カイロくらいの恋
ドラマの『冬のなんかさ、春のなんかね』をみて、
胸くそ悪い恋愛もの書きたいー! ってなったので書いてみました。
実体験ではないです!
昔好きだった人のどこが好きだったのか、もう思い出せない。
古い記憶だ。十年も前の。
学生時代に働いていたバイト先の先輩。
たったそれだけの関係。
顔の輪郭はとうに朧気で、その笑顔は曖昧で。
仕草、声、一重だったのか二重だったのかすら、もう思い出せない。
名前は元から苗字しか知らないし。
仕事の内容以外で話したこともほとんどないし。
背丈だけは、僕より若干高かったと記憶している。
『好き』は、なんとなく好きだなぁくらいの温度感。
冬の日の朝焼けみたいな。
捨てる寸前のカイロみたいな熱。
でも、なんとなく好きだなぁて感情が、今でも静かに燃えている。
燃えている?
燻っている。
一年に一回くらい、意図せず触れてしまうことがある。ふとした瞬間、思い出してしまう。
背中をかいて、存在すら知覚していなかったデキモノを潰したときみたく。若干の痛みと血の色を知る。
それだけの恋。それだけの赤。
バイトの最終日に告白しよう。
若い決意は果たされなかった。
双ヶ丘の触れ方すら知らなかった僕にとって、自信と勇気の持ち合わせはなく。
退職後、情けない後悔がささくれ立ち、奥の奥で引っかかったまま抜けない。
とはいえ僕も大人になった。恋を確かめる手段ももち合わせていた。その日は、ひさしぶりに暇な午前だったのだ。
店長のインスタグラム→
フォロー欄をスライドして、ひと押し、少しの達成感。
『久しぶりです。僕のこと覚えていますか?』
緊張はなかった。
チリ箱にカイロを投げ。入ればいいな、くらいの期待。
『久しぶり! もちろん覚えているよ。元気にしていましたか?』
投稿とハイライトを見れば、先輩に恋人がいないことはすぐに分かった。変な駆け引きをするのも面倒だから。
『元気です。いきなり連絡すみませんと、いきなりの提案も併せてごめんなさい。今度お茶でもしませんか?』
『ほんとに急だね。どうして?』
『昔好きだったんで』
既読がついたのに、しばらく返答はなかった。
別に悲しくなんてない。
ところが後日、店のリンクと待ち合わせ時間が送られてきた。
再会は一時間だけのつまらないものだった。
近況報告とバイト時代の思い出話に終始した。
かつてより上手くなった作り笑いのお披露目会。
先輩は僕の好意に、わざわざ触れてこなかった。
それでいいと思った。
喫茶の注文は悩むくせ、もうこの人に会うことはないだろうという結論だけは確かなのだ。
この人のどこに、僕は惹かれたのだろう。
目の前にいるのに思い出せない。
記憶よりトキメかない。思い出より輝かない。
会話に発展はなく。ドリンクがひどく不味い。
正直ガッカリした。
失礼な話だ。
思い出を勝手に神格化していたのは自分で、勝手に焦がれていたのも自分だというのに。
自己の醜さに辟易しながら帰路につく。
会計は二人でたったの千五百円。
僕から誘ったくせ、先輩からのお金を受け取ってしまう。別に奢ってもよかった。次があると仄めかすのが忍びなかったのだ。
なにが冬の朝焼けか。
気持ち悪い。
日はこんなにも寒く。
吐く息のなんて白々しい。
でも先輩、ちょっとだけ喜んでくれていたな。
「あ、そういう……」
理解した。
僕は先輩のことを、『僕程度の人間でも、告白すれば付き合えそうだな』くらいに見下していたから、ほんのりと好きだったのだ。
最低だ。
あと十年もすれば、僕はまた先輩の顔を忘れるだろう。
けれど生涯、この自己嫌悪は居座り続ける。
失恋というのすらおすらおこがましい。
これは他者を使った、ひとりよがりの自傷なのだ。
せめて、『ありがとう』のメッセージを送ろう。
この一時間は無駄でなかったと真摯に伝えよう。
そして彼女の人生に、二度と関わるな。
手袋とマフラーを外す。
冬よ、どうか僕を凍えさせて。
この罰ですら、少しぬるい。




