




