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SPELL NAME 美春の世界

タイトル Gladiolus

赤い薔薇が咲き乱れる庭園は、眩暈を起こしそうなほど濃厚な香りに満ちていた。

風で舞う鮮やかな赤い薔薇の花びら。満天の星空と二つ並ぶ大小の月。

光が弱まり姿を潜める巨大な城は月光に当たり、不思議な雰囲気を纏っていた。

あたしが歩くたびにかさりと芝が鳴く。一歩ずつゆっくりと、あたしは赤い薔薇園の中心に向かっていた。

香りが身に纏わり、まるで媚薬のように意識を朦朧とさせる。

いや、香りだけじゃない。この先に居る人物が、あたしの意識を混濁させるほどの存在なのだ。


薔薇園の中心は半径二メートルほどの円になっている。

地面は芝から大理石に代わり、何やら不可解な文字や模様が刻まれていた。

薔薇の垣根は優に一メートル以上あるため、この中心部分はある意味秘密基地に近かった。

その円の中に座り込む小さな子供がいた。まだ幼い、四歳かそこらの小さな子供。

その後ろ姿を見ると、あたしはどうしようもない感情に襲われる。

かわいいな、守ってあげたい、優しくしてあげたい…、そんな感情。

子供は人の気配を察したのか、ハッとした表情でこちらに振り向くが、相手があたしだと気づくと表情を和らげた。


「みはるっ」


満面の笑みで、それこそ世界中の大輪の花々さえも霞んでしまいそうなほどの笑顔で、その子供はあたしに抱きついた。

温かい、小さな子供。あたしが守るべき愛しい存在。


「こんばんは、グラン」


抱きついたあたしの足にギュウっと力を込めると、ふっと力を抜き顔を上げる。


「きょうは早いね!ぼくびっくりしちゃったよ!」

「うん。グランに会いたくて」

「…へへっ」


そう言ったら嬉しそうにグランは笑い、「こっち!」と言ってあたしの手を引っ張った。

濃厚な薔薇の香りの中、振り返っては満面の笑みで笑う男の子。

ああ、天国とはこういう場所のことを言うんだ――――、とあたしは馬鹿なことを考えた。

城の城壁に沿って少し歩くと、グランは歩みを止めた。

そして城壁下の土を指さす。視線を向けるとそこには小さな芽が三つ、ちょんちょんちょんと生えていた。

グランがしゃがみ嬉しそうに芽を見つめ始めたので、あたしも同じようにしゃがみ込む。


「ねぇ、みはる。これがなにか分かる?」

「え?うーん」


あたしにはただの小さな芽にしか見えなかった。

なんだろう、と考え「あ」と声を上げる。


「もしかしてこの前あげた球根?」

「そうだよ!」


白い歯をのぞかせグランは笑う。ああ可愛い。


「みはるがくれた、グラジオラスのきゅうこん」

「うん…、グランと同じ名前のお花」


照れたように笑うと、グランはピトリとあたしにくっ付いた。

温かい子供体温。グランの緩んだまま戻らない頬を、あたしはぐにぐにと揉む。

「やめてよう」と怒ったように、それでも嬉しそうに笑い声を上げた。

まだ幼いグランは、とにかく寂しがり屋だ。

甘えん坊で寂しがり屋、そして泣き虫。

初めて出会った時は警戒心がバリバリな子猫だったのに、今では尻尾をブンブンと振る子犬になってしまった。

それはそれで大変可愛いのだけれど。

ピンク色をしたホワホワほっぺをニンマリしながら見つめていたら、大きな瞳をキョトリとさせグランが顔を向ける。

そして頬を膨らませた。

頬を手で押すと、口からプシューっと空気が抜け、私は笑い声を上げる。本当に愛いな!


「むう。きいてた?」

「聞いてたよ。相変わらずグランは可愛いなぁ」

「きいてないじゃん!もう!」


可愛い可愛いと言いながら抱きしめると、グランも笑いながら腕を回す。

下心なんて何もない、子供同士のような抱擁。

お互いの存在を確かめるような、ただ単に温かさを分かち合うかのような。


「みはる」

「ん、なぁに?」

「ううん…、何でもない」


「早くおっきくならないかなー」と、小さな芽を見ながらグランは呟いた。


「なるよ。二人で育てれば直ぐだよ」

「うん!ふたりでね」


くすくすと二人して笑う。

地面に尻をつき、あたしの膝に座ったままグランは芽を見ていた。

小さなグラン。あたしの腕にすっぽり収まってしまうグラン。

守らなきゃいけない、あたしの大事な存在。

貴方と出会ってからあたしの世界は貴方が中心なの。


「あ…っ」と少しばかり焦ったかのような声をグランが上げる。

どうしたのと聞く前にあたしは察する。

グランの体に回していた腕を微かに上げると、ぼんやりとおぼろ気に動くあたしの腕があった。


「時間だね…」


足も次第に色を無くし、そして消えていく。

ああ嫌だな。グランが泣きそうな顔をしている。

嫌だな、この消える瞬間がどうも慣れない。

眉を八の字にして、口をへの字にして…。

こぶしを握ってあたしの前に立つグラン。

座っているあたしと目線が同じ。ふふ、おかしい…。


「グラン、泣きそうになってる」

「…」

「また来るから」

「またって、あした?」


本当はいつ来れるか分からない。

今までだって連続でこちらに来れた日もあれば、一週間と間が空いていた日もある。

それはあたしからした場合で、グラン曰く一ヶ月も間が空いていた時もあるらしい。

だから下手な約束はできないのだ。


「分かんない。でもグラジオラス、一緒に育てるんだもんね?」

「そうだよ、ふたりでそだてるんだよ」


「でないと、かれちゃうんだ」俯き小さく呟く。

そしてパッと顔を上げ、大きな月のような色をした瞳にいっぱいの涙を浮かべたグランは、あたしに抱きついた。

真っ赤な髪からは、薔薇の香りが微かに漂った。

グランは薔薇の妖精なのだ。多分、いや、絶対そう。


「みはる。ぼく、ぼく…」

「グラ、ン」


ああ、あたしの体が消える。

思考も途絶える。


――――ねぇ!みはる…。


ああ、グラン!


「まさか召喚が上手く行くなどとは!」

「一度にならず二度までも」


ハッと意識が覚醒し、あたしは周りを見渡した。

ここはどこだ。いつもなら自室のベッドの上なのに。

それにパジャマだったのに、学校の制服に変わっている。

何が何だか分からず身を竦ませ縮こまる私に、一人の男が近寄った。

黒いローブに身を包んだ怪しげな人達が、その男に頭を下げる。

その人はあたしに向かって微笑んだ。


「ようこそ、女神。私の名前はタルミラ。お名前をお伺いしても?」


ねぇグラン。目が覚めても夢から出られないの。

夢じゃないここは、貴方がいない場所。

どうすれば良い?

あたしは貴方がいないこの場所で、貴方に会えないこの場所で、何をすればいいのか分からない。

――――みはる、いっしょだよ。ふたりでこのお花をさかせようね。

貴方の名前のグラジオラスを嬉しそうに見つめ、あたしに言った。

そうよ、一緒に育てるの。二人で仲良く、そう約束したのよ。

甘えん坊で寂しがり屋な貴方は、私がいないときっと泣いてしまうから…、帰らなきゃ。貴方の元へ。


「…初めまして、美春。僕はシン」


新しい世界で保護者となった彼に、着いて行った先に居た一人の男の人。

優しい笑顔で、でも少し困ったような笑顔で笑う。

少しだけ胸が暖まった気がした。


「シンが、消えた―――」


あたしの保護者となった人が、小さな消え入りそうな声で呟いた。

グランの髪と同じ赤い色をした瞳は、今では赤黒い闇に浸食されてしまった。

シンさんは消えてしまった。自分の世界に帰るために。

その方法を探しに消えてしまった。

目の前で獅子が鳴く。獅子が泣く。


「グラジオラス…」


大切な貴方の名前を呼んだ。

嬉しそうに返事をする貴方は、ここには居ない。






小日向美春

女子高生。こげ茶色の髪と瞳を持つ。夢でグランと出会い、友情と愛情を育む。寂しがり屋なグランを放っておけないが、違う世界に召喚されてしまう。


グラジオラス

愛称グラン。四歳ほどの美少年。薔薇のような赤い髪と月のような金の瞳を持つ。身分ゆえに孤独な生活を送っていたが、美春と出会い様々な感情を知っていく。美春は母であり姉であり先生であり恋人だと思っている。


本当はSPELL NAMEが終了後、連載しようと思っていました。

ですが短編としてアップ。

グランがどの様に成長するかは、読者様の考え通りです!笑

グランとジェクサー達の世界は違います。

美春とグランは夢でも会えなくなり、美春は再会するため微かながらも帰る方法を探し出す、という内容です。

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