3 わたくしのルーティーンをアホどもが妨害してきます
朝のお祈りの時間です。お祈りとは名ばかりで、実質ほとんど礼拝堂のお掃除ですが。毎朝ピカピカに磨き上げることが聖女のお仕事のひとつなのです。
お掃除を終えたら、朝のお祈りをします。お祈り自体は簡単なもので、要は今日も魔物を倒すためのお力をください、というお願いですね。
真摯に祈ると、パアッと光が降り注ぎ、ファドミーレ様の神力をこの身に宿すことができます。
そして昼間は魔物の討伐へ同行したり、神力をより効率的に扱う訓練をしたり、マナーの授業を受けたりします。
今日はマナーの授業の日だったのですが、正直この時間は苦痛なのですよね。だって、王族に嫁がなければ宮廷マナーなんて学ぶ必要の無いお勉強なので、どうにもモチベーションが上がりません。せめてラクンボ様が誠実な方なら、まだやる気にもなりますが、あんな最低男ではやる気などマイナスです。
わたくしがつい、あの方のことを思い浮かべてしまったからでしょうか。通路の向かいから、嫌なモノがやってきてしまいました。
「シャーミィ! 準備は進んでいるのか? こんなところでなにをボヤボヤしている!」
あぁん? 何だと貴様……っと、いけませんわ。マナーの授業をしっかりと受けているのに、時々故郷の兄の言葉遣いに流されそうになってしまいます。わたくしは心を静めました。
「……ラクンボ様。ご存知ありませんの? ファドミーレ様へ聖女の代替わりをお願いするには、一週間かかりましてよ」
「なっ!? そんなにかかるのか!」
王族のくせに知らなかったのですね。聖女のお仕事は楽なものではないので、就任して間もない聖女はすぐに辞めたがります。それを周りが騙しながら……いえ、フォローしながら慣れていってもらうため、数回程度のお願いでは代替わりできないようなシステムになっているそうです。……巧妙ですね。
「あぁ~ら。じゃあ私はまだ出番がないのね」
バインバインと大きな胸を揺らしながら会話に入ってきたのは、ロデクシーナ様。真っ赤な縦ロールの髪が大迫力なお方です。もうすでに王宮内に連れ込んでいたんですね、ラクンボ様は。
「君はただ俺の隣にいてくれれば、それでいいんだよ。ロデクシーナ」
「あら嬉しい。では私はたっぷりとあなたを癒してあげるわ……」
「ロデクシーナ……!!」
目の前でいちゃつかれ、非常にうっとうしいです。わたくしが冷めた目で二人を見ていると、ロデクシーナ様がわたくしの胸をちらりと見た後に、ふっと鼻で笑いました。
やんのかゴラァ!! 表出ろや!! ……っと、いけない、いけ……な、い……。
いえ、これはわたくしへの宣戦布告ですから、いずれしっかりとお礼をしなければなりませんね。首を洗って待っていてくださいませ、ロデクシーナ様!
「とにかく、一週間後には必ず代替わりの儀式をするんだぞ! 分かったなシャーミィ!」
「シャーミィ様。私のために、よろしくお願いしますわね?」
わーっはっはっは、おーっほっほっほ、とそれぞれ高笑いしながら二人は去っていきました。
こうしてみると、頭ふわふわなところがお似合いですね。最初はラクンボ様に引っかかるなんて気の毒な女性だと思っていましたが、今日でその考えは吹き飛びました。
敵・認・定!!
わたくし、人並みには胸、ありますもの……。
夜になり、またお祈りの時間がやってきましたが……実は、この夜のお祈りの時間がかなり謎なのです。
その日一日で感じたことを、ファドミーレ様に報告する、という決まりがあるのですが……。その時間が30分もとられているのです。日記のような報告ならば10分もあれば済んでしまいますので、歴代の聖女たちはみんなこの時間に頭を悩ませていたようです。
食事内容を事細かに伝えたり、読んで面白かった小説の感想を伝えたりと、聖女の皆さんはあの手この手で時間を引き延ばしていたようで、わたくしの前の聖女様は自分でエッセイを書いてそれを読んでいたのだそうです。一体この時間は何なのでしょうね?
わたくしも最初の頃は領地の観光スポットやおすすめグルメで乗り切っていましたが、すぐにネタには困らなくなりました。
“ファドミーレ様、お聞きください。わたくしの愚かな婚約者が、聖女の代替わりを要求してきました。わたくしと婚約破棄がしたいのだそうです。常に上から目線で人の神経を逆なでする勘違い男なのですが、わたくしも彼との婚約破棄を望んでおりますので、どうか新たな聖女を選定していただきたく、奏上致します。だいたいあの甘やかされお子様王子は本当にどうしようもない男で、今日も非常識なことをしでかしました。それにお相手のご令嬢もひどく性格の悪い女性で…………”
ハッと気づくとすでに一時間が経過していました。