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トリップ   何もない世界で生き抜く現代♀と現代男女五人

タイトル (検討中)

人間とは慣れる生き物なのよ。

そうでしょう?

今の現状に思いをはせるたび、私はそう思えて仕方がない。

慣れた手付きでナイフの刃を研ぐと、刃の具合を確かめるため指を添えた。

そして微かに指を動かしただけで指の腹にうっすらと切り傷ができ、ぷくりと小さな血のしずくが現れる。

ああ、生きている。

自傷行為ではないが、ほんの少し、そう思ってしまった。

動物の皮で作ったスカバードに収めると、横に置いていた槍を引っ掴み、スッと立ち上がると細く長い廊下を颯爽と歩きだした。


事の始まり?

ふん。そんなことすでに覚えていない。

だって私がここに来たのはもう…、七年も前の話だもの。

いや、六年だったか八年だったか。

しかし教室に刻まれた年数を数える傷が、五年を過ぎた辺りで数えることを止めたので最低五年以上経つといえる。

私と共に落ちてきたこの校舎は半分異常が倒壊し、校内は見上げれば空が覗く青空教室と化している。

月日をかけて張り巡らされた植物は、校舎をなお一層廃墟へ変貌させた。


雨風がしのげる天井を持つ教室は、数えたところ十一室しかない。

一階は落下時の衝撃によりほぼ壊滅状態。

二階は三階の落下物で三分の二が崩壊し、三階は半分以上の部屋の屋根が崩れている。

十一室のうち八室が教室で、他は幸いなことに保健室と図書室、そして理科室が崩壊を免れていた。

医薬品はともかく、書類は傷みやすいので保存に気が抜けない。

…と言いつつも、残した本を見るのは一体誰なのだろうかと一人苦笑する。

半分が潰れた理科室は、アルコールランプなどの備品を重宝しているのだ。

そして、長い年月をかけ発見した食べられる植物を更に長い年月をかけ、栽培している体育館は私の誇りだ。

日当たりがよく風通しのいい体育館は、期待以上に植物を育ててくれた。


私がこの世界に―――、この草しかないこの場所に、校舎と共に落ちてきたのは私が十三歳の時だった。

次の日に控える春のオリエンテーションのしおりを忘れたために、私は前日の日曜日に学校まで取りに来たのだ。

そして立っていられないほどの揺れと衝撃、そして轟音と共に私はここにいた…。

一緒にいた事務員のおじさんは落下時の衝撃で死に、一階の職員室にいた数人の先生は皆即死だったに違いない。


私は絶望に打ちひしがれた。半年間私は泣き叫び泣き狂う。

食事は主にカンパンなどの学校にあった非常食、そして近くを流れる川の水で何とか生き延びた。

一年ほど過ぎればカンパンは消え、自給自足を余儀なくされる。川での魚は素手掴めるわけが無く、仕掛けは図書室の本で探し読み漁った。

それと同時に武器を持つことを覚えたのだった。

なんであの時の自分は死ななかったのだろう、と今の私はしみじみ思う。

いや、私は死にたかった。しかし死ぬ勇気が無かったのだ。

足がきながら生きるなら、地に足を付け生きようと思ったのだ。

当時の私に拍手を送ってやりたいものだ。


二年目は主に魚を食べ、同時に食べられる草木や果物を見極めた。

動物が食べているものを主な判断基準とし、キノコ等は本を片手に判断をする。

勿論当たり外れは少なからずあり、そのたびに生死の境をさ迷った。本当に生きている自分が不思議で仕方がない。

しかしおかげで現代の生態系とほぼ変わらないことが分かり、私は安堵する。

それと平行して学校の瓦礫をどかす作業を始めた。

どかすことのできる瓦礫を外に運び出し、ガラスなどの危ないものは一か所に集めた。いついかなる時に必要になるか分からないから。


三年目。獲物を魚から動物へと変更。

最近私のテリトリーであるこの校舎に立ち入る不届きものが多くて仕方がない。しつけは重要だ。

狩りをするなら接近戦よりも遠隔戦のほうが有利だ。被害も少ない。

だがしかし銃などあるわけがなく、中途半端ながらも接近戦も遠隔戦もできる槍を持つようになった。

柄が二メートル程、矛先がは先端を鋭く削っただけ。しかし補強された柄は、獲物を殴ることもできる。

弓に出来そうなよくしなる木を発見したが、射るのが難しく断念した。

しかし弓で獲物と戦うたび、やはり弓の方が良いかもしれない、と思い少しずつだが改良と練習を続ける。

一年かけて発見した食べられる草木を体育館へと運び、畑を作った。

木でできていた床は三年に寄る雨ざらしと私の苦労(傷を付け床が雨を吸収しやすいように処置)で腐敗し、踏みしめると抜けたため思い切って全てをぶち抜いたのだ。

上がり下りに苦労する温室が完成した。


四年目になり私は十七歳になった。

本来なら高校に行っている年齢をとうに越している。

しかし甘い環境下で生きるより、今のように生に対し全身全霊で生きている私は彼女たちよりも輝いているはずだ。

…そう願った。

体もだんだんと女らしさを増し、少しずつだが胸も大きくなっている。

中学校だったここは、着るものは体操着くらいしかなく私は常にそれを身にまとっていた。

下着なんてとっくに捨ててしまった。一枚しかないものを、どうやって四年も使えというのだ。

発見したハサミで体操着を切り、襟元のあいたタンクトップに変え、短パンは動きやすいように更に短くした。

余った布は縫い合わせ、腕や足に巻く。これで切り傷やらが大分軽減されるから。

弓は未だ上達しない。


五年目。大分私のテリトリーが落ち着きだした。

動物達も立ち入らなくなり、体育館の温室も順調に育ち、校内もほぼ邪魔な瓦礫は消えうせた。

偶然発見した粘土のような柔らかい土があり、それを熱すると硬化することを知り、それ以来私はそれをとても重宝している。

うまい具合に形を整え焼き研げば、刀にも包丁にも矛先にもなるのだ。

ここに来てから喜んだのは、上記以外無い気がする。

弓矢も大分上達し、狩りの時は常に装備した。

その土を使って鏃も作ることに成功し、弓矢は完全なものになった。

そして年数を数えることを止めた。


五年が経った。いや、それ以上だ。

年端もいかなかった私は今や立派な女になった。

中学生の体育着はすでに着れなくなり、今ではチューブトップのようにして胸元に巻いている。

日焼け止めなんてここにはないから、常夏のここに住む私の肌はこんがりと焼けていた。

近いうちに毛皮で服を作ることを考えよう。それにしてもお腹が減った。

そう思いお腹をさすればなだらかな凹凸に気づき、少しだけ腹筋の割れた己の体に「やった」と笑う。

失ったものは大きい。しかし得たものも大きかった。

倒壊したと言っても周りに生える木々よりも巨大な校舎の上に立つ私は、さながら百獣の王と言ったところか。

言い過ぎか、と思い背伸びした。

さぁ狩りに行くか。そう思い校舎から飛び降りた。

この星は地球より重力が軽いのだ。なので地球にいた私は自然と力が強い部類に入る。

まさに棚からぼた餅!

神様にお礼なんて言わない。神様なんて大嫌いだから。


校舎から離れ音を探りながら歩くと、幾つかの気配を感じた。

しゃがみ込み数を数える。いち、にいさん、し…。

五匹。小さな群れのようだ。群れは動く気配がない。

肉食獣が食事でもしているのかと思ったが、血臭がしないため違うらしい。

一歩近づいたその時だった。


「おいどういうことだよこれは!」

「知らないつってんでしょ!」

「ジャングル、とも違うな」

「ゆ、誘拐されちゃったの?私たち…」


言葉が出なかった。

四人の若者、生きた人間。

戸惑う二人の女と、辺りを見渡す二人の男。

そして…。


「おいお前ら!あまりうろつくな!」


若い男が慌てた口調で声を荒げた。

計五人。


「しのせん!何だよ、一体」

「篠崎先生だろ!じゃなくて!俺にもわからない。でもあまり動かないほうが…って宮越!動くなって!」

「だっててっちん、向こうに可愛いうさぎが!ね、加奈ちゃん!」

「ええ、いたわ。篠崎先生もうるさいわね。行きましょ花音」


かわいらしい少女はうさぎが居たと言って、森の奥深くまで入ろうとする。

横にいた少女の友達らしい髪が短いスポーティーな背の高い女の子は、少女の言葉に頷き後を付く。

会話からしてうさぎを追う子が宮越花音。

そして友人が…、加奈。

――――それにしてもうさぎか。

嫌な予感が脳裏をよぎるが、あえて事の成り行きを見つめていた。

森に入っていく少女二人を見て、不良のような見た目をした少年が怒声を上げる。


「おい宮越、遠藤!」

「雅紀、放っておけ。直ぐに帰ってくる」

「あいつらは、ったく。山城、村上!二人を追うぞ」

「へいへい」


一人ネクタイを締めた男、先生と言われていた篠崎てっちんという男は、男子二名を連れて森に消える。

ああ、馬鹿な奴らだ。

少女たちが負ったのはうさぎじゃない。うさぎの顔をした化けものだ。


「はは、馬鹿な奴ら」


私の声は空しく消えた。


すばやく木に登り、木々の間を縫うようにして飛び駆け抜ける。

森は久しぶりの侵入者に気を乱し、生き物たちは殺気づいていた。

どうしたものか…。足元に六人が居た。


「うさぎ!見て見て加奈ちゃん!かわいー」

「本当ふかふか」

「へぇ、変わった目してんな」


青だったらやばいぞ、お前ら。


「青か。赤なら見るけど」


私は静かに槍を持ち直す。

気づけよ、お前ら。早く早く。ほら、直ぐそこにまで迫っている。

青い瞳のうさぎは仲間を呼んでいる。獰猛で肉食のうさぎの仲間を。

がさり。木が揺れた。


「なっ!うわぁぁ」


ギシャァっと歯をむき出し草木から雪崩れ込んだうさぎの群れに、少年は驚き悲鳴を上げる。

皆が叫び、走りだした。うさぎの無数の群れは蜂のようにしつこいのだ。

私は立ち上がり、再び木々の間を駆け抜けた。


「何あれ、何あれ!意味分からないよ!」

「花音早く!追いつかれる!」

「頑張れ二人とも!」


パニックに陥った少女は泣き叫ぶ。

加奈は花音の手を引き、花音の鈍る足を懸命に動かした。

篠崎は振り返り二人の背中に手を添える。

しかし早さはあまり変わらない。群れとの距離は五メートルほど。

革靴を履く彼女たちにとって、全力疾走は辛いだろう。

すると少女は勢いよく転んだ。


「花音!」


花音は目をつぶる。

自分へ訪れるであろう痛みと死を覚悟して。

しかしそれはどんなに待っても一切訪れず、不思議に思った花音はふと顔を上げた。

見慣れた同級生と新任の先生は驚いたように顔を呆けさせている。

視線を追って見た先にいた、一人の女性。


「…去れ」


槍の矛先をうさぎの群れに向け、たった一言を呟いた。

歯をむき出し鼻先にしわを寄せていたうさぎ達は、数回鼻を引くつけさせると今までの形相が嘘のようにかわいらしい表情に戻した。

そして散々していく。


「嘘だろ」


誰かがそう呟いた。


助ける気なんてこれっぽっちも無かった。

落ちた瞬間から一人だった私は、ここまで上り詰めるまで何度苦しみ、何度死にかけたことか。

仲間が当たり前のように居るお前らが憎くて憎くて!

そしてどんなに、羨ましいか…。


「あの…」


誰かが私に声をかける。

槍の柄の先端を地面に付け、矛先を空に向けた。

太陽できらっと輝き、誰もが目を細める。


「ようこそ、哀れな現代人」


ようこそ、ようこそ。

ここは何もない世界。人間よりも動物が勝る世界。

見せて、貴方の生きざまを。

ここは現代よりも、残酷で残虐で、そして美しい世界なのよ。






*私*

名前不明。13歳の時に学校舎と共にこの世界にやってきて、七年間一人で過ごしてきた。鍛え抜かれた体と、こんがりとした肌が特徴の20歳女性。


*篠崎哲也*

新任教師。愛称てっちん・しのせんなど。

責任感が強い、夢と希望を抱いていたはずだったのに…。24歳の男。


*宮越花音*

ほんわかと可愛らしい女の子。


*遠藤加奈*

花音の親友。

ショートカット。スポーティーではきはきとした女の子。背が高い


*山城雅紀*

制服を着崩した、不良の見た目をしている少年。


*村上秀則*

物腰の落ち着いた少年。

知的な外見で、無駄に背が高い。

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