人を見るな。人と人のあいだを見ろ。ーー誰が悪いかではなく、何がそうさせたのか【関係の力学】
関係の力学とは
「関係の力学」とは、私個人が物事を考えるために使っている思考モデルである。
これは心理学ではない。社会学でもない。公的な研究によって検証され、学問として成立している理論でもない。
僕自身が、悩みや苦しみ、人間関係や社会について考える中で、複雑に絡み合って見える問題を分解し、
「何が起きているのか」
「自分はどうするのか」を、
考えやすくするために組み立ててきた考え方です。
少なくとも僕自身に対しては、この方法を使うことで、自分なりの納得を得たり、判断をつけたりしやすくなることが何度もあった。
ならば、もしかすると他の誰かにも使えて助けになるかもしれない。
ごく個人の経験と思い付きから、この「関係の力学」は始まっている。
1.物事を「関係」として見る
関係の力学では、人や感情、行為、制度、出来事などを、それ単体の性質だけで判断しない。
誰と誰の間に何があるのか。
何が何へ影響しているのか。
利益や負担、欲求、感情、権利、責任などが、どこからどこへ流れているのか。
その関係には、どの程度の偏りや傾きがあるのか。
まずそれを見る。
同じ行為であっても、置かれた関係によって意味は変わる。
与えることが援助になる場合もあれば、依存を固定する場合もある。
我慢することが関係を守る場合もあれば、一方だけを消耗させる場合もある。
自由を与えることが相手の選択肢を増やす場合もあれば、責任だけを押しつけることになる場合もある。
行為そのものだけでは、その意味は決まらない。
何と何の間で、その行為が起きているのかを見る必要があると思っている。
2.「境界」を決める
関係を考えるためには、対象となる関係がどこまでを一つのものとして扱うのかを決める必要がある。
どこまでが自分の領域なのか、
どこからが他者の領域なのか、
どこまでが二人の問題なのか、
どこからが家族、組織、社会の問題なのか。
これを、ここでは「境界」と呼ぶ。
同じ構造でも、どこに境界を置くかによって評価は変わる。
一人の人間だけを見れば安定している。
しかし、その人を支えている別の人間まで含めれば、一方が消耗し続けているかもしれない。
二人の関係だけなら維持できても、その状態を多数の人間が行えば、組織や社会全体では維持できなくなるかもしれない。
反対に、社会全体にとって効率的な制度が、特定の個人には大きな負担を強いている場合もある。
したがって、「これは良い構造か」と問う前に、
「誰から誰までを、一つの系として見ているのか」
を確認する必要がある。
関係の力学では、評価は観測する境界によって変わり得るものとして扱います。
3.現在の構造には「履歴」がある
現在存在している関係や構造は、突然そこへ現れたものではありません。
人間関係も、価値観も、能力も、制度も、社会も、それまでに積み重ねられた選択、経験、成功、失敗、交換、対立、妥協などの履歴を持っています。
現在だけを切り取れば、不合理に見える構造にも、それが成立した理由があるかもしれない。
反対に、現在は問題なく動いているように見えても、それまで積み重ねてきた資源や信用を消費しているだけかもしれない。
だから関係の力学では、
「いま何が起きているのか」
だけではなく、
「なぜ現在この形になっているのか」を見る。
そして同時に、
「この状態を続けた場合、次に何が起こるのか」も考える。
現在の構造は履歴の結果であり、同時に次の履歴を作る途中でもある。
4.構造と力の向きを分けて考える
関係の力学では、「何が存在しているか」と「何がどちらへ動いているか」を分けて考えます。
人と人がいる。
そこに権利、責任、利益、負担、感情、欲求、評価などが存在する。
これが構造である。
そこから、
誰が誰へ要求しているのか、
誰が誰を支えているのか、
誰の利益のために誰が負担しているのか、
どの感情が、どの行動へ変換されているのか、
何が増え、何が減っているのか。を見る。
これが力の向きである。
関係が存在するだけでは、問題になるとは限らない。
重要なのは、その関係の中で何がどちらへ流れ、その結果として何が変化しているかである。
前段にもある「履歴」を読むことの重要性がここにある。
5.権利、責任、利益、負担を見る
関係の力学で特に重視するのが、権利と責任の所在です。
誰が選択したのか、
誰が決定する権利を持っているのか、
誰が利益を受け取るのか、
誰が負担するのか、
誰が結果を引き受けるのか。
これらの権利・利益と、責任・負担の所在が大きく離れていると、構造には歪みが生じやすい。
自分では決められないのに、結果だけを引き受けなければならない。
自分が利益を得ているのに、そのためのコストを別の誰かが負担している。
決定権を持つ者と、その結果に晒される者が別れている。
そうした状態が直ちに悪いとは限らない。
社会には分業があり、代理があり、制度がある。
しかし、その分離がどのような仕組みによって成立し、誰がどの程度の負担をしているのかは確認した方がよい。
責任とは、誰かを責めるためだけの言葉ではありません。
ある選択によって生じた結果を、どこまで誰が引き受けるのかを示す境界でもあるのです。
6.感情そのものと、その後の行動を分ける
関係の力学では、感情や欲求そのものを、すぐに善悪で裁きません。
嫉妬を感じることと、嫉妬を理由に他者を攻撃することは同じではない、
欲求を持つことと、その欲求を他者へ強制することも同じではない、
怒ることと、誰かを傷つけることも同じではない。
感情が発生する。
その感情を認識する。
そこから何かを選択し行動する。
その結果、誰かが利益や負担を受け取る。
これらはひと続きではあるが、同一ではない。
関係の力学では、その途中にある境界を分けて考えます。
感情の発生そのものよりも、それがどの方向へ流れ、何へ変換され、最終的に誰へ影響するのかで責任の所在と割合を見ます。
7.善悪より先に、成立条件を見る
関係の力学は、責任の所在と割合を履歴をもとに明らかにしようとしますが、基本的に善悪を決めるためのものではありません。
善いから続くとは限らない、
悪いから壊れるとも限らない、
不公平な関係でも長期間維持されることはある、
善意から作られた仕組みでも、必要な資源がなければ崩れる。
そこで先に見るのは、
「この構造は、何によって成立しているのか」ということである。
誰が支えているのか、
何を消費しているのか、
消費されたものは回復するのか、
誰かの献身によって成立しているのか。
外部から新しい資源、人間、信用、金銭などを供給し続けなければ成立しないのか。
そして、
「この状態は持続可能なのか」を考える。
ただし、持続可能であることと、善いことも同じではない。
他者を消費することで、1人の人間が長期間利益を得続けられる構造も存在する。
その1人だけを見れば安定している。
しかし、消費される側まで含めれば不安定かもしれない。
さらに社会全体まで境界を広げれば、人材、信用、資源などを削り続け、その社会そのものの持続可能性を落としてしまっているのかもしれない。
だから問うべきなのは、
「持続可能か」だけではない。
誰にとって持続可能なのか、
何を消費することで持続しているのか、
どこまでを1つの系として評価しているのか。
まで含めて見る必要がある。
8.構造図は、現実そのものではない
関係の力学では、複雑な問題を理解しやすくするために、要素を分け、それらの関係を単純化して考えます。
しかし、そこで示される構造は現実そのものではない。
現実の人間や社会には、非常に多くの要素が同時に存在している。
一つの感情に複数の理由があることも、
同じ行動が複数の結果を生むことも、
本人にも分からない要因が影響していることもある。
関係の力学で描く構造図は、そのすべてを再現するものではなく、
今回考えたい問題について、必要と思われる要素と関係を抜き出したモデルである。
したがって、境界の置き方を変えたり、別の要素を追加したりすれば、異なる構造が見えることもある。
一つの図で現実すべてを説明しようとするのではなく、
「この見方をすると、何が見えるか」
を確かめるために使う。
それが、このモデルの基本的な扱い方です。
ただ、厳しいことを言いますが、
単純化する前に1度解像度を上げ境界を定める必要があるため、普段粒度を粗く構造を見ている場合、この手法は余計な手間を払うことになります。
9.よく使う視点
ここまでの内容をまとめると、関係の力学では主に次のものを見ます。
関係
何と何が接続しているのか。
境界
どこからどこまでを1つの系として扱うのか。
履歴
現在の構造が、どのような積み重ねによって形成されたのか。
力の向き
何が何へ作用し、どちらへ変化させようとしているのか。
権利と責任
誰が決め、誰が結果を引き受けるのか。
利益と負担
誰が何を得て、そのためのコストを誰が支払っているのか。
持続可能性
その構造は何を消費して維持され、どこまで続けられるのか。
これらは独立したものではない。
境界を変えれば、責任の所在も変わって見える。
履歴を知れば、現在の力の向きが理解しやすくなる。
利益の流れを追えば、その構造を維持している負担が見える。
1つずつ分けて考え、必要に応じて再び接続する。
その繰り返しによって、複雑な問題を少しずつ解いていく思考手法です。
10.正解を与えるものではない
関係の力学は、正解集ではありません。
「こう生きるべきだ」
「この関係が正しい」
「こういう人間は悪い」
と、決めるためのものでもない。
複雑な問題を前にしたときに、
誰と誰の間に何があるのか、
どこに境界があるのか、
どのような履歴から現在の構造が形成されたのか、
何がどちらへ流れているのか、
誰に選択権があり、誰が責任を負っているのか、
誰が利益を受け、誰が負担しているのか、
現在の力の向きを維持した場合、何が起こるのか、
誰にとって持続可能で、誰にとって持続不能なのか、
そうしたものを、一つずつ言語化する。
そのうえで、
「では、自分はどうするのか」
を『考える』。
関係の力学とは、そのための思考補助モデルです。
完全な理論ではありません。
間違っている部分もあるだろうし、当てはまらない問題もあるだろう。
一つの問題について、別の境界を置けば違う見方が成立することもある。
それでも、一つの問題を見るための座標系として置いてみれば、それまで複雑に絡み合っていたものが、少し違った形で見えることがあるかもしれない。
この先では、感情、人間関係、恋愛、仕事、社会、制度、価値観、その他さまざまなものを、この「関係の力学」という座標系へ置き、
構造を分解し、その時点での僕なりの解を、参考として公開していきます。
正解を渡すためではない。
あなたたち自身が、自分の立つ位置と、そこに働く力の向きを見つけるために。
次回予告「マウンティング」
毎週土曜午前8時公開予定
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