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カイロくらいの恋

作者: 海の字
掲載日:2026/01/17

ドラマの『冬のなんかさ、春のなんかね』をみて、

胸くそ悪い恋愛もの書きたいー! ってなったので書いてみました。


実体験ではないです! 

 昔好きだった人のどこが好きだったのか、もう思い出せない。

 

 古い記憶だ。十年も前の。

 学生時代に働いていたバイト先の先輩。

 たったそれだけの関係。


 顔の輪郭はとうに朧気(おぼろけ)で、その笑顔は曖昧(あいまい)で。


 仕草、声、一重だったのか二重だったのかすら、もう思い出せない。


 名前は元から苗字しか知らないし。

 仕事の内容以外で話したこともほとんどないし。

 背丈だけは、僕より若干高かったと記憶している。


『好き』は、なんとなく好きだなぁくらいの温度感。


 冬の日の朝焼けみたいな。

 捨てる寸前のカイロみたいな熱。


 でも、なんとなく好きだなぁて感情が、今でも静かに燃えている。


 燃えている? 


 (くすぶ)っている。


 一年に一回くらい、意図せず触れてしまうことがある。ふとした瞬間、思い出してしまう。


 背中をかいて、存在すら知覚していなかったデキモノを潰したときみたく。若干の痛みと血の色を知る。


 それだけの恋。それだけの赤。


 バイトの最終日に告白しよう。

 若い決意は果たされなかった。


 双ヶ丘(ならびがおか)の触れ方すら知らなかった僕にとって、自信と勇気の持ち合わせはなく。

 退職後、情けない後悔がささくれ立ち、奥の奥で引っかかったまま抜けない。


 とはいえ僕も大人になった。恋を確かめる手段ももち合わせていた。その日は、ひさしぶりに暇な午前だったのだ。


 店長のインスタグラム→

 フォロー欄をスライドして、ひと押し、少しの達成感。


『久しぶりです。僕のこと覚えていますか?』


 緊張はなかった。

 チリ箱にカイロを投げ。入ればいいな、くらいの期待。


『久しぶり! もちろん覚えているよ。元気にしていましたか?』


 投稿とハイライトを見れば、先輩に恋人がいないことはすぐに分かった。変な駆け引きをするのも面倒だから。


『元気です。いきなり連絡すみませんと、いきなりの提案も併せてごめんなさい。今度お茶でもしませんか?』


『ほんとに急だね。どうして?』


『昔好きだったんで』


 既読がついたのに、しばらく返答はなかった。

 別に悲しくなんてない。


 ところが後日、店のリンクと待ち合わせ時間が送られてきた。


 再会は一時間だけのつまらないものだった。

 近況報告とバイト時代の思い出話に終始した。


 かつてより上手くなった作り笑いのお披露目会。


 先輩は僕の好意に、わざわざ触れてこなかった。

 それでいいと思った。


 喫茶の注文は悩むくせ、もうこの人に会うことはないだろうという結論だけは確かなのだ。


 この人のどこに、僕は惹かれたのだろう。

 目の前にいるのに思い出せない。

 

 記憶よりトキメかない。思い出より輝かない。

 会話に発展はなく。ドリンクがひどく不味い。


 正直ガッカリした。

 失礼な話だ。


 思い出を勝手に神格化していたのは自分で、勝手に焦がれていたのも自分だというのに。


 自己の醜さに辟易(へきえき)しながら帰路につく。

 会計は二人でたったの千五百円。


 僕から誘ったくせ、先輩からのお金を受け取ってしまう。別に奢ってもよかった。次があると仄めかすのが忍びなかったのだ。


 なにが冬の朝焼けか。

 気持ち悪い。


 日はこんなにも寒く。

 吐く息のなんて白々しい。


 でも先輩、ちょっとだけ喜んでくれていたな。


「あ、そういう……」


 理解した。


 僕は先輩のことを、『僕程度の人間でも、告白すれば付き合えそうだな』くらいに見下していたから、ほんのりと好きだったのだ。


 最低だ。


 あと十年もすれば、僕はまた先輩の顔を忘れるだろう。


 けれど生涯、この自己嫌悪は居座り続ける。

 

 失恋というのすらおすらおこがましい。

 これは他者を使った、ひとりよがりの自傷なのだ。


 せめて、『ありがとう』のメッセージを送ろう。

 この一時間は無駄でなかったと真摯に伝えよう。


 そして彼女の人生に、二度と関わるな。


 手袋とマフラーを外す。

 冬よ、どうか僕を凍えさせて。

 

 この罰ですら、少しぬるい。

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