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トリップ後現代に戻るものの再び舞い戻る元ヒロインと友人ヒロインのお話

タイトル 未定

長いようで短い夢だった。

見慣れた天井。かぎ慣れた自室の香り。聞きなれた喧騒。

ガラリと変わった全てに、しかし感じ慣れた現実に里利子の脳は付いていけなかった。


「…ゴーディ?」


居るわけないと、分かっていたけれど。


「ねぇ――――、ゴーディ」


私から望んだことだったのだ、これは…。なのに。


「――――うあっ、ああぁぁ…っ」


襲い来る虚無感と悲観。

彼が、こんなにも自分を染めていたのに。

それに気づかず私は戻ってきてしまった。

ジリリリと目覚まし時計が騒がしく音を鳴らす。

夢は覚めた。もう忘れろと言われているような気がして、里利子はベッドのシーツを強く握る。

そして手を這わすように首元に手を当てた。

彼がくれた金のネックレスは、確かにここにあるのだ――――。


「ゴーディ…」


愛しい彼は、覚めない夢の中に居る。


***


「里利子!」


自分の名前を呼ぶ声に気づき、里利子は振り返った。

そこには三年ぶりに見た親友の汐音しおねが笑顔で手を振っていた。

茶色いフワフワの髪を揺らし駆け寄る姿は非常に可愛らしい。

しかしその外観と裏腹に、案外しっかり者のお姉さん肌だという事を里利子は知っている。

汐音の笑顔を見て非常に懐かしさを覚えるが、こちらでは一日しか経っていないのだ。

「久しぶり」という言葉を抑え、何事もないかのように「おはよう」と挨拶をした。


「おっはよー。…あれ、髪の毛どうしたの?エクステ?」

「ああ、うん。そうなの」

「へー似合ってるじゃん!凄く自然」


里利子の髪の毛を触りながら、汐音は「手触りも良いねぇ」と笑って言った。

不思議なことに、現代では一日しか経っていないと言うのに、向こうで得たものはそのままだった。

伸びた髪の毛、少しだけ伸びた身長、ゴーディから貰ったもの。

全て元通りだったら夢だと踏ん切りがついたのに…。

髪の長い自分を見ると、あの鮮やかな光景が目に浮かび里利子の心を傷つけた。

しかし髪を切ろうとは思えない。まだ彼に染まっていたかったのだ。


「…ねぇ里利子、何かあった?」


訝しげに汐音は里利子に尋ねる。

髪の毛はさらりと手をすり抜けた。それが何だか妙に寂しくて…。

汐音はバッと里利子の腕に抱きついた。

くすりと里利子は笑う。

こんな笑い方をするような子だっただろうか。

前はもっと楽しげに、あははーって笑う子だった…。


「何もないよ」


寂しげに伏せられた目。黒く長い睫毛が震えていた。

こんなにも美しい子だっただろうか。私の親友は。

風に揺れる腰まで長い髪を風に遊ばせる彼女は、まるでどこかのお姫様のようだった。

すれ違う誰もが里利子を見つめる。

絡める腕に力を入れた。


「何かあったら言ってね!」

「どうしたの、シオ?」

「分かんない、分かんないけどさぁっ!」


里利子が遠くに居るように感じてしまう。

彼女は隣に居るのに。こんなにも温かいのに。

「変なシオ」おかしそうに笑っているのに、今にも泣きそうなほど悲しそうで―――。

里利子に何かあったことなど、汐音には分かっていた。

けれどズケズケと聞かなければ、探りを入れることもない。

里利子から話される事を待つのだ、ひたすらに。

悲しそうな瞳が早く無くなればいいと思う。

心の内に秘めた涙を、自分の前で流してくれたらいい。

その後は前のようにあははって笑ってほしい。

アクセサリーが嫌いな里利子の胸元に、小さなチャームが付いた金のネックレスが、キラリと光った。


「おい、杉峰どうしたんだよ」


講堂で誰かが小さく囁いた。

目線の先には窓辺の席に座り、遠くを眺める一人の女。

誰も気にも留めない、そこらへんの女であったのに、今では一同の視線を集めていた。

肩までだった髪が腰まで伸びている。

まるで地毛のように見えるが、彼女の親友の汐音に尋ねると「あれはエクステよ!」と言い張るのだ。

本物の髪の毛のようにエクステを付けてくれる美容室を、女たちは知りたがった。

憂いを含みながらも美しく様変わりした里利子の理由を、男たちは知りたがった。

誰かが話しかけても必要最低限のことしか言わない。

しかし会話が終わってしまう瞬間に、相手は違う話をさらに切り出した。

もっと里利子と話したい、彼女の満面の笑みを見たいのだ。

笑わせようと面白おかしく話をするが、里利子は眉を少しだけ下げ、小さく笑うだけだった。

女と男はその笑顔を見て、里利子の心の奥を知りたがった。


「杉峰さん綺麗すぎる」

「いやーん、何があったのかしら!?」


ざわめく講堂に汐音は眉根を寄せた。

そして席を立ち上がり、里利子の腕を引っ張った。


「どうしたの?」

「今日はサボるわよ!」

「えっ?」

「ちょっと、代返よろしく」


後ろに座っていた女の子に汐音は頼んだ。

一瞬驚いたような顔をしたが、里利子の顔を見て「分かった」と心よく引き受けてくれた。

汐音の真意は分からないが、何か理由があるのだろう。

里利子は女の子に「ごめんね、ありがとう」と言葉を告げた。

顔を微かに赤らめ慌てて首を振る。「ううん、気にしないで!」

汐音はさらに腕を引き講堂を後にした。


二人は大学を出て近くの喫茶店に立ち寄った。

静かな店内は人が少なく落ち着く雰囲気の店だった。

里利子はミルクティーを、汐音はカフェモカを注文し、手に持っていたメニューを元に戻す。

何かを言いたそうに口を開閉する汐音を見て、里利子は苦笑した。


「何か聞きたい事があるなら、なんでも聞いて?」


首を傾げた里利子の髪が、サラリと肩から落ちた。

つい見惚れていた汐音はハッとし、「うん」と小さく返事を返す。


「あの、さ」

「なぁに?」


優しい言葉に、汐音はなぜか涙が浮かぶ自分に気づく。

何だろう、この子のこの包容力。

なんでも任せたくなるような、頼りたくなるような不思議な力。

でもか弱そうな外観はつい守りたくなってしまうような、不思議な魅力。


「里利子はそんなんじゃなかった」


上手く言葉が見つからない。


「どうしちゃったの?何かあったの?」


たった一日、されど一日。

目の前に居るこの子は誰?

まるで誰かが里利子に成り代わっているかのような…。


「恋をしたの」


それは今日初めて見た、里利子の満面の笑顔だった。

里利子は言う。


「一瞬だった。長いようで短い感覚」


視線は汐音から外され、水滴を滴らせるグラスに注がれた。

カランと氷が触れ合う音がした。

タイミング良くマスターが現れ、カップを置いた。

里利子は温かいミルクティーにふぅっと息を吹きかけ一口飲み込んだ。


「一目ぼれだったの?」


汐音の疑問に、カップを口元に当てたまま「うーん」と唸る。


「どうだろう、一目ぼれなのかなぁ…?」


彼を好きになったのはいつからだろう。

麦畑で泥にまみれていた彼を初めて見た時?

野盗から救ってくれて、泣く私を抱きしめてくれたあの時?

それとも遠乗りに出かけて、流れる綺麗な川を見て「綺麗だね」と笑い見つめ合ったあの時だろうか。

それとも、それとも…。

想いはどんどん蓄積されて、苦しいくらいの愛を里利子に伝えた。

しかし別れを切り出したのは里利子だった。

皆は引きとめてくれたのだ。行かないでくれと。

中には里利子をライバル視していた子も居て、泣きながら「帰るなんて許さなくてよ!」と怒っていた。

抱きしめたら声を更にわんわんと大きくして泣きだしたのだ。

懐かしい情景に心が温まり、ふっと笑顔が里利子に戻る。


「もうその人には会えないの?」

「うん、そうだね…。会えないと思う」

「住所とか知らないの?」

「凄く遠い場所に居るの」

「そっか…」


汐音は歯がゆかった。

どんなに笑わせようと頑張っても、彼女は淡く笑うだけ。

しかし誰かを思い出した里利子は優しく笑うのだ。

親友の汐音ができないことを、その相手はあっさりとやり遂げる。

歯がゆくて悔しかった。

けれど彼を思い出して幸せになるのなら、と汐音は口を開いた。


「その人のこと、聞いちゃダメ?」

「え?ふふ、そうだなぁ…」


始終幸せそうに里利子は笑っていた。

初めて彼と出会ったのはね、黄金色の麦畑の中。

彼は私を見て、驚いたように目を見開いていたわ。

私も泥だらけの彼を見てとても驚いた。

少しだけ日に焼けた肌を、泥でさらに茶色くして…。

でもね、良く見たら麦畑と同じ金色の髪の毛と瞳を持っていて、柄にもなくこの麦畑の神様かなぁって思ったわ。

そりゃ勝手に畑に入られたら、神様も怒るよねって思って、「神様ごめんなさい」って謝ったの。

彼は更に目を見開いたと思ったら、お腹を抱えて笑いだしたの。

それでね…。


「チョイ待ち」

「どうしたの?」

「麦畑?いつの間に行ったのよ」

「えー…。気づいたら」

「日に焼けた肌は良いとして、金色の髪と…、瞳?」

「うん。ゴーディの…、あ、例の彼ね。ゴーディの髪は少し癖っ毛でね。モシャッとしてるの。思わず撫でちゃうの、いつも。瞳もずっと見て居たくなるような金色で――――」

「待て待て待て!」


幸せそうに笑う里利子の前に手を突き出した。

掌には見えない『STOP!』が書かれている。


「そのゴーディさんって、外人?」

「うん、そう」

「あっちゃー!」


思ったよりも話が重大そうだぞコリャ!

汐音は頭を抱えた。

「だからね…」里利子が発した小さな呟きに、汐音は頭を上げた。


「もう…、会えないんだ…っ」

「―――里利子」

「私からさよならを言ったの。別れなんて分かってたから、覚悟してたのに…」


――――いざとなったら、苦しくて悲しくて寂しくて…。


「ごめんね、シオ。今だけ、泣かせて…」


汐音は何も言わず、ただただ涙を流す里利子を抱きしめた。


***


日が経つにつれ、里利子は笑顔を取り戻していった。

しかしやはり以前のような元気な里利子は見られず、どこか神秘的な彼女がそこに居る。

合コンの誘いは止まらず、里利子と遊びたいと汐音に訴える男も少なくない。

確かに新しい出会いは必要かもしれない。

しかしそれはあくまで“彼”の存在が薄くなった時であり、今はまだその時ではないのだ。

汐音は誘いをすべて断り、できる事ならば常に里利子の傍に居た。


そして次第に里利子の話に疑問を抱くようになる。

汐音は里利子が一日でゴーディと出会い恋に落ち、別れたと思っている。

しかし里利子が話す内容は、一日では収まりきれないような長く濃いものだった。

それはまるで何年も一緒に居たかのような…。

だが次第にその話も少なくなり、里利子の口からゴーディの名を告げられる事が減る。

それが良い事なのか悪い事なのか、汐音には分からなかった。


バイトがあるからと汐音は里利子と別れ、一人里利子は帰路に付いた。

食材がもう直ぐで無くなるから、買い物をして帰ろう。

今日の晩御飯はどうしようかな。

ハンバーグが食べたい。つなぎが少ない、お肉がいっぱいのハンバーグ。

そう、ゴーディが美味しいと言ってくれた、あの…。

目にジワリと涙が溢れるが、空を見上げて誤魔化した。

もう忘れなきゃいけないのに。どうしても忘れられない。

現実ではこうやって思い出としてゴーディは現れる。

唯一の逃げ場である夢の中でも、ゴーディは微笑みながら里利子を抱きしめるのだ。

今、里利子がゴーディを忘れられる場所などどこにもなかった。


買い物を済ましアパートまで向かう途中、空気が揺れた。

懐かしい波動の揺れ。しかし見渡してもどこにも変化は見られなかった。

なんだろう…。こういう偶然の現象にもあちらを思い出してしまう。

里利子は苦笑し、首に掛かるネックレスを握った。

ふうっと息を吐き、歩き出したその時だった。


「リリィ」


血液が逆流したかのように、ドッと心臓が激しく脈打つ。

ドッドッドッ。甘い眩暈がした。

振り返るのが恐ろしい。

私を騙す酷い人は誰?居ないはずの彼を装う酷い人は誰?

しかし彼のあの低く優しい声をまねできる人は誰もいない。

私にだけ向けられるあの甘い声を知っているのは、ほんの一握りの人だけ。


「お願いだ、リリィ。こっちを見て」


振り向くのが恐ろしかった。

しかし魂が騒ぐのだ。振り向け!早く!振り向け!

ジャリっと音を立て、里利子はゆっくりと振り向いた。


「会いに、来てしまった…」

「ゴーディ!」


手から袋は落ち、その手はゴーディの背中に回る。

痛いほど二人は抱きしめ会った。

そうだ。世界は彼だった。私の世界は彼が居て成り立っていたのに。

彼が居ない世界に、私は未練があるだろうか…。


「すまない、リリィ。もう俺は、お前を手放せない…」

「うん、うん。私も離れない―――」


ゴーディの首元にもネックレスが輝いている。

それは里利子とお揃いだった。

これは束縛。どこにも逃げないように、どこにも逃さないという証なのだ。


汐音は二人を見つめていた。一人涙を流しながら。

幸せそうな親友の姿に心は歓喜で震えていた。


***


汐音はバイトへ向かう途中の人ごみの中、黄金を見た気がした。

金髪なんて今の日本人には珍しくもない。

外人も多い都内で、その色に反応を示すほうが少なかった。

しかし一瞬だけ見えた金は、そこらへんに溢れる金とは比べ物にならないほどの輝きをしていたのだ。

生命が放つような力強さや、見た者をつい引き寄せてしまうような美しさ。

そしてざわざわと騒がしい喧騒の中で、そこだけが異質で静かだったのだ。

脳裏には優しく微笑みながら“彼”を話す里利子の笑顔が過る。

人混みが割れた。

見えたその人はキョロキョロと周りを見渡している。

服装は白い長袖のブラウスと、黒いズボンをブーツに入れていた。

袖をめくり覗く腕は筋肉質で男らしい。

簡素な装いだが彼の放つオーラで何故だか豪華に見えた。

そして日に焼けた肌と、太陽に照らされ輝く金の髪。

こっちを見た――――。

そしてその瞳は有り得ぬ金色。


「すまない」


その男は汐音に話しかけた。


「人を探しているんだ」


声も低く聞き心地が良い。

堀が深い端正な顔立ちは、今では不安そうに歪められていた。


「貴方、ゴーディさん?」


確信はなかった。なぜならば里利子は言っていたのだ。

『もう会えない。会う事はあり得ない』と。相手を良く知る里利子が言うのだ。

なのにその相手が目の前に居ることは『あり得ない』ことだった。

男は目を見開く。「どうして…」小さく呟いた。

汐音は胸にどっと熱い感情が湧き出るのを感じた。

良かった、本当良かった…。

そして分からない安著。


「里利子が待ってます」


その言葉を聞いたゴーディは笑った。嬉しそうに。

それはまるで太陽のように暖かい笑顔だった。


「案内、頼めるだろうか」

「任せてください!」


バイト先に遅れると電話したが怒られた。

随分とケチだなぁ、おい。謝り電話を切る。

もうバイトなんてそんなの知らない。クビになっても構わない。

バイトなんて腐るほどあるんだし!

今大事なことはたった一つ。

大好きな友人が愛するこの人を、無事に彼女に会わせる事!

それはかつてないほどの重大任務のようだった。


電車に乗り、里利子のアパートへ向かう途中に視界はその姿を捉えた。

汐音よりも早くゴーディは反応し、ダッと走りだす。

慌てて汐音も後を追った。

距離を置き二人を眺める。


「お願いだ、リリィ。こっちを見て」


それは聞いているこちらが恥ずかしくなるほど、甘く切ない声音。

里利子は振り向かない。その腕は震えていた。

汐音はなぜか涙を流した。なぜ涙を流すのか自分でも分からない。

ゆっくりと振り向いた里利子は、ゴーディの顔を見ると子供のように顔を歪め、涙を流したのだ。

心からの感情。それは汐音が切に願っていた、里利子の本当の顔だった。


「会いに、来てしまった…」

「ゴーディ!」


二人は抱き合う。

映画のワンシーンの様なそれは、汐音の心に深く刻まれた。

しくしくと汐音は涙を流した。それは別離が見えたからだ。

それは里利子とゴーディではない。里利子と汐音の別離だった。


***


抱き合う腕を離し、しかし手はしっかりと握りあったままゴーディは言った。


「リリィの友人に案内をしてもらったんだ」

「友達?」

「そう、茶色い髪のフワフワした…」

「し、シオ!」


そう言葉を発したら、電柱の陰から「やっほー」と涙でグチャグチャの汐音が笑って現れた。


「シオ、私、私…」

「うん、何も言わないで」

「ありがとう、本当に…っ」


涙を流す里利子を見た汐音は、つい涙が抑えきれなくなり、見ていられない程号泣した事をここに記しておく。


次の日になり、汐音のマンションのベルが鳴った。

現れたのは明るい笑顔の里利子と、優しく笑うゴーディ。

しっかりと手を握り合う二人を見て、汐音は笑って部屋に招き入れた。


「この度は本当にすまなかった」

「ゴーディと汐音が街で出会ったのも、運命だったと思うの」


まぁ確かになぁと汐音は頷く。

偶然あの場所にあの時間にあのタイミングは必然に近い。

運命か、そう関心する汐音を前に、「良かったら来ない?」と唐突に里利子は言った。

それはまるで「レストランに行こうよ」と言われているような軽い口調で、思わず「は?」と汐音は聞き返した。


「何処に行くの?」

「ゴーディの国」

「おお、旅行ね!?」

「まぁ…、そうね」


里利子は苦笑した。


「三年に一度しか戻れないんだけど、良かったらどう?」

「え?」

「あ、でもね、向こうに滞在中ゲートが完成すると思うの。ね、ゴーディ?」

「ああ。完成まであと一歩だ」

「チョイ待ち。三年に一度?」

「うん。時空の歪が現れるのが丁度三年に一度なの。あ、大丈夫。時間は好きな時間に戻れるから!」

「あ、うん。ちょっと落ち着こう?時空の歪って?」

「リリィ。シオに言ってなかったのか?」

「あれ?言ってなかったみたい」


えへっと可愛らしく里利子は笑う。

その笑顔に汐音とゴーディはだらしなく笑った。


「ゴーディね、異世界の王様なの」

「ちょっとゴーディ!あんた里利子に変な洗脳でもしたんじゃないでしょうね!?」

「するわけがない。本当の話だ。な、リリィ?」

「ええ本当なのよ」


慌てる一人と落ち着く二人。

まるで私が可笑しいみたいじゃないか。

異世界?何それ現実を見ろ。ファンタジーふざけんなよコラ。


「仕方ない。これじゃ強制連行ね」

「足りないものは向こうで買えばいい」

「そうね。レトルトカレーやカップ麺はもう準備してあるし」

「さぁ行こうか」

「え、ちょ、待って、ギャーーーー!!」


地面が揺れたと思ったら、汐音の視界は真っ暗に暗転した。


「シオ、起きて、ねえ…」


優しく体を揺すられる感覚に、汐音は意識を浮上させた。

ボキャブラリーが乏しい汐音は、兎に角“豪華”な部屋に呆然とした。

自分が寝ていたベッドも、キングサイズあるようだ。

挙動不審に周りを見渡してから汐音と目が合った里利子は優しく微笑む。


「ここは?」

「ここはジェダイユ。ゴーディが納める国よ」

「あはは、そんなまさか…」

巨大な窓から覗く見慣れない街並み。

それは遠くまで広がり、その先には広大な麦畑などの長閑な風景が広がっていた。


「うっそーん」

「リリィ、客人は目覚めたのか?」

「バルドさん」


里利子が知らない名前を呼んだため、挨拶をしようと窓から視線を外し振り返る。

どうしてこう、外人はかっこいい人が多いのだろう。

ゴーディは細マッチョだったが、目の前の男の人は凛々しい美丈夫だった。

茶色い髪は少しうねっていて短毛。眉はキリッと釣り上がり、深い堀の下には茶色い瞳が輝いている。

バルドと汐音は見つめ合う。それは里利子が言ったように『長いようで短い感覚』だった。


「彼はバルドさん。第一級警護隊長なの」

「…バルドだ。よろしく」

「し、汐音です。里利子が大好きです」


なんだか少しおかしい自己紹介を言ったかもしれない。そう思っていたらバルドは小さく笑った。

それは汐音の胸がほっこりと暖かくなるような笑顔だった。


汐音はまだ気づかない。

自分が里利子と同じような、しかしそれ以上に切ない運命をたどる事を。


里利子は少しだけ気付く。

親友の胸の中に、小いながらも熱い恋の花が咲き始めている事を。


バルドは気付いたが、気づかない振りをした。

目の前の可愛らしい少女が、自分のかけがえのない存在になっていくことを。


ゴーディは後に気づく。

自分の親友が、己の感情を抑えている事を。

それは自分がよく知る、切なく苦しく鳴き叫びたくなるような激しい感情。


一度終わったハッピーエンドの物語は、新しい配役をそろえ第二部を開幕した。

それは幸せな物語か、それとも悲しい結末か。

最後を知るのは物語を始めた神様しか知らない。










汐音

大学三年生。茶色いフワフワとした髪を長く伸ばしている。

可愛らしい雰囲気をいているが、中身はしっかり者のお姉さん肌。

泣き虫。


杉峰里利子

異世界トリップをしていたが現代に戻った。

黒くまっすぐな髪を腰まで伸ばしている。

ゴーディに貰ったネックレスを片時も離さず身につけている。


ゴーディ

日に焼けた肌と、金色の天パ気味のモシャモシャした髪、金色の瞳を持つ男性。

里利子を一旦手放すものの失意に苛まれ、三年後に時空の歪を通って現代へ。

里利子とお揃いのネックレスを身につけている。

ジェダイユの国王。22歳→25歳。


バルド

茶色くうねる髪と、キリッとした眉と瞳、ガタイが良い。

ゴーディの身辺を守る第一級警護隊長。

汐音を見て何かを感じるものの、それを胸の内に秘め知らない振りをする。


里利子が主人公のつもりが、いつの間にか汐音さんが出張っていました。

もう汐音さんが後の主人公で良いかなぁと思い今に至ります。

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